『声が聞こえる』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
姿のない声が聞こえていた。
男の少し後ろをついて歩く。どこに向かうかは何も知らず。
ただ姿のない声が、楽しげにこの先に何があるのかを伝えてくれていた。
「疲れたか?」
静かな問いに、首を振って否を答える。
少しだけ開いた距離を、疲れだと思われたようだった。首を振り、声の聞こえる方へ視線を向ければ、それだけで言いたい事は伝わったのだろう。一つ頷くと、また背を向け歩き出した。
「もう少しだ」
背越しの言葉に、見えてはいないと知りながらも頷きを返す。思うように意思を伝えられぬ事に歯がゆさを感じながら、せめて遅れるわけにはいかないと追う足を少しだけ速めた。
声を失ったのは、もう一年も前の事だ。
朝目覚めると、唇からは掠れた吐息しか出ず。どんな薬を煎じても、どんな祈祷を行っても声が返ってくる事はなかった。
姿のない声達が、奪われたのだと囁いていた。夜に紛れて声を奪ったのだと。
楽しげに、悲しげに、歌うように奪われたと繰り返す。
途方に暮れていれば、師であり、父であり、兄である男に促され、出立の準備を整えて。
あれからずっと、当てのない旅を続けている。
「ここだ」
男の足が止まる。
追いつき背越しに見れば、巨木の根元に半ば埋まるようにして在る石碑。
一歩、男が歩を進めたその刹那。
視界が揺らぎ、すべてが変わる。
「やぁやぁ、ごきげんよう。どこぞのまつろわぬ神よ。此度は何用で参られた」
男のような、女のような、美しい誰かが巨木の枝に座り声をかける。
「この子の声を、返して頂きたく」
男は一言それだけを告げ、臆する事なく誰かを見据えた。
男の答えが以外だったのか。枝に座る人物はこてり、と首を傾げ。
次の瞬間には、声を上げて笑い出した。
「そうかそうか、斯様な事で参られたか。だがそれの声は、我らにとって害あるもの。我らを惑わせ、狂死させる呪い。簡単に返すわけにはいかぬ」
笑いながらもこちらを見るその眼は、鋭く冷たい。下手に動けば一瞬で切り裂かれてしまいそうな危うさに、本能的な恐怖で体が震え出す。
「なれば致し方なし」
震え硬直する体を引き寄せられ、視界が男の体で塞がれる。見られたくないものがある時の行為に、慣れたように耳を塞ぐ。塞いだ耳越しに尚聞こえる声に、顔を顰めさらに耳を塞いで只管に聞こえないふりをした。
促され、耳から手を離し男から離れると、そこにはもう誰もおらず。
黒に染まった石碑と、焦げ落ちた巨木の枝があるばかりであった。
「何?」
「戻ったな」
言われ、気づく。
いつの間にか声が戻ってきていた。
「行くぞ」
それだけを告げ、男は歩き出す。
その背を追って同じように歩き出した。
声はかけない。問う事もしない。
聞いた所で答えてくれた事はない。それにあの人物が言った言葉が不用意に声を出す事を躊躇わせた。
―― 惑わせ、狂死させる呪い。
呪いだと、あの人物は言った。誰かを狂わせるのだと。それが人ならざるモノだとしても、誰かに害をなすその事実が酷く胸を締め付ける。
少しだけ声が戻った事を後悔して、男の行為を徒爾にする事に気づき頭を振って否定する。
「心を砕くな。詮無き事だ」
「はい」
男の言葉に返事を返す。
ただそれだけの行為に、訳もなく嬉しくなって小さく笑みを溢した。
答える事が出来る。その手段が一つでも多くある事で、不安定な心が落ち着いた。
ふと、先ほどからいつも聞こえていた姿のない声が聞こえない事に気づく。
思わず立ち止まり、周囲を見渡す。見えはしないと分かっていても、それでも何か見えはしないかと目を凝らす。
