『現実逃避』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
“カレーの匂いを嗅ぐとカレーが食べたくなる”のではなく、“そろそろカレーが食べたいからカレーの匂いを敏感に感じ取るのだ”、みたいな話がありましたね。五歳の女の子に叱られる番組で。
それはともかく、時たま無性にカレーが作りたくなる。
食べたいというより作りたい。
嫌なことがあったとき。あるいは気が向かない用事の前。モヤモヤを持て余してキッチンに立つ。カレーを作っているあいだはふしぎと無心になれる。小洒落たスープだとそうはいかない。ドロドロした不透明のものと時間をかけて向き合っていて初めて私のなかで解消されるものがある、という気がする。
とはいえカレーを極めたいとかではないので普段はレトルト派。最近は無印のマッサマン、マトンドピアザ、コザンブ、トマトのキーマあたりが好きです。
(現実逃避)
「試験前ってやたらと掃除するだろ?」
「あるあるだな」
「で、これだ」
そう言って竹中は目の前のプラモデルを示した。掌に乗せられる大きさのロボットはよく見ると、プラスティックの質感は見られず、紙で出来ているようだ。紙に写った文字まで、ロボットの柄に見える凝りようで作成の苦労がうかがえた。
「勉強しろよ」
ただえさえ明日の試験は、難しすぎて事前に参考例題が配られたぐらいなのだ。ロボット作ってる場合ではない。ごく当たり前の忠告を入れると、竹中は深く頷いた。
「俺そう思う。でもな、困ったことがあって」
「なんだよ」
竹中はなぜか声をすぼめて言った。
「これ、例題のプリントでできてるんだ」
馬鹿野郎。心からの叫びで俺は竹中を怒鳴りつけた。
二人で一緒に俺のプリントをコピーしに行ったのはその後のことだ。
現実逃避。
それは逃げることになってしまうかもしれない。
考えたくないこと、辛いこと、たくさんあると思う。
現実逃避をしないと生きていけない時だってある。
逃げ道を作ることで少しでも楽になれるなら
現実から目を背けるのは悪いことじゃない。
現実から逃避しても
空想の世界に生きても
それもまた現実
美術館の特別展。
満を持しての劇場版公開。
再燃した休日のお菓子作り。
休みの日に入れたい楽しいスケジュールが目白押しだ。
それなのに、どうして本社は空気を読まないのか。
資格更新のキャンペーンが何故今なのだ。
面倒臭いことこの上ない、が。
受講はフリーとは云え、肩書きもある分、ペーペーの頃のように無視できないのが憎らしい。
観念して、試験の資料を机に広げる。
決めた。今日の休日は一日自宅で過ごそう。
観たいドラマもあるけれど、取り敢えず娯楽は後回し。
気は乗らないが、先に試験勉強に打ち込むとしよう。
重い腰を上げ、久しぶりにノートパソコンの電源をオンにした。
『更新プログラムがあります。アップデートを開始しますか』
――おう。流石は私の相棒だ。
ご主人の嫌々を読み取って、折角のやる気をへし折ってくるとは天晴れだ。
もう遊んでしまえってことかしら。
溜め息を吐いて、自棄になった思考を引き戻す。
アップデートを先送りしたところで、きっと作業途中に同じ警告はまた出てくる。
勉強が乗ってきたところを邪魔されるより、今から更新してしまう方が得策か。
指先でカーソルを操り、イエスを選んでアップデートを始めさせた。
案の定、更新ペースはゆっくりで、しばらくパソコンは使えそうもない。
仕方がない。更新が終わるまで外に出るか。
そういえば、通院のタイミングも近付いていた。
来週にしようとも思っていたが、もう今日行ってしまおう。
ついでに買い物にも足を延ばして、美味しいものを勉強のお供に買って来よう。
その頃にはきっとアップデートも終わっている。と、信じたい。
ちらりとリビングを振り返る。
ちゃんと。ちゃんと帰ってくるから。嘘じゃないよ。
だから、午後には使えるようになっていますように。
私の念が通じてか、返事のようにパソコンが唸る。
優秀な相棒を拝んで、家を出た。
(2024/02/27 title:009 現実逃避)
七、現実逃避
「終わらん」
辺りを見渡せば書類の山。山。山。
「ここが地獄か」
刻々と時間ばかりが過ぎてゆくなか、捌き切れないほどの膨大な仕事量に、アルバートは気が遠くなるのを感じていた。
