『風に乗って』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
近くに桜の木なんてないのに、
ベランダに花びらが一枚、飛んできたことがある。
なんとも言えず風流で、いい気持ちになった。
どこのポイ捨てだったか知らないが、
駄菓子の空袋が飛んできた時とは
正反対の気分だった。
※ポケモン剣盾二次創作・マクワとセキタンザン
ぱちん、ぱち。
赤の破片が舞ってすぐに消えてゆく。頬に触れる仄かな暖かさがじんわりと滲んで染み込むようだった。懐かしい木材に似た香りが燻って、鼻腔を焦がしてゆく。
次々と踊る真っ赤な粉は、その姿を見せたかと思うと、瞬きをしている間に闇夜の中へと溶けていった。
ぱち、ぱぱぱ。
耳に届くのは軽快な彩りの音だった。弾けてはすぐ聞こえなくなる、ほんのミクロが爆発する声は、耳をすまさなければ木の枝と枝が触れ合う音にかき消されてしまいそうだった。
ふう、と空気の流れに押されたたくさんの手と手は、ぐるりとその場で激しく踊り、飛び散るように光を失って落ちてゆく。
流麗なあわいの火の粉の舞と、麓の石炭の山の輝きがふわっと強まったかと思えば、吸い込まれるようにして落ち着いた色に変わってゆく。
ぼんやりと瞼を開いたマクワの目に映る、温かいひかりだった。いつの間にか座ったままうたた寝をしていて、そうして目を覚ました。暗闇の中のキャンプのテントも、光に照らされて鮮やかなブルーを示していた。
片手に持ったままの、さっき相棒に持ってもらったモーモーミルクのマグカップはすでに人肌の方が温度がある。
マクワはそれを一気に飲み干して、自分の折りたたみ椅子に付いていたテーブルにのせた。それからまだぐうぐうと眠ったままの相棒に寄せて、座ったまま椅子を抱えると、頬を温める熱はさらに強まった。
ぱ、ぱぱ、ぱちん。ぱちん。
新鮮な酸素を食べた炎が、喜びの声をあげて火の粉を舞い上げる。すぐに真っ白の灰になり、夜空の中へと滲んでゆく。
優しく猛々しいバディのいのちが今マクワの隣にあって、絶えず煌めき続けている証左だった。
どこまでも、どこまでも飛んで行けるといい。なるべく遠くの空の下まで。
いわの輝きはひとの心も照らし出すことを、誰よりも知っていた。
けれど。
ぱちん、ぱちん、ぱちん。
どうかこの灯火が、ずっと隣にあり続けますように。ぼくが磨く、素晴らしい輝きが、たくさんの人に届けられるように。
マクワはふう、と大きく息を吹き、火の粉が揺れ踊る姿を目に焼き付けて、再び目を閉じるのだった。
《風に乗って》
風に乗って微かに声が聞こえてくる。
懐かしい旋律は高校の頃に見たアニメ映画の主題歌。
時おり音程を外すその歌声に、思わず笑みがこぼれる。
歌詞は覚えていなかったから、こっそりハミングで合わせて口ずさむ。
外で洗濯物を干す妻には、きっと部屋の中にいる私の声は聞こえないだろう。
歌いながら脳裏に蘇るのは、スクリーンの鮮やかな光景。
そして、初めてのデートに緊張して手に汗をかいていた若かりし頃の自分。
隣に座る彼女をチラチラと横目で盗み見るばかりで、映画の内容はろくに頭に入ってこなかった。
「今日のお昼はオムライスにしようと思うんだけど」
「いいね、ちょうど食べたいと思ってたんだ」
あの初デートの日、映画の後に食べた昼食もオムライスだった。
そんなことを今もしっかり覚えている自分に笑いが込み上げてくる。
