《巡り逢うその先に》
番外編
〈黒鉄銀次という男〉 ⑥
主な登場人物
金城小夜子
(きんじょうさよこ)
玲央 (れお)
真央 (まお)
綾乃 (母 あやの)
椎名友子 (しいなともこ)
若宮園子 (わかみやそのこ)
大吉 (だいきち)
東山純 (ひがしやまじゅん)
向井加寿磨 (むかいかずま)
ユカリ (母)
秀一 (義父)
桜井華 (さくらいはな)
大樹 (父 たいじゅ)
蕾 (つぼみ 大樹の母)
高峰桔梗(たかみねききょう)
樹 (いつき)
葛城晴美 (かつらぎはるみ)
犬塚刑事 (いぬづか)
足立刑事 (あだち)
柳田剛志 (やなぎだたかし)
横山雅 (よこやまみやび)
京町琴美(きょうまちことみ)
倉敷響 (くらしきひびき)
黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
詩乃 (義母 しの)
巌 (父 いわお)
今夜は新下関のホテルに泊まることにした。
銀次はベットに入るとすぐに寝息を立てだした。
今日はいろいろありすぎたな。
これからどうしよう、今度は銀次君と一緒だ、ひとりじやない。
黒鉄さんは大丈夫だろうか。
そうだ、静香さんの従兄弟に電話して静香さんの電話番号を教えてもらい連絡しよう。
「もしもし、私...」
「カスミちゃん?カスミちゃんよね。よかった無事なのね」
「エッ、静香さんですか」
「そうよ。もう心配で心配で、従兄弟の所まで来ちゃったわよ」
「今どこにいるの?」
「新下関のホテルです。銀次君も一緒です」
「そう、ふたりとも無事でよかったわ」
「あの、黒鉄さんのこと、何か知りませんか?」
「そうよね、カスミちゃんは知らないのよね。黒鉄さんはカスミちゃんを車から降ろした後、事故にあって亡くなったわ。即死だったそうよ」
「そんな、私のせいだわ、私を助けたから、全部私がいけないんだわ」
「そんなに自分を責めちゃダメ、そもそも私が黒鉄さんに相談しなければよかったのよ。それより、これからどうするの、どこか行く宛てはあるの?」
「いいえ、私どうしたらいいんでしょう」
「そこまではヤツラも追ってこないだろうから、2〜3日ゆっくり考えてもいいんじゃない」
「そうですね、銀次君の事もあるし、そうします」
「落ち着いたらまた連絡してね」
「はい」
詩乃は電話を切りベットに入ったのだが眠れずにいた。
今日一日がフラッシュバックしていく。
また、裏切られた。
どうしてだろう。
私が悪いのだろうか?
いろいろ考えていると、何かが引っ掛かった。
何だろう?
そうだ、黒鉄さんだ。
さっき静香さんは事故で即死したと言った。
でも、宅配便の人は刺根組の事務所に入って行ったと言っていた。
どちらかが、嘘をついている。
宅配便の人だろうか、だから、銀次君のお母さんの家にアイツらが来たんだ。
でも、おかしい。
そんなことをしなくても、私達を刺根組の事務所に連れて行けばいいだけだ。
だとすると、静香さんが嘘をついていることになる。
どうして?
懸賞金?