立ち止まった事に気づいた男が同じように立ち止まり、けれど振り返る事なく声をかける。
「膜を張った。声は聞こえず、届く事もない」
「膜?」
手を伸ばす。見えないそれは、やはり触れる事も出来ないようだ。
「声の対価だ」
首を傾げ、少し遅れてその意味を理解する。
声を返してもらう代わりに、声の呪いを届かぬようにしたのか。聞こえない事に一抹の寂しさはあるものの、それならば仕方がない。
頷いて、少し開いた男との距離を早足で縮め。男は再び歩き出す。
「ありがとうございます」
感謝の言葉に返る言葉はない。しかし幾分か歩みが緩やかになった事に、心の内で感謝の言葉を繰り返す。
声は聞こえない。どこへ向かうか何も知らず。
けれど不安は何一つなく。
ただ男の後を着いて歩く。促されるままに、旅を続けていく。
20240923 『声が聞こえる』
この世界は音で溢れている。
そんな常識誰でも知っている。
そんな常識がある日、覆った。
私はある日、倒れてしまった。
原因は分からない。
急に視界が真っ白になって、気づいたら白い部屋にいた。
ただそれだけ。
なはずだったのに。
その日から私の世界は、止まってしまった。
音のない世界に私だけ取り残された。
そんな気がしてたまらない。
最近では、だんだん頭も真っ白になっていくように、記憶さえも音と一緒に消えていく始末だ。
なんで私だけ。
置いてかないでよ。
泣きそうになる私の部屋に、一筋の風が吹き抜けた。
カレがきたんだ。
そう気づいた。
やあ。
笑いながらカレはそう呟く。
カレをみて、溢れそうな涙が溢れる。
カレは小さな手で撫でてくれる。
大好きなカレ。
カレの声が聞けたらいいのに、。
ある日私は手術をすることになった。
失った聴覚の部分を提供してくれる人が見つかったらしい。
しかも両耳だ。
カレにそのことを話すと、笑って喜んでくれた。
でも
その顔が少し憂いた顔に見えたのは、気のせいだろうか。
手術が終わった。
世界に色がつき、音が戻っていく感覚に安堵しながら、彼の所に向かった。
カレの病室に行く。
ドアを開ける。
カレは居なかった。
困惑しながら、カレのベットを見ると、小さな手紙が置いてあった。
手紙を開ける。
ごめんね栞菜ちゃん
ずっと君と一緒に居たかった
僕は病気だったんだ
君の聴覚を提供したのは僕なんだ
音で溢れる世界で、笑って生きてね
悠人より
涙が溢れた
カレには会えない。
そんな絶望が押し寄せた。
でも
カレは笑って生きてと願っている。
なら私は笑って生きよう。
そう誓って窓の外に耳を澄ました私に、カレの拙い歌声が
聞こえた気がした
声が聞こえる
俺はもうすぐ死ぬ。
ほとんど治りかけていた病が再発した。
もう助かる方法はないらしい。
そんな気はしていた。
だんだん出来ることが限られていって、
体も動かなくなっていたから。
両親が病室に人を呼んでくれた。
祖父母、友達、部活の仲間。
みんな今までありがとう。
感謝を伝えたいけど、
俺の口はとうに動かなくなってしまっているから、
みんなの声を、聞くだけ。
うん、うん、聞こえてるよ。
あ〜そんなこともあったなぁ。
もうそのこと怒ってないよ。
ちゃんと聞こえてるよ、大丈夫。
俺はみんなより先にあっちに行くけど、
みんなは長生きしろよ。俺の分まで。
意識が薄れていく。
あーここまでか。
もっと色々したかったなぁ。
でも、俺のことを想ってくれてる人に囲まれて逝けるなんて、俺は幸せ者だ。
聞き慣れた声。懐かしい声。
の、中に混じる知らない声。
誰だ?看護師?いや違う。
なにか、言ってる?