しかし、あの歌を口ずさんでいた妻が昼食のメニューをこれにしてくれたことが嬉しいのも事実で。
それがたまたまなのか、自分と同じくあの日を思い出してのことなのかは分からないけれど。
今夜は久しぶりに2人であの映画を見たいといったら、妻はなんて言うだろうか。
笑顔になってくれることを祈りながら、その日の午後、私はしまい込んだDVDのケースを引っ張り出したのだった。
風に乗って、あなたの香りが飛んでくる。
その風は君の髪をなびかせる。
恋は風に乗って、想いを届ける。それは香りだったり、手紙だったりするだろう。形は様々だ。
君が死んだと、風の便りに聞いた。病死だそうだ。
君は海が好きだった。だから、骨は遺言通り海に撒かれたらしい。
私の涙も、いずれは海に流れ君と一緒になる。ああ、それは望ましい。そんな幸せはない。
だけど、その前に。君の骨が、その粉が。風に乗って、私の元へ飛んで来ないかと、帰っては来ないかと、海を越え、私は空を見上げた。
風にのって届けられのは、吐き気をもよおす便所の匂いでした
in 市民体育館
風に乗って
子どもの頃からずっと使っている学習机の、開かずの間である引き出しを二十年ぶりに開けた。
くたびれた封筒を取り出す。
今よりもよっぽど下手くそな字。それでも当時の最高傑作だった想いの丈は、何枚もの便箋を犠牲にして生み出された代物だ。
連れ添ったまま庭に出て、青い青い空を見上げる。
初夏の風が穏やかに、乾いた頬を撫でた。
この季節が好きだと言った、あの人。
目線を落とし、用意していたライターに火を灯す。
近づけた縁辺からみるみるうちに手紙は焦げ、逝った。
先生。
風の便りに、あなたが亡くなったと聞きました。
孤独だった私を唯一、見捨てずにいた、人。
今さらながらの私の遺灰は、あなたの下まで届くでしょうか。
(2023.4.30)
風にのって
「あ、」
くんくんと鼻を鳴らす。周囲を見渡してから首を傾げる。
おかしいな、今絶対××の香りがしたのにな。
いってらっしゃいのキスのときに、毎日確認するからよーく知っている××の香水の香りがしたのに、肝心の××がいない。すれ違った人もいないから、たまたま同じ香水だったってこともない。
××がいるかと思ったけどそうじゃなかったから、ちょっと寂しく感じてる俺がいる。そうだよな、早く帰ってくるなら連絡入るもんな。まだこの時間に××がいるわけないよな。でもじゃあなんで××の香りがしたんだろ。
「んんー?」
反対側に首を傾げても分からない。スーパーの袋を持ち直しす。ふわりとまた××の香りがして、そこで俺は思い出した。今着てるパーカー、××のじゃん! これに残ってた××の香りじゃん!
急に恥ずかしくなって、それを飛ばすために俺は早歩きになる。くっそー、椅子の背もたれに掛けられていたから、ちょうどいいわって思って羽織ってきたけど、まさか、こんなことになるなんて。
ポケットからスマホを出して××に連絡を入れた。今夜はロールキャベツ。すぐに既読がついて、ハートのスタンプが送られてきた。アイツ、仕事中だよな? そんな暇なの? でも秒で返信が来るのは嬉しい。悔しいけど、嬉しい。
ニヤつく口元を隠すのに手を上げれば、パーカーの袖から××の香りがして、俺は何とも言えない気持ちになる。同じ洗剤で洗ってるのにな。俺も香水つけるようになったら××にこうやって思い出してもらえるのかな。
むむー、今度探してみるかー? でも香水のこと分からないからなぁ。××に相談してみるー?
