少年は、数ある楽しみのなかでも、特別睡眠が好きだった。子どもであれば、寝る間を惜しんで他に時間を費やすことも多い中、彼は時間になれば真っ先に眠りについた。
正確に言うのであれば、彼は睡眠が好きなのではなく、夢の中で出会う人物が好きだった。知り合いでもない、全く知らないその誰かに恋焦がれた。
風に揺られ靡く髪、こちらを見つめる瞳、ふわりと浮かべた笑み。まさに、青天の霹靂。少年の初恋を、瞬く間に奪っていった。
眠れば夢を見る。夢を見れば会える。だから少年は毎晩大人しく眠った。
──それは、在りし日の思い出。これと言った趣味もなく、周りへの興味関心も薄かった彼にとって、その存在は偉大だった。彼はまだ、夢で出会った人に恋をしていた。
「はじめまして」
桃色が景色を彩る春の季節。進級し、以前とは違う景色の教室に少し早く着いた彼は、青空に花が舞うのを教室から眺めていた。話しかけられるとは思わず、動揺を隠せない表情で声の方へ顔を向けた。
窓から吹き込む風に揺られ靡く髪。真っ直ぐ彼を見つめた瞳が、ふわりと柔らかく微笑んだ。
それは、夢に見た彼の初恋その人だった。遠い昔の記憶で、薄れず残り続けた残滓が、再び姿を成していく。
「ここの席ってことは、隣同士だよね」
「今日からよろしくね」と、差し出された右手。彼は流れるまま、熱を帯びた右手を差し出し、握手する。
過去が、幻想が、記憶が。ゆっくりと、形作られる。彼に、本当の春がやってきた日だった。
7/17/2024, 8:43:32 PM