『夜の海』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
夜の海…
海の外には夜とか朝とかあるけど、海底には朝はなくって年がら年中夜だから、年がら年中寝ててもいいってことなのかなぁ?
みつを
白い月が照らす黒い海を見つめていた。
打ち寄せる波の音が鼓膜を揺する。
静かだ。辺りに人影はなく、一人きり。
そろそろ帰らなければと振り返り、疑問に思う。
ここはどこだろうか。何故ここにいるのだろうか。
何一つ分からない事に気づき、そして周囲の異変に息を呑んだ。
気づけば周囲には無数の黒い影。皆一様に海を見つめ、言葉なく佇んでいる。
不意に歌が聞こえた。
聞き覚えのない歌。懐かしいわらべ歌。
不思議な歌に惹かれ、影が動き出す。ゆっくりと、海へと歩き出す。
その影に混じり、海へ歩く誰かの姿。
その誰かを知っている。別れたくないと、失いたくないと願い続けている親友の姿。
彼女の元へと走り出す。
止めなくては。このままでは海に連れて行かれてしまう。水の底へ沈んでしまう。
必死に名を呼び、手を伸ばして。
それでも彼女は振り返る事はなく。
届かない事が悲しくて、声を上げて泣いていた。
目が覚めると、知らない天井が視界に入る。
ここはどこなのか。そんな事を気にしている余裕はなかった。
行かなければ、あの海へ。早くしなければ沈んでしまう。
起き上がり、部屋を出る。出口を求めて歩き出す。
「紺?」
後ろから聞こえた声。その誰かを確かめる事なく、ただ出口を探し。
「紺。止まりなさい。何処へ行かれるのですか」
腕を掴まれ、引き止められる。
その手を振り解こうとしても離す事が出来ずに、焦りが生まれる。
止めないでほしい。早く行かなければならないのに。早く。
「やめて、邪魔しないで。行かないと。沈んじゃう前に止めないと」
「紺」
「沈むのはダメなの。苦しくて、怖くて。手を伸ばしても届かなくて、呼んでも来てくれない。一人ぼっちになってしまう」
水の底は、夜よりも暗くて冷たいのに。あんな場所に一人で行くのは怖いはずだから。
「紺!」
腕を引かれて抱き竦められる。大きな手で目を塞がれて、何も見えない。
「落ち着きなさい。いい子ですから、ワタクシの声だけを聞いてくださいな」
静かな声。温かな熱。
焦る気持ちが次第に落ち着いて、体から力が抜けていく。
「怖い夢でも見たのですね。それでしたら、夢も見ないほど眠れるように呪いをかけましょうか」
夢を見ていたのか。夜の海の夢を。
焦りがなくなったためか、さっきまで覚えていた事が段々と曖昧になっていく。
「行かなくて、いいの?」
「行かないでくださいませ。ワタクシの側を離れないと、話していたではありませんか」
そうだ。約束を、していた。
ずっと昔に、一緒にいると。
でも、
「宮司様。宮司、様」
怖いから。一人は寂しくて、苦しいから。
「紺?」
「………狐さん。助けて」
あの時からずっと繰り返した想いを、願った。
助けて、と一言だけ願い眠りに落ちた少女を抱きかかえ、困惑する。
狐、と呼ばれた。あの日出会った時の呼び名で、この子は呼んだ。
水の底に沈んでいたあの日の少女。助けを求めて手を伸ばしていたのだろうか。
「狐ちゃん」
呼ばれ、振り返る。不愉快な呼び名と、この子を模したその姿は酷く不快であるが、今は気にしている暇はない。
「早く喰ろうてくださいませ。それがアナタ様の役割でございましょう」
「分かってるよ」
常とは異なり険しい顔をした夢が、少女の頭に指を沈め、二つの珠を引き摺り出す。
「大元はただの悪夢。でもソレのせいで思い出しちゃったみたいだね」
手にした珠の一つを飲み込み、もう一つを差し出される。それを受け取り同じように飲み込めば、遠ざかる水面に手を伸ばす少女の姿が見えた。
抗えず水底に沈みながら、霞ゆく意識でただ一人を呼んでいる。声はなく、唇が名を形作る事さえなく。それでも名を呼び、助けを求めていた。
