星乃 砂

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《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ⑤

主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)
   巌    (父 いわお)

黒鉄さんたら、子供に暴力を振るうなんて最低だわ。
今度お店に来た時に私のことを話してわかってもらおう。
休みの日はいつもお昼まで寝ているのだが今日は電話で起こされた。
相手は静香さんだった。
「カスミちゃん、大事な話があるの。今マンションの下にいるんだけど、ちょっと寄ってもいいかしら」
「あの、散らかってるので、5分後にピンポンしてください」
詩乃は脱ぎっぱなしの服などを急いでクローゼットに押し込んだ。
そして5分後
「いらっしゃい、静香さんがうちに来るのは初めてですよね」
「急でごめんなさいね。咲ちゃんとマリエちゃんは留守なの?」
「はい、ふたりはデートみたいですよ」
「そう、よかったわ。実はカスミちゃんに確かめたいことがあるの」
「なんですか?」
「この前もちょっと聞いたけど、ここに来る前にいたお店って喫茶スナック、源氏名はアケミじゃなかった?」
「どうして知ってるんですか?」
「やっぱりそうだったの...。これから大事な話しをするからよく聞いてちょうだい。うちのママとカスミちゃんが前にいた喫茶スナックのママは刺根組っていう暴力団と繋がりがあるの。先月刺根組の主催する旅行があってママ達も参加したのよ。そしてカスミちゃんが怪我をさせた郷田が懸賞金を付けて、あなたを探していることを小耳に挟んだのよ」
なんてことなの、もう4年もたつのに、もう忘れかけていたのに。
「私は偶然ママの電話を聞いてしまったの。このままだとカスミちゃんは捕まってしまうわ。逃がしてあげたいけど、カスミちゃんはすでに見張られているのよ。下手に動いたら危ないから、黒鉄さんにカスミちゃんを逃がしてほしいって相談したのよ」
「エッ、黒鉄さんに?」
「そしたら、助ける価値があるヤツなら手を貸してくれるって言ったの。だからカスミちゃんを黒鉄さんのテーブルに付いてもらったのよ」
「だったらダメですね、私 黒鉄さんに酷いこと言ったから」
「いいえ、助けてくれるそうよ。今も近くで待機してくれているわ」
「本当ですか」
「すでに郷田はここに向かっているらしいから急いだ方がいいわ。支度をしてちょうだい」
私は支度をしながら黒鉄さんてどういう人なのか聞いてみた。
「黒鉄さんは元ヤクザよ結婚を期に足を洗ったのよ。今一緒に暮らしているのは次男の銀次君、長男は生まれつき難病を抱えていて、2人の子を育てるのは難しいと言って、奥さんが実家で長男を育てているそうよ」
‘ピンポーン’
「あらっ、黒鉄さんだわ。もしもし、何かありましたか?」
「郷田が、事務所を出てこっちに向かったと、連絡があった。急げ時間がないぞ」
「わかったわ、すぐに行くわ。でも、見張りは大丈夫かしら」
「今、寝かしつけたところだ」
「カスミちゃん急いで!」
詩乃達は大急ぎでエントランスに降りて行った。
「黒鉄さん、お待たせしました」
「早く車に乗れ」
「はい」
「カスミ、いや、詩乃元気でね。
無事なのか心配だから落ち着いたらここに連絡して、私の従兄弟だから大丈夫よ。そして二度とここには戻ってきちゃダメよ」
「はい、静香さんありがとうございます」
「ちょっとお待ち!」
「ママ!」
「カスミ、あれだけ面倒をみてやったのに恩を仇で返す気かい!」
「ママもうやめて、カスミが可愛くないの、奴らに渡したら何をされるか、ママなら想像できるでしょ。黒鉄さん早く行って」
車は猛スピードで走り出した。
「カスミ逃げるなこの恩知らず、絶対見つけ出してやるからな」
