『時を告げる』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
時を告げる。
今日は街に待った卒業の日。
成績1位のあの子も
運動神経抜群なあの子も
給食たくさん食べるあの子も
モテモテなあの子も
今日でみんなお別れの日。
「また明日」ができなくなる
でもまたいつか逢えるように
私は別れ際「またね」
そう言った。
子供の頃、お盆のころになると祖父母の家に一週間ほど泊まりがけて行くのが私の家族の毎年の行事でした。母方のいとこたちもちょうどその頃遊びに来ていて、みんなでわいわいボードゲームをしたり、近くのプールへ行ったり、夜は庭で花火をしたり、とても楽しかったのですが、私には唯一怖いものがありました。
それは居間にあった鳩時計。1時、2時、とぴったりの時間になるとぽっぽーという音とともに小屋に見立てた箱から鳩が飛び出して時をつげる、あれです。あの鳩そのものは可愛らしく、怖いというわけではありません。じゃあ何が怖かったのかというと、夜中にその鳩が鳴くのが怖かったのです。
私はもともと神経質な性格で、自宅ではないところではなかなか寝付くことができませんでした。夜、いとこたち、私と姉の布団を祖母が並べて敷いてくれた10畳の広い部屋はまるで林間学校のようでした。寝静まるまでは枕投げをしたりして大騒ぎですが、そのうち年下の子たちがひとりふたりと寝落ちしてゆき、最後はいつの間にか皆が寝てしまいます。さっきまでの騒ぎが嘘のように静まりかえった空間に私はひとり取り残され、目を瞑っても一向に眠れないまま、皆が立てる寝息を聞いているのです。だんだん眠れないことに焦ってきて、涙が出そうになったころ、追い討ちをかけるように聞こえてくるのが、居間の鳩時計の音です。時が過ぎたのを音で知らせてくれるのは、時に残酷です。ああ、あれから1時間たってしまった。このまま眠れなかったらどうしよう。そう焦れば焦るほど心臓がどきどきして眠気は遠ざかっていきます。
しかしそのうち、久しぶりに祖母に会い、夜更けまで話し込んでいた母が端っこに敷かれた布団に入る気配がして、私は泣きそうな気持ちを堪えながら、そこに潜り込みます。母は私が布団に入れるように身体を寄せて、掛け布団を開けてくれます。
そうしてようやく私は安心して眠れるのです。
お盆の時期になると、あの鳩時計と、母の温もりを今も思い出します。
【40,お題:時を告げる】
朝焼け前の薄暗い空気の中、小柄な少年が塔を登っていた
まだ肌寒い季節、茶色のローブを羽織って一歩一歩と踏みしめながら
石の階段を上がっていく
塔の上に付く頃には、辺りは明るくなり
東の空から太陽が覗き始めていた
ちょうどいい時間だな
少年は、太いロープを小さな両手で握り締め、思い切り打ち鳴らした
ゴーン...ゴーン...ゴーン...ゴーン...