そんな折、二度のノックが部屋に響く。姿を現したメイドの両腕には、なんと新たな書類が山が。
「追加の書類が届きました。全てにサインをするよう宰相様から仰せつかっています」
「あのタヌキ爺め……」
ここ連日、近々行われる国を挙げての収穫祭に向け、アルバートは朝から晩まで仕事に追われていた。その原因とも言えるのが総指揮官を務めるこの国の宰相であり、彼は文字通り次から次へと遠慮なしにアルバートへ仕事を割り振る。サインのし過ぎでアルバートがゲシュタルト崩壊を起こすのも時間の問題だった。
アルバートは目を閉じて浅く息を吐く。己を律するのに必要な行為だった。
「ミア」
「はい」
「あれを用意してくれ」
主人の雑な指示にミアは目を瞬かせるも、すぐさま小さく頷いた。
仄かに漂う甘い香り。
執務机から抜け出してローテーブルへと移動したアルバートは、ソファに深く腰をかけると早速ミアが用意したひと口サイズのチョコレートを手に取った。
「巷で最近人気の菓子らしい」
淹れた紅茶を主人の前に置いたミアは「それはとても美味しそうですね」と言葉を返す。
「俺は甘いものはさほど得意じゃないけどな」
「ご主人様が食べたくて取り寄せたのではなかったのですか?」
ミアは首を傾げる。
「いや。お前に食べさせようと思って」
そう言うや否やアルバートは自分の隣を指差した。
「ミア、ここ座れ」
「え?」
「早く」
言われるがままミアがアルバートの隣に腰を下ろすと、次いで口元にチョコレートが差し出される。
「口開けろ」
「でも」
「命令」
なんとも横暴である。ミアは困惑した。
けれどもその二文字を使われてしまえばミアは従う他に道がない。おずおずと小鳥のように小さく口を開くと、すぐにチョコレートが放り込まれた。
口の中で滑らかに踊るチョコレートの蕩けるようなその味わいに、ミアは感嘆の声を漏らす。そんな彼女の様子を横から見ていたアルバートはどこか愉しげだ。
「美味いか?」
アルバートの問いにミアはコクコクと頷いた。
「おいひいれす」
「よし。それならもっと食え」
そうして新しいチョコレートがミアの口元に再び差し出される。
「あの……自分で食べられます」
「却下だ」
清々しいほどの笑顔。取り付く島もなかった。
アルバートの手から次々与えられるチョコレートたちをミアは口の中に含んでゆく。そんな二人の姿はさながら親鳥と雛のようだ。
「癖になるな、これ」
アルバートがぽつりと零す。
「……もういっそのこと仕事なんか放り投げてもっと旨いものでも食いに行くか」
「だめですっ」
「このチョコレートよりもっと旨いものを食わせてやると言っても?」
「だ……だめですっ」
なんとも魅力的な誘いに葛藤するも、それを押しのけ慌てて抗議する己のメイドを前に、アルバートはやっぱり愉しげに笑うだけだった。
『現実逃避』
あぁ、自分は今現実逃避をしようとしてる。
それが自分の身を守るための行為だから。
現実逃避が何もいい結果をもたらすことなんてない。
何度も理解してきたのに、また現実逃避をしてしまう。
(※二次創作)(現実逃避)
パルデア四天王チリはとろけていた。
ナッペ山ジム2階の居住スペースには大きな窓があり、雪山の景色を一望できる。リビングのテーブルにつっぷしながら、チリは力のない声を出していた。
「あー……」
「あんた、支度しなくていいの」
家主ならぬジムリーダー兼恋人のグルーシャがやってくる。ちょうど試合が終わったところらしい。久々の挑戦者だが、初めてのジムをここに選んだため、低レベル帯のポケモンを久々に戦わせる羽目になった。やや慌てた様子のグルーシャを思い出し、チリは一言。
「準備が足らへんのやないのー」
「勝ったからいいだろ」
グルーシャは憮然としている。
チリは再び、突っ伏して長い脚をぶらぶら揺らした。ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのにと思う。グルーシャとの甘い時間を楽しみたいのもあるが、理由は他にもう一つ――。
「ねえ、チリさん。あんたブルーベリー学園に呼ばれてるんでしょ。特別教師だっけ?」
「せやかて、ウチが先公なんてタマやないし」