なんて言ってる、、聞き取れない。
ダメだ意識が薄れていく。
お前は誰なんだ。
誰か分からない。
ただ、声が聞こえる。
声が聞こえる
*ブロマンスです。
地面を掴むスパイクの音と自分の荒い息遣いが、うるさいほどに脳内を締める。
赤茶色のトラックを走る白いラインは、終わりなくどこまでも続いていく。
カーブを曲がって、限界まで力を出し切る。前へ、苦しくてもただ、君の元へ。
「ナギ!」
手を挙げて、俺の名前を呼ぶ。
聞こえるのは君の声だけ。
「ハイッ」
スタートを切った律の背中を追いかけて、その手にバトンをぐっと押し込む。
数え切れないくらい練習したから、阿吽の呼吸でスムーズにバトンは渡る。
速度を緩めてトラックから外れた瞬間、体に力が入らなくなって行く。
こんなにも騒がしかったのかと思うほど、競技場内は喧騒に包まれていた。
律がひとり、追い抜いて行く。湧き上がる歓声。
「行け! リツ!」
届かなくても、声を振り絞った。
声が聞こえる、大体の人にとっては当たり前のことだろう
けれどあの子にとってはそうじゃなかった
生まれた時から音のない世界で生きてきた
それを知ってからは手話を拙いながらもしたり、文通をして意思疎通をした
そもそもあの子と知り合ったのは病室だった
手術をする必要があり、二週間の間だけ泊まることになったんだ
最初は隣に誰がいるのかわからなかった
でも、三日目にあの子が手紙をくれた
それからしばらくは文通をして仲良くなった
ある日あの子と話したいと思い、話しかけた
けれどそれに言葉や反応は返ってこなかった
その時は眠っているのかとも思ったけど布の差擦れる音が聞こえたから起きているとわかった
無視されているのかとも思ったときにあの子がカーテンを開けたんだ
そのときに初めて気づいた、みたいな顔をしたから聞いてみたんだ
耳が悪いのかって
そしたらあの子は紙とペンを持ってそこに
『生まれた時から何も聞こえない』
ってそう書いたんだ
その日からは文通だけじゃなくて、手話を少しずつ教えてもらったり自分で調べたりした
手術は怖かったけどあの子が応援してくれたから無事に終われた
あの子と一緒にいるのは楽しかった
退院してからも仲良くしたいってそう思った
それを伝えたらあの子は曖昧に笑って
『そうだね』
って
でも、退院する二日前に、あの子は…亡くなった
夜中いきなりピーという音が聞こえてなんだろうって思っていたら看護師さんが来て…あの子は運ばれて行った
それから帰ってくることは、なかった
信じたくなくて、悲しくて、寂しくて、布団の中で泣いたんだ
そしたら看護師さんの話し声が聞こえたんだ
あの子は珍しい血液型で輸血ができないから痛みを和らげることくらいしか出来なかったんだって
親はあの子を病院に入れるだけ入れて一回も会いにこなかったって
ああ、だからあの子は曖昧に笑ったんだ
きっと退院できないって、わかっていたから
なのに呑気に当たり前のように退院したらって…そこまで考えたらもう、ダメだった
何も聞きたくない、何も考えたくない
そう思ったとき、
『泣かないで、笑って』
って聞こえた気がしたんだ
なんでかわからないけどこの声はあの子だってそう思った
…あの子は笑顔が好きだったなってそう思ったら涙が止まったんだ
せめても笑っていようって無理矢理にでもって
あの子の声は、とても綺麗だった
【声が聞こえる】
今日お昼くらいに外に出てみたら、めっちゃ涼しかったんだよね。なんか秋の声が聞こえているみたい。
「声が聞こえる」
俺は趣味のソロキャプをするため、山奥へと車を走らせていた。
ガタゴト、ガタゴト。
舗装されていない路面に苦戦しながらも、キャンプ地の入り口に到着した。
「おぉーい、おぉーい」
駐車場付近で女の声がする。
先客がトラブルでも起こして、助けを求めているのだろうか?
そう思った俺は、車を女の方へと走らせた。
しかし、何か様子がおかしい。
女の表情がよく見えないのだ。
違和感を感じながらも、車を女の方へと走らせた。
しかし、それが間違いだったということに、俺はすぐに気がついた。
女の「表情」が見えないのではなく、
「顔」そのものが無いのだ。
目、鼻、口。
全てのパーツがない。
のっぺらぼうと言えばいいのだろうか。
女がこの世のものではないと悟った俺は、急いで車を反対方向に走らせ逃げ出した。
その後、変わったこともなく数年が経ち、俺は女のことなんてすっかり忘れていた。
そしてある日、俺は友人と飲み会をすることになり、近所の飲み屋へと足を運んだ。
だいぶ酒が進んだころ、友人がとあるキャンプ場の話をはじめた。
「なぁ、△△ってキャンプ場知ってるか?」
「なんでも顔のない女の霊が出て、そいつに声をかけられた人間は、顔がなくなって死んでじまうらしい」
「はは、そんなバカな話s...」
と俺は言いかけたが、その瞬間、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おぉーい、おぉーい」
振り返ると、顔のない女が目の前に立っていた。
ヤバい、殺される!
