星乃 砂

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9/24/2024, 12:09:36 PM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ⑦

主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
   蕾 (つぼみ 大樹の母)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃   (義母 しの)
   巌    (父 いわお)

詩乃達の住む部屋はなかなか決まらずに1週間が経とうとしていた。
明日には蕾達は帰ってしまう。
何とか今日中に部屋を決めなければならない。
「詩乃ちゃん、昨夜母さんとも話したんだけど、いっそのことこの家に住んでくれないかな」
「えっ!」
「母さんも歳だし、私も義父と同居してるから頻繁に来る訳にはいかないし、詩乃ちゃんがいてくれると安心なんだけどな」
詩乃は少し不安になっていた。
本当にこの人達を信じていいのだろうか?
でも、部屋も見つからないし、この人達が悪い人とは到底思えない。
もう一度だけ、人を信じてみよう。
「本当にいいんですか?」
「もちろんよ。食費は出してもらうけど、家賃はいらないわ」
こうして詩乃達は蕾の実家に住むことになった。
蕾の紹介で仕事も見つかり、銀次は大樹と同じ幼稚園、同じ小学校に通いだした。
巌は銀次を強い子に育てようとしていたが、詩乃は優しい子に育つように心がけ、愛情を注いだ。
銀次はいつのまにか詩乃のことを‘母さん’と呼ぶようになっていた。
詩乃は忙しいながらも充実した時を過ごしていた。
だが、銀次が5年生のある日、蕾の母が脳梗塞で倒れた。
幸い命は取り留めたものの、左半身に麻痺が残ってしまった。
退院後、詩乃に全てがのしかかってきた。
仕事
子育て
介護。
ひと月ふた月経つにつれ、ストレスがたまり、ふと思った。
どうして私が他人の親の介護をし、他人の子供を育てなければならないのか?
その疑問がドンドン大きくなりついに爆発した。
その矛先が銀次であった。
あれだけ可愛がっていた銀次に暴言を吐き暴力を振るい、やがて子育てにも手を抜くようになった。
次第に銀次の帰りが遅くなり、ケガをして帰る日もあったが、詩乃は気にもしなかった。
3年後、トキが亡くなり、家を売るから引っ越すように蕾に言われ詩乃の中で何かが弾けた。
「銀次、お前のせいだ。お前さえいなければ、こんなことにはならなかったんだ。お前なんか拾うんじゃなかった。全てお前が悪いんだ。お前なんか死んでしまえ!」
銀次は家を飛び出し二度と帰ってこなかった。
引っ越しをし家は取り壊され、ふたりを繋ぐものがなくなり、詩乃はやっとひとりになれた。
だが、詩乃の心は虚無が支配していた。

           つづく

9/23/2024, 10:05:48 AM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ⑥

主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
   蕾 (つぼみ 大樹の母)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃   (義母 しの)
   巌    (父 いわお)