帰宅した俺はそのまま夕飯を作って、仕事から帰ってきた××を出迎えたら、××のパーカーを着ていることにすごく興奮された。そ、そんなにいいもの? 玄関で××に力強く抱きしめられながら俺は首を傾げた。
風は空気の移動によって起こる。自分は動いていないけど、その周りにある空気が動くから風が吹いているように感じるし、自分自身が動いていて、周りにある空気の接する場所が次々変わるから風を感じる。
自分が動いているのか、周りが動くのか。
では、「風に乗る」はどういう状態なのだろう。
元々空中にあってその空気が移動するからなのか、もの自体が地面と接することなく水平方向へ移動しているからなのか。どこを基準として考えているのかによって表現が変わってきそうだ。
「もの」に対する見方は表裏一体だと思う。この角度から見ているからこう感じる、あの角度ではこう見えるから、見え方は人によって違い、意見が異なるのは当然だと私は考えている。
風に乗って、君はどこまででも飛んでいく。
君の声も、
君の夢も、
君の全てが、上昇気流を巻き起こす。
でも、君はまだ知らない。
上昇気流が巻き起こすのは、雨であるということを。
#風に乗って
どこかから醤油の香りがしてくる。
肉じゃがかな。
そう思ったところで、お腹がぐるるる……と空腹を主張する。
「そうだねぇ、今日の夕食はどうしようか」
独りごちて、手にした鞄を持ち直す。冷蔵庫の中身を思い出しながら、足りないものをリストアップ。魚屋、肉屋、八百屋……商店街で寄るべき店を思い浮かべる。
そうするうちに、さらにお腹が鳴き始める。
ちょうどタイミングよく、近く肉屋のコロッケが揚がる香り。
何をするにも腹ごしらえは必要だ。誰にともなく言い訳して、私はまず肉屋へと足を向けるのだった。
「空腹との帰り道」/風に乗って
ひらひら舞うビニール袋
地上からどんどん離れて登ってく
宇宙までも行けそうだね
密度の低さが羨ましい
自分の重さに耐えきれない
生命に価値がありすぎて
私、意識が飛びそうよ
気体になりたい
実体を薄めて薄めて
霧散してしまいたい
なのにまだ液体にさえなれない私
昇華されたいしてほしい
太陽もっと照りつけて
今日こそ蒸発して風に乗って空へ
波に乗るみたいに、風に乗れたら素敵じゃない?
そんなことを言いながら、折り紙を取り出して飛行船を作りはじめる友達がいて、本当に良かったと思っている
『風に乗って』
―風に乗って―
子どもの頃、タンポポの綿毛を見つけてはフーって吹いて飛ばして遊んだな。
風に乗ってどこまでも~、そんな体力はもうないんだけどね。
昔は歩いたり自転車乗ったりでいろいろ買い物に行っていたけど今はほとんど行かなくなったな。これは体力の問題もあるけど通販が便利すぎるというのが一番の理由だな。
とはいえ食べ物を通販で買うことはあまりない。なのでバイト帰りに時々スーパーに寄って帰る。
昨日は安いバナナを買った。一昨日買ったちょい高めのバナナとほとんど変わらない。むしろ身がしっかりしてて安いやつのほうがいいバナナだ。
ちょい高めのバナナは皮が厚くて身が細かった。でもこれは個体差によるものかな。
まぁ味も食感もほとんど変わらないならこれからは安いバナナでいいな。
『風に乗って』
チリン
「こら、お供え物なんだから、食べてはいけないよ」
そう声をかけられて伸ばしてた手を引っ込めた。
声をかけられた方へと顔を向けると、頭に変なお耳をつけてふさふさのしっぽを生やした男性がたってたんだ。
「だれ?おにいさん」
「お兄さんはここの管理をしている人だよ」
「だれもたべないのに、たべてはいけないの?」
「それはね、神様のお供え物で───」
そこからそのお兄さんに会うために、学校帰り神社に通った。
ある日、
「ねえ、おにいさんにはおもとだちいないの?」
「んー、そうだねぇ……良かったらなんだけど咲ちゃんが僕とお友達になってくれる?」
「いいよ!私もね、がっこうにおともだちいなくて…おにいさんとおともだちになりたいとおもってたの!」
「そっか、」
「うん!おともだちだから、これからもずっといっしょね!」
中学生にもなると、そんなことはすっかり忘れていて、いつの間にか高校生になっていた。
下校中、珍しく友達の家に近い道から帰っていたこともあって普段とは違う道を歩いていた。
「あ、ここ曲がるわ」
「ほんと?じゃあここまでだね」
「うん、じゃあまた明日ー」
「はーい」
そう言って友達は角を曲がっていった
「にしてもこの道、すごい久しぶりだなー、小学生以来かも」
ギリギリ車が2台も通れなさそうな狭い道を歩いて行く、住宅街で塀が建っているというのもあって余計に狭く感じる。
少し道を歩いていると、どこか懐かしさを覚えた
「あ、この神社懐かしい」
なぜかは分からないが、昔この神社に通っていた記憶がある。まぁどうせ、猫が住み着いていただとか、神社にくるおばあさんがお饅頭をくれたとか、そんな感じだろう。
「にしてもこの階段、こんなにきつかったっけ」
「この桜の木も、昔は大きく感じたのに」
はぁ、
階段を登りきった私は息を着くと、後ろを向いて階段に座った。
瞬間
「昔は小さかったからね、もう来ないと思ったよ。また来てくれたんだ」
何故か振り向けなかった
「なんで、」
「なんで?ずっと一緒でしょう?友達だもの」
動けるようになったと気づき、振り返った時には、そこに何も無かった。
チリン
風に乗って、僅かに鈴の音が聞こえたような気がした。
───
え、待ってオチがついてないんだが?
