まこここ子

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 幼稚園児あたり、だろうか。ここに引っ越してきて一週間。近くに、たしかあったはずだ。二階建ての大きな建物、だだっ広いグラウンドにたくさんの遊具。いや、保育園だったかもしれない。まあどっちでもいいや。
 とにかく、そのくらいの年代の子どもが騒いでいる。そんな声で起こされて、時計を見ると朝の九時。寝坊した!……と思ったが、よく考えたら今日まで仕事は休み。なんだ、それならもっと寝れたかもしれない。しかし、この騒がしさでは眠れない。何をしようか。
 ……せっかくなら、自分も幼稚園児のころのことを思い出してみようか。まだダンボールの中に入ったままのアルバムを適当に開き、5歳のころの自分を見てみる。
 ○○幼稚園、✕✕組。笑顔で写る自分の隣にいるのは、三つ編みの女の子。あ、この子は。家が隣で、幼稚園に一緒に行って、帰り道の公園で遊んで、手を繋いで歩いて。
 初めてドキドキして、初めての好きができて、はじめて、悲しくなった。幼稚園を卒園する前に、遠くへ引っ越してしまったんだ。幼稚園児だからメールもラインも無くて、相手の引っ越し先の住所も知らないから、連絡もしていない。
 まだ、一緒に遊んだ日のことを覚えている。公園の木の葉の匂い、一緒に食べたおかあさんの梅干しおにぎりの味、砂場の砂がこぼれ落ちる感触、前歯が抜けたその子の笑顔。すべて鮮明に思い出せる。
 人の記憶で一番最初に忘れられるものは、声だ。もう10年以上は前のことなのに、外から聞こえる子どもの声に、その子の声が被って聞こえたような気がする。今日はなにする?おみせやさんごっこしよ!どろだんごたくさん作って、たくさん売ろう!
 ……もう、一生忘れられないんだろうな。次引っ越すなら、もっと静かな場所にしよう。

9/23/2024, 9:53:07 AM