「ずっと忘れていた事だよ。今更思い出す必要なんてない」
「そうですね。今世では必要ないものです」
眠る少女を見つめ、客間へ戻るために踵を返す。暫く目覚める事はないが、少しでも体を休ませたい。
「狐ちゃん。ごめんね」
「何がでしょうか」
ぽつりと溢れた謝罪に、立ち止まる。
「藤ちゃんを怒らせて、一房枯らせちゃった」
「…分かりました。後で向かいます」
話をしてもらえるかは不明であるが。
揶揄い過ぎで避けられてしまっている事を思い出し、思わず顔を顰めた。
「ごめんね」
謝罪の言葉を繰り返し、気配が消える。
去って行った事を確認し、今度こそ客間へと歩き出す。
藤が激怒した理由は、果たして何であったのか。
理由如何で今後を考えなくてはならない。
「まったく、アナタ様もご友人も随分と手のかかる」
知らず、愚痴が溢れる。
藤の嫌う面倒事の中心にいる少女。
だがそれも仕方がないかと、どうしても甘くなる自身に苦笑した。
20240816 『夜の海』
父は船を持っていた。専業農家であったが、漁業の権利を持っていて、漁をすることのできる船を持っていたので、
「ワシは漁師ぞ」
と誇らしげに言っていた。
父はその船で主に釣りをしていたが、釣竿を使わず手釣りで、ゴカイやなどの餌や撒き餌などは使わず、手作りの擬似餌で鯛を釣ることも「漁師」としての誇りなのであった。
父に言わせれば、餌で釣るのは「誰でもできる」ことだし、撒き餌などは「海を汚している」だけのことなのであった。
仕事が終わってから、父は携帯ラジオをヤッケのポケットに入れ、船に乗って夜の海に出ていく。
そして釣れようが釣れまいが満足げに戻ってくるのだった。その頃の父の年齢をすでに超えてしまっているような気がするが、今の私より、父の方が楽しそうに暮らしていたような気がしてしょうがない。
その一方であんな生活を数十年続けていられ本人は幸せであったろうが、その分のしわよせが身近な人のところにきていたたのではないかという気もする。
それも含めて果報者ということかもしれないが。
好きなこと勝手気ままにする人の影であなたは幸せでしたか
ふたりだけしかいないのに、なまぬるい風が彼とわたしだけじゃない世界のすみっこで絡まる指先をそっと撫でていく。波の音が柔らかい光の下で静寂を歌って、わたしの心臓はそれに合わせるようにゆっくりと拍動していた。
繋がれた右手を辿って隣を見上げれば、夜闇に差し込んだ明かりが彼の白い肌を縁どって綺麗な青が覗いていた。
こんな暗い中でもあなたの瞳は眩しい。
ずっとそうだった。
血と呪いに塗れた世界で、常にいちばん前でわたしたちを明るい方へと導いてきたその瞳。
それに比べてわたしは、あなたの足手まといにならないように、追いかけて、でもまたすぐに引き離されて。まるで波のようだと、唐突に思ったそのとき。
朧気に踏み込んだ足元をさらさらとした砂にさらわれた。
あ、と思うことも出来ないままぐらりと身体が傾く。ばかだなぁと、どこか他人事のように考えていると、大きくて力強い手がぐ、と、腰に回った。
「あ、りがとう」
「ん」
単音だけで返事をした彼の双眸がわたしに向けられているはずだけれど、月明かりを背負っているせいでよく見えない。引き寄せたくて、随分高い位置で呼吸する彫刻のような顔に触れると、不意に彼の手が重ねられた。そのまま膝を折った彼の唇がゆっくりとわたしのそれに押し付けられる。
そっと閉じた眼の奥で、なるほど、と納得した。
わたしは波ではなく、砂だった。踏まれても踏まれても彼の足の形に順応しようとして、それでいて靴の隙間から際限なく入ってくる細砂のように、未練だけがいつまでも。
「明日帰ってきたらさ、どこか遠い所に旅行したいなって。だから…」
待っててよ。
