『遠い日の記憶』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
《巡り逢うその先に》
第2章 ⑦
主な登場人物
金城小夜子
(きんじょうさよこ)
玲央 (れお)
真央 (まお)
椎名友子 (しいなともこ)
若宮園子 (わかみやそのこ)
東山純 (ひがしやまじゅん)
向井加寿磨 (むかいかずま)
ユカリ (母)
秀一 (義父)
桜井華 (さくらいはな)
高峰桔梗(たかみねききょう)
樹 (いつき)
柳田剛志 (やなぎだたかし)
横山雅 (よこやまみやび)
京町琴美(きょうまちことみ)
倉敷響 (くらしきひびき)
葛城晴美 (かつらぎはるみ)
犬塚刑事 (いぬづか)
足立 (あだち)
黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
急な坂道を300m程登ると屋敷が見えてきた。
外壁を塗り直し、玄関周りはサイディングを施し花を植え明るく迎えてくれる。
大きめの玄関ドアを開けるとタイル貼りの床に左側はシューズインクローゼット、右隅には観葉植物がある。
1階には20畳のLDKに8畳の和室6畳の書斎にトイレ洗面所バスルームがあり、2階には3ツの洋室があり、その一室が僕 向井加寿磨の部屋だ。
崖っぷちに建っている僕の部屋からは街の全てが見渡せる。
4年ぶりに見る景色は以前のままだった。
加寿磨は都内の大学の法学部へ入学が決まり、この崖っぷちの家に戻ってきたのだ。母は2年前に向井秀一と再婚し、秀一の仕事の都合で都内に引っ越すこととなったので、ユカリはこの崖っぷちの家に戻りたいと頼んだのだ。
加寿磨は初めてできた友達と別れたくなかったので、高校を卒業するまでは祖父の家で暮らすことにした。
そして今日、崖っぷちの家に戻ってきた。
その頃、高峰樹は引っ越しの荷造りをしていた。
樹は、小学生の時に両親を殺害され、その時に知り合った桜井華(警察官)の家に、姉の桔梗と共に暮らしていた。
「樹、お姉ちゃん達と離れて寂しくないの?」
「姉ちゃん、俺18だよ。それに加寿磨と一緒なんだから大丈夫だよ」
「明日お姉ちゃんも一緒に付いて行ってあげようか?」
「姉ちゃん明日仕事でしょ。警察官がそんなことで休んじゃダメでしょ」
「だって、加寿磨君の家でお世話になるんだからご両親にちゃんとごあいさつしなきゃいけないでしょう」
「いいよ、もう子供じゃないんだから」
そして華が帰ってきた。
「桔梗、明日の有給休暇OKだ」
「ありがとう華さん」
「姉ちゃん、マジで付いてくるのか」
「樹、私も一緒だ」
「華さんも一緒!警察ってそんなに暇なの?」
「そうじゃないさ、私達は樹の親代わりだからな、当然の有給休暇が認められただけさ」
翌日3人はほとんど遠足気分で加寿磨の家に向かった。
「いらっしゃい。まぁ皆さんご一緒で、どうぞお上がりください」
「お久しぶりですユカリさん。これから樹のこと、よろしくお願いします。言うこと聞かなかったら遠慮なく叱って下さい」
「樹君は加寿磨にとって大切なお友達ですから、一緒に居てもらえるなんて感謝しているんですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです。ちょっと樹のお部屋を見させていただきますね」
「はい、遠慮なくどうぞ」
2階に上がると樹は加寿磨の部屋にいた。
「加寿磨は、ここから紙飛行機を飛ばしたのか、中学校は?」
「あそこだよ」加寿磨は左前方を指差した。
「凄いな、300mくらいあるんじゃないか?、あそこまで飛ぶなんて、それだけでも奇跡だよ」
桔梗と華はふたりの話しを聞いて窓に近づいた。
「どれどれ、本当だあんなに遠くまで、しかも、それを彼女が見つけるなんて宝くじレベルだよね」