そう思った俺は、友達のことなんて見向きもせず、店を飛び出した。
タクシーを捕まえた俺は、目的地を聞こうとする運転手の声を被せるように、「とにかくすぐに出してください!」と言った。
タクシーの運転手はそういったことには慣れているのだろう。何か言うわけでもなく、すぐに車を出してくれた。
しかし、次の瞬間。
目の前にあの女が現れた。
タクシーの運転手は慌てて急ブレーキを踏んだが、その反動で俺の体はフロントガラスを突き破って、車の外へと放り出された。
今まで味わったことのない痛みが、顔を襲う。受け身を取れなかった俺は、顔を地面に擦り付けられるように吹っ飛んだのだ。
しばらくして、救急車と警察が来たが、そこで俺の死亡が告げられた。
《巡り逢うその先に》
番外編
〈黒鉄銀次という男〉 ⑥
主な登場人物
金城小夜子
(きんじょうさよこ)
玲央 (れお)
真央 (まお)
綾乃 (母 あやの)
椎名友子 (しいなともこ)
若宮園子 (わかみやそのこ)
大吉 (だいきち)
東山純 (ひがしやまじゅん)
向井加寿磨 (むかいかずま)
ユカリ (母)
秀一 (義父)
桜井華 (さくらいはな)
大樹 (父 たいじゅ)
蕾 (つぼみ 大樹の母)
高峰桔梗(たかみねききょう)
樹 (いつき)
葛城晴美 (かつらぎはるみ)
犬塚刑事 (いぬづか)
足立刑事 (あだち)
柳田剛志 (やなぎだたかし)
横山雅 (よこやまみやび)
京町琴美(きょうまちことみ)
倉敷響 (くらしきひびき)
黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
詩乃 (義母 しの)
巌 (父 いわお)
今夜は新下関のホテルに泊まることにした。
銀次はベットに入るとすぐに寝息を立てだした。
今日はいろいろありすぎたな。
これからどうしよう、今度は銀次君と一緒だ、ひとりじやない。
黒鉄さんは大丈夫だろうか。
そうだ、静香さんの従兄弟に電話して静香さんの電話番号を教えてもらい連絡しよう。
「もしもし、私...」
「カスミちゃん?カスミちゃんよね。よかった無事なのね」
「エッ、静香さんですか」
「そうよ。もう心配で心配で、従兄弟の所まで来ちゃったわよ」
「今どこにいるの?」
「新下関のホテルです。銀次君も一緒です」
「そう、ふたりとも無事でよかったわ」
「あの、黒鉄さんのこと、何か知りませんか?」
「そうよね、カスミちゃんは知らないのよね。黒鉄さんはカスミちゃんを車から降ろした後、事故にあって亡くなったわ。即死だったそうよ」
「そんな、私のせいだわ、私を助けたから、全部私がいけないんだわ」
「そんなに自分を責めちゃダメ、そもそも私が黒鉄さんに相談しなければよかったのよ。それより、これからどうするの、どこか行く宛てはあるの?」
「いいえ、私どうしたらいいんでしょう」
「そこまではヤツラも追ってこないだろうから、2〜3日ゆっくり考えてもいいんじゃない」
「そうですね、銀次君の事もあるし、そうします」
「落ち着いたらまた連絡してね」
「はい」
詩乃は電話を切りベットに入ったのだが眠れずにいた。
今日一日がフラッシュバックしていく。
また、裏切られた。
どうしてだろう。
私が悪いのだろうか?
いろいろ考えていると、何かが引っ掛かった。
何だろう?
そうだ、黒鉄さんだ。
さっき静香さんは事故で即死したと言った。
でも、宅配便の人は刺根組の事務所に入って行ったと言っていた。
どちらかが、嘘をついている。
宅配便の人だろうか、だから、銀次君のお母さんの家にアイツらが来たんだ。
でも、おかしい。
そんなことをしなくても、私達を刺根組の事務所に連れて行けばいいだけだ。
だとすると、静香さんが嘘をついていることになる。
どうして?
懸賞金?