先ほどからうだうだしているのはそのせいだった。新進気鋭の新チャンピオン・アオイが交換留学で行った先の、学内リーグでもチャンピオンになった。チャンピオンの権限として、パルディ地方の名だたるトレーナーを招聘できるようになったのだが、真っ先に白羽の矢が立ったのがチリだった。
「なしてウチなーん……」
「ねえ、もしかして、荷造りしないといけないのに、現実逃避しにここにきてる?」
グルーシャは冷ややかだ。チリは、小言に近いそれを、右から左に聞き流す。図星だった。だが、まだ大丈夫なのだ。出立は明後日の朝。明日はオフだし、丸一日はこのままここに泊まってだらだらしても――。
「しょうがないな」
グルーシャは、どこか萎れた様子のチリの髪をちょいちょい、と引っ張った。
「その特別講師?ぼくも呼ばれてるって言ったら、やる気出る?」
「出る出る超出るぎょうさん出ちゃう!」
チリは跳ね起きた。
現実逃避
『彼岸の町』
浴室を真っ暗にすると、時々浴槽の底からボンヤリとした光が見える。
水面を掌でかけば、たちどころに消えてしまう仄かな灯。
それを消さぬよう、つま先からそっと湯船に入る。
身体の周りを光の玉が飛び交っているのが分かる。
やはり手で光に触れることは出来ない。
それを捕まえるには、潜るしかない。
私は息を止め、頭のてっぺんまで湯に浸かる。
そうすると蛍の様な夜光虫が尾を引いて飛んでいるのだ。
更に潜ると、浴槽の底は穏やかな川面になっている。
対岸には橙を灯した美しい町並みが見える。
浴槽の上から見えたボンヤリした光は、夜光虫ではなく町の灯だったのだ。
その川は湖の様に広く深く、とても泳いで渡れそうにはない。
夜光虫の群れが水面を滑るように飛んでいく。
彼らはあの町を目指している様だった。
不意にパチリと浴室の電気が点く。
「お姉ちゃん、また真っ暗でお風呂入ってる」
脱衣所に居るのは5つ下の妹の様だった。
「良いでしょ。勝手にさせてよね」
「良くないよ。私電気点いてないからお風呂に入る準備してたのに、びっくりするからやめてって」
妹の気配が去る。
浴槽の縁に首を預け、湯気に霞む天井を見つめる。
水底の風景について誰かに話したことはない。勿論、妹にも親にも。
やはり、あの町は幻なのだろうか。
光の夜光虫を紡いで橋をかければ、対岸に行けるだろうか。
あの町に行ってしまったら、戻って来れない気がする。
でも、それでも良いんじゃないか。
社会人になって3年が経つ。
夢中になれることもなく、日々のルーチンのみで時は走り去ってゆく。
心の中ではいつも、あの幻の町を見つめている。
仕事中、友人との買い物中、あの灯が無性に懐かしく思える。
きっと今日も、私はあの川面から対岸を見つめるだろう。
行けば決して戻れぬ彼岸であったとしても。
現実逃避には本が1番。
ファンタジーはほんとにいい。
自分の現実がちっぽけに思えてくる。
【現実逃避】
ずっとこの日を待ち焦がれていた
この場所であなたに逢うことを
その姿を 声を あなたの全てを
限られた時間の中で感じるために
眩しい光と響き渡る音の中に
いつもと変わらず笑顔のあなたがいる
誰よりも楽しんでいるように見えるのは
ここにいる人全てに楽しんでもらうためだ
知ってる歌をつい口ずさんでいると
あなたと目が合ったような気がする
思い過ごしだとわかってはいるけれど
私を見つけてくれたような気がして
ちょっとだけドキドキしてしまう
憧れも ときめきも 恋慕う気持ちも
終演とともに再び胸の奥にしまい込む
この瞬間 この感情を 現実逃避というなかれ
《現実逃避》
帝都の中央に据えられた、帝国公認機関。
帝国中で義務と定められている、第一試験なる霊力を計る試験で合格した者のみが、所属の権利を与えられる。
そして、その中でも所属を希望する者が第二試験を受けることができる。
それに合格すれば組織に所属することができるのだが、合格率は三割程度と、低かった。
第一試験の合格率八割に対して、あまりにも低いのではないか。
そう唱えた者が過去に多くいたそうだが、それは組織によって取り下げられた。
理由は単純、組織の任務は命の危険と常に隣り合わせだからである。
霊を祓うことの難しさや恐ろしさは、当事者ら——除霊師らしか知りえない。
窓枠の中を桜が舞う。
艶やかな黒髪を流し、ブーツの踵を鳴らして涼風は廊下を歩いていた。
腰に履いた太刀に結んだ、紐を弄りながら。
「——涼風!!」
名を呼ばれ振り返ると、同期の江藤が駆け寄ってきた。