その音は、夜明けの森に 街に 海に 空に 高らかに鳴り響いた
その音で人々は目を覚まし、動物達は歌を歌う 風は踊り 海は波音を響かせた
澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸をする
ザァァッと風が頬を撫でていった
鐘を打ち鳴らして、時を告げる少年は
次の鐘の時間まで、塔の奥に消えていった。
少し前まで美味しいと思っていたものが、なんとなく違う味に感じて、あの時の私から一定の時がたったのを感じた。
それは、美味しいものをたくさん食べて、美味しい時間をたくさん過ごした中で、少しずつ"一番"が更新されて来た証拠なのだ。
嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
ずっと続くと思っていたけれど、あっさりと、次々に、その日は過ぎてしまうし、思い出も味も蓄積されてゆく。
大好きは大好きのままでいたいけれど、いつまでも思い出に閉じこもることはできなくて、味も、人も、私自身も、未来の懐かしさの中で生きているのだと思う。
それでも、やっぱり好きなものは好きでいたい。好きでいるための努力をしたい。
素敵な白髪のおばあさんになった時に、またこの味を美味しいと思えるように。
-時を告げる-
時を告げるものは沢山ある。
腹時計、スマートフォン、アナログ時計に腕時計。
それとチャイム。
チャイムが鳴り始める時刻はとうに過ぎた。
なのに俺は未だ家にいる。
体調が悪い訳では無いし、何かがある訳でもない。
ただ、行く気になれなかっただけ。
ベッドでスマホを触りながら今日一日のことを考える。
学校に行きたいとは思わない。でも、最近頑張れてないから、テストを理由に頑張りたいと思う。
なのに、上手く頑張れない。
まだ逃げ癖は治っていない。
天井を眺めた。
朝の支度をしてからもう一度考えよう。
二十分が過ぎていた。
時を告げる
ついにこの日がやってきた
平常心を装っても
きっと涙は止まってくれないだろう
ただただ君の幸せを願っている
心の中で何度も伝える
いろんなことが思い出されるが
どれも私の自慢話だ
親バカの私のもとから巣立つあなたへ
祝福の時を告げる鐘が鳴る
「少しだけ」
祈ってみても
いいだろうか
横断歩道で帽子を落とし
拾ってくれた
優しい人へ
見知らぬ私の拙いうたに
いいねをくれた
優しい人へ
朝から元気に溌剌と
笑顔をくれる
優しい人へ
祈ってみても
いいだろうか
どうか今日の一日が
素晴らしい日になりますように
ほんのひと匙その中に
ありがとうの気持ちを添えて
祈ってみても
いいだろうか
あなたの笑顔が増えますように
時を告げる
私はあの時なんか止まって欲しかった
ずっとあの時が良かった
「時を告げる」
この街には大きな時計台がある。
100年以上も前から人々に時間を教えるためにそこにある。
この時計は、多くの人々の人生や選択を見てきたのだ。
もしかしたら自分と同じような人もいたかもしれない。
その人はどんな選択をしたのだろうか。
最後は、この場所がいい。
ええ、そうね。まどろみの時間はここまで。鐘の音が聞こえたのなら私たちは朝を迎えなければならない。耳を塞ごうとも、霧に身を隠そうとも、その時は誰しも平等に訪れる。
私にとっては終わりの朝。あなたにとっては……ああ、いえ。答えなくていいのよ。日中の過ごし方は私たちの間には関係ないものね。もう一寝入りするならご自由に。私は帰らせてもらうわ……区切りをうやむやにするのは一番よくないから、ね。
ふふ。ねえ、かわいいひと。もう一度って思ってくれるなら、それは夜の鐘が鳴る頃に。始まりを告げる音が響いて、下りた帳が何もかもを隠してしまう時に。また私を買ってちょうだいね。
鐘がある時を告げた。
誰もが幸せの鐘だと迷いなく思っていた。
でも彼女だけが違った。
彼女は、膝から崩れ落ち、顔を俯かせ、泣き叫んだ。
彼女の両手は祈りを捧げるように組んでいた。
しかし、その叫びは誰にも届かない。
決して、誰にも届かなかった。
──これは地球が終わる3秒前のお話。
■テーマ:時を告げる