ママの声が遠ざかっていく。
あんなに優しかったママが、前の店のママもそうだった。
止めどなく涙が溢れてくる。
「所詮、刺根組には逆らえないんだ」と黒鉄が呟く。
「そんなに大きな組織なんですか?」
「この辺じゃダントツだ」
「そんなのに逆らって黒鉄さんは大丈夫なんですか?」
「俺が足を洗った後、何かに付けて嫌がらせをしてきたのが郷田だ。長男の謙信が難病に侵され看病に専念したいと言って、嫁が謙信と実家に行ってからも勤め先に“こいつの旦那はヤクザだ”と言い廻ったそうだ。もう俺と関わらない方がいいと思い離婚した。俺は郷田を許さねぇ、キッチリ落とし前を付けてやる」
そんなことがあったんだ。
「黒鉄さん、どこへ向かってるんですか?」
「この先に坊主を待たせてあるんだ」
「銀次君をですか?」
「ああ、俺たちもこの町を出るんだ」
「私が巻き込んでしまったからですか?」
「そうじゃない、そろそろ潮時だったってことだ。そんなことより、追手が現れたようだ。飛ばすぞ、しっかり捕まっておけよ」
黒鉄は物凄いスピードで飛ばした。
「マズイ、前からも来やがった」
黒鉄のドライビングテクニックは見事なものだったが、相手も次々と湧いてくる。
「このままでは、いずれ挟み撃ちされて終わりだ。これから言うことをよく聞いてくれ、この先に宅配便の会社がある。No.17のトラックの荷台に坊主を隠してある。そのトラックは坊主の母親の実家方向に行く便で、30分後に出発する。悪いが母親の実家へ、坊主を送ってもらえないか。これが、住所だ」
黒鉄はメモを詩乃に渡した。
「黒鉄さんはどうするんですか」
「一人の方が無理がきく、必ず後から行くから心配するな。坊主のこと、頼んだぞ。次の角を曲がったらスピードを落とす、その時に降りてくれ」
車は十字路を右折してスピードを落とした。
「今だ!」
詩乃は言われた通りに飛び降りて、そのまま身を隠した。
そういえば、前にもこんなことがあったな。
そんなことはどうでもいい。
今は銀次君の所に急がないと。
宅配便の会社は思ったよりも遠くて、出発ギリギリになってしまった。
No.17の荷台に入り銀次君に声をかけた。
「銀次君、いるの、この間公園であったよね、覚えてる?」
銀次は恐る恐る顔を覗かせて、詩乃のことを公園で庇ってくれた人だとわかると、「父ちゃんはどこ?」と聞いてきた。
「お父さんは少し遅れるから、お母さんの所で待っててって言ってたわよ」
銀次が少し不安がっていたので
「大丈夫よ、それよりノド渇いてない、ジュース買ってきたの、オレンジジュースとコーラどっちがいい?」
「オレンジジュース」
「はい、どうぞ」
「ありがとう、おばちゃん」
「あの、おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんね」
黒鉄さんからもらったメモの住所までは3時間くらいで着くはずだが、まだ出発してから1時間くらいしかたっていない。
あと2時間、先は長そうだ。
お腹も空いてきた。
そういえば、今日は何も食べていないことに気がついた。
‘食べ物もいっしょに買ってくればよかったな’と思っていると。
「おばちゃんオシッコ」
エッ!どうしよう、ここはトラックの荷台だ、しかも走っている。
まさかここでするわけにもいかないし。と考えているとトラックが止まって運転席のドアが開く音がした。
そして、荷台の幌が勢いよく開けられた。
「ここまでくればもう大丈夫だ。助手席に乗りな」
「私達がいること知ってたんですか?」
「黒鉄さんに頼まれてたからな」
「この子、トイレに行きたいんですけど?」
「ここはドライブインだ。トイレもあるから行ってきな」
銀次君をトイレに行かせて、私も食べ物を買いに行こうと思ったところで話しかけられた。