色素の薄い短髪に、同色の瞳。耳にピアスを複数付けているからか、不真面目そうに見える。だが、実際は同期想いで情に厚い男だ。
「霊が怨霊化してたって聞いたけど……大丈夫だったのか!?」
「まぁ、なんとかな。ギリギリだったけど」
霊は命日から四十九日を過ぎると現世の感情やら念やらによって魂が穢され怨霊化する。
本来の霊であれば数日で自然に成仏する為なんら問題はないのだが、時折霊力が高かったり未練の強い者は長く現世に留まる。
そういった現世に長く留まった霊が怨霊と化す前に祓うのが、除霊師の任務だ。
今回の霊は捜索に時間が掛かってしまった所為か、対峙した時には怨霊に堕ちていた。
怨霊と化した霊は、本能的に人を襲う。
「政治家の奥さんだったっけ。浮気されて自殺したって聞いたから、怨念が強かったろ」
「まぁ……ツネちゃんに手伝ってもらったから」
ツネちゃんというのは、本名はなんだったか、涼風に憑いている狐のことである。狐だから、ツネ、だ。
名もない神様と認識されたツネちゃんは、どこかの土地神だろうと皆納得した。
涼風の霊力が高い所為か、変なモノに懐かれやすいからである。
「そのツネちゃんは今どこにいるんだ? いつもなら肩の上にいるのに」
「力使って疲れたから、お昼寝中だよ」
きっと今頃、部屋で丸くなっている筈だ。
涼風にしか聞こえていないらしい声で、寝言でも言っているのだろうか。
「なら、お前も疲れたから丸一日寝込んでたのか?」
「はは……心配かけてごめんって」
任務遂行が第一だが、怪我が酷かったようで丸一日回復に費やしてしまった。
「心配させられたお詫びに、この江藤様に奢ってくれてもいいんだぞ?」
「誰が奢るかよ。寧ろ頑張った俺を労ってくれよ江藤〜」
「わかったって。これから時間あるか?」
「悪い、報告に呼ばれてるんだ」
「そっか。じゃあまた今度飯行こうぜ!」
「おう、報告行ってくるわ。じゃあな、江藤」
涼風はこういう、江藤との気の置けないやり取りが好きだった。
親友と別れて歩き、廊下の突き当たりにある上司の部屋に着く。
「涼風です。報告に上がりました」
「入れ」
報告は正確かつ端的に。
上司の方針に従って涼風は報告をする。
「対象は怨霊化し、鎮静を図りましたが抵抗が激しく、討伐に至りました。死者は出ませんでしたが、依頼者が負傷。命に別状はありませんが、念の為帝都の病院に入院しています」
「そうか、良く帰還したな。精進せよ。……次の任務はこれだ」
「はい。失礼します」
上司と対峙しているのは息が詰まる。
早々に退室した涼風は、新たな資料を手に自室へ戻る。
「あっ、先輩! 起きてたんですか!?」
「ハナちゃんじゃん。久しぶり」
廊下の途中でふわりと桃色の髪を揺らし駆け寄って来たのは、後輩のハナちゃんだ。
「ハナちゃんじゃなくて、花崗ですっ! あんなに怪我してたのに、五体満足復活……!?」
「ツネちゃんが手伝ってくれたんだよ。心配してくれてありがと」
ハナちゃんの突っ込みはいつも通り無視して、その頭を撫でる。
「あの土地神、中々やりますね……っておかしいですよ! 絶対死んでる傷の深さだったのに」
「そんなに俺に死んで欲しかったの?」
「そんな訳ないんですけど!」
素直な後輩を揶揄うのはよせ、といつもならツネちゃんが諌めるところだが、今日はいないのだ。自重するべきか。
「というか、俺の怪我ってそんなに酷かったんだ」
「そうですよ!」
手を下ろして問うと、食い気味に詰められた。
ハナちゃんは救護班で、口振りからするに涼風の手当を担当してくれたのだろう。
思い出したのか、呆れたように続ける。
「先輩の傷酷過ぎましたよ? 右目は潰れてましたし、左腕は肘から下が欠損。腹が半分抉られて、左脚は腿から下が切り刻まれてました。それに、背中に怨気のこもった矢を六本受けた上に、全身の小さな傷も馬鹿にならない数で……」
怨気、というのは怨霊の攻撃に付随する力で、直人が受ければ魂を穢される。
魂が穢された者の多くは、殺人衝動に襲われたり常軌を逸した言動を取るようになる。
除霊師にはそういったモノに対する抵抗がある程度備わっているが、傷口から直接体内に侵入して来た怨気は強力だ。
正気を保っていられる涼風の方が、この場合は不思議だろう。
「手当しても傷が多過ぎて……一体何をしたらああなるんですか!」