【時を告げる】
カチ…カチ…と忙しなく時を告げる時計は今日も動いている。
今日もアラームで起きてすぐに仕事に行く準備をする
毎日何も変わらない毎日に生きている
だけど私達は
未来へ一歩一歩歩いていく・・・
お題「私の日記帳」
世界は、優しくなった。
優しくなったから、他人の不幸に共感しすぎる人が増えた。共感しすぎて、だから自分も悲しくなって。 悲しくなると、死にたくなってしまうから。優しい世界は、たくさんの人を簡単に死なせてしまった。
けれど優しくない世界では、自分自身に悲しいことが多すぎて、やっぱり死にたくなってしまうから。
優しい世界でも、優しくない世界でも、人は簡単に死んでしまう。
だから、人を簡単に死なせてしまう“気持ち”や“感情”を表に発信しないように、自分だけの日記をつける義務が生まれた。
しっかりとした文章でなくてもいい。一行でも、一言でも。もちろん長文でも。
とにかく一日一回、自分の“想い”を日記に書くことが義務となった。
けれど、日記を書いたからといって“想い”が無くなるわけではない。
表には出なくなっただけで、“想い”はずっと、日記帳のなかにあった。ずっとそこに、仕舞い込まれていた。
人が人に優しくなった世界で。優しい人を巻き込まないようにと、優しい人たちが日記帳だけに留めた想い。
そこには嬉しいことや幸せなこともあれば、悲しいことや辛いことも書かれていた。
そうして、やっぱり人は、悲しいことや辛いことに弱いから。後悔したこと、失敗したこと、間違えたこと、悔しかったこと、嫌だったこと……。
日記をつけても、負の感情は結局、人を簡単に死なせてしまうことに変わりはなかった。
自分だけの日記帳ができ、余計に自分の“想い”を自覚しやすくなった分、尚更だ。
いつでも手元にあり、一日一回は開くことになる日記帳は、読み返して過去を回想する手段になりやすい。
今日の記録を書くついでに読み返して、そこで自分の人生のプラスとマイナスを自覚してしまう。
自分の人生で良いことはこれだけしかない。それに比べて、悪いことはこんなにあった。どれだけ努力しても無駄だった。報われてなんかいない。自分の人生は、一体何なのだろう……。
そう思い始めてしまえば、人は衝動的に、簡単に死んでしまう。
そうすると、遺された人は整理がつかない。
自分の“気持ち”や“感情”を表に発信しないための日記帳のなかだけで完結されてしまったら、もう何も分からないから。
だから、いつしか日記帳には、もう一つの役割が出来た。
――あなたの日記帳に、自分の素直な“想い”を書き記してください。人生の終幕を自分で引くとき、日記帳の最後にENDと記してください。
書く内容も書き方も自由なままで、やることは変わらない。変わったのは、今までは誰にも読まれない日記帳だったのが、誰かに読まれる可能性も生まれたこと。
それから、人生の締め括りを自分でやりなさい、ということ。
何故なら相変わらず、人は簡単に死んでしまう。
悲しいこと、辛いこと、嫌なこと。負の感情は、人を簡単に死なせてしまうことに変わりはない。
そんな風に簡単に、衝動的に、突然いなくなられては、遺された人は整理がつかない。そこで、身近な人の最期には、“想い”の遺った日記帳を開示することにした。
生前に日記で“想い”を遺し、ENDの文字で望んで幕を引いたのだと納得してもらう。
そうすれば、分からないことに思い悩んで死んでしまう、負の連鎖を断ち切れる筈だ。
断ち切れると、思っていたけれど。
結局、表に出た日記帳のなかの“想い”を優しい人が受け取って、悲しくなって、死んでしまう。
なら、どうすれば良かったのか。
誰にも見せない日記帳のままが良かったのか。そもそも日記を書く義務を作ったのが間違いだったのか。いっそ、冷たい世界の方が良かったのだろうか。
あぁ、もう、考えるのも疲れてしまった。
―END―
時を告げる
今一人の時間に最高だと言ってみたい
私は寂しがりやですぐに人に会いたくなるし
会っていないと不安になる
だけど「一人の時間が好き」と言えることに
憧れている
#時を告げる
若い男が個室に通され、そわそわと待つこと数分。女が柔らかな笑みを携えてやってきた。