そういえば、静香さんにはギャンブル好きな彼氏がいるって聞いたことがある。
あのまま私が捕まれば懸賞金はママのものになるが、一度逃がして自分が捕まえれば懸賞金が手に入る。
そうに違いない。
だとすると、ここにいたらマズイ、さっき電話でここの場所を教えてしまった。
電話をしてからすでに3時間経っている。
急がないとヤツらが来る。
詩乃は銀次を無理矢理起こし支度をしてフロントに電話を入れた。
「すいません、急用ができたのでチェックアウトします。それとタクシーをお願いします」
「わかりました。どちらまでいらっしゃいますか?」
「北九州の門司(もじ)駅までお願いします」
「かしこまりました。手配いたします」
10分後会計を済ませ、タクシーに乗り込んだ」
「お客さん門司駅まででよろしいですか?」
「すいません、私達暴力亭主に追われててウソをつきました。幡生(はたぶ)駅までお願いします」
「わかりました」
詩乃達が出発したすぐ後に2台の車がホテル前で止まった。
「お客さん、あの車なんだか怪しいですね。もしかするとご主人かも知れません。このまま行ったら後を付けられるかもしれない。この先に隠れる所があります。地元の人しか知りませんからそこに隠れてやり過ごしましょう」
「はい、お願いします」
タクシーは通りから少し入ったところで止まりエンジンを切った。
案の定5分後さっきの車が詩乃たちの近くを通り過ぎ北九州方面へと走って行った。
「どうやらうまく行ったようですね。ご主人たちは門司へ向かったようです。私達は幡生に向かいましょう」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえいえ、幡生に着くころには電車も動いているでしょう」
駅に着き、ちゃんと朝食を摂りたかったが一刻も早く遠くへ逃げなければならないので、おにぎりと飲み物を買い電車の中で食べた。
「おば...お姉ちゃんどこに行くの?」
「銀次君は、海と山どっちが好きかな?」
「どっちも行ったことがないからわからない」
「じゃあ、どっちもある所に行こうか」
「でも、父ちゃんは?」
「銀次君のお父さんはとっても強い人でしょ」
「うん」
「だったら大丈夫、お父さんは必ず銀次君に会いに来るわ」
「絶対?」
「絶対、お姉ちゃんが保証する」
「うん」
銀次はおにぎりを食べると、すぐに眠ってしまった。
無理もない、夜中に叩き起こされたのだから。
これからどうしよう。
一人ならどうにでもなるが、銀次君も一緒だ。
私を助けてくれた黒鉄さんの子供だから、銀次君は私が守らなければ。
そして、黒鉄さんどうか無事でいて下さい。
知らぬ間に詩乃も眠りについていたようだ。
銀次がガサガサ動く気配で目を覚ました。
「どうしたの銀次君?」
「こっちが海であっちが山」
電車の左右を指差して目を輝かせている。
「見に行ってみる?」
「うん、行きたい」
詩乃達は次の駅で降りて、まずは海を見に行った。
銀次は靴を脱ぎ波打ち際ではしゃいでいる。
詩乃はそれをぼんやりと眺めていた。
昼食をすませ、今度は山に登ることになった。
頂上から見る景色はまさに絶景だった。
「おバ姉ちゃんボクここがいい」
「私もここがいいわ」
ふたりが気に入った所なら再出発できるはずだ。
詩乃はそう思い、まずは泊まる所を決めるため町へ戻ることにした。
途中で小さい子どもを連れた女性が足を挫いて道に座り込んでいたので、肩を貸し家まで送って行き、詩乃たちも少し休ませてもらうことになった。
彼女は5才年上の蕾さん。子供は銀次と同じ歳の大樹君だ。
「詩乃さんはこの辺の人じゃないよね、どこから来たの?」
「九州から、今朝着いたんです」
「遊びにきたの?」
「いいえ、ちょっと訳があって九州をはなれたんです」
「そうなんだ、家はどの辺なの、子供も同じ年だし、友達になろうよ」
「ありがとうございます。でもまだ住む所が決まってなくて、今日はホテルに泊まろうかと思ってたんです」
「だったら今日はここに泊まりなよ。助けてくれたお礼だと思えばいいでしょ」
詩乃は少し考えた。
この人を信用していいのだろうか?
また、騙されたりしないだろうか?