桔梗と華は窓から街並みをながめていた。
「これからどうやって彼女を探すんだ加寿磨?」樹が加寿磨に問いかけた。
「あの時、彼女に連絡をとってくれた椎名友子さんを探す」
「その子の住所はわかるのか?」
「いや、わからない。でも椎名さんもあの中学校出身だから、近くに住んでるはずだ」
「わかった、俺も手伝うよ。写真はあるのかい?」
「いや、ない。僕も4年前に2回会っただけなんだ」
「そんなんで、本当に探せるのか?」
「大丈夫、奇跡は必ず起きる」
加寿磨の意志は揺らがない。
そう、それが加寿磨なのだ。
桔梗と華は次の日が仕事なので、早々に帰って行った。
一方、金城小夜子はサイクルショップ田中2号店の経営も安定してきたので、アルバイトを雇うことになった。
小夜子より2才年上の大学生で東山純だ。ふたつ上だが、今年大学に合格して、高知からここ福島に単身で越してきた。
「よろしくお願いしますね、東山さん」
「こちらこそよろしくお願いします金城店長さん」
「小夜子でいいですよ」
「じゃあ、ボクのことはジュンと呼んでください」
ふたりはとても相性がよく、1週間もすると自分のことをいろいろ話すようになっていた。
「ボクは高校2年生になってすぐに病気になって1年間休学していたんです。友達がお見舞いに来てくれた時に言っていたのですが、球技大会の卓球で足の悪い1年坊主が、卓球部員を負かして優勝したらしいんです。ソイツは1年ほど前まで歩けなかったみたいで、おまけに卓球を初めてやったらしいんですよ。
ボクは見てないので、どこまで本当なんだかわかりませんけど。
そんなことがあったので、学校ではちょっと有名人になったみたいで、噂によると高校入学前に引っ越して来たらしいです。
それにどうやら、小・中学校には行ってなかったらしいです。
それなのに成績は学年トップなんですよ。
世の中には凄い奴がいるもんですよね。
小夜子さんと同じ歳ですよ。
小夜子はその話しを聞いて、もしかしたらカズ君じゃないかと思った。
年齢も引っ越した時期も学校に行ってなかったことも一致する。
「ジュンさん、その人の名前はわかる?」
「向井だよ」
小夜子の祈りは一瞬で打ち砕かれた。
「どうしたんですか、知り合いだと思ったんですか?」
「うん、でもそんな偶然ある訳ないよね。あったら奇跡だよね」
「奇跡と言えば、もうひとつ話しがあるんですよ。でも、さすがにこれはデマだと思いますけど。なんでも引っ越してくる前の場所でラブレターを書いて紙飛行機にして飛ばしたら...?どうしたんですか小夜子さん、急に泣き出したりして、大丈夫ですか?」
「それ、私なの」
「何がですか?」
「その手紙受け取ったの私なの」
「えっ!マジですか?」
「でも、名前が違うのはおかしいわよね」
「それは、向井が1年生の時にお母さんが、再婚したからですよ。旧姓は何て言ったかなぁ珍しい名前だったんだけど?」
「鬼龍院」
「そう、そうです鬼龍院です。って、この話しって本当だったんですか?しかも、相手が小夜子さんなんですか?」
小夜子は溢れる涙を止めることができなかった。
やっとカズ君を見つけた。
「ジュンさんはカズ君の住所は知っているの?」
「残念ながらボクにはわかりません。帰ったら地元の友達に聞いてみます」
「お願いします」
そしてその夜、ジュンから電話がきた。
「小夜子さん、すいません。向井のヤツ地元ではない大学に受かって引っ越してしまったようなんですよ」
「どこの大学だかわからない?」
「そこまでは知らないようなので別の友達に聞いて、連絡くれるって言ってました」
「ありがとう。連絡がきたら教えてね」
やっと手にした細い糸。必ず手繰り寄せてみせる。
つづく
遠い日の記憶
何を見ているの?