「怨霊化したのを除霊したらああなったんだって」
「うぅ〜……もっと自分を大切にして下さいよ!!」
「わかってはいるんだけどなぁ……ま、気を付けるよ」
ハナちゃんが強く言えないのは、涼風の任務内容が過酷なものだと知っているからだ。
今回の任務も涼風一人に任されたのだが、その時点で人手不足と最前線の厳しさが伺える。
本来霊の捜索から始まる依頼というのは、最低でも二、三人で行うもの。
それを一人で行うのは大きな負担だ。
また、怨霊を発見した涼風が応援を呼んだが、すぐに駆け付けなかったということも聞いているのだろう。
それだけ人手が足りていないのに、依頼は幾らでもあるのだ。多少は無理をするのもやむを得ないが、涼風は余りにも危機感が足りなかった。
それを常々思うハナちゃんは、口酸っぱく注意喚起をするのだ。
「いいですか! 今度無茶しても知りませんよ? 治してあげませんからね!![#「!!」は縦中横]」
「そんなこと言わないでくれよ〜! ハナちゃん以上に腕の立つ救護班の人なんていないんだからさぁ、また今度も頼ませてくれよ」
ハナちゃんは創立屈指の実力者で、最前線に立つ能力はなかったものの救護班のエースとして活躍している。
人体構造の理解と、回復を促進する術式の構築が得意なのだ、と本人から聞いたことがあった。
「……まあ、仕事で振り分けられたら回復してあげますけど。怪我減らして下さいよ?」
「善処しまぁす! ……んじゃ、そろそろツネちゃんが起きるだろうから戻るわ。ハナちゃんまたな、ありがとう」
「はい! 任務お疲れ様でした」
先程受け取ったばかりの資料を持ち直し、自室へと向かう。
扉を開け中に入ると、見慣れた執務室である。
当然だ、涼風の執務室なのだから。
「——……ツネちゃん?」
その声に、伏せていた顔を上げ、胸に飛び込む。
涼風だ。
「ツネちゃん、おはよう」
『涼風っ、おはよう! 涼風!』
「どしたの? 今日は熱烈だなぁ」
椅子に座った涼風の膝の上で丸くなると、手に頭を擦りつけてくる。
「なんだ、撫でてほしいのか〜? よしよし、起きて独りでびっくりしたんだろ。ごめんなぁ」
『涼風が居てくれるなら、何でもいい! 涼風っ、どこにも行かないで』
「あぁ…………うん、そうだな」
涼風は小狐の背をを撫でながら、資料を手に取った。
「……ありゃ、これ、期限明日までじゃね?」
『うん! 今から任務行こっ』
「忙しいのなんのって! ツネちゃん、手伝ってくれな」
ご機嫌な狐を肩に乗せて、涼風は任務へと向かった。
涼風の主な得物は剣だ。
斬る為には接近する必要がある為、ツネちゃんが術式で結界を展開してくれていなければ、今頃多くの傷を負っていたことだろう。
どれほど場が緊迫していても、ツネちゃんが焦ることはない。土地神と言えども神様だからだろうか。
「涼風! 後ろっ」
「——これで最後だッ!」
仲間の声も聞きながら、涼風は剣を振るった。
これで今回は依頼完了である。
「お疲れ様、ツネちゃん」
『涼風、帰ろう』
涼風は嬉しそうに笑って、仲間の元へ向かった。
毎日、依頼が幾らでも積まれていく。
その多さに辟易しながら、ツネちゃんは資料を摘んだ。
「ツネちゃん、疲れたの?」
『うーん……』
「そっか。なら、もう、止める?」
『止めない』
「なら、ちゃんと責任取ってくれよ〜」
『……取る』
似たような会話を日々重ねた上でのこの会話だ、涼風も苦笑い気味である。
「俺がぶっ倒れた日からもうすぐ三十日経つか……」
『涼風、涼風』
「そろそろ重要な仕事、行くっきゃないな?」
『涼風——』
ツネちゃんは嫌な胸騒ぎがした。
涼風がまた無茶をした。
その報せを聞いた花崗は、軽負傷者の治療を他の人に渡して、重負傷者の運ばれた部屋へと走った。
幸い涼風の他には大きな怪我はなかったようで、扉を開けてすぐの寝台に寝かされていた。
花崗は努めて冷静に診察を始めた。
「先輩また怪我して……あれっ? 傷が、ない……?」
大きく服は裂かれているものの、血が付いているだけで傷口がない。また、怨気も残されていなかった。
それを認めて、花崗は部屋を飛び出した。
「江藤先輩ー! どこにいるんですか、江藤先輩!?」
「おー、どした、花崗」
江藤も涼風の話を聞いたのか、こちらに向かって来ている途中だったようだ。