今夜は新下関のホテルに泊まることにした。
銀次はベットに入るとすぐに寝息を立てだした。
今日はいろいろありすぎたな。
これからどうしよう、今度は銀次君と一緒だ、ひとりじやない。
黒鉄さんは大丈夫だろうか。
そうだ、静香さんの従兄弟に電話して静香さんの電話番号を教えてもらい連絡しよう。
「もしもし、私...」
「カスミちゃん?カスミちゃんよね。よかった無事なのね」
「エッ、静香さんですか」
「そうよ。もう心配で心配で、従兄弟の所まで来ちゃったわよ」
「今どこにいるの?」
「新下関のホテルです。銀次君も一緒です」
「そう、ふたりとも無事でよかったわ」
「あの、黒鉄さんのこと、何か知りませんか?」
「そうよね、カスミちゃんは知らないのよね。黒鉄さんはカスミちゃんを車から降ろした後、事故にあって亡くなったわ。即死だったそうよ」
「そんな、私のせいだわ、私を助けたから、全部私がいけないんだわ」
「そんなに自分を責めちゃダメ、そもそも私が黒鉄さんに相談しなければよかったのよ。それより、これからどうするの、どこか行く宛てはあるの?」
「いいえ、私どうしたらいいんでしょう」
「そこまではヤツラも追ってこないだろうから、2〜3日ゆっくり考えてもいいんじゃない」
「そうですね、銀次君の事もあるし、そうします」
「落ち着いたらまた連絡してね」
「はい」
詩乃は電話を切りベットに入ったのだが眠れずにいた。
今日一日がフラッシュバックしていく。
また、裏切られた。
どうしてだろう。
私が悪いのだろうか?
いろいろ考えていると、何かが引っ掛かった。
何だろう?
そうだ、黒鉄さんだ。
さっき静香さんは事故で即死したと言った。
でも、宅配便の人は刺根組の事務所に入って行ったと言っていた。
どちらかが、嘘をついている。
宅配便の人だろうか、だから、銀次君のお母さんの家にアイツらが来たんだ。
でも、おかしい。
そんなことをしなくても、私達を刺根組の事務所に連れて行けばいいだけだ。
だとすると、静香さんが嘘をついていることになる。
どうして?
懸賞金?
そういえば、静香さんにはギャンブル好きな彼氏がいるって聞いたことがある。
あのまま私が捕まれば懸賞金はママのものになるが、一度逃がして自分が捕まえれば懸賞金が手に入る。
そうに違いない。
だとすると、ここにいたらマズイ、さっき電話でここの場所を教えてしまった。
電話をしてからすでに3時間経っている。
急がないとヤツらが来る。
詩乃は銀次を無理矢理起こし支度をしてフロントに電話を入れた。
「すいません、急用ができたのでチェックアウトします。それとタクシーをお願いします」
「わかりました。どちらまでいらっしゃいますか?」
「北九州の門司(もじ)駅までお願いします」
「かしこまりました。手配いたします」
10分後会計を済ませ、タクシーに乗り込んだ」
「お客さん門司駅まででよろしいですか?」
「すいません、私達暴力亭主に追われててウソをつきました。幡生(はたぶ)駅までお願いします」
「わかりました」
詩乃達が出発したすぐ後に2台の車がホテル前で止まった。
「お客さん、あの車なんだか怪しいですね。もしかするとご主人かも知れません。このまま行ったら後を付けられるかもしれない。この先に隠れる所があります。地元の人しか知りませんからそこに隠れてやり過ごしましょう」
「はい、お願いします」
タクシーは通りから少し入ったところで止まりエンジンを切った。
案の定5分後さっきの車が詩乃たちの近くを通り過ぎ北九州方面へと走って行った。
「どうやらうまく行ったようですね。ご主人たちは門司へ向かったようです。私達は幡生に向かいましょう」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえいえ、幡生に着くころには電車も動いているでしょう」
駅に着き、ちゃんと朝食を摂りたかったが一刻も早く遠くへ逃げなければならないので、おにぎりと飲み物を買い電車の中で食べた。
「おば...お姉ちゃんどこに行くの?」
「銀次君は、海と山どっちが好きかな?」
「どっちも行ったことがないからわからない」
「じゃあ、どっちもある所に行こうか」
「でも、父ちゃんは?」
「銀次君のお父さんはとっても強い人でしょ」
「うん」
「だったら大丈夫、お父さんは必ず銀次君に会いに来るわ」
「絶対?」
「絶対、お姉ちゃんが保証する」
「うん」
銀次はおにぎりを食べると、すぐに眠ってしまった。
無理もない、夜中に叩き起こされたのだから。
これからどうしよう。
一人ならどうにでもなるが、銀次君も一緒だ。
私を助けてくれた黒鉄さんの子供だから、銀次君は私が守らなければ。
そして、黒鉄さんどうか無事でいて下さい。
知らぬ間に詩乃も眠りについていたようだ。
銀次がガサガサ動く気配で目を覚ました。
「どうしたの銀次君?」
「こっちが海であっちが山」
電車の左右を指差して目を輝かせている。
「見に行ってみる?」
「うん、行きたい」
詩乃達は次の駅で降りて、まずは海を見に行った。
銀次は靴を脱ぎ波打ち際ではしゃいでいる。
詩乃はそれをぼんやりと眺めていた。
昼食をすませ、今度は山に登ることになった。
頂上から見る景色はまさに絶景だった。
「おバ姉ちゃんボクここがいい」
「私もここがいいわ」
ふたりが気に入った所なら再出発できるはずだ。
詩乃はそう思い、まずは泊まる所を決めるため町へ戻ることにした。
途中で小さい子どもを連れた女性が足を挫いて道に座り込んでいたので、肩を貸し家まで送って行き、詩乃たちも少し休ませてもらうことになった。
彼女は5才年上の蕾さん。子供は銀次と同じ歳の大樹君だ。
「詩乃さんはこの辺の人じゃないよね、どこから来たの?」
「九州から、今朝着いたんです」
「遊びにきたの?」
「いいえ、ちょっと訳があって九州をはなれたんです」
「そうなんだ、家はどの辺なの、子供も同じ年だし、友達になろうよ」
「ありがとうございます。でもまだ住む所が決まってなくて、今日はホテルに泊まろうかと思ってたんです」
「だったら今日はここに泊まりなよ。助けてくれたお礼だと思えばいいでしょ」
詩乃は少し考えた。
この人を信用していいのだろうか?
また、騙されたりしないだろうか?
でも、どう見てもこの人がヤクザと関係があるとは思えない。
「ありがとうございます。助かります」
「ここは私の実家。旦那が出張中だから里帰り中なの。お母さんしかいないから遠慮しないでね」
「じゃあ、今夜はご馳走にしようかしらね」
「そんなもったいない。泊めていただくだけで、有り難いのですから」
「いいのよ、こうゆう時じゃないと贅沢できないんだから、私のためでもあるんだから、気にしないで」
「じゃあ私、お手伝いします」
「助かるわ、蕾は台所に立てそうもないし、お願いね」
「大樹、銀次君お家に泊まることになったよ、よかったね」
「やったー、じゃあ公園に遊びに行ってくる」