そっと離れた唇から、海の匂いに溶け込めなかった彼の音が静かに溢れる。口に出したところで決して叶わない想いを抱えた心臓が泣き出して、つられて緩む涙腺を堪えながらわたしは必死に首を縦に振った。
「いってらっしゃい」
言いたかった言葉と、言わなかった言葉を一思いに呑み込んだわたしたちが、
願わくば、
カンカンと音を鳴らして踏切が閉じた。
しばらく待てばガタンゴトンと電車が走る音が聞こえてくる。
「なに、してるの…?」
プオーンと大きな音を立てながら電車は走る。
「まっ、待って。ダメ!!」
わたしが手を伸ばして彼女の腕を掴もうとしたら彼女はわたしの手を叩いた。
「……ばいばい」
そして人が一人簡単に電車によって弾き飛ばされた。
そこからの記憶は一切ない
気づけば精神科の病院でメンタルケアを受けていた。
わたしの口は重く閉ざされていて何も答えることはできない。
ただ空な目をして透明なキミを眺めているだけ。
キミはいつもボクを指差しながら薄っすら笑みを浮かべている。
何も話してくれない。
手を伸ばしても触れられない。
ただじっとそこにいるだけ。
わたしは毎日キミに話しかけた。
そんなわたしに先生は渾身的に話しかけた。
ある日病院を抜け出して夜の海を見に行った。
「キミは海が好きだったよね」
月明かりが照らす青い青い海
「自殺するなら入水自殺するのかと思ってた」
押しては引いてをくる返す漣の音
「キミが死んだのはわたしのせいだって言いたいの?」
そこで初めて透明なキミはいつもと違う動きを見せた。
首を一度だけ小さく縦に振って、ボクの問いに肯定した。
「キミが死んだのはキミのせい。自殺したのはキミ自身」
わたしは靴を脱いで海の中に足を付けた。
「だからわたしがこれからすることもわたしの責任」
一歩足を前へと進ませた。
「キミはどんな気持ちで線路に入ったの?」
また一歩足を進ませる。
「怖かった?」
一歩、また一歩、進めば進むほどわたしの足を撫でる水嵩が増えていく。
「わたしは、ちょっと怖いかもしれない」
腰近くまで海の中に入れば、少し大きな波が出てきた。
体の力を一瞬でも抜けば波に攫われてしまうんじゃないかと、それが怖くて足を踏ん張らせて連れ去られないように必死だった。
「ダメだね。ごめんね待たせて、すぐに逝くから」
その時わたしの背を遥かに超える高い高い波がわたしの視界を埋めた。
「夜の海は青くて怖くて……きれい」
わたしの体全てを波が覆い隠す。
波が岸までたどり着いた頃にはわたしの姿は夜の海の中へと消えた。
《夜の海》
短針は十一を、長針は六を少し過ぎたところ。
リビングにある洒落たデザインの時計は要(かなめ)の父親の趣味だった。
その時計に合わせてシックな基調のリビングは、誰でも落ち着きを感じられるだろう。
そんなリビングで格闘ゲームの真っ只中、
「——今から海行きたい」
突然友人がこんなことを言い出したとき、どう答えるのが正解なのか。
「……は?」
一瞬で答えが出る訳もなく、困惑が口を突いて出る。
いや今一緒にゲームしてるだろ、とか。
昼間ならまだしもこんな夜に行ってなにするんだ、とか。
そもそもこの時期ならクラゲに刺されるかも知れないだろ、とか。
額縁通りに受け取ればそんな言葉しか返せないだろう。
「……はあ、いいけど」
どうせ一度言い出したら聞かない、既に立ち上がった友人——圭(けい)の手を取ってソファから立ち上がる。
プレイ中のゲームが格闘ゲーでよかったと思う要は、一時中断して電源も落としておく。
「ここからバイクで十五分! 運転よろしく〜」
「夏とはいえ、一応上着羽織っとけよ」
夜に海に行くことなどなかった為、潮風が暑いのか涼しいのかはわからない。
この冷房の効いた部屋から出たくない体は、のろのろとスマホと財布とをポケットに入れる。
「ねぇ、まだぁ? 要くん、早くしてよ〜」
「はいはい。待てって」
適当に黒のパーカーを羽織って玄関へ向かうと、タオルを手にした圭は準備を終えていた。