柔らかな声はとても落ち着く。視線を声の方へ動かしながら腕を伸ばし指先は先ほどまでの視線の先へ向ける。
昔、あの海の向こうにいたような気がするから、どんな所だったかなと考えてた。
それを聞いて興味が湧いたのか、そちらをジーッと見ている。
水平線しか見えない。海の向こうって外国?
やや不満げにこちらへ視線を戻す。
外国?あぁ、そうかもしれないけど…。
けど?何それ?そんなに曖昧なんだから、小さい頃?
心地よい風が吹き、会話が少し途絶える。
ずっとここで立ったままこうやっているつもり?
喉乾いたし、立ったままで疲れるから行こう?
心地よい声だけど少し不安そうな感じがする。うなづくと手を繋ぎ、引っ張り少し先に見えるカフェへ行く。
アイスコーヒーとフルーツパフェを頼むとテラス席から海の方を見る。
また見てる!
え?ごめん。
パフェに乗っている桃を口に入れると嬉しそうに頬を緩ませる。
美味しい!やっぱり桃サイコー!
そしてスプーンをブラブラさせる。
気になるなら行けばいいじゃない?待っているから。海の向こうの外国に。
真面目な顔で見つめてくる。クリームついてるが。
行かない。いや、行けない。もうそこはないから。待たせる事もない。ほら、クリームついているから。
慌ててナプキンで口の端を拭っているが、すぐにまっすぐにこちらを見てくる。
教えて欲しい。どんな所だったのか。国がなくなるなんて考えられない。そんな哀しい記憶思い出したくない?
ちょっと、驚いた。そんな事言われるとは予想していなかった。鮮明によみがえる。遠い昔に海に沈んだ国が。
,
君と初めて出会った日の
微かなときめきは
グラスに注がれた水に
ほんの 一滴
青いインクを落としたように
揺らめきながら
溶けながら
淡く
淡く
わたしの恋心を
染めていた
# 遠い日の記憶
遠い日の記憶
4歳のとき、家族でパンダを見に行ったらしい。うっすらと記憶がある。
不思議なのは、パンダではなく、家族が列に並んでいる光景が頭に残っていることだ。離れたところからカメラで撮ったみたいな。
僕は父におんぶしてもらっている。その姿をなぜか自分が見ている。幽体離脱で飛び出た魂が、自分の体を見ているような、そんな感じ。
昔のことを思い浮かべるとき、似たようなことが度々ある。なぜか自分を自分が見ている。明らかに客観的な視線で。
自分の中に、もうひとり、知らない自分がいる。なんとなくそう思っている。
もうひとりの自分は、時々、僕の記憶を脳に映すだけ。他に何もしないし、何も言わない。
どうしてそんなことをするのか、若い時はわからなかった。
おそらく、僕にとって大事なものだから忘れるなよ、と気を利かせているのだと今は思っている。
僕は記憶力には自信がある。さすがに4歳の記憶は厳しいが、それでも大体のことは覚えているつもりだ。
もうひとりのおせっかいな僕。
いつか話がしたい。お前が何を考えきたのか。僕という人生がどうだったか。
◤Notitle◢
遠い記憶は色褪せる
写真で残し
詳細に思い起こしても
空に散る
未来の夢も不明瞭
紙に書き
詳細に道考えても
地に果てる
思い出を作ろう
消えるけど
目標を立てよう
見えないけど
現在の自分も不定形
地に足をつけ
詳細に今を語っても
海に沈む
テーマ:遠い日の記憶
"遠い日の記憶"
いつまでも心の奥にしまっておくつもりだった。
だって、お父さんもお母さんも隠しているんでしょ
私もこの日常を壊したくなかった。
だから気づいても知らないフリをした。
でもね、嘘や隠し事ってバレるものなんだよ、
私は意を決して気づいていることを話した。
『ね〜、私のプリン2人で食べたでしょ!