「久しぶり」
「中々、会いに来れなくてごめん」
「気にしないでいいよ。お仕事、頑張ってるんだもんね」
隣に座り、手をそっと握ってくれた彼女は不満を一欠片も見せずに不義理を笑って許してくれる。それどころか、こちらを気遣って労りをくれた。
なんて、優しいんだろう。
生半可なブラック企業も裸足で逃げ出すダークネス企業でこき使われて溜まりに溜まった負の感情が、彼女に会うだけで溶けていく。
うちの良いところなんて、労働に見合った給金は保証されることだけだ。給料が下がったら、すぐにでも転職するつもりだが、いまのところその機会はない。そのせいで、すっかり社内で古株になってしまった。昨日も16連勤した新人が外回りに行ったまま失踪して、その後始末を押し付けられたのだ。
「――あ、ごめんね。また愚痴っちゃって」
「いーよ、いーよ。私でよければいくらでも聞くから、ぜーんぶ吐き出しちゃお!」
彼女に甘やかされてばかりだ。たまにはお返しがしたいのだが、プレゼントを渡しても困った顔をして「会いに来てくれるだけで十分だよ」と言って受け取ってもらえない。欲が無さすぎてこっちが困る。
結局、いつも通り、包容力に抱き込まれ幸せにまどろんだ。嗚呼、もう全て投げ出してずっと一緒にいたい――――。
――ピピッ、ピピッ
無機質な音が夢を裂いた。
【お金が有れば、また会いましょう】
カッコウ即死
あの崖から突き落とされた
カッコウ即死
背中押され突き落とされた
落ちていくとき
振り返ったの
あれはあの時の
オオヨシキリだったのかしら
カッコウ即死
翼なくし飛べなくなってた
カッコウ即死
このままでも死んでたのよ
許せなかったのね
分かるわ 分かるわ
あれはどの時の
オオヨシキリだったのかしら
カッコウ即死
フフフン ハハハン
カッコー
私の携帯電話にもともと入っていた、ボサノバなメロディを
目覚ましにしてたら、そのうち歌詞を付けてました。
爽やかな曲になにやってんだか、しかも2番まで…
時を告げる
大きなホールのとある一角。
壁から射し込む光を覗けば、スポットライトに照らされるステージ。
開演時間の合図を待つ、ザワザワとした観客席。
余興で流れるミュージック。
私は、舞台袖で開演の時間をただ待っていた。
まだ、開演までには時間がある。ここにいる人は私とあとはスタッフだけだ。あと5分ばかりすれば人も多くなってくるだろう。
私は、ステージに1番近い場所に立って、心臓の高まりを抑えていた。
ここまで、沢山努力してきた。
この日を迎えるために、毎日練習を欠かさず、思い通りにいかずに泣いた事もあった。
でも、それもここで発揮するために、諦めなかった。
だからここまで来れたんだ。ここに立てるんだ。
だから、大丈夫。と何度も言い聞かす。
それでも、覆い尽くすのは不安と焦りばかり。
徐々に人が増えてきて、それを感じた。
周りの人達は、私と同じようにキラキラした衣装を身にまとい、本番まで深呼吸をしたり、教えてくださった先生達と話したり、確認をしたり。
各々やっている事は違う。でも、なんだかそれを見て余計に不安を感じる。
もう、あと少しで本番だということをその光景から読み取れた。
あれだけ練習を重ねてきたのに、本番前になるとそれらは吹き飛ばされるもので。
他の人と比べて、私なんか、そんな劣等感を感じる。
胸を締め付け、足が冷えていく。
体温が、まるで奪われているようだ。
私は、その場にいることも出来ず、楽屋の方へ戻った。
逃げるようにふらふらとした足で舞台袖から抜けていく。
今回は、本当にだめかもしれない。
もう辞退してしまおうか。ズキっと胸が痛くなる。
視界も、歪んでいく。
「舞ちゃん?」
私のことを呼ぶ声が聞こえた。顔を上げると、心配そうに私を見る先生がいた。
先生は、レッスン前から人見知りだった私の傍によく居てくれた。
厳しいけど、優しい。
「先生……」
私は先生と目を合わせた。緊張でここまで来るのは初めてで、おそらく先生も困惑しているだろう。
でも、先生はそんな素振りを見せず
「ちょっと、休憩しよっか。」
そう笑って、私を楽屋へと続く道へ誘導した。