戸棚にあったヘルメットも二つ抱えている。
「……あれ、俺場所とか教えたことあったっけ」
「この前おばさんが教えてくれたよ?」
「ああ、そう」
スニーカーを履きながらの会話でわかったことは、要の知らぬ間に圭と母親が仲良くなっていたことだ。息子の友人なのに、その息子が知らなかったとは。
世話好きの母親らしいと呆れながら、要は家の鍵を閉めた。
「……んじゃ、行くかぁ」
「れっつごー」
だらだらしている内に圭の気が変わらないかと期待してはいたが、その気配は全くない。
要は漸く諦めが付いて、海へとバイクを走らせた。
天気がよく、星もちらほらと見える中。
「……流石に暑ぃな、こりゃ」
「要くーん? 上着やっぱ要らないじゃん」
「だったな」
二人して、着いた瞬間これである。情緒は何処。
道中は風もあってか比較的涼しいと思っていたのだが、実際は微風で潮風も温い。どちらかと言えばじとじととした空気だ。
砂浜近くでバイクを停め、上着を置いて海へと近付く。念の為スマホと財布も置いて行くことにした。盗られる心配もなくはないが、濡れる心配の方が多くこの時間に人通りは多くないと見越してのそれである。
「ね、夜の海ってさ、結構深いよね」
「色か? あー……そうだな」
近くで見ると尚更だ、と要は思う。
月明かりで余計に闇が深く見えるのか、どこまでも昏い海に引きずり込まれそうだった。
「これはこれでキレイかもな……って、おい!」
要が水面に魅入っている内に、圭は砂浜に靴を脱ぎ捨てて浅瀬ではしゃいでいた。
足首まで浸かった圭は、この後のことを考えているのかいないのか。
「あんま遠くまで行くなよー、服、濡れんぞ」
「わかってるって。心配症だなぁ、要くんったら」
「わかってないだろ」
現に膝までを浸からせた圭には、真の意味では言葉が届いていない。
遠くから眺めていた要だが、このままでは泳ごうとすらするのでは、と焦り海へ近づいて行く。
「圭! もう腰まで浸かってるぞ」
「……要くん、オレを捕まえてみてよ」
その言葉に要は足を止める。
「変なこと言ってないで上がってこい。風邪引いても知らねーぞ」
「要くん、いいの? オレどんどん離れるよ?」
宣言通り一歩、また一歩と圭は距離を取っていく。
しかも要に顔を向けたままだ、いつ深みに足が嵌ってしまうかと気が気でない。
「せめて前見ろ」
「見てるじゃん」
「じゃあ後ろだ」
軽口を叩く暇などない筈なのに、いつものように返してしまう。
要の足は波が時折攫う砂浜で止まった。
「……っ、なんで急にこんな」
「なんで? わかってないと思ってんの、オレが」
要の疑問に苛立ったのか、圭は声を荒らげる。
「あのさぁ、いい加減にしてほしいんだけど。オレに気を使ってもなんの意味もないことくらい知ってるよね? わかっててやってんの? 意味わかんない」
「なに言って、」
「わかんないなら言ってあげようか、代わりに」
圭の目が冷たく感じ、ふいに要は手を伸ばした。
きっと、口を塞ぎたかったのだろう。
「今日ずっと上の空だったじゃん。なんか言いたいことあったんでしょ? 水嫌いの要くん」
それは呆れも混じっていて。
ただ、それだけではなかった。
「…………今日、プールがあって」
観念した訳ではないが、要は、つと話し始めた。
「ふざけてるヤツらがいて。俺は腹痛いからって、見学してたんだけど。なんかノリで、水掛けられて。顔に掛かんなかったんだけど。そしたら、また掛けてきて。顔に当たって動揺しちまって。一瞬パニックになって、足踏み外して……中に落ちかけて」
話している内に顔が下がっていくのを感じながら、それでも見られたくないからと要は俯く。
「ふざけてたヤツらが助けてくれたんだけど、片足濡れて。それでまぁ、なんだ。ちょっと……パニクったってだけなんだけど。その場で取り繕えるくらいだったから大したアレじゃなくて」