「聞いて下さいよ! 涼風先輩に傷がなくって……!」
「おー……おー? それはいいことなんじゃないのか」
「よくないですよ! 救護班でもない先輩が、傷をどうやったらすぐ消せるんですか」
「あれだろ、今回は最初から怨霊を祓いに行ってるから……形代を使ったんじゃないか?」
形代とは、除霊師の使う術式の一つだ。
予め人型の紙に術式を書き込んでおき持っていれば、霊力を大きく消費するが好きな時に発動できる。
発動していれば、次に来る怨霊の攻撃を形代の紙に肩代わりさせられるのだ。
例えば、避けられない攻撃が来た時に、その一撃を浴びる前に形代を発動していればその傷は紙に移される。つまり、無傷で済むのだった。
「最初は僕もそうかと思ったんですけど、致命傷に成りうる大きな切り口が五つ在ったんです。血も付着していました」
「血は他の奴のかも知れんが……形代発動に、めっちゃ霊力喰った筈なんだけど」
「そうですよ。三十日程前に先輩に聞いた時は、一日で三枚発動するのが限界だって言ってました。それもツネちゃんの力を借りた上で、だそうです」
「なら無傷は可笑しいよな……他の奴に追加で複数掛けてもらう程、自分が生き残ろうとは思ってない奴だしな。あいつは自分の実力を過信してるし」
「そうなんですよ……なんか、変ですね。何かを見落としている様な気がしてならないんですけど」
「本人に聞くのが早いだろうが、難しいよなぁ……。まあ、取り敢えず様子見に行こうぜ」
「あ、はい! 多分まだ寝てると思いますけど……」
江藤と花崗は涼風の元に向かった。
「あ?」
「えっ?」
だがそこには既に涼風の姿はなく、小さな紙が置かれていた。『傷はツネちゃんに治してもらったから、また今度よろしく〜』と書かれた筆跡は、涼風のものだ。
「勝手に出て行くなんて許せません! けど、他の負傷者もいますので僕は一旦これで失礼します!!」
「お、おう……」
怒り心頭の後輩に、江藤は気圧されながら返す。
「……にしても、ツネちゃんって何者だよ」
その呟きまでを拾って、狐は立ち去った。
終わりを、悟って。
あれから二十日後。
任務を四つ片付けた後、夕闇の中涼風は神社に来ていた。
過去に一度だけ、涼風が訪れたことのある神社だ。
「……ツネちゃん」
『涼風、先に行ってて』
涼風は足を止め——闇に消えた。
鳥居の下に続く石段を登って、彼は辿り着く。
百の鳥居を潜った先にあるのは、社だ。
帝国で最も広く知られている神が祀られている社。
常磐神社だ。
「——涼風」
その声に振り返ると、石段を上がってくる人影があった。
「ツネちゃん……!」
ツネちゃんは、小狐の姿を取っていただけである。
本来の姿は、こうして、人に近いものであった。
白髪を揺らして、無垢な瞳で涼風の姿を認めた。
「涼風、遅くなってすまない」
狐の姿をしていた時は制限されるらしい、神本来の意識が、今のツネちゃんにはある。
その為、幼さも抜け、威厳のある神になるらしい。
「遅いけど……まあ、まだ間に合うからいいよ」
「そうか。ならば、疾く終わらせよう」
目を伏せたツネちゃんを、涼風は抱き締める。
「嫌なことさせてごめんな。でも、もうそろそろ俺が意識を保ってられないんだ。あと十分も持たないかな、多分」
——霊は命日から四十九日を魂が穢され怨霊化する。
涼風は、あの日。
とうに死んでいたのだった。
それを受け入れられなかった神は、騙ることを決めた。
涼風と、伊達に四年間過ごしていないのだ。
癖も何もかもを把握していた神だからこそ、できた芸当と言えよう。
「ツネちゃん、時間がない。もういいよ、俺は十分過ぎる程幸せだった」
「涼風」
涼風なら、どうするのか。
その答えをわかっている神だからこそ、苦しんでいた。
涼風の愛刀を、抜く。
「ツネちゃん。俺、できるだけ消えないようにするから。忘れないで」
「忘れるものか」
陽の落ちる瞬間、神は剣を下ろす。
「先に行って待ってるから、疲れたら俺のとこ遊びに来てね。ありがとう——常盤様」
最期に、やっと名前を呼んでくれた彼を想って。
「——涼風、颯」
消えた涼風の証を探すように、常磐は、神しか知らない名前を口にする。
「なぁ、教えてくれ。我に何故守れなかったのだ」
帝国の守り神であり、現世と常世を統べる神は。
「颯」
常磐様は、それでも消える訳には行かないのだ。
「颯」