これが、37年後に加害者と被害者になるふたりの出会いであった。

           つづく

9/18/2024, 6:31:52 AM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ⑤

主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
   巌    (父 いわお)

黒鉄さんたら、子供に暴力を振るうなんて最低だわ。
今度お店に来た時に私のことを話してわかってもらおう。
休みの日はいつもお昼まで寝ているのだが今日は電話で起こされた。
相手は静香さんだった。
「カスミちゃん、大事な話があるの。今マンションの下にいるんだけど、ちょっと寄ってもいいかしら」
「あの、散らかってるので、5分後にピンポンしてください」
詩乃は脱ぎっぱなしの服などを急いでクローゼットに押し込んだ。
そして5分後
「いらっしゃい、静香さんがうちに来るのは初めてですよね」
「急でごめんなさいね。咲ちゃんとマリエちゃんは留守なの?」
「はい、ふたりはデートみたいですよ」
「そう、よかったわ。実はカスミちゃんに確かめたいことがあるの」
「なんですか?」
「この前もちょっと聞いたけど、ここに来る前にいたお店って喫茶スナック、源氏名はアケミじゃなかった?」
「どうして知ってるんですか?」
「やっぱりそうだったの...。これから大事な話しをするからよく聞いてちょうだい。うちのママとカスミちゃんが前にいた喫茶スナックのママは刺根組っていう暴力団と繋がりがあるの。先月刺根組の主催する旅行があってママ達も参加したのよ。そしてカスミちゃんが怪我をさせた郷田が懸賞金を付けて、あなたを探していることを小耳に挟んだのよ」
なんてことなの、もう4年もたつのに、もう忘れかけていたのに。
「私は偶然ママの電話を聞いてしまったの。このままだとカスミちゃんは捕まってしまうわ。逃がしてあげたいけど、カスミちゃんはすでに見張られているのよ。下手に動いたら危ないから、黒鉄さんにカスミちゃんを逃がしてほしいって相談したのよ」
「エッ、黒鉄さんに?」
「そしたら、助ける価値があるヤツなら手を貸してくれるって言ったの。だからカスミちゃんを黒鉄さんのテーブルに付いてもらったのよ」
「だったらダメですね、私 黒鉄さんに酷いこと言ったから」
「いいえ、助けてくれるそうよ。今も近くで待機してくれているわ」
「本当ですか」
「すでに郷田はここに向かっているらしいから急いだ方がいいわ。支度をしてちょうだい」
私は支度をしながら黒鉄さんてどういう人なのか聞いてみた。
「黒鉄さんは元ヤクザよ結婚を期に足を洗ったのよ。今一緒に暮らしているのは次男の銀次君、長男は生まれつき難病を抱えていて、2人の子を育てるのは難しいと言って、奥さんが実家で長男を育てているそうよ」
‘ピンポーン’
「あらっ、黒鉄さんだわ。もしもし、何かありましたか?」
「郷田が、事務所を出てこっちに向かったと、連絡があった。急げ時間がないぞ」
「わかったわ、すぐに行くわ。でも、見張りは大丈夫かしら」
「今、寝かしつけたところだ」
「カスミちゃん急いで!」
詩乃達は大急ぎでエントランスに降りて行った。
「黒鉄さん、お待たせしました」
「早く車に乗れ」
「はい」
「カスミ、いや、詩乃元気でね。
無事なのか心配だから落ち着いたらここに連絡して、私の従兄弟だから大丈夫よ。そして二度とここには戻ってきちゃダメよ」
「はい、静香さんありがとうございます」
「ちょっとお待ち!」
「ママ!」
「カスミ、あれだけ面倒をみてやったのに恩を仇で返す気かい!」
「ママもうやめて、カスミが可愛くないの、奴らに渡したら何をされるか、ママなら想像できるでしょ。黒鉄さん早く行って」
車は猛スピードで走り出した。