隠しても無駄よ!』
食べ物の恨みは怖いんだから
遠い日の記憶
初恋だった人のことを度々思い出す。
今どこで何してるのかな?
元気でやっているのかな?と
あの時しっかり告白しなかった後悔からか
夢にさえ出てくる。
でもそれは嫌いじゃない。むしろ少しだけ心地よく、昔のことを思い出せるいいきっかけになっている。
この記憶はずっとこのまましまっておくのも悪くない。
過去を進ませないでとっておくのも、それもまた人生だなって思う。
蒼は頭、いいもんね。
十二月、片田舎の真っ白な畦道で二人、コンビニの少し冷めたコロッケを食べながら塾から帰った、受験期の聖夜。どれだけ雪が白くても染まらない、彼女そのものの芯の強さを表すような黒髪が揺れる中、ん、と喉だけで返事をする貴女を、今でも覚えている。
あれから、丁度7年。私は地元の国立大学に進学し、なんとなく地元企業に就職し、そこで出会った二個上の先輩と結婚することになった。挙式は年明けにする予定だ。殆どの知り合いには、手紙かメールで、結婚報告と結婚式の出席案内を済ませていたが、小中高とずっと一緒に過ごしてきた蒼にはどうしても直接伝えたくて、高校卒業後に上京した蒼の元まで、私は片道二時間かけて新幹線ではるばるやってきた。東京特有の騒がしさと、それとは裏腹な、冷たい無関心さが私の肌を撫でる。蒼とは御茶ノ水の居酒屋で待ち合わせをしていた。最後に連絡しあったのは五年前。『成人式、行く?』と送った私に対して、蒼は『行かない』と一言だけで返信してきて、それっきりだった。元々淡白な性格の子だった。淡白で、ミステリアスで、だからこそ、カッコ良かった。そんな遠い日の記憶に思いを馳せていると、
「……久しぶり」
蒼が、私の元までやってきた。けれど、その姿は私が知っている蒼とは大きく異なっていた。絹のように光沢に溢れていて流麗だった黒髪は好き放題に伸びてぼさぼさで、肌は荒れ放題、その癖、化粧っ気もない。服は高校時代のジャージ。華奢な背中には分不相応なほどに質量を纏った、大きすぎるリュック。幾ら今日が土曜日の夜だからって、普通の社会人が、ましてや東京だなんて言う、この日本で最も華やかさに気を使わなければならない町でのその風貌は、明らかに他と比べて異質だった。
「………………なんか、感じ変わった?」
敢えて何もなかったかのように、聞いてみる。蒼は、そう?と、あの頃みたいに無愛想に答えた。
とりあえず二人でお酒を頼み、乾杯する。私はカシスオレンジで、蒼はストロングゼロ。まるでガソリンを充填する壊れたロボットみたいに一気飲みする蒼は、少しデカダンチズムな雰囲気を纏っていた。口数が少ない蒼に近況を聞く。
聞くところによると彼女は、かの東京大学にどうしても学びたい教授が居たらしく、その教授のためだけにわざわざ7年もの間、受験勉強をし続けているそうだ。所謂、多浪生。しかも文系。あの頃の高貴で天才的なイメージとは程遠い彼女に、私も唖然とする他、無かった。確かに行き道にも思ったが、御茶ノ水は予備校が多い街だった。蒼は、隣の駿台から直で、この店まで来たのだ。発展英作文の授業の後に。
ストロングゼロを八杯飲み干した蒼は、顔を真っ赤にしながらいつぞやの年の受験問題の批判を早口で繰り広げている。その年は丁度、私が今の夫と出会った歳だった。さっきの話ぶりからするに、その蒼が学びたかった教授は、三年前に退職したらしい。では、蒼は一体何のために、誰のために地元の大地主である親のスネをかじって、自分の人生を棒に振り続けるのか。きっと、彼女にもわかっていないのだろう。そう思いながら、カシスオレンジを口に含んだ。
