泡沫花火

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ふたりだけしかいないのに、なまぬるい風が彼とわたしだけじゃない世界のすみっこで絡まる指先をそっと撫でていく。波の音が柔らかい光の下で静寂を歌って、わたしの心臓はそれに合わせるようにゆっくりと拍動していた。

繋がれた右手を辿って隣を見上げれば、夜闇に差し込んだ明かりが彼の白い肌を縁どって綺麗な青が覗いていた。

こんな暗い中でもあなたの瞳は眩しい。
ずっとそうだった。
血と呪いに塗れた世界で、常にいちばん前でわたしたちを明るい方へと導いてきたその瞳。

それに比べてわたしは、あなたの足手まといにならないように、追いかけて、でもまたすぐに引き離されて。まるで波のようだと、唐突に思ったそのとき。

朧気に踏み込んだ足元をさらさらとした砂にさらわれた。

あ、と思うことも出来ないままぐらりと身体が傾く。ばかだなぁと、どこか他人事のように考えていると、大きくて力強い手がぐ、と、腰に回った。

「あ、りがとう」
「ん」

単音だけで返事をした彼の双眸がわたしに向けられているはずだけれど、月明かりを背負っているせいでよく見えない。引き寄せたくて、随分高い位置で呼吸する彫刻のような顔に触れると、不意に彼の手が重ねられた。そのまま膝を折った彼の唇がゆっくりとわたしのそれに押し付けられる。


そっと閉じた眼の奥で、なるほど、と納得した。
わたしは波ではなく、砂だった。踏まれても踏まれても彼の足の形に順応しようとして、それでいて靴の隙間から際限なく入ってくる細砂のように、未練だけがいつまでも。



「明日帰ってきたらさ、どこか遠い所に旅行したいなって。だから…」

待っててよ。

そっと離れた唇から、海の匂いに溶け込めなかった彼の音が静かに溢れる。口に出したところで決して叶わない想いを抱えた心臓が泣き出して、つられて緩む涙腺を堪えながらわたしは必死に首を縦に振った。

「いってらっしゃい」

言いたかった言葉と、言わなかった言葉を一思いに呑み込んだわたしたちが、

願わくば、

8/16/2024, 11:04:10 AM