「……それでも頭に残ってたから、オレに話そうと思ってたワケ?」
「いや、まぁ……なんつーか、そうだわ」
「ふぅーん?」
若干の気恥しさを覚えながら要が顔を上げると、圭は更に遠ざかっていた。
胸の辺りまで浸かっている。
「ちょっ、はぁ!? なにしてんだよ、聞いてなかったろ俺の話!」
「聞いてた聞いてたー! ……そんな要くんにオレは捕まえてって言ってたんだけど、聞いてた?」
「聞きたくなかったわ!」
冗談かと思えば、その目は確実に本気だ。
片足をプールに突っ込んだだけであの動揺具合だった要に、海に飛び込んでこいと言うのか。
嫌々ながらも要は深呼吸をして、スニーカーを脱いで靴下も脱ぐ。
「お? 来てくれんの、要くん」
「そこまでは行ってやんねぇからな……!」
舌打ちをして、要は海に足を踏み入れた。
その瞬間ぞわりとする。
同時に怖く思うが、構わず足を進めた。
「圭、さっさと戻ってこい」
「やだよー、オレは水好きだもん」
「好きとかあんのかよ……」
「要くんはどうせ来れないんだし、待ってたら?」
「るっせぇな、テメェ」
「あは、意地になってんじゃん。うける」
「舐めんなよ、俺の負けず嫌い」
「ガキじゃん」
「はあ? 圭に言われるとか終わりだわ」
「はい? そっちこそ舐めてない、オレのこと」
「合ってるだろ」
「間違ってるんですけどー?」
「はっ! おら、手ぇ出せこの馬鹿」
「なに——馬鹿じゃん」
恐怖心を会話で紛らわせながら、要は圭に手を伸ばす。
海に腰程まで浸からせた要の手は、震えていた。
手だけでない。足も、体全てだ。
「あっはは! ホントに来たの!?」
「馬鹿、これ以上は無理だっての」
「はー……面白いね、要くん」
こっちはそれどころでない、と要が圭を睨むと、その手を取るべく圭は動いた。
「要くんに免じて帰ってきてあげる」
「早くこい」
その手を圭が握ると、余計にその震えが伝わる。
よくよく見れば顔色も悪い。
「意地悪してごめんね、要くん」
「……マジでふざけんなテメェ」
素直でかわいい友人に圭は笑う。
水嫌いのくせに、頑張ってここまで来るとは。
「要くんがなんか隠したまんまなの、悲しいし寂しいんだからね。今後は直ぐに言ってよ?」
「……善処するわ」
海から上がると、服は重いうえ肌はベタベタとしていて最悪だった。
潮風も温く乾かす気などなさそうな弱さだ。
「気持ち悪ぃ……入るんじゃなかった」
「あははー、これはこれで醍醐味だよ」
「なんのだよ」
「……着衣水泳?」
「どっちも泳いでねぇわ」
靴を履くとバイクまで戻ってTシャツを脱ぐ。上着だけ羽織ると、まだ不快感はマシだった。
「ねぇ、要くん」
「あんだよ」
「ありがとね」
「なにが」
「……さぁて、帰ろっかー!」
要の言葉には答えないまま、圭は歩き出す。
いつもと変わらぬその声に要は、
「誰のせいで濡れたと思ってんだ。後で俺になんか奢れよ」
ため息混じりの声で応えた。
「ジュースでいい?」
「んー、却下」
「アイス?」
「高級なやつな、よろしくー」
「……いいけど、まずは家帰って風呂でしょ」
「だな。先入って、そんで俺が風呂入ってる間に買ってきといて」
「バニラ?」
「聞くまでもねぇだろ」
「だねー」
夜の海に、二人の声は響かないだろう。
波の音が総てを、攫ってしまうから。
天から“負”が降ってくる。
地面を叩く無数の音が鳴り続く。
人の造った物が揺られ、それに耐えようと歯ぎしりの音も聞こえる。
大きな天に抗うべく私はカサを差す。
しかし、横に流された“負”は無情に背中を刺し続ける。
逃げるように前に走れば今度は正面からぶつかってきた。
カサは“負”を防ぎきるにはあまりにも小さくもろかった。
すぐにカサは役立たずになった。
私が少しずつ削られ、えぐられ、溶けてゆく。
私はそれでも“負”に耐え天の下、強い光を待っている。
「夜の海」