泥酔した蒼の家の住所をなんとか聞き出し、介抱しながら何とかタクシーに乗せ、家に連れてく。蒼はタクシーの運転手に学歴を聞いて、やれ東大の足切りの点数が高いだの低いだの、今の年代じゃ誰もしないような話をして一人で大声を出して笑っている。高校までの蒼では考えられないような仕草だった。大声ではしたなく笑っている姿なんて、少なくとも私は、一度も見たことがなかった。タクシーの中から見える無数の光線は、一つ一つが星粒のように綺麗で、そんな街に取り込まれている蒼を思うと、街が綺麗であればあるほどに、胸が痛かった。
蒼のリュックサックの前ポケットから鍵を取り出し、蒼を抱き抱えながらドアを開ける。刹那に聞こえてくるゴミが崩れ落ちる音。まるでマインスイーパーの様にゴミを避けながら蒼をワンルームの奥のベッドまで連れて行き、寝かせる。終電も無くなったし、今日はここで寝るしかないな、と思い、教材で溢れている蒼のベッドを片付けて二人分寝れるスペースを作っていると、不意に蒼が私の左手を掴んできた。私の左手を天井のライトに透かし、しげしげと眺める。
「これ、指輪、くすりゆびについてるじゃん」
ようやく本題に入れた。私はそう思いながら、決して自慢げに聞こえないように気を使いながら、結婚報告をした。蒼は、目を大きく見開いて、嘘でしょ、と小さく呟いた、蒼の目線があちらこちらを行ったり来たりする。貼り付けられてある五年前のA判定の模試結果。目がチカチカするくらいカラフルな、参考書で埋め尽くされた本棚、それ以外には飲食物のゴミが散乱している、何も甲斐性がない、無機質な部屋。その部屋が、蒼が失った7年を、これほどないまでに如実に表していた。蒼が苦しげな呻き声をあげる。どうしたの、と近寄ったところで、腕をとても強い力で引っ張られ、ベッドに押し倒される。急に入れ替わった視線に私が困惑している間に、蒼が私の腹部に馬乗りになってくる。途端に、首にギリギリと力が加わる。普段回っているはずの血が急に堰き止められる感覚によって、私は今、蒼に首を締められているんだ、と理解した。呼吸が浅くなる。震える手で蒼の腕を抑える。蒼の長い髪が私の元に降りかかる。蒼の瞳から、大粒の涙が零れ落ちて、私の唇に滴下されていく。
「何幸せになってんのよ!!私より頭悪かったくせに、私よりセンター取れてなかったくせに!!」
蒼の悲痛な叫びが、真っ赤になっていく私の頭蓋にこだまする。
「ねえ、私、成人式も行ってない。まだ大学生にもなれてない。後輩だった子たちが、みんな私の受験スケジュール組んでるんだよ!?7年!!7年失ったの、私、7年だよ?もう大垣先生もいなくなって、学びたいこともないのに、未だに受験勉強をして、もう7年。でも、私もう、これ以外に生きてる意味ないんだよ……」
蒼は、私の首を締めていた手を話して、自らの涙を拭い、爪をかみ出す。スーッとした、頭の中に溜まっていた血が、一気に全身に降りてくる感覚。思わず大きく咳き込んだ後、蒼の涙を親指でそっと拭う。上手くいかない時に爪を噛み出すのは、受験期の蒼の癖だった。遠い日の記憶が、またもやフッと蘇ってくる。命の危険があった状況なのにも関わらず、ノスタルジックな気分になる。蒼は依然、泣き声を上げて、自室にある模試日程のカレンダーを、じっと眺めている。私にとっては遠い青春の追憶でも、蒼にとっては今もなお続くことなんだ。そんな残酷な真実を、改めて理解する。私は、こんな立場で何を言ったらいいかも分からないまま、蒼にとって、祝福なのか、はたまた呪いなのか、両方かもしれない、そんな言葉を、投げかけた。
「………来年は絶対、受かるよ」
父に初めて買ってもらった絵本。
今でもそれは私の手元にある。
まるで遠い日の記憶を、忘れないように。
『遠い日の記憶』
No.62『遠い日の記憶』
君と笑い合った。
君と手を繋いだ。
君とキスをした。
これは全て遠い日の記憶。
君はもう、僕の隣にはいない。
最初の記憶は昔の実家の近く
河原で父とてんとう虫を見た
広がる緑に青い空が広がった
次の記憶は階段上の
小さな窓から見えた空
飛行機雲が浮かんでた