「カスミ逃げるなこの恩知らず、絶対見つけ出してやるからな」
ママの声が遠ざかっていく。
あんなに優しかったママが、前の店のママもそうだった。
止めどなく涙が溢れてくる。
「所詮、刺根組には逆らえないんだ」と黒鉄が呟く。
「そんなに大きな組織なんですか?」
「この辺じゃダントツだ」
「そんなのに逆らって黒鉄さんは大丈夫なんですか?」
「俺が足を洗った後、何かに付けて嫌がらせをしてきたのが郷田だ。長男の謙信が難病に侵され看病に専念したいと言って、嫁が謙信と実家に行ってからも勤め先に“こいつの旦那はヤクザだ”と言い廻ったそうだ。もう俺と関わらない方がいいと思い離婚した。俺は郷田を許さねぇ、キッチリ落とし前を付けてやる」
そんなことがあったんだ。
「黒鉄さん、どこへ向かってるんですか?」
「この先に坊主を待たせてあるんだ」
「銀次君をですか?」
「ああ、俺たちもこの町を出るんだ」
「私が巻き込んでしまったからですか?」
「そうじゃない、そろそろ潮時だったってことだ。そんなことより、追手が現れたようだ。飛ばすぞ、しっかり捕まっておけよ」
黒鉄は物凄いスピードで飛ばした。
「マズイ、前からも来やがった」
黒鉄のドライビングテクニックは見事なものだったが、相手も次々と湧いてくる。
「このままでは、いずれ挟み撃ちされて終わりだ。これから言うことをよく聞いてくれ、この先に宅配便の会社がある。No.17のトラックの荷台に坊主を隠してある。そのトラックは坊主の母親の実家方向に行く便で、30分後に出発する。悪いが母親の実家へ、坊主を送ってもらえないか。これが、住所だ」
黒鉄はメモを詩乃に渡した。
「黒鉄さんはどうするんですか」
「一人の方が無理がきく、必ず後から行くから心配するな。坊主のこと、頼んだぞ。次の角を曲がったらスピードを落とす、その時に降りてくれ」
車は十字路を右折してスピードを落とした。
「今だ!」
詩乃は言われた通りに飛び降りて、そのまま身を隠した。
そういえば、前にもこんなことがあったな。
そんなことはどうでもいい。
今は銀次君の所に急がないと。
宅配便の会社は思ったよりも遠くて、出発ギリギリになってしまった。
No.17の荷台に入り銀次君に声をかけた。
「銀次君、いるの、この間公園であったよね、覚えてる?」
銀次は恐る恐る顔を覗かせて、詩乃のことを公園で庇ってくれた人だとわかると、「父ちゃんはどこ?」と聞いてきた。
「お父さんは少し遅れるから、お母さんの所で待っててって言ってたわよ」
銀次が少し不安がっていたので
「大丈夫よ、それよりノド渇いてない、ジュース買ってきたの、オレンジジュースとコーラどっちがいい?」
「オレンジジュース」
「はい、どうぞ」
「ありがとう、おばちゃん」
「あの、おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんね」
黒鉄さんからもらったメモの住所までは3時間くらいで着くはずだが、まだ出発してから1時間くらいしかたっていない。
あと2時間、先は長そうだ。
お腹も空いてきた。
そういえば、今日は何も食べていないことに気がついた。
‘食べ物もいっしょに買ってくればよかったな’と思っていると。
「おばちゃんオシッコ」
エッ!どうしよう、ここはトラックの荷台だ、しかも走っている。
まさかここでするわけにもいかないし。と考えているとトラックが止まって運転席のドアが開く音がした。
そして、荷台の幌が勢いよく開けられた。
「ここまでくればもう大丈夫だ。助手席に乗りな」
「私達がいること知ってたんですか?」
「黒鉄さんに頼まれてたからな」
「この子、トイレに行きたいんですけど?」
「ここはドライブインだ。トイレもあるから行ってきな」
銀次君をトイレに行かせて、私も食べ物を買いに行こうと思ったところで話しかけられた。