仮令、大切な者を守れなくとも。
『現実逃避』
そこに1匹の猫がいた。ある者は『タマ』と呼び、ある者は『にゃん太』と呼び、そしてまたある者は『エリザベス』と呼んだ。
堂々たる歩き方は孤高の雰囲気を醸し出し、そのピンと伸びた尻尾の先までもが野良のプライドと気高さを纏っているようだった。
だが実際のところ、本当の名前は誰も知らない。それどころか、その猫が彼なのか彼女なのかすらも誰も知らないのだ。
現に今この瞬間にも、ゆっくりと近づいてきた若い女性の伸ばした手を、するするっと抜けていく。まるで気安く触れてくれるなとでも言わんばかりに。
そして、少し行った先で再びあのゆったりとした歩みに戻るのだった。
彼は本当の名を『さすらいの小次郎』といった。誰かがつけた名前ではない。彼自身が自分のことをそう呼んでいるのだ。
彼がこの町に来たのは約半年前。その前の町もおよそ半年で後にしたので、この町ともそろそろ別れの頃合いだろう。
こうして日本各地を転々としているうちに、いつの間にか生まれ故郷の北国からこれほどまでも遠く離れた南の地域までやってきていた。
人の文化や言葉が地域ごとに少しずつ違うように、猫の文化もまた行く先々で異なる。挨拶の細かな違いや目上の猫への態度、さらにどんな食べ物を食べるのかまで、そこに住んでみないと分からないことだらけなのだ。
郷に入っては郷に従い、彼はこうして様々な地域で暮らしてきたのだった。
一番南まで行ったらどうしようか。彼は最近ふとそう考えることがあった。
今まで訪れたどこかの町に戻ってそこで余生をおくるのも悪くないかもしれない。その時はこの町も候補に入れておこう。
そんなことを思いながら、彼はこの町を旅立っていくのだった。そして、彼の旅はまだまだ続いていく……
「──ねぇ、さっきから何ぼーっと窓の外眺めてんの?」
隣に座った友人が怪訝そうにこっち見る。
「あ、いや。何でもない」
私は慌てて首を振って、手元のノートに視線を戻した。
「まったく受験生だってのに危機感がないね」
呆れた顔をする友人にごまかすような笑みを返す。
「まぁさ、サキは志望校余裕なんだろうけど。私は必死よ、必死」
そう言うと、友人は再び問題を解き始めた。
「私だって余裕なんかじゃ……」
私の声は静かな図書館に吸い込まれるように消えていく。
手に持った私のシャーペンはさっきから止まったままだ。今日はなんだか気分が乗らない。
日に日に募る不安や焦りを誤魔化すように、私は再びこそっと窓の外に視線をおくる。先ほどの猫はもうどこかに行ってしまったようだ。
あの猫はどこに行ったのだろうか。まさか本当に旅に出たわけでもないだろうから、少ししたらまた戻ってくるだろうか。でも、どこか本当にさすらいの旅人のような雰囲気の猫だったから、もしかしたらそんなこともあるのかも……
そんなことをまた考え始めたので、小さく首を振る。
さすらいの小次郎を次の旅に送り出した私は、頭の中の想像をかき消し、机の上の現実に向き直った。
第三十話 その妃、陰に生きる
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
代々“掃部”として御上に付き従う、天神の血を引く一族。その末裔であり次期当主ともあろう男が、たった一人の少女の命の為に、己の命を粗末にするとは何事か。
主導者とは、時には全ての人間を優しく導き、時には一人の人間を切り捨てるようでなくてはならない。
ましてや、一族に害があるものなら尚の事。
『あなたが害と、誰がそのようなことを言ったのでしょうか』
『そんなの、御上から命が下された時点で察するわよ』
“――そなたの全力をもって、小さき藤の行く末を見守ってはくれまいか”
右腕である一族の存続危機。その救済に御上が指名したのは、左腕の一族。その末裔で末の、幼き少女であった。
『私も、多少なり自覚はしてるから』
御上は、その小さな肩に、この国の未来への責任を背負わせる決定を下した。つまり、幼いうちに少女を命令で抑え込み、そして縛り付けたのだ。
誰もが畏怖する力。
この世の全てを支配しかねない力。
その力を持つ少女を、心から支配するために。
この国の御上にさえ恐怖を抱かせる夢見の力を、意のままに操るために。
『女の尻に敷かれたくはないのよ。結局ね』
片や天神の一族の末裔。