「アンタに言っておくことがある。ここに来る途中で刺根組の事務所の前を通ったら、黒鉄さんがチンピラ数人に引きずられて中に入って行くのが見えた。だから、奥さんの所には来ないだろう」
「そんな、銀次君がかわいそうだわ、みんな私のせいだわ」
「アンタのせいかどうかは俺にはわからないが、このことはあの子には言うなよ」
「そんなこと、とても言えないわ」
2時間後無事に目的地に着いた。
「俺の役目はここまでだ」
「ありがとうございました。あとは私が銀次君をお母さんの所へ
連れて行きます」
私達を降ろすとトラックは再び走り出した。
「行こう銀次君、お母さんのところへ」
「おばちゃん道わかるの?」
「こういう時はお店で聞けば何とかなるのよ。それと、おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんよ。覚えておいてね」
何とか家にたどり着き、インターホンを押した。
ドアが開き女性が現れた。
「どちら様で...銀次?」
「初めまして、黒鉄さんに頼まれて銀次君を連れてきました」
「黒鉄に頼まれたって、どういうことよ」
「黒鉄さんが迎えに来るまで銀次君を預かっててほしいということです」
そう言ったものの、刺根組に捕まった黒鉄さんが来れるはずがないと思った。
「で、いつ迎えに来るって?」
「それはわかりません」
「もう、アイツには関わりあいたくないのよね、アタシも仕事と
謙信の世話で手一杯なのよ。銀次の面倒までみてらんないわ。悪いけど帰ってちょうだい」
「そんな、あなたの子じゃないですか」
「無理なものは無理なのよ」
ドアは勢いよく閉められた。
銀次は今にも泣きそうな顔をしている。
「お腹空いてない、ご飯食べに行こうか?」と言ってなだめた。
「うん」
食事中も、銀次は元気がなかった。
「後でもう一度お母さんに会いに行こうね。さっきは突然だったからビックリしただけだよ」
と言ったものの、詩乃は無理だろうなと思っていた。
でも、このままでもしょうがない。当たって砕けろだ。
そしてまたインターホンをならした。
「しつこいね、ダメなものはダメなんだよ」
「それじゃ銀次君がかわいそうじゃないですか」
「もうウンザリなんだよ、コイツの顔見るとアイツのことを思い出して腹ワタが煮え繰り返るんだよ」
そう言うと鬼の形相で銀次を睨みつけた。
思わず銀次は泣き出してしまった。
「あなたは、それでも親ですか」
「うるさい、二度と来るな!」
仕方なくその場を離れたもののどこにも行く当てがなく公園のベンチで休憩していた。
このままではいけない、何とかお母さんを説得しなければ。
「銀次君ちょっとここで待っててくれる。私、もう一度お母さんと話しをしてくるからね」
銀次は不安そうな顔をしていたがうなずいた。
お母さんの家の近くまで行くと言い争う声が聞こえてきた。
「ガキと女がいるだろ、出せ」
「さっき来たけど追い返してやったわよ。もう私達には関わらないでちょうだい」
「ウソ付くんじゃねェ!」
男は部屋の中へ入っていった。
「ちょっと、辞めておくれよ」
男は中を確認すると出てきた。
「また来たら捕まえて連絡しろ。隠したら為にならないぞ。女には懸賞金が掛かってるからな」
マズイ、ここには居られない。すぐに逃げなきゃ。
詩乃は公園で待たせていた銀次をつれタクシーで小倉駅にむかった。もうここには居られない九州を出よう。
「おばちゃん、どこにいくの」
「おばちゃんにもわかんない」
ダメだ、銀次君が不安になってしまう。
「ううん、おばちゃんの友達のところよ。ちょっと遠いけど心配しなくていいわよ。それと、おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんよ。もう間違わないでね」
こうして、詩乃と銀次は九州を離れた。

           つづく

9/18/2024, 6:31:52 AM