「大丈夫?飲み物持ってきたよ。あ、ここにお菓子あるから、食べたかったら食べていいからね。」
「本当に、ありがとうございます……」
先生は私を椅子に座らせ、目の前にあった箱に入っていたお菓子と、温かいペットボトルのお茶を私の横に置いた。
私は、お茶を手に取り蓋を開けて飲む。
温かい液体が、喉へ流れていくのを感じると、少し緊張が収まった気がした。
「大丈夫だよ。もしかして、緊張しすぎちゃってるかな?」
先生は私の肩を優しく撫でる。私はその手の温かさに安心しながら、ただ首を頷けた。
今まで何回も舞台に立っていても、この待ち時間は慣れない。
先生は、なんて言うんだろう。
怒るのだろうか。私は先生の言葉を待った。
すると、先生は怒る訳でも呆れる様子もなく、いつものように私に言った。
「舞ちゃん、おとぎ話のシンデレラってお話知ってる?」
そう、突然。
私は俯いてた顔をあげた。先生は、次の言葉を言う。
「シンデレラはさ、魔法が一定時間経つと解けちゃうじゃん?それって、どうしてだと思う?」
何を、急に言い出すのだろう。私は先生に目を向けた。
「それは、シンデレラは『借り物』の力を貰ったからだよ。」
確かに、シンデレラは魔法使いに魔法をかけられ、綺麗な姿になったが……
何故、その話を今するのだろう。
「借り物の力。シンデレラの場合は自分の力は使わずに魔女に力を借りて綺麗になったよね。でもね、舞いちゃん。」
先生は私にの肩に手を回し、こう笑って言った。
「貴方は、自分の力でここまで上り詰めたでしょう?努力して綺麗になった姿は、そう簡単に解けないわよ。」
私は、ハッとして先生の顔を見る。
先生はにっこり笑って私の背中をぽんぽんと叩いた。
「舞ちゃんなら、きっと大丈夫。魔法なんかより、もっと確実なやり方で会場にいるんだから。」
ね、と先生は笑った。
そうだ。私は。
小さい頃から、シンデレラに憧れていた。
それは、何もしなくても、綺麗になったシンデレラが羨ましかったから。
でも。
私は。
魔法なんかに頼らない。
実力だけで、ここまで来たんだ。
私は、いつの間にか先生が羽織ってくれた上着をギュッと握りしめる。
そうだ。私は。シンデレラなんかじゃない。
私は、私だ。
時計に目をやる。もう5分を切っていた。
「先生」
「うん?」
「ありがとうございます。私、行ってきます。」
そう、私は笑った。
先生は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑って
「うん。どんな結果でも、私は待っているから。」
「はい。」
「いってらっしゃい!楽しんでちょうだいね!」
私は先生の上着を返すと、頭を下げ、そのまま楽屋から走って舞台裏まで行った。
舞台裏に着くと、もう皆が待っていた。
開演のブザーが鳴り響く。同時に魔法――いや、今までの努力が身に纏う。
ごめんなさいね、シンデレラ。あなたの魔法はもうきれてしまったの。
ここからは、私のターン。私が輝く時間だ。
いつもより衣装が輝いているように見えた。
私は、自信を持って、全ての私を持って。
舞台袖を、後にした。
時を告げる
今日もあの時間がやってきた。毎日わたしを悩ませ、苦しませる。そしてなによりも恥ずかしい。目の前にいるケルベロスが鳴くよりも大きな音が響き渡る。そう、ぐぅううううーーぐぎゅううーーとお腹がなってしまう。
天使でしかも下位に属するためにわたしの仕事はとても多い。死んでしまった人間を導き、悪魔や魔物と戦いそして人間を守護する。対象は増える一方なので毎日てんてこ舞いである。そんなわたしの今日の仕事はケルベロスを地獄に返すこと。絵画で描かれる様に空気が張り詰めている中で行われる。まして戦闘のエリートである能天使様までいるそんな状況でなってしまったのだ。ケルベロス達でさえその場にいた全員の視線がわたしに集中する。耐えきれず琴よりも震える声で言わざるを得なかった。
「ご、ごめんなさい」
顔が古い赤ワインみたいになってしまう。むしろ酔ってしまったぐらいだろうか。
あぁ、もうだめ。周りのことなんか気にできない。こんなことなら堕天してしまいたい!
