星乃 砂

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9/15/2024, 10:38:35 PM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ④

主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
   巌    (父 いわお)

「黒鉄さんですね。強そうでカッコいい名前ですね。これからご贔屓にして下さいね」
黒鉄さんはとても無口な人でほとんど何も喋らず1時間程で帰っていく。
黒鉄さんはいつも決まってママのいない日にひとりで店にやってくる。
静香さんはいつも決まって黒鉄さんのテーブルに私をつかせた。
少し強面の顔で‘ヤクザ’といわれたら‘やっぱり’という感じのだ。
3回目の来店からは、私を指名してくれるようになったので仕事は何をしているのか聞いてみることにした。
「アンタ、それを聞いてどうするんだ」
「お仕事がわかれば、話しが弾むかなって思って」
「静香から聞いてないのか?」
「何のことですか」
「いや、いい」
黒鉄さんはまた黙って、いつものように1時間程で帰っていった。
黒鉄さんが帰った後に静香さんに呼ばれて話しをした。
「ちょっと立ち入ったことを聞くけど、答えたくなかったら答えなくていいからね」
「なんですか?」
「カスミちゃんはここにくる前はどこにいたの」
私は正直に答えた。
「もしかして、そこで何かあった?」
私は驚いた、まさかあのことを知っているのではないか。
「どうしてですか?」
まずい、たぶん顔が引きつっている。
「ううん、何でもないの忘れて」
そう言って静香さんは仕事に戻っていった。
前にいた場所を教えたのはまずかっただろうか。
数日後、町で黒鉄さんが3才くらいの子供といるところを偶然見かけ声をかけようかと思ったが、ママから‘お客さんと店以外で会うな’と言われていたことを思い出し声をかけるのをやめたのだが、その子が黒鉄さんの子供なのかどうか気になり、後をつけてみた。
向かった先は公園で、子供を遊ばせ自分はベンチでタバコを吹かしている。
子供を目で追う訳でもなくまるで気にかけていない感じだ。
本当に自分の子供なのか疑ってしまう。
しばらくするとジャングルジムの方で5才くらいの子と揉め出し、そのうちつかみ合いの喧嘩になった。
黒鉄さんはそれをただ見ているだけで、止めようともしなかった。
そのうち相手の男の子のお母さんが気付いて止めに入り、帰っていった。
男の子は鼻血を流し半ベソをかいて黒鉄さんのところに戻ってきた。
すると“バシッ”っと男の子のホッペタを叩いた。
「男が簡単に泣くんじゃない。1対1の喧嘩で負けるんじゃない」
「だって、あっちの方が大きかったんだもん」
“バシッ”またホッペタを叩いた。
「言い訳をするな」
「だって、だって」
黒鉄さんの手がまた上がった。
私は小さい頃、父から虐待を受けていたことを思い出し、気付いたら走っていた。
‘ダメッ!叩かないで’
“バシッ”
間に合った。
私は男の子を守れた。
黒鉄さんが叩いたのは私の肩だった。
「どうしてアンタがここにいるんだ」
「お願いです、叩かないで!」
「俺の子に俺がなにをしようが勝手だろ」
「子供はずっと覚えているんです。大人になっても忘れないんです。それがトラウマになるんです。そして、今度は虐待するようになるんです」
黒鉄さんに睨み付けられたが、私も睨み返してやった。
この子のためにもここで引く訳にはいかないわ。
「わかったよ、帰るぞ銀次」
男の子は涙を堪えながら黒鉄さんについて行った。