「アンタに言っておくことがある。ここに来る途中で刺根組の事務所の前を通ったら、黒鉄さんがチンピラ数人に引きずられて中に入って行くのが見えた。だから、奥さんの所には来ないだろう」
「そんな、銀次君がかわいそうだわ、みんな私のせいだわ」
「アンタのせいかどうかは俺にはわからないが、このことはあの子には言うなよ」
「そんなこと、とても言えないわ」
2時間後無事に目的地に着いた。
「俺の役目はここまでだ」
「ありがとうございました。あとは私が銀次君をお母さんの所へ
連れて行きます」
私達を降ろすとトラックは再び走り出した。
「行こう銀次君、お母さんのところへ」
「おばちゃん道わかるの?」
「こういう時はお店で聞けば何とかなるのよ。それと、おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんよ。覚えておいてね」
何とか家にたどり着き、インターホンを押した。
ドアが開き女性が現れた。
「どちら様で...銀次?」
「初めまして、黒鉄さんに頼まれて銀次君を連れてきました」
「黒鉄に頼まれたって、どういうことよ」
「黒鉄さんが迎えに来るまで銀次君を預かっててほしいということです」
そう言ったものの、刺根組に捕まった黒鉄さんが来れるはずがないと思った。
「で、いつ迎えに来るって?」
「それはわかりません」
「もう、アイツには関わりあいたくないのよね、アタシも仕事と
謙信の世話で手一杯なのよ。銀次の面倒までみてらんないわ。悪いけど帰ってちょうだい」
「そんな、あなたの子じゃないですか」
「無理なものは無理なのよ」
ドアは勢いよく閉められた。
銀次は今にも泣きそうな顔をしている。
「お腹空いてない、ご飯食べに行こうか?」と言ってなだめた。
「うん」
食事中も、銀次は元気がなかった。
「後でもう一度お母さんに会いに行こうね。さっきは突然だったからビックリしただけだよ」
と言ったものの、詩乃は無理だろうなと思っていた。
でも、このままでもしょうがない。当たって砕けろだ。
そしてまたインターホンをならした。
「しつこいね、ダメなものはダメなんだよ」
「それじゃ銀次君がかわいそうじゃないですか」
「もうウンザリなんだよ、コイツの顔見るとアイツのことを思い出して腹ワタが煮え繰り返るんだよ」
そう言うと鬼の形相で銀次を睨みつけた。
思わず銀次は泣き出してしまった。
「あなたは、それでも親ですか」
「うるさい、二度と来るな!」
仕方なくその場を離れたもののどこにも行く当てがなく公園のベンチで休憩していた。
このままではいけない、何とかお母さんを説得しなければ。
「銀次君ちょっとここで待っててくれる。私、もう一度お母さんと話しをしてくるからね」
銀次は不安そうな顔をしていたがうなずいた。
お母さんの家の近くまで行くと言い争う声が聞こえてきた。
「ガキと女がいるだろ、出せ」
「さっき来たけど追い返してやったわよ。もう私達には関わらないでちょうだい」
「ウソ付くんじゃねェ!」
男は部屋の中へ入っていった。
「ちょっと、辞めておくれよ」
男は中を確認すると出てきた。
「また来たら捕まえて連絡しろ。隠したら為にならないぞ。女には懸賞金が掛かってるからな」
マズイ、ここには居られない。すぐに逃げなきゃ。
詩乃は公園で待たせていた銀次をつれタクシーで小倉駅にむかった。もうここには居られない九州を出よう。
「おばちゃん、どこにいくの」
「おばちゃんにもわかんない」
ダメだ、銀次君が不安になってしまう。
「ううん、おばちゃんの友達のところよ。ちょっと遠いけど心配しなくていいわよ。それと、おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんよ。もう間違わないでね」
こうして、詩乃と銀次は九州を離れた。

