『力を込めて』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「どちら様でございましょうか」
無感情な眼に見据えられ、どう答えるべきかを思案する。
満ちる月が照らす夜。
辺りには何もなく、目の前の袿姿の幼子以外には誰もいない。
「幼子が斯様な夜半に何をしている?」
問いには答えず、別の問いを返す。
答えが返らぬ事に対してか、それとも問いで返された事に対してか。幼子は無感情な眼を細め、口元に笑みを浮かべた。
「あなた様も幼子に変わりはないでございましょうに。異な事を仰られる」
あぁ、ですが、と、歌うような囁きが、鼓膜を