次の記憶はボロボロと
剥がれた昔の古い壁
地図を作って遊んでた
幼稚園では泣き虫で
遊ぶことさえままならず
プールをひとり歩いてた
ベランダからはいくつかの
鎮守の森や何らかの緑がもこもこ見えていた
母が洗濯物を干し
私はいつもそこにいた
やがて僕を連れ回す
クラスメイトに連れられて
プラネタリウムの道すがら
坂を登った丘の道
時に一人で遠出して
道に迷った細い路地
いつもほっとできたのは
川にかかる赤い橋
夕陽は僕の頬を染め
町が灯りをともすころ
家路を帰る寂しさを
私はいまも覚えてる
あの日のことは今ではもう
遠い日の記憶
ずいぶんぼやけてしまったけれど
ごく一部は
妙に鮮明に思い出せる
最崖ての古農
能登弁語るや
政ごと
時を汲みとる
みそじといちじ
少年は、数ある楽しみのなかでも、特別睡眠が好きだった。子どもであれば、寝る間を惜しんで他に時間を費やすことも多い中、彼は時間になれば真っ先に眠りについた。
正確に言うのであれば、彼は睡眠が好きなのではなく、夢の中で出会う人物が好きだった。知り合いでもない、全く知らないその誰かに恋焦がれた。
風に揺られ靡く髪、こちらを見つめる瞳、ふわりと浮かべた笑み。まさに、青天の霹靂。少年の初恋を、瞬く間に奪っていった。
眠れば夢を見る。夢を見れば会える。だから少年は毎晩大人しく眠った。
──それは、在りし日の思い出。これと言った趣味もなく、周りへの興味関心も薄かった彼にとって、その存在は偉大だった。彼はまだ、夢で出会った人に恋をしていた。
「はじめまして」
桃色が景色を彩る春の季節。進級し、以前とは違う景色の教室に少し早く着いた彼は、青空に花が舞うのを教室から眺めていた。話しかけられるとは思わず、動揺を隠せない表情で声の方へ顔を向けた。
窓から吹き込む風に揺られ靡く髪。真っ直ぐ彼を見つめた瞳が、ふわりと柔らかく微笑んだ。
それは、夢に見た彼の初恋その人だった。遠い昔の記憶で、薄れず残り続けた残滓が、再び姿を成していく。
「ここの席ってことは、隣同士だよね」
「今日からよろしくね」と、差し出された右手。彼は流れるまま、熱を帯びた右手を差し出し、握手する。
過去が、幻想が、記憶が。ゆっくりと、形作られる。彼に、本当の春がやってきた日だった。
遠い日の記憶。
家族で上野の美術館へ行った。
駅から公園への道で画家か流浪者か分からない人が似顔絵を描いている。
大きくなったら、描いてもらいなさい。
父にそう言われて足早にその場を去った。
大人になってみたら、そこは誰もいなくなっていた。
そこで似顔絵を描いてもらうのは小さな私の夢、だったのだけれども。
遠い日の記憶
このアプリを始めたことによって、遠い日の記憶、というテーマで何か文章を書く必要が生じたことが、代わり映えない日々を新鮮なものにしてくれるという良さがある。
遠い日の記憶、ということの定義を、というよりは自分がどう解釈するか、できるのか、を考えるに、一番素直な解釈は、最も古い記憶について語ることだろう。
私の最も古い記憶は、何歳の頃だったのかわからないが、幼稚園に入る前、父親が引っ越しの準備で棚の高い所から荷物を降ろそうとしているところに後ろから、子供が乗る車(正式名称を調べたらコンビカーと言うらしい)に乗って近づいたら、父親に「危ないよ」と言われたこと。なぜ覚えているのか推測するに、普段優しい父親からの、初めての拒絶ともとれる反応だったからだろう。
他に、遠い日の記憶の解釈としては何があるだろうか。
厳密さを求めるなら最も古い、と言うべきところを、あえて遠い日と言うことで幅を持たせた出題者の意図を汲むと、最も古い記憶を書くのではない別の解釈をしたいところだ。
例えば最も遠くに行った日。
遠くのものを見た日。
遠い日の記憶、というと過去のことに限定されそうだが、未来でも遠いという点では同じにできるのでは?