でも、どう見てもこの人がヤクザと関係があるとは思えない。
「ありがとうございます。助かります」
「ここは私の実家。旦那が出張中だから里帰り中なの。お母さんしかいないから遠慮しないでね」
「じゃあ、今夜はご馳走にしようかしらね」
「そんなもったいない。泊めていただくだけで、有り難いのですから」
「いいのよ、こうゆう時じゃないと贅沢できないんだから、私のためでもあるんだから、気にしないで」
「じゃあ私、お手伝いします」
「助かるわ、蕾は台所に立てそうもないし、お願いね」
「大樹、銀次君お家に泊まることになったよ、よかったね」
「やったー、じゃあ公園に遊びに行ってくる」
これが、37年後に加害者と被害者になるふたりの出会いであった。
つづく
ひそひそ、ひそひそ。
笑い声を交えながら囁かれる悪巧み。
暗く長い廊下をゆっくりと進むごとに、その内容が徐々にはっきりと聞こえてくる。
角を曲がってその先を見遣れば、一連の怪異の犯人たち、ビルに住み着くお化けたちが輪になって騒いでいた。
真っ直ぐに僕が近付いているのも構わずに、大胆な悪戯会議が続けられる。
うん。全く以て、警戒ゼロ。
これは完璧になめられているようだ。
そちらがそういう構えなら、やっぱり遠慮は要らないか。
「こんばんは。お楽しみのところ、邪魔してごめんね」
ぴたりと歩みを止めて声をかける。
そこで初めて彼らの雑談が止んだ。
漸く僕の気配に気が付いたか。
呆気に取られた彼らの視線が集中する。一斉にぎょろりと向いた目玉の迫力に、同類の僕もうっかり怯んでしまった。
けれども、気圧されている場合ではない。
へらりと笑い、気色ばむ彼らを静止した。
「いやあ、驚かせてごめんね。気配を消すのは得意なものだから。友人にもそれでよく叱られるんだよ。僕の悪いところだよね~。長年染み付いた癖は簡単に抜けなくって」
愛想を振り撒いたところで、一度強ばった彼らの緊張は解かれない。
いいさ。今更警戒されたところでもう遅い。
僕の接近を許した時点で、彼らの命運は決まっているのだから。
「君たちも、楽しいことはなかなか辞められないよね~。驚かせて、良いリアクションが返って来るのなら尚更だ。――でもね」
曇っていた夜空が晴れて、雲の切れ間から月が顔を出す。
その光が窓から差し込んで、闇に紛れていた僕の羽が大きく照らし出された。
薄く微笑めば、口元から覗く八重歯も光を受けて白くきらめいた。
「お遊びでも、怪我人出しちゃ、駄目でしょ?」
僕の怒りを察知して、勘の良いものは素早く逃げ出した。
遅れた他の物の怪たちも、続いて方々へ散って行く。
良いね。鬼ごっこはもっと得意さ。
何せ僕は吸血鬼。正真正銘の鬼ですから。
「やり過ぎたよね。僕の友人まで傷付けたの、許さないから」
その日、明け方近くまで。逃げ惑う物の怪たちの断末魔が、建物中に響き渡った。
ばっちりお仕置きが叶って、僕はとっても満足だったのに。
無線でその様子を聞いていた友人が、「おまえの方こそやり過ぎだ」と呆れてくれるから困ったものだ。
まったく。お化け相手にまでお人好しなんだから。
お互い様ってことで、良いじゃんね?
(2024/09/22 title:056 声が聞こえる)
──大好きなあのひとの。
後日書きます。書き溜め失礼します。
(声が聞こえる)
声が聞こえる。
小さいとき、強いの言葉を放ってた子に自分がそれされたら嫌でしょ? と、言ったら別に? となんでもないように返された。
あの瞬間、あぁこの子は言われるわけないと思っているんだと、人の善性は同じものでできていないと感覚でわかった。
今でも、あの声が聞こえるのだ。
【声が聞こえる】
テーマ 声が聞こえる
「いーち にぃー さぁーん」
かくれんぼ中。
「ほんとにどこにいるの?」
一人の子どもが喋る。
「ねぇ?日暮れちゃうよ」
焦った子ども。
「ここならばれない」
未だに隠れ続ける子ども。
一生探しているあの子。
一生隠れているあの子。
出会うのはいつの日かな?