そういえば、静香さんにはギャンブル好きな彼氏がいるって聞いたことがある。
あのまま私が捕まれば懸賞金はママのものになるが、一度逃がして自分が捕まえれば懸賞金が手に入る。
そうに違いない。
だとすると、ここにいたらマズイ、さっき電話でここの場所を教えてしまった。
電話をしてからすでに3時間経っている。
急がないとヤツらが来る。
詩乃は銀次を無理矢理起こし支度をしてフロントに電話を入れた。
「すいません、急用ができたのでチェックアウトします。それとタクシーをお願いします」
「わかりました。どちらまでいらっしゃいますか?」
「北九州の門司(もじ)駅までお願いします」
「かしこまりました。手配いたします」
10分後会計を済ませ、タクシーに乗り込んだ」
「お客さん門司駅まででよろしいですか?」
「すいません、私達暴力亭主に追われててウソをつきました。幡生(はたぶ)駅までお願いします」
「わかりました」
詩乃達が出発したすぐ後に2台の車がホテル前で止まった。
「お客さん、あの車なんだか怪しいですね。もしかするとご主人かも知れません。このまま行ったら後を付けられるかもしれない。この先に隠れる所があります。地元の人しか知りませんからそこに隠れてやり過ごしましょう」
「はい、お願いします」
タクシーは通りから少し入ったところで止まりエンジンを切った。
案の定5分後さっきの車が詩乃たちの近くを通り過ぎ北九州方面へと走って行った。
「どうやらうまく行ったようですね。ご主人たちは門司へ向かったようです。私達は幡生に向かいましょう」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえいえ、幡生に着くころには電車も動いているでしょう」
駅に着き、ちゃんと朝食を摂りたかったが一刻も早く遠くへ逃げなければならないので、おにぎりと飲み物を買い電車の中で食べた。
「おば...お姉ちゃんどこに行くの?」
「銀次君は、海と山どっちが好きかな?」
「どっちも行ったことがないからわからない」
「じゃあ、どっちもある所に行こうか」
「でも、父ちゃんは?」
「銀次君のお父さんはとっても強い人でしょ」
「うん」
「だったら大丈夫、お父さんは必ず銀次君に会いに来るわ」
「絶対?」
「絶対、お姉ちゃんが保証する」
「うん」
銀次はおにぎりを食べると、すぐに眠ってしまった。
無理もない、夜中に叩き起こされたのだから。
これからどうしよう。
一人ならどうにでもなるが、銀次君も一緒だ。
私を助けてくれた黒鉄さんの子供だから、銀次君は私が守らなければ。
そして、黒鉄さんどうか無事でいて下さい。
知らぬ間に詩乃も眠りについていたようだ。
銀次がガサガサ動く気配で目を覚ました。
「どうしたの銀次君?」
「こっちが海であっちが山」
電車の左右を指差して目を輝かせている。
「見に行ってみる?」
「うん、行きたい」
詩乃達は次の駅で降りて、まずは海を見に行った。
銀次は靴を脱ぎ波打ち際ではしゃいでいる。
詩乃はそれをぼんやりと眺めていた。
昼食をすませ、今度は山に登ることになった。
頂上から見る景色はまさに絶景だった。
「おバ姉ちゃんボクここがいい」
「私もここがいいわ」
ふたりが気に入った所なら再出発できるはずだ。
詩乃はそう思い、まずは泊まる所を決めるため町へ戻ることにした。
途中で小さい子どもを連れた女性が足を挫いて道に座り込んでいたので、肩を貸し家まで送って行き、詩乃たちも少し休ませてもらうことになった。
彼女は5才年上の蕾さん。子供は銀次と同じ歳の大樹君だ。
「詩乃さんはこの辺の人じゃないよね、どこから来たの?」
「九州から、今朝着いたんです」
「遊びにきたの?」
「いいえ、ちょっと訳があって九州をはなれたんです」
「そうなんだ、家はどの辺なの、子供も同じ年だし、友達になろうよ」
「ありがとうございます。でもまだ住む所が決まってなくて、今日はホテルに泊まろうかと思ってたんです」
「だったら今日はここに泊まりなよ。助けてくれたお礼だと思えばいいでしょ」
詩乃は少し考えた。
この人を信用していいのだろうか?
また、騙されたりしないだろうか?
でも、どう見てもこの人がヤクザと関係があるとは思えない。
「ありがとうございます。助かります」
「ここは私の実家。旦那が出張中だから里帰り中なの。お母さんしかいないから遠慮しないでね」
「じゃあ、今夜はご馳走にしようかしらね」
「そんなもったいない。泊めていただくだけで、有り難いのですから」
「いいのよ、こうゆう時じゃないと贅沢できないんだから、私のためでもあるんだから、気にしないで」
「じゃあ私、お手伝いします」
「助かるわ、蕾は台所に立てそうもないし、お願いね」
「大樹、銀次君お家に泊まることになったよ、よかったね」
「やったー、じゃあ公園に遊びに行ってくる」
これが、37年後に加害者と被害者になるふたりの出会いであった。
つづく
9/23/2024, 10:05:48 AM