ハイスクール・フェスティバル
「あんた、今日学校じゃないの?」
母さんがパンツ一枚の姿の僕が寝ている部屋にノックもせずにやって来た。
「今日は学園祭だよ。授業はないから、実質休み」
母さんは訝しげな顔をした。
「どうして行かないのよ? サークルで発表会もするんでしょう? きっと楽しいわよ」
僕はため息をついた。高校生にもなってみんな仲良く“お歌”の発表会ですって。笑わせるなよな。
「行かないったら、行かない。あんなのバカがバカ騒ぎするだけのイベントさ」
母さんは諦めたのか、「あっそう」と吐き捨てると保護者の行うバザーのために学校へと向かう。父さんは、今日も会社で仕事だ。
「なあにが学園祭だ。絶対行くもんか。そうだ、修学旅行も休んでやろう。卒業式はわざと遅刻して、証書だけ受け取ったらみんなに挨拶すらせずに帰ってやらあ」
僕の学園生活は本当にゴミみたいな毎日だった。友達もいるにはいるけど、みんなオタクで誰一人として恋人もいない。本当に劣等人種の集まりだ。
頭をボリボリと掻きながら、学校に体調不良で休むことを連絡した。スペイン語教師のデイビッド先生が「そうか、残念だったな」と言っていたが、内心僕のことなんてどうだっていいんだろう。
電話を切ると、シリアルを食べながらパソコンを起動する。コンピュータゲームだけが僕の世界だ。画面の向こうには愛くるしい“妹”の姿。
「愛してるよ」と彼女に呟き、アダルトゲームを開始する。“妹”は本当に良い娘だ。学校のあばずれとは大違いのミス・メアリー。
一通りヤることヤった後、僕はレンタル店で借りていた戦争映画を観ることにした。
コーラとバター味のポップコーンをセットに、真っ暗な部屋で映画鑑賞。
最高だな。
大音量で戦争映画を観るのはアトラクションのような感覚になる。爆弾や機関銃の炸裂する音、アメリカ海兵隊の怒号や悲鳴。
浜辺は兵士の死体だらけだ。
母さんが帰って来た。もう夕方だった。
学園祭の話をするつもりだ。
聞きたくない、聞きたくないったら。
ボリボリと頭を掻きながら、明日からまた憂鬱な学園生活が始まるんだと絶望する。
くそったれ。
パソコンの画面の中のミス・メアリーが愛くるしい目で僕を見つめていやがった。
電柱にとまっていたカラスが突然一斉に鳴き同じ方向へと羽ばたいていった。
静かだった鴉たちが、まるで何かを察知したかのようなその様子を不気味に感じる。
何時もとは違う空気に違和感を覚えながらも、そのまま歩いていると街ゆく人の会話が聞こえてきた。
「あーまたはじまったな」
「今日は何処だ」
「荒れるなぁ」
どうやら、その異様な光景は、この街では当たり前のこととして扱われていた。そして『またか……』という反応が大半だった。
「嬢ちゃん、はじめて見る顔だな。越してきたばかりか?」
「はい……」
突然、男の人から声をかけられた。そのひとは40代くらいだろうか渋く厳つい雰囲気をしていた。
「あの……、なにかあるんですか?」
「勘がいいな。―――だよ」
「っ……」
さりげなく耳元で囁かれた言葉は外では口に出せないようなものだった。
「気ィつけろ」
「気をつけろって言ったて、どうしたら……。急に言われても」
「だから、カラスが合図だ」
「今日みたいな日はすぐ家に帰れ。怪しいと感じたら勘を信じろ」
力の籠った声に静かに頷くことしか出来なかった。
「その制服、良いとこの学校だろ。巻き込まれんようにしろよ」
ただそう言い残し去っていった。
大人な所作に少しドキドキしつつも、私は早足で家路についた。
『時を告げる』2023,09,07