           つづく

9/9/2024, 10:48:15 AM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ③

        
主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
   巌    (父 いわお)
所持金も少ないので、あれこれと仕事を探している余裕はない。
詩乃は仕方なくまた水商売をすることにした。
ダメ元で高級クラブに行ってみた。
マネージャーと面接をしている時にママが出勤してきた。
ママは私をじっと見つめた後にマネージャーに言った。
「この子は私が話しをするわ」
「わかりました」
マネージャーは席を立ち自分の仕事に戻っていった。
「あなた歳はいくつなの?」
「二十歳です」
「もう一度聞くわよ、いくつ?」
ダメだ、ごまかせない、正直に言うしかない。
「16才です」
「ここがどういう店だかわかっているの、お酒を扱っている店なのよ。悪い事は言わないからお家に帰りなさい」
「帰る所がないんです」
父がアル中で犯されそうになったこと。
信じていた人に騙されて行くところがなくなったことを正直に話した。
「事情はわかったわ。でも、未成年者はここで働かせられないわ」
「そうですよね。失礼しました」
詩乃はお辞儀をして帰ろうとした。
「待ちなさい、私の知り合いが旅館を経営してて、スタッフを募集してるから聞いてみるわ」
「本当ですか」
ママはすぐに連絡してくれた。
「雇ってくれるそうよ。ただ住み込みは無理だから、うちのスタッフの寮に入れてあげるわ」
「いいんですか。ありがとうございます」
「咲ちゃん、ちょっと」
「なんですかママ?」
「あなたのところ一部屋空いてたわよね。今日からこの子を住まわすから、悪いけど案内してあげてちょうだい」
「わかりました。じゃあ行ってきます」
私はもう一度ママにお礼を言い寮へ向かった。
そこは3LDKの賃貸マンションだった。
「ここには、もうひとりマリエって子がいるわ。あなたの部屋は右の部屋ね、自由に使っていいわ。お風呂やリビングはみんなで仲良く使いましょうね。冷蔵庫もみんなで使っているから自分のものには必ず名前を書いといてね」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
次の日、旅館の女将さんに会い正式に雇ってくれることになった。
ルームメイトの咲さんやマリエさんもとってもいい人で妹のように可愛がってくれた。
クラブ暁月(あかつき)のママも様子を見に何度も足を運んでくれた。
旅館の女将さんも優しい人で手取り足取り丁寧に仕事を教えてくれた。
毎日が充実したなかで私は二十歳を迎えた。
私はどうしてもママに恩返しがしたいので旅館を辞めクラブ暁月で働かせてほしいと、女将さんとママに話した。
あんなに親切にしてくれた女将さんには怒られると思った。
「あなたのことは暁月のママから預かってただけだから気にしなくていいのよ。あなたの好きにしなさい」
「いいんですか、ありがとうございます」
「詩乃、お水の世界は甘いもんじゃないわよ。やるからには覚悟なさい」
「はい、私ママのために頑張ります」
「詩乃、あなたの源氏名はカスミでいいわね。それと、私がいいと言うまで同伴とアフターは禁止します。いいわね」
「それってどう言うことですか」
「つまり、お店以外でお客さんの相手はしないこと」
「はい、わかりました」
こうして詩乃はクラブ暁月で働きだした。
ひと月もすると馴染みの客もでき、指名も入りだした。
今日はママがお休みなのでNo.1の静香さんがお店を仕切っている。
「カスミちゃん、7番テーブルに入ってちょうだい」
詩乃は静香に言われたとおり7番テーブルについた。
「初めましてカスミです。よろしくお願いします。お名前教えてもらっていいですか?」
「黒鉄だ」

           つづく

9/8/2024, 9:45:05 AM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ②

        
主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)

詩乃は布団の中で目を覚ました。
「気が付いたかい、ここは私の家だから安心していいよ」
「どうしてここに?」
「海に浮いてたアンタを息子が助けて連れてきたんだよ」
詩乃は昨夜のことを思い出そうとした。
誕生日
乾杯
一気飲み
意識をなくす


