第三十話 その妃、陰に生きる
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代々“掃部”として御上に付き従う、天神の血を引く一族。その末裔であり次期当主ともあろう男が、たった一人の少女の命の為に、己の命を粗末にするとは何事か。
主導者とは、時には全ての人間を優しく導き、時には一人の人間を切り捨てるようでなくてはならない。
ましてや、一族に害があるものなら尚の事。
『あなたが害と、誰がそのようなことを言ったのでしょうか』
『そんなの、御上から命が下された時点で察するわよ』
“――そなたの全力をもって、小さき藤の行く末を見守ってはくれまいか”
右腕である一族の存続危機。その救済に御上が指名したのは、左腕の一族。その末裔で末の、幼き少女であった。
『私も、多少なり自覚はしてるから』
御上は、その小さな肩に、この国の未来への責任を背負わせる決定を下した。つまり、幼いうちに少女を命令で抑え込み、そして縛り付けたのだ。
誰もが畏怖する力。
この世の全てを支配しかねない力。
その力を持つ少女を、心から支配するために。
この国の御上にさえ恐怖を抱かせる夢見の力を、意のままに操るために。
『女の尻に敷かれたくはないのよ。結局ね』
片や天神の一族の末裔。
片や臣下の籍に降りた元皇族で武家の末裔。
たとえ己に付き従えし一族だとしても、そのような能力を持っていようものなら、いつか反旗を翻すやもしれぬ。
ようは御上も、普通の人間とそう変わりないということだ。
『僕は、それでもいいんじゃないかなって思いますけどね』
『あんたみたいなのはね、このご時世では絶滅危惧種って言うのよ』
『だって楽しそうじゃないですか? あなたと一緒にいると、きっと毎日飽きないでしょうし』
『現実逃避したいだけでしょう。当主になりたくないからって、こんな国にも認知されてないような山奥に逃げ込んできて』
『此処へは仕事で来たんです。あなたもご存知のはずでしょう?』
『“そういうテイ”でしょうが』
『いえいえ。仕事の“ついで”に、奥さんのことでぷっつんしていた心友を止めに来ただけですよ』
『それこそ嘘言ってんじゃないわよ。超乗り気のくせに』
そして、夢の中の男は可笑しそうに笑みをこぼした。
『次期当主たる者、心を許せる唯一の友は、大切にせねばなりませんから』
『……唯一って言ってて、虚しくない?』
『あなたが生きていれば二人はいたんですがねえ』
『それは残念だったわね』
何の柵も無く屈託に笑う笑顔は、まだあどけなさを残していた。
#現実逃避/和風ファンタジー/気まぐれ更新
2/28/2024, 9:38:29 AM