           つづく

9/15/2024, 10:38:35 PM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ④

主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
   巌    (父 いわお)

「黒鉄さんですね。強そうでカッコいい名前ですね。これからご贔屓にして下さいね」
黒鉄さんはとても無口な人でほとんど何も喋らず1時間程で帰っていく。
黒鉄さんはいつも決まってママのいない日にひとりで店にやってくる。
静香さんはいつも決まって黒鉄さんのテーブルに私をつかせた。
少し強面の顔で‘ヤクザ’といわれたら‘やっぱり’という感じのだ。
3回目の来店からは、私を指名してくれるようになったので仕事は何をしているのか聞いてみることにした。
「アンタ、それを聞いてどうするんだ」
「お仕事がわかれば、話しが弾むかなって思って」
「静香から聞いてないのか?」
「何のことですか」
「いや、いい」
黒鉄さんはまた黙って、いつものように1時間程で帰っていった。
黒鉄さんが帰った後に静香さんに呼ばれて話しをした。
「ちょっと立ち入ったことを聞くけど、答えたくなかったら答えなくていいからね」
「なんですか?」
「カスミちゃんはここにくる前はどこにいたの」
私は正直に答えた。
「もしかして、そこで何かあった?」
私は驚いた、まさかあのことを知っているのではないか。
「どうしてですか?」
まずい、たぶん顔が引きつっている。
「ううん、何でもないの忘れて」
そう言って静香さんは仕事に戻っていった。
前にいた場所を教えたのはまずかっただろうか。
数日後、町で黒鉄さんが3才くらいの子供といるところを偶然見かけ声をかけようかと思ったが、ママから‘お客さんと店以外で会うな’と言われていたことを思い出し声をかけるのをやめたのだが、その子が黒鉄さんの子供なのかどうか気になり、後をつけてみた。
向かった先は公園で、子供を遊ばせ自分はベンチでタバコを吹かしている。
子供を目で追う訳でもなくまるで気にかけていない感じだ。
本当に自分の子供なのか疑ってしまう。
しばらくするとジャングルジムの方で5才くらいの子と揉め出し、そのうちつかみ合いの喧嘩になった。
黒鉄さんはそれをただ見ているだけで、止めようともしなかった。
そのうち相手の男の子のお母さんが気付いて止めに入り、帰っていった。
男の子は鼻血を流し半ベソをかいて黒鉄さんのところに戻ってきた。
すると“バシッ”っと男の子のホッペタを叩いた。
「男が簡単に泣くんじゃない。1対1の喧嘩で負けるんじゃない」
「だって、あっちの方が大きかったんだもん」
“バシッ”またホッペタを叩いた。
「言い訳をするな」
「だって、だって」
黒鉄さんの手がまた上がった。
私は小さい頃、父から虐待を受けていたことを思い出し、気付いたら走っていた。
‘ダメッ!叩かないで’
“バシッ”
間に合った。
私は男の子を守れた。
黒鉄さんが叩いたのは私の肩だった。
「どうしてアンタがここにいるんだ」
「お願いです、叩かないで!」
「俺の子に俺がなにをしようが勝手だろ」
「子供はずっと覚えているんです。大人になっても忘れないんです。それがトラウマになるんです。そして、今度は虐待するようになるんです」
黒鉄さんに睨み付けられたが、私も睨み返してやった。
この子のためにもここで引く訳にはいかないわ。
「わかったよ、帰るぞ銀次」
男の子は涙を堪えながら黒鉄さんについて行った。