花瓶
詩乃は全てを理解した。
私、人を殺してしまった。
ガラガラガラ
「あっ、英樹が帰ってきたよ」
「目が覚めたか」
この人、たまにランチを食べにきてたひとだわ。確かお酒は飲めないって言ってた。
「あなたが私を助けたんですか」
「あゝ、そうだ」
「どうして死なせてくれなかったんですか。私は人を殺してしまったんです。生きていちゃいけないんです」
「落ち着け、郷田は死んじゃいない」
「本当ですか。よかった」
「全然よくなんかない、郷田は手下を使ってアンタを探している。捕まったら何をされるかわからないぞ」
「殺されるって言うんですか」
「いや、殺しはしない。だが、生かしもしない。薬漬けにされて、一生郷田に貢がされる」
「そんな!」
「すぐにこの町を出た方がいい」
「でも、一旦部屋に戻らなければお金も何も持ってないし、それにママに謝らなければ」
「まだわからないのか、あのババアと郷田の組は裏で繋がっているんだ。今までアンタと同じ目にあったヤツは、何人もいるんだ」
「ウソ、ママはそんな人じゃないわ。訳も聞かずに私を置いて、仕事もさせてくれたのよ」
「アンタは騙されていたんだ。アンタの前にいた女は、今は隣町のソープで、一日に5人の客を取らされているよ」
「そんなのウソよ。ママはとっても優しくていい人なのよ」
「いい人がアンタみたいなガキを夜中までスナックで働かせてる訳ないだろ。ともかく、すぐに町を出るんだ。駅にはすでに手下がいるからダメだ。30分後に港からトラックが出てこの家の前を通る。俺がトラックを止めるから、その隙に荷台に潜り込め。少ないがこれを持っていけ」
英樹は詩乃に2万円を渡した。
「それから、これを着て行け」
「これ男物の服ですよ」
「ヤツらが探しているのは女だ」
そしてトラックがやってきた。
どうやら英樹はトラックの運転手と知り合いのようだ。
詩乃は素早く荷台に潜り込んだ。
幌付きのトラックなので、外から見られる心配はなさそうだ。
トラックはすぐに走り出した。
詩乃は最後にお礼を言おうとして幌を少し開けてみると、英樹が数人に言い寄られていた。
ヤバイ、バレたんだ。
ここにいたら見つかってしまう。
トラックが十字路を右折したところで詩乃はトラックから飛び降り路地に逃げ込んだ。
その後すぐに猛スピードで車が通り過ぎトラックを止めて運転手を引き摺り下ろした。
危なかった。
でもこれからどうしよう。
ここにいてもすぐに見つかる。
目の前に自転車があった。
迷っている時間はない。
詩乃は自転車に乗り、できるだけ人のいない裏道をゆっくりと焦らずに東に進んだ。
三つ目の十字路でヤツらの車が飛び出してきた。
急ブレーキをかけたので、ぶつからずにすんだが万事急須だ。
しかし、詩乃には気付かずに車は走り去って行った。
そうか、男装をしていたので気付かれなかったのだ。
英樹さんありがとう。
詩乃は三つ先の駅で自転車を乗り捨てた。
このまま東行きの電車に乗るか迷った。
自転車はすぐに見つかるだろう。だとすると東に行くのはまずい。
一か八か詩乃は西行きの電車に乗った。
自分のいた町の駅で電車が止まった時は生きた心地がしなかった。
ホームや改札の外に手下が5・6人いたのだ。
だがヤツらは駅に入って来る女を調べていたが、電車の中の乗客など気にもしていなかった。
電車は無事に出発した。
詩乃はやっと一息ついた。
あんなに優しかったママが私を裏切ったなんてまだ信じられない。
詩乃は涙が溢れてきた。
裏切られたから。
悲しいから。
悔しいから。
また、ひとりになったから。
詩乃は泣きながら眠りに落ちた。
詩乃が目を覚ました時にはすっかり夜になっていた。
電車は大きな街の駅に着くところだった。
‘キレイ’詩乃はネオンの輝く街を見てそう思った。
この街にしよう、身を隠すなら大勢の人の中がいい。
所持金は残りわずかだ。
すぐにでも仕事を探さなければならない。
もう騙されたりなんかしない。
詩乃は心に強く誓った。