「よっ」
見晴らしの良い丘から飛び降りた。滑空するためで命をなげうちたい訳じゃないから安心してほしい。待ち合わせ場所へのショートカットで予定の時間に間に合うか正直ギリギリなところだ。遅れても君は怒らないけど誘った俺が許せないんだ。
夕食の時間が近いから最後の売り込みに声を張り上げる市場の商人たち。付加価値を付けて「お得」と言えば主婦は喜んで買っていた。早いところだと煙突から煙がでて夕食のいい匂いが『風に乗って』鼻をついてくる。
ゆっくり下降して何を頼もうか考え始めた。いつものセットか…さっきのスパイスの効いた匂いも忘れられない。この街で手に入る香辛料と少し違う異国の香りも食欲がそそられた。何種類ものスパイスを合わせて作り上げる料理は様々な味わいがあるそうで、組み合わせは尽きることがないと店主から聞いたことがある。仕事先で食べたカレーの種類はメニュー表には収まっていなかったな…。
異国の料理に思いを馳せてしまった。着地した俺の鼻は先ほどの匂いを探し、体験したことのない味を得たいと口内にだ液が溜まる。
時間は何とか間に合って髪や汚れを手早く直す。小さく見えた君の姿に手を振って、夕食の候補をいくつかリストアップしていた。
寂しくて、
切ない気持ちも
とめどなく
時には涙も零れたけれど
わたしの心は
もう、大丈夫
自由に、気ままに、
流れるように、
風に乗って
空を飛ぶ
あなたが教えてくれたから
自分のすべてを解き放ち
何ものにも縛られず
何ものにもとらわれず
あなたがいてくれるから
自分のすべてを受け入れて
哀しみのカードも手放せた
わたしの心は
もう、大丈夫
自由に、気ままに、
流れるように、
風に乗って
空を飛ぶ
あなたのもとへ、
心はいつでも
風に乗れるから
- 風に乗って -
お題 風に乗って
下から風が強く吹き上げてくる
柵が消えた景色は幾分か綺麗に見えた
『人は、死んだら風になるんだよ』
今になって、昔の戯言を思い出す
もし、こうなったらだとか。次はこうなりたいとか。
そんな夢物語は、もう自分に必要ない
「よし、行くか。」
足を少し前に滑らせれば、細い体はあっという間に落ちていく
頬を突き刺すように撫でる風が心地いい
「 」
その言葉は、地面に叩きつけられる肉の音に混じって消えた
※この話は、決して自殺を肯定するものではございません
放課後の、誰もいない屋上で最近始めた日課がある。差出人も宛名もないラブレターをよく飛ぶように折った紙飛行機にして飛ばし、誰にも届きませんようにと祈るのだ。
飛ばしたら飛んでいった方まで行って、回収するまで帰らない。……届いて欲しいけど、誰にも見られたくない。
そんなぐちゃぐちゃな気持ちを抱えながら今日も紙飛行機を飛ばした。そしたら、強い風が吹いて、いつも絶対に飛ばさない方向に浚われていってしまった。
「まって!」
そう、手を伸ばしてもすり抜けて、あっという間に見えなくなってしまった。
「嘘でしょ……」
早く、回収しないと。だって、あっちには書けない宛名の相手が住んでる家がある。
急いで、落ちたかもしれない場所までいった。道路の隅から、街路樹の上まで。見過ごすことのないように何度も、辺りが薄暗くなっても探し回った。
「よぉ、なにしてんだ?」
「! さ、探し物」
「ふうん、もしかしてこれか?」
そうやって見せてくれたのは、確かに探してる紙飛行機で。
「……それ、中身見た?」
「ん? いや、ついさっき見つけたばっかだし。見てねぇけど」
「見たい?」
「……まぁ、気にならないっていったら嘘になる」
「見ていーよ。もともと、お前宛のやつだし」
そうなのか? 何て言いながら、折り目を一つずつ開いていく指先から紙飛行機を奪い去りたい衝動を押さえて読み終わるのを待つ。
「……これ、お前から?」
「じゃなかったら、どうしてお前宛ってわかるの」