           つづく

9/9/2024, 10:48:15 AM

《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ③

        
主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
   巌    (父 いわお)
所持金も少ないので、あれこれと仕事を探している余裕はない。
詩乃は仕方なくまた水商売をすることにした。
ダメ元で高級クラブに行ってみた。
マネージャーと面接をしている時にママが出勤してきた。
ママは私をじっと見つめた後にマネージャーに言った。
「この子は私が話しをするわ」
「わかりました」
マネージャーは席を立ち自分の仕事に戻っていった。
「あなた歳はいくつなの?」
「二十歳です」
「もう一度聞くわよ、いくつ?」
ダメだ、ごまかせない、正直に言うしかない。
「16才です」
「ここがどういう店だかわかっているの、お酒を扱っている店なのよ。悪い事は言わないからお家に帰りなさい」
「帰る所がないんです」
父がアル中で犯されそうになったこと。
信じていた人に騙されて行くところがなくなったことを正直に話した。
「事情はわかったわ。でも、未成年者はここで働かせられないわ」
「そうですよね。失礼しました」
詩乃はお辞儀をして帰ろうとした。
「待ちなさい、私の知り合いが旅館を経営してて、スタッフを募集してるから聞いてみるわ」
「本当ですか」
ママはすぐに連絡してくれた。
「雇ってくれるそうよ。ただ住み込みは無理だから、うちのスタッフの寮に入れてあげるわ」
「いいんですか。ありがとうございます」
「咲ちゃん、ちょっと」
「なんですかママ?」
「あなたのところ一部屋空いてたわよね。今日からこの子を住まわすから、悪いけど案内してあげてちょうだい」
「わかりました。じゃあ行ってきます」
私はもう一度ママにお礼を言い寮へ向かった。
そこは3LDKの賃貸マンションだった。
「ここには、もうひとりマリエって子がいるわ。あなたの部屋は右の部屋ね、自由に使っていいわ。お風呂やリビングはみんなで仲良く使いましょうね。冷蔵庫もみんなで使っているから自分のものには必ず名前を書いといてね」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
次の日、旅館の女将さんに会い正式に雇ってくれることになった。
ルームメイトの咲さんやマリエさんもとってもいい人で妹のように可愛がってくれた。
クラブ暁月(あかつき)のママも様子を見に何度も足を運んでくれた。
旅館の女将さんも優しい人で手取り足取り丁寧に仕事を教えてくれた。
毎日が充実したなかで私は二十歳を迎えた。
私はどうしてもママに恩返しがしたいので旅館を辞めクラブ暁月で働かせてほしいと、女将さんとママに話した。
あんなに親切にしてくれた女将さんには怒られると思った。
「あなたのことは暁月のママから預かってただけだから気にしなくていいのよ。あなたの好きにしなさい」
「いいんですか、ありがとうございます」
「詩乃、お水の世界は甘いもんじゃないわよ。やるからには覚悟なさい」
「はい、私ママのために頑張ります」
「詩乃、あなたの源氏名はカスミでいいわね。それと、私がいいと言うまで同伴とアフターは禁止します。いいわね」
「それってどう言うことですか」
「つまり、お店以外でお客さんの相手はしないこと」
「はい、わかりました」
こうして詩乃はクラブ暁月で働きだした。
ひと月もすると馴染みの客もでき、指名も入りだした。
今日はママがお休みなのでNo.1の静香さんがお店を仕切っている。
「カスミちゃん、7番テーブルに入ってちょうだい」
詩乃は静香に言われたとおり7番テーブルについた。
「初めましてカスミです。よろしくお願いします。お名前教えてもらっていいですか?」
「黒鉄だ」

           つづく

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