初音くろ

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《風に乗って》





風に乗って微かに声が聞こえてくる。
懐かしい旋律は高校の頃に見たアニメ映画の主題歌。
時おり音程を外すその歌声に、思わず笑みがこぼれる。

歌詞は覚えていなかったから、こっそりハミングで合わせて口ずさむ。
外で洗濯物を干す妻には、きっと部屋の中にいる私の声は聞こえないだろう。

歌いながら脳裏に蘇るのは、スクリーンの鮮やかな光景。
そして、初めてのデートに緊張して手に汗をかいていた若かりし頃の自分。
隣に座る彼女をチラチラと横目で盗み見るばかりで、映画の内容はろくに頭に入ってこなかった。


「今日のお昼はオムライスにしようと思うんだけど」
「いいね、ちょうど食べたいと思ってたんだ」

あの初デートの日、映画の後に食べた昼食もオムライスだった。
そんなことを今もしっかり覚えている自分に笑いが込み上げてくる。
しかし、あの歌を口ずさんでいた妻が昼食のメニューをこれにしてくれたことが嬉しいのも事実で。
それがたまたまなのか、自分と同じくあの日を思い出してのことなのかは分からないけれど。

今夜は久しぶりに2人であの映画を見たいといったら、妻はなんて言うだろうか。
笑顔になってくれることを祈りながら、その日の午後、私はしまい込んだDVDのケースを引っ張り出したのだった。





4/30/2023, 9:01:38 AM