「なーんてね」
後ろからそう言われた。なんで天の声的なセリフをあいつが言っているのか不思議で仕方ない。
けれど、
「あんな幼稚な声出せたのか?」
「え!?驚いてくれなかった!?」
大げさなリアクションすぎるって。
「で?どうなの?」
「ああ。あれ僕が声出してないよ」
「...は?」
「僕も不思議だと思うんだよね」
「いやいやいや不思議すぎだろ」
「だってここ放課後の教室だぞ?」
「放課後って言ってももう6時半だから放課後通り越してない?」
「まぁそっか....」
「ばーれちゃった」
「ばれちゃったー」
「は?どこから聞こえる」
響いてるから声の場所がわからない。
「「かーくれんぼしーましょ」」
「急いで帰るぞ!!!」
急いで僕達が教室から飛び出した。
「このがっこうのでぐちなくなっちゃったのにねー」
「ねー」
「どこにかくれてるのー?」
「ないしょー」
「「あはははははははは」」
おわり
幼稚園児あたり、だろうか。ここに引っ越してきて一週間。近くに、たしかあったはずだ。二階建ての大きな建物、だだっ広いグラウンドにたくさんの遊具。いや、保育園だったかもしれない。まあどっちでもいいや。
とにかく、そのくらいの年代の子どもが騒いでいる。そんな声で起こされて、時計を見ると朝の九時。寝坊した!……と思ったが、よく考えたら今日まで仕事は休み。なんだ、それならもっと寝れたかもしれない。しかし、この騒がしさでは眠れない。何をしようか。
……せっかくなら、自分も幼稚園児のころのことを思い出してみようか。まだダンボールの中に入ったままのアルバムを適当に開き、5歳のころの自分を見てみる。
○○幼稚園、✕✕組。笑顔で写る自分の隣にいるのは、三つ編みの女の子。あ、この子は。家が隣で、幼稚園に一緒に行って、帰り道の公園で遊んで、手を繋いで歩いて。
初めてドキドキして、初めての好きができて、はじめて、悲しくなった。幼稚園を卒園する前に、遠くへ引っ越してしまったんだ。幼稚園児だからメールもラインも無くて、相手の引っ越し先の住所も知らないから、連絡もしていない。
まだ、一緒に遊んだ日のことを覚えている。公園の木の葉の匂い、一緒に食べたおかあさんの梅干しおにぎりの味、砂場の砂がこぼれ落ちる感触、前歯が抜けたその子の笑顔。すべて鮮明に思い出せる。
人の記憶で一番最初に忘れられるものは、声だ。もう10年以上は前のことなのに、外から聞こえる子どもの声に、その子の声が被って聞こえたような気がする。今日はなにする?おみせやさんごっこしよ!どろだんごたくさん作って、たくさん売ろう!
……もう、一生忘れられないんだろうな。次引っ越すなら、もっと静かな場所にしよう。
なにも見えない
なにも聞こえない
ねぇ、こんな怖いことってある?
誰か、いるのかな。ここは、どこなのかな。
それすらも分かんなくて。
誰一人、仲間がいないような。冷たい水の中、一人孤独で悶え苦しんでるみたいな。そんな気分になる。
ねぇ、みんなどんどん消えていくの。
前までは、手を握ったり、頭を撫でてくれたヒトも。いつも私が座っているベンチのとなりに座ってくれたヒトも。
もしかしたら、そのヒトは女の子に触れたかっただけの、気持ち悪いヒトかもしれない。私をサンドバックみたいにして愚痴をはいてただけのヒトかもしれない。
でも、なんでもいい。ただ、ヒトがいることを感じたかった。
なのに。みんな、離れてく。私を、オモチャみたいに扱う。飽きたら捨てるなんて、ばかみたいだよね。
最近、毎日こればっか。どうしようもならないことを口にして。誰も、聞いてはくれないのに。上手く、しゃべれすらしないのに。
はぁ...