           つづく

8/19/2024, 11:46:11 AM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ①

        
主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
 海江田

銀次の母 詩乃は中学の卒業式を終えるとそのまま電車に飛び乗った。
「あんな家、二度と帰ってやるもんか」
詩乃の父はアル中で、月に10日働いたことがない。
毎晩酔っ払い詩乃に暴言を吐き暴力を振るうこともあった。
最近では夜中に詩乃の布団に入ってきて胸や下半身を触ってくる。
母はそれを見て見ぬふりをする。
このままでは、父に犯され父親の子を身籠りかねない。
なんの当てもない。
所持金35000円足らず。
ともかく、住み込みの仕事を探すことにした。
降り立った駅は、詩乃の見たことがないほど大きな街だった。
たくさんの人が行き交っている。
詩乃の町の人を全員集めても、こんなにはいないだろう。
ここでなら、私を雇ってくれる所がすぐに見つかるだろう。
詩乃は駅から少し離れたところにある工場に向かった。
「すいません、住み込みで雇ってもらえないでしょうか?」
「君はこの辺の子じゃないね、年はいくつだい?」
「15です」
「そう、ちょっと待っててね」
詩乃は事務所で待っていた。
感じの良い人だったな、ここで働けるといいな。
そんな事を考えていると、外で話し声が聞こえてきた。
「通報してきたのは貴方ですか」
「はい、どうやら家出娘のようなので」
マズイ、警察に通報されたのだ。
捕まったら、家に連れ戻されてしまう。
詩乃は窓から飛び降り一目散に逃げ出した。
詩乃は逃げながら考えた、正直に15才だなんて言うんじゃなかった。
今度は化粧をして19だと言おう、名前だって偽名にすればいい。
しまった!うっかり履歴書を置いてきてしまった。
実家にも連絡がいくだろう。
もうこの街にはいられない。
詩乃はそのまま駅に向かいどこ行きだかもわからない電車に飛び乗った。
どのくらい時間がたったのだろう夕陽のキレイな湊町に着いた。
なんてキレイな夕陽なんだろう。この町なら私を受け入れてくれるかもしれないと思った。
駅前はさっきの街とは比べものにならないが、詩乃の住んでいた町よりはましだ。
湊町なので、漁港に行ってみたが日が暮れる時間に人などいるはずがない。
お腹も空いてきた。
今晩はどこに泊まろう?所持金があまりないので、ホテルになど泊まれない。
かといって3月の夜に野宿などできやしない。
どこか朝までやっているお店はないだろうかと探していると、“純喫茶スナック”という変なカンバンを見つけた。
扉を開けると、‘カランカラン’とドアベルがなり、カウンターの中にいた女性が顔をあげた。
「いらっしゃい、見ない顔ね」
女性は派手めで、若作りをしているが、四十路を過ぎていそうだ。
この店のママなのだろう。
ママは私を上から下まで眺めたあとに、「アンタ、迷子かい?」と言った。
「いえ、そういう訳じゃないんですけど、あの...」
「ピラフでいいかい?」
「はい」
「2階の手前の部屋が空いてるから荷物はそこに置いといで」
詩乃は呆気に取られていた。何も話していないのに、全てお見通しって感じだ。
「慣れるまではタダ働きだよ。食事は、ある食材を使っていいから自分で作ること」
「はい...えっと」
「私のことはママとお呼び、アンタは今からアケミ18才だ。いいね」
「はいママ」 
神様、素敵な出会いをありがとう詩乃は心からそう思った。
店の営業時間は11時から14時までが喫茶店として、軽食も出している。18時から26時までがスナックとなる。
夜の部は最初は20時までで徐々に長くしていくそうだ。
ママは、私の事を何も聞いてこない、それが嬉しかった。
1週間2週間と経ち接客にもだいぶ慣れてきたが、ヨッパライの相手には苦戦している。
お酒も少しずつ練習している。
ビールを水で割ったり、ウーロンハイと言いつつ烏龍茶を飲んだりしている。
1ヶ月もすると、私目当てで来てくれるお客さんもできた。
3ヶ月経った頃にはヨッパライの相手も無難にこなせるようになっていた。
「アケミ、この商売続けられそうかい?」
「はい、大丈夫です、一生懸命頑張ります」
「そうかい。そろそろフルタイムで働いてもらおうかね。これからは、お給料も出してあげるよ」
嬉しかった。ママに認めてもらえた事が、すごく嬉しかった。
でも、鏡の中の私は派手な化粧をしていて、とても15才には見えなかった。
本当にこれでいいのだろうか。
15才の娘に酒を飲ませ、深夜までホステスとして働かせているママを本当に信じていいのだろうか?ただ、ここを出ても行く宛なんかない、せめて18才になれば...
今はここでやるしかない。
ここに来て半年たった頃19才(本当は16才)の誕生日を迎えた。
ママやお客さんがお祝いをしてくれた。
誕生日だからという事で何度も乾杯をさせられ、初めて意識を失った。
胸が押し潰されそうな息苦しさを感じて目が覚めると、誰かが私の上に乗っている。
「何をしているのですか?」
「おや、目が覚めたかい。気持ちいい事をしてるんだよ」
男は常連のお客さんだった。
私は裸にされている。
「やめて下さい。ママ、ママ助けて!」
「ママにはちゃんとお金を払っているんだ、呼んでも無駄だよ」

 “裏切られた”

イヤだイヤだイヤだ
詩乃は全力で抵抗していると、
‘ゴン’と鈍い音がして男の力が抜けた。そして、何か温かいものが詩乃の胸を濡らした。
暗くてよくわからない。
男を押し退け明かりを点けた。
男は頭から血を流している。
詩乃の右手には花瓶が握られていた。
“私、殺してしまった”
“人を殺してしまった”
気がついたら、裸のまま外へ飛び出していた。
“もうおしまいだ。死のう”
そのまま海に飛び込んだ。