片や臣下の籍に降りた元皇族で武家の末裔。
たとえ己に付き従えし一族だとしても、そのような能力を持っていようものなら、いつか反旗を翻すやもしれぬ。
ようは御上も、普通の人間とそう変わりないということだ。
『僕は、それでもいいんじゃないかなって思いますけどね』
『あんたみたいなのはね、このご時世では絶滅危惧種って言うのよ』
『だって楽しそうじゃないですか? あなたと一緒にいると、きっと毎日飽きないでしょうし』
『現実逃避したいだけでしょう。当主になりたくないからって、こんな国にも認知されてないような山奥に逃げ込んできて』
『此処へは仕事で来たんです。あなたもご存知のはずでしょう?』
『“そういうテイ”でしょうが』
『いえいえ。仕事の“ついで”に、奥さんのことでぷっつんしていた心友を止めに来ただけですよ』
『それこそ嘘言ってんじゃないわよ。超乗り気のくせに』
そして、夢の中の男は可笑しそうに笑みをこぼした。
『次期当主たる者、心を許せる唯一の友は、大切にせねばなりませんから』
『……唯一って言ってて、虚しくない?』
『あなたが生きていれば二人はいたんですがねえ』
『それは残念だったわね』
何の柵も無く屈託に笑う笑顔は、まだあどけなさを残していた。
#現実逃避/和風ファンタジー/気まぐれ更新
【ひとしきり追いかけたら…】
何でもないを装って
手のひらの中で流れてゆく
どうでもいい動画(もの)を
ただただ追いかけている
ホントはすごく傷ついているのに
認めたくなくて
ただただ追いかけている
追いかけても追いかけても
何も良くはならないけれど
ひとしきり追いかけたら
傷口に絆創膏を貼るくらいのことは
しようと思っている_
お題:現実逃避
現実から逃げ出したくなる夜は、
ヘッドフォンで大好きな歌を大音量で聴く。
そこがただのベランダでも、
星さえ見えなくても、
ただの夜が、
違う世界に変わるような、
そんな気になるから。
ま、間違えて白紙で投稿してしまったーーー!(本当)
えっと、時間がないし思いつかないので、甲田学人の「ほうかごがかり」でも読んでます!
あ、「現実逃避」なんとかなった!(おい、これでいいのか?)
【現実逃避】
ひらひら舞うスカート。ゴムの癖がついた髪は空に吸い寄せられて、初夏の爽やかな風に抱き締められる。
抱き締められて、私の沈む羊水が跳ねた走馬灯の中。その音が耳元でくすぐったく囁く 、「こんな現実、逃げ出してしまおうよ」と。
私がすぐさま頷くと、また踊る水玉は言った。
「食べ過ぎると、戻れなくなるから、ちゅーい」
そして区切られた一つ一つに “逃避 行き” と書かれた板チョコレートを差し出す。
私はそれを手に取って、袋から1ピースだけ取り出して口に放り込んだ。
花の香りのする柔らかい日差し。時折頭上を楽しそうに飛んでいく桜の花びらたち。手を伸ばしたが、届かない。花びらはもっと空高くへ飛んでいってしまった。
それを追い掛けて私はまたチョコレートを1ピース。
ぱちぱちと火の粉を飛ばす光の粒。眩しさに瞼を閉じると、沢山の白い羽毛がふわりふわりと空を撫でていた。
だがどれも届かない。懸命に振っている手は、何も掴む事が出来なかった。
また1ピース、取り出して口に放り込むその手を止めた。
「食べ過ぎると、戻れなくなる」
けれど少し考えた後、結局口に放り込んだ。
戻れなくなるなんて、最高だと思ったからだ。
こうしてどんどんとチョコレートを食べてしまって、ふと気付けばもう一つも残っていない事に気がついた。
でも、良いだろう。またあの現実に戻ってしまうくらいなら、一生何も無い世界でいい。
今まで見た美しい風景が私の背後から溢れては、空に吸い込まれていく、ただ私だけを残して。
ついには全ての景色に別れを告げて、私はひとりぼっちになった。
雲ひとつ無い空、抑揚の無い、ただ青いだけのその色を無感情に見つめた。
そんな私の身体に、最後にコンクリートはあたたかいハグをするのであった。
現実逃避
現実から逃げ出したくなる夜は、
ヘッドフォンで大好きな歌を大音量で聴く。
そこがただのベランダでも、
星さえ見えなくても、
ただの夜が、
違う世界に変わるような、
そんな気になるから。
#181
現実逃避
私はしょーもない過去の出来事で引きこもりになった。
現実なんか見れないよ。
見てたら生きていけるわけがない。