自分にすら聞こえないため息をつく。その時、初めて聞こえたの。
僕は、みてるよ、君のこと。
その声は、とても温かくて。それでいて、力強かった。
「ありがと」
多分、今までで一番、大きい声が出たんだと思う。視線を感じた。でも、それは気にならなかった。
涙が溢れた。
声が聞こえる
大好きなあなたの声
誰よりも大切なあなたの声
聞き間違えるはずない
もう二度と聞けるはずのないあなたの声
セピア色の、幻聴
2024-09-23
『おぅい、無視するなってぇ』
ねちっこくて、嘲笑を明らかに含んでいる声がする。
いや、そんなもの聞こえない。なにも、聞こえないんだ。そうだ、聞こえない。聞こえない。
『なぁ〜あ、いつまで無視すんの?』
クククと喉を鳴らして笑いながら、またも嘲笑する声が。
『おいってぇ』
…うるさい。
『なぁ〜なぁ〜』
…うるさい。
『ククククっ』
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。
「うるさいんだよぉっ!!」ハッ、と我に返る。
しまった、と口を手で覆うももう遅い。
ニチャァという効果音と共に奴が放った。
「みぃ〜つけた」
【声が聞こえる】
久しぶりの更新です
テーマ 声が聞こえる
向かいに座って話しかけてくる声、隣家から聞こえる声、電話から聞こえる声、レストランで聞こえてくる隣の席の人の声、ラジオから聞こえる声、テレビやYouTubeから聞こえる声、頭の中に聞こえる声。
色んな声があるけれど、ラジオから聴こえる声が孤独感に苛まれた時助けになる経験をされた方はおられるだろうか。
深夜2時15分、そんな真夜中から生配信されるあるインターネットラジオが、僕のことを話しているのではないかと疑念をもったのは、先週の金曜日のことであった。
*
✳声が聞こえる
パン!という乾いた音と共に、頬に痛みが走る。
平手打ちをされ、口の中で血の味が広がるが、余裕の笑みを崩さず口の端をあげた。
「お前が!お前が王様を誑かしたのよ!!」
「⋯⋯私が誑かしただと?ふっ⋯⋯あははっ!あはっはははっ!」
心底馬鹿にしたように笑うと、再び手を振り上げられるが二度はくらうつもりはない。
王女の手首を掴み止めると、王女にだけ聞こえるように話した。
「私はただ、王様へ“玉座にまだ座りたいのであれば余計な事はしないように”と、お伝えしたまでです」
「なっ⋯⋯!」
「此度の縁談、私を遠方へ飛ばしたかったのは義母上でしょう?」
そっと手首を離し、距離をとると視線を庭園の方へと向ける。
そこには、縁談相手の隣国の姫がお茶会の席に呼ばれ、義兄上である第一王子のユグナーが相手をしていた。
笑談でもしているのだろう、2人は楽しそうでなによりだ。
「ふっ⋯⋯義兄上も、まんざらではない様子」
そう言うと、王女の顔はみるみる歪んでいく。
義兄上が姫を拒絶していれば、まだ王女は怒りを抑えていたかのもしれない。
「では、失礼致します」
さっさと離れようとすると、王女からボソリと声が聞こえた。
「⋯⋯お前も、母親と同じ目にあわせてやるわ」
その言葉に憎悪が沸く。
俺の母親は、この女によって毒殺されたのだ。
王の寵愛により平民から側室になった母は、毎日のようにこの女から嫌がらせをされていた。
そして、母はついに体調を崩し、王の監視の隙をついて毒を盛られたのだ。
ふん、殺れるものならやってみろ。
かつての弱い頃のままではない事を、思い知らせてやる。
聞こえないフリをして自室へと向かう。
一瞬、隣国の姫がこちらを見た気がしたが、あの女もただの駒にすぎない。
義兄上に気付かれる前に、足早にその場を離れた。
・声が聞こえる
スマホから大好きな子の声が流れる。
僕はそれを噛み締めるように何度も聞き直す。
なんて素敵な声なんだろう。
想像通りの綺麗な声に僕は安堵と喜びを覚える。
良かった。これでもう君の声を想像する必要は無いんだね。
君の声が聞けないことを悔しがる必要は無いんだね。
ああ、CVが決まって本当に良かった。
誰かに呼ばれている気がして、歩きだしてみた。
ここがどういう所なのかも、どこまで広がっているのかも、何一つわからない。
耳を澄ますと、かすかに水の音が聞こえてくる。
それは草すら生えていない砂まみれのこの世界で、確かに生命が息づいている証拠だった。
とても澄んだ、どこまでもきれいな水。
この世界の生命は、自らの命を燃やし、代々この水を守ってきているのだろうか。
自分たちがどれほど小さな存在なのか、見につまされる。
この世に生まれてはいけないものなどないのだ。
その意味が、それぞれによって違うだけで。
『声が聞こえる』