           つづく

8/2/2024, 10:58:02 AM

《巡り逢うその先に》
        第2章 11
        
主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
 海江田


自転車業界を狙った詐欺事件の被害者達は店を取り戻すために団結し、2週間後に弁護士を交えて話し合うことになった。
サイクルショップ田中の社長はあまりのショックから、胃潰瘍を再発させ、小夜子に全てを任せることにした。
椎名友子はバイト先の社長(小夜子のおじいちゃん)の計らいで小夜子の手伝いをバイトしてすることになった。
そして2週間後、東京へ出発することになる。

桜井華は父殺害の証拠を手にできず、しかも、黒鉄銀次と繋がりのある海江田まで殺害され落ち込んでいた。
「桜井どうした。落ち込んでるヒマなんかないぞ!」
「犬塚さん、福島への出張お疲れ様でした。何か掴めましたか?」
犬塚は福島で会った少年が、華の父の生まれ変わりであることを伝えたかったが、“華には言うな”と硬く口止めされたために言えずにいた。
その時、高峰桔梗から連絡があり、チンピラ風の男が華に会いたがっているというので、待ち合わせ場所に向かった。
「華さんこの男です」
「どうしたんだ、傷だらけじゃないか」
「そんな事はどうでもいいんだ。あんた、兄貴のカタキを取ってくれるかい」
「お前、海江田の舎弟か?」
「ああ、兄貴はこうなる事がわかっていたのかもしれない。出掛ける前にコイツを俺に預けたんだ。
何かあったらコイツを桜井っていう女の刑事に渡せって」
それは、ジップロックに入った血の付いたナイフだった。
「これは、まさか」
「これがあれば、黒鉄さんを死刑にできるらしいぜ」
「ありがとう、よく持って来てくれた。病院まで送ろう」
「よしてくれ、これ以上マッポと関わるのはゴメンだ」
「そうか、わかった」
「おっと、忘れるところだった。
自転車業界の詐欺被害者達が団結して東京で集まるらしいが、黒鉄さんはそいつらを個別に襲って解散させようとしているようだぜ」
「という事は黒鉄銀次も東京に居るってことか」
華と桔梗は署に戻り犬塚刑事に報告をした。
「でかしたぞ桜井、高峰。早速ナイフは鑑識に回せ、俺達は東京に向かうぞ」
「私も同行させてくれませんか?
東京には弟がいます。そこを拠点にして動けると思います」
「いいだろう、高峰も来い」
こうして、桜井華、高峰桔梗、犬塚刑事は東京へと向かった。
犬塚はこの事を柳田少年(桜井刑事の生まれ変わり)に話すべきか悩んだが、言わなければ後でこっぴどく怒られると思い連絡することにした。
「わかった、知らせてくれてありがとう。俺も東京に向かうあっちで合流しよう。車を1台回してくれ」
「それはできません。どんな理由でパトカーに小学生を乗せて東京まで連れてこさせるんですか?」
「それもそうだな、なんとかするしかないな」
隣りで聞いていた横山雅が話しかけてきた。
「剛志、どうやって東京に行くの?」
「それが問題なんだ、何かいい手はないか?」
「私も一緒に行っていいなら、私がお金出すわよ」
「そんなお金よく持ってるな」
「そんなの妻として当然でしょ。
玲央・真央のお姉ちゃんと一緒に行きましょう」
こうして、剛志も東京へと向かうことになった。

京町琴美と倉敷響は東京に戻り響の父の病院で、昔のカルテをデータ化するアルバイトをしていた。
「響、このカルテちょっと見て」
「どれ、鬼龍院加寿磨って福島の金城小夜子さんの探している相手じゃないか。この病院に通ってたのか」
心療内科の担当医はまだこの病院にいたので話しを聞いたところ、強いショックを受けたことにより、記憶を封印してしまったのではないか?とのことであった。
また同じような強いショックを受けると記憶が戻る可能性があるが、医師としては容認できないとのことであった。

そして、向井法律事務所が中心となり、自転車業界詐欺事件被害者の会の弁護団が結成され、加寿磨は高峰樹とともに義父の手伝いをすることとなった。

        第2章  完
     



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