つまり10年前を遠い日の記憶としてあげるなら10年後でも距離は同じだ。記憶、というところが難しいが。
例にあげた全て書いてもいいが、このアプリがどれくらい長く書けるかわからないのでこれくらいにしておこう。
朝霧の中に
映し出された人影
なにか話しているのかな?
そっと耳をそばだてる
とても柔らかく
優しい声が聴こえてきた
声の主が気になって
目を凝らしてみると
そこには一輪の鈴蘭が儚げに
揺れていた
ふふっと小さく微笑み
キミは最後にこう囁いた
あなたに幸せな約束が訪れますように……
お題「遠い日の記憶」
思い出せない。
思い出そうとすればするほど
思い出してはいけないとブレーキをかけているようだ。
ああ、ようやく忘れられることができたと思ったのに。
忘れられるはずもない。
何度あの日を追想したことか。
今日も過去の思い出に縛られながら生きていく。
もう、なにもおもいだしたくない。
『遠い日の記憶』
一緒になる喜びも。
生きる楽しさも。
自分の醜さも。
愛の気持ち悪さも。
別れの悲しみも。
一つの光粒となり段々と遠い記憶へと運ばれていく。
いつかは星の光みたく見えなくなる時が来るのかな。
→短編・幻の思い出し日記
「えー、迷うなぁ」
「さっきから同じことばっかり言ってんね」
かれこれ10分近く、私たちは大きな棚の前を陣取っていた。棚板で薄く仕切られた中に、はがきサイズの紙が入っている。
「紙ってすっごい種類あるんだね~」
感心する私に、「全部名前がついてる!」と彼女は商品タグを指し示した。
「どれにしようかな~」
再び彼女は迷い始める。これは時間がかかりそうだ。
友人と私は彼女の要望で画材屋を訪れていた。それはカフェでランチをしていたときのこんな会話で始まった。
「遠い日の記憶帳、作ろうかなぁ」
ランチプレートのキッシュを頬張りながら彼女は言った。
「何? どうしたの? 急な文具女子的発言」
「実家でアルバムの整理してたらさぁ、思い出の大事さに目覚めたんだよね~。でも写真以外の思い出って記憶の中じゃん? 書き出してアルバムみたいにしたいなって」
「思い出し日記って感じ?」
「おー、何かいいね。それ、表紙に書くわ」
具体的なアイディアを画材屋に求めて来た結果、彼女ははがきサイズの紙をファイルにしようと決めた。
そして多種類の紙を前に唸っているのである。
「よし! 決めた!」
彼女は1枚の紙を棚から抜き出した。
「1枚だけ?」
「紙、種類多すぎ。とりあえず1枚。これに思い出を書いたら、また新しい紙を買いに来るってしたほうが無駄がなくない?」
あれ? この流れって……。
「そもそも書き出したい思い出ってあるの?」
「あー、紙を選ぶのよりも面倒臭そう」
やっぱりな、もう飽きてんじゃん。
「その記憶帳、完成しなさそう」
「私もそう思う」と彼女は笑った。
テーマ; 遠い日の記憶