特に理由もなく、私は夜の海を見ている。
寄せては返す波の音に耳を澄ます。それ以外の音はしない。
向こう岸の光に目が眩んで、思わず目を瞑る。
昼間はあれだけ透き通った青だったのに、今はもう真っ黒だ。
こんな都会じゃ星が降り注ぐことも、月が海に映ることもない。
夜空も海も、全部真っ黒。
なんとか見つけられた夏の大三角に手を伸ばす。当然届かない。
向こう岸にも手を伸ばす。私の腕は届かない。
小さな星の光も、私には届かない。
なんだか、寂しいな。
何にも手に入らないみたいで、寂しい。
空も海も、私のからっぽの心を映しているみたいだ。
……でも、もっと進んだら。もっと手を伸ばしたら。
星明かりも、街の灯火も手に入るのかな?
私の心も、光で満たされるのかな?
孤独で冷たくなった足で、私は光を求めて歩き出した。
【面白いことが起こったから書かせてほしいんだけど、話してもいいですか?】
【これは、僕が精神的にやられていて、死のうと考えちゃった時の話なんだけど...】
気づいたら自暴自棄になっていたみたいだ。
だから自分は海に行くことにした。
ぼーっとしてたら気づいたら周りは暗いし誰もいない。
あわよくばこのまま海に呑まれてしまわないかな。
誰にも見つからない場所でそのまま...
そう思いながら夜の海へと向かっていった。
「...さん!湊也さん...!」
目を覚ましたら自分は病院にいた。
なんでここに...?
助けてくれなかったら楽になれたのに...
「よかった...!あなたが海で溺れているのを彼が助けてくれたんですよ!」
自分のことなんて助けなくてよかったのに...
でもお礼は言わないと、
「あ...ありがとうございます」
『いいんだよ、今後はこんなことしない方がいいよ』
「え...?」
『これからいいことが起こるかもしれないから』
そう言うと去っていった。
まるで自分の未来が見えてるみたい...。
なんかムカつく...。
実際いいこと...?は起こった気がする。
これまで全然話しかけてこなかった人が急に話しかけてきたり、僕の好きなことが他の人に褒められたり...
クラスに居場所ができた気がする...!
あの人はこれを見越して言ってたのかな...
【ちなみにフィクションじゃないからね!?】
【実際にあった話だから!】
夜、毎日必ず行くところがある。
それは海。昼は青く、夕方はオレンジ、夜は暗い。
それぞれの時間帯で色が変わる海が大好きだ。
特に、夜に行くのが好き。
いつも海を見ながら、今日は何をしたのか、誰と会ったのかを思い出す。
そうすると、24時間の中の時間で、こんなにも沢山のことをしたんだ。という気持ちになれる。
1人で見て1人で考える、そんな時間が僕は好きだ。
夜の波の音を聴いて、時々、昔のことを思い出す。
今は海が大好きだけど、昔、1度だけ、海に溺れたことがある。
それはすごく小さい時だった。まだ4、5歳だったと思う。親が目を離した隙に溺れてしまったのだ。
それなのに、なぜ今海が好きなのか?と思う人も居るだろう。海に溺れた時、助けて貰ったのは海だからだ。
溺れて、もう死んでしまうんじゃないか。と思った。
でも、海が僕のことを陸地まで連れて行ってくれた。
言葉で表すのは難しいけど、とにかく、海が僕を救ってくれたのだ。
あの時海が救ってくれなかったら、今頃僕は居なかっただろう。でも、僕はここに居る。海が救ってくれたから。救ってくれた、海が大好きだ。
僕は海がずっと大好きだった……いや、これからもずっと海が大好きだ。
『お題:夜の海』
揺蕩う。何よりも高く、何よりも深いあの海を。
真珠のような煌めきを繋いで「絵本のお話みたいだね」って君と笑いあった、あの日の夜。
泳ぐこともできなければ、水もない。だけれどあの日のそれは紛れもなく海であった。
望遠鏡なんていらなかった。僕と君の目に、脳裏に、記憶に焼きついているだけで、その物語は確かに残り続ける。