「そーだよな。……あのさ、スゲー嬉しい」
そう言ってはにかんだ顔が、今まで見たどんな顔よりも輝いて見えて思わず目をそらした。
「なぁ、俺も好きだよ。お前のこと、何時も目で追ってた。だから、俺の恋人になってくれませんか」
「そんなの、断るわけないじゃん!」
住宅街の道端ってことも忘れて、思わず抱きついた。届けるつもりもなかった思いが、風にのって届いて、両思いだったなんてこと、きっと他にはいないだろう。
「今日は風が強いわねぇ」
直帰の途中、ふと先輩がそんなことをつぶやいた。
「そうですね。午後になったら少しは収まるかなって思いましたけど」
春先によくある突風レベルの強さではないものの、髪の長さが肩ぐらいまである先輩はちょっと大変そうだった。こっちもこっちで前髪が崩れそうでハラハラしていたけれど。
「ねえ、もし風に乗ってどこかに気軽に行けるとしたら、どこに行ってみたい?」
そんな質問をしてきた先輩は、いつものしっかりした雰囲気とは違い、無邪気に映る。
「風に乗って、って鳥みたいに空飛んで、ってことっすか?」
「まあ、そんな感じ。マント広げて飛ぶでも、なんでも」
「自由に飛べたらいいなって思ったことありますけど、急に言われたらわかんないもんっすね……」
ベタに海外とか、あるいは国内でも結構遠い西日本のほうとか?
「私は、誰も追いかけてこれない場所かなぁ」
小さな声だった。
なんだか穏やかじゃない内容に思考を止めて隣を見つめると、先輩はわずかに目を見開いてこちらを見返した。
「え、どうしたの?」
「誰も追いかけてこれない場所って……」
たぶん、先輩は聞こえていないと思っていたのだろう。明らかに言葉に詰まっている。
「いや、ほら、最近忙しいじゃない。だから静かな場所にサクッと行けたらなってこと」
先輩は誤魔化せていると思っているようだったが、俺には効かない。
いつもエネルギッシュで情けない俺を鼓舞してもらうことも多くて、あっという間に憧れの存在になっていた先輩。
そんな彼女を一番近くで見てきたから、ある日から様子がおかしいことにもすぐ気づいてしまっていた。今日だって「いつもの姿」を懸命に保とうとしている様子に胸を痛めていたところだ。
「どこか遠くに逃げたいんですね」
ついに、先輩の足が止まった。少ししてから動き出したかと思うと、近くにあった木製のベンチに力なく座り込む。
「あー、うかつだったなぁ。なんで私、あんなこと言っちゃったんだろ」
無意識だったのだとしたら、相当追い詰められている証に違いない。
いつも以上に、先輩の身体が小さく見える。
「逃げたって、しょうがないのよ。結局は、私が解決しなくちゃいけないんだけど……」
「じゃあ、俺がその役目引き受けますよ」
ほとんど勢いだった。
顔を上げた先輩は驚いた顔をしていたが、俺自身も同じ気持ちだった。
でも、放っておけない。
「先輩が一人で逃げにくいなら、俺が先輩の手を引っ張って、無理やりでも連れていきますよ。立派な足になってみせます」
先輩が、力なく笑った。
「逃げたい理由も聞かないで、一緒に逃げてくれるんだ?」
「少なくとも、膨大な借金を作ったとかいう理由ではないと信じてます」
「借金! それは確かに違うかな」
今度は肩を震わせながら笑う。
「……ありがとね。いい後輩をもって、私、それだけでも、救われてるわ」
俯いている先輩がどういう表情なのかはわからない。
それでもたぶん、泣いている。
根拠のない確信を抱きながら、先輩の前に跪いた。
「遠慮しないでください。俺、本気ですから。いつも先輩に助けてもらってるし、恩返ししたいんです」
背後では、いつもの街の喧騒がBGMのように流れている。俺と先輩だけが切り取られて、宙にでも浮かんでいるみたいだ。
どれだけ、その感覚を味わっただろう。
先輩が、遠慮がちに俺の手を掴んだ。
お題:風に乗って