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【現実逃避】

ひらひら舞うスカート。ゴムの癖がついた髪は空に吸い寄せられて、初夏の爽やかな風に抱き締められる。
抱き締められて、私の沈む羊水が跳ねた走馬灯の中。その音が耳元でくすぐったく囁く 、「こんな現実、逃げ出してしまおうよ」と。
私がすぐさま頷くと、また踊る水玉は言った。
「食べ過ぎると、戻れなくなるから、ちゅーい」
そして区切られた一つ一つに “逃避 行き” と書かれた板チョコレートを差し出す。
私はそれを手に取って、袋から1ピースだけ取り出して口に放り込んだ。

花の香りのする柔らかい日差し。時折頭上を楽しそうに飛んでいく桜の花びらたち。手を伸ばしたが、届かない。花びらはもっと空高くへ飛んでいってしまった。
それを追い掛けて私はまたチョコレートを1ピース。

ぱちぱちと火の粉を飛ばす光の粒。眩しさに瞼を閉じると、沢山の白い羽毛がふわりふわりと空を撫でていた。
だがどれも届かない。懸命に振っている手は、何も掴む事が出来なかった。
また1ピース、取り出して口に放り込むその手を止めた。
「食べ過ぎると、戻れなくなる」
けれど少し考えた後、結局口に放り込んだ。
戻れなくなるなんて、最高だと思ったからだ。

こうしてどんどんとチョコレートを食べてしまって、ふと気付けばもう一つも残っていない事に気がついた。
でも、良いだろう。またあの現実に戻ってしまうくらいなら、一生何も無い世界でいい。

今まで見た美しい風景が私の背後から溢れては、空に吸い込まれていく、ただ私だけを残して。
ついには全ての景色に別れを告げて、私はひとりぼっちになった。
雲ひとつ無い空、抑揚の無い、ただ青いだけのその色を無感情に見つめた。
そんな私の身体に、最後にコンクリートはあたたかいハグをするのであった。

2/28/2024, 9:21:38 AM