君がいなくなっても、僕は夏が来るたびにこうしてあの日を思い出す。
君の命が細く淡くなっていく様を、ただただ見つめていることしかできなかった、あの時の穢れた僕の命をどうか許してほしい。
そんな言葉は届くはずもない。だけど、月明かりに照らされた時、どうしても君を思い出してしまうんだ。
夜の海の煌めきを繋ぎ合わせて紡いだ、君と僕の思い出という名の物語を。
八月、厭に暑い夜。天を見上げると、そこには今日も依然として広い海が広がっていた。
君がいなくても、それでも僕が生きていても。
海は何も語らずに、僕の思い出を物語にしてくれた。
また来年も、そのまた次も、何年経っても。
どうか、物語へ馳せた想いが、遠い遠い場所にいる君に届いてくれますように。
『夜の海』
ぐるりと海に囲まれた場所で生まれ育ったので、夜だろうが昼だろうが、いろんな海の顔を見てきたつもりだ。
それでも、台風で荒れ狂う海だけは、直に見に行かないようにしている。
――命に関わるので。
お盆の海には入っちゃいけない。
台風の海を見に行っちゃいけない。
このふたつは幼い頃から嫌と言うほど言い含められてきた。
さらに言うと、夜の海にも入っちゃいけない。
これは、身内の怖い体験によるものだ。
で、いま現在。
テレビから次々と映し出される映像を見ている。
夜の海、加えて台風に荒れる海を。
自分なら、いや、地元民なら決して近づかないだろうに、画面の中の人たちは口を揃えて言う。
「安全を確保してお送りしています」
誰もいない夜の海に1人で来た
月と星のあかり以外、ほぼあかりがない海は私の心のように真っ黒
「同じ黒でも海は綺麗だな…」
水面に映る月や星
それらを見ながら押しては引く波の音を聞くだけで黒く染った心が洗われるような気がする
夜の海は私にとって癒しの場所
この時間は誰であっても邪魔はされたくない
日本海の荒れた波が、香澄の足を濡らす。
ふくらはぎに力を入れて踏ん張っていなければ、時折おしてくる膝上までの波に持っていかれそうになった。
空も海も真っ暗で、ただたくさんの星とぼんやりとした月明かり、スマートフォンのライトだけが香澄たちを照らしている。
憂鬱だ、と思いつつも千秋からの誘いを断ることが出来なかった。
香澄と千秋の女子2人と、和也と直之の男子2人の仲良し4人組だ。
かつての仲良しだった4人組といった方が語弊がないだろう。
高校時代は遠足や運動会などのイベントごとはもちろん、昼食やテスト勉強など何をするにも4人で行動をするくらい毎日一緒に過ごしていたが、千秋は地元で就職し、他の3人は県外の大学や専門学校に進学することになっていったため、卒業後は自然に会うことがなくなってしまった。
しかし、香澄は友人たちと疎遠になってしまうことが、とても居心地が良く感じていた。
無理をしていたわけではない。
実際、高校時代は3人の友人たちのおかげでたくさんの思い出ができて、充実した日々を過ごせていたと思うし、そのことにも感謝をしている。
あの頃の4人はどこまで行っても並行だった。
でも、今は違う。何もかも。
【夜の海】
お 題:「夜の海」
静かだ。
静寂とはこの事だと言えるほど、静かだ。
こんな日は、内側に舞ってくる“葉”が
ただただ煩わしい。
何か他に声が聞きたくて、外へ出た。
ガラガラガラ
晩夏。
夜の声は、想像より美しい。
リリリリリリ
ビーサンをペタペタ鳴らしながら、
波が呼ぶ方へ、
呼ぶ方へ。
ざざー
ざくざくざく
ざざー
浜に立つ
月が、水平線を照らしている。
「あそこも波が立ってるんだろうか」
ふと出た音は水面に溶け、
素足から伝う砂の感触は、
いつになっても形容できないでいる。
さめてしまった砂の上、
汚れることなど百も承知。
大の字で星をみる。
あたたかい砂の上、
潮の香りが涼しい。
波は、“葉”をのむ。
じんわりと砂が、
?
砂が?
風が?
波が?
自分が?
その全てが。
次の朝陽も美しく見せてくれることを、
ただただ噛み締めていた。
深く、暗く、静かに、
夜の海の胃に流れた君
ネオンの輝くこの街で
俺も今日は酒に呑まれよう
夜の海に行くと神隠しに遭う。
という言い伝えが古くからあった。
推定100人以上の女子供が神隠しに遭って、夜の海岸および夜の砂浜は、季節問わず幽谷の谷底のように、感情の起伏がなかった。
夜間より太陽が目覚めて、海と海岸線を明るく照らし出すようになってもなおのこと地元民は近づかず、何も知らない観光客の一群が、浮き輪やパラソルやレジャーシートなどを敷いて、日が沈む前には宿に引っ込む。
そして夜の海。
数時間前まではあんなに忙しなかった、都会の喧騒の一部具象化があったというのに。
今はもう赤ん坊さえ寝静まる神隠しの様相。
……私も、その一人になるのかもしれなかった。
台風が過ぎ去りし夜は破天荒。
髪を揺らし、服も揺らし、心もより動かされている。
おそらくもう暴風域に入っただろう。
大雨のなぶり殺しにあったというのに、今は風以外は穏やかなで、しかし黒染めされた夜の海は豪快に荒れ叫んでいる。叫んだときの生唾のように飛んできた飛沫。同族であれば今すぐにでも退出したい気持ち悪いものだが、今は違う。自然の力の一端を知った。
小さい頃、子守唄のように聞かされていたものがあった。夜の海にだけ、古都の神社が眠っていると。
それは、まるで広島県の厳島神社のような佇まいだという。
台風の暴風により、夜の海の表面が剥がれかかったときにだけ、頭頂部のみひょっこりと現れるものだという。
私はそれを観に来たのかもしれない。
一向に現れない。
赤い鳥居が海の底。
色素は褪せて夜の海に溶け込んでいるのかもしれないが、それでも神域の入口の役割をしている。
俗世と聖域。その境い目。
普段は海の底のピアノのように、指の爪さえ届かぬ場所にて忘れ去られていて。
今夜のような、拝観料の要らない日に限り、宮司さえ見ることの叶わなかったかつての御神体が公開される。
至高の入口。
それをくぐる機会が仮にあったのだとしたら。
それが今だとしたら。
それが……
それが。
……。
後ろを振り返ると赤い鳥居があった。
目の前に目を戻すと。
ああ……私はもう、10X体目の古神像。
僕が大学生だったとき
新潟と北海道を結ぶフェリーに乗った。
夜中、船室と甲板の間の通路で見た、暗い海が、
僕にとっての一番の絶景だったのだ。
街灯も月明かりもない、空と海の黒さ。。。
漆黒のねるねるねるねのようなものだ。
しかし、その船は、その後廃止されてしまって、僕はその美しい光景を、1回か2回しか、見れなかった。
「夜の海」
【夜の海】
総ての生命が生まれ
そして還り往く場所
その波の音に誘われて
水に沈む音に憧れて
懐かしく優しい安堵感と共に
海へひた走る小さな影
月明かりが静かに見守る中で
生まれたばかりのその影は
時に天敵に飲まれ
時に波に飲まれ
ひと握りの生命だけが海に還る事が許される
誰に教わることも無く
誰に助けられることも無く
只々、生きたいという願いだけで走り続ける
静かな静かな夜の海の
小さな小さな生命の物語
海が与えた生命の試練の物語
昨日、木更津からのアクアラインでの帰り道。車の窓越しから見えた夏の夜空に浮かぶ花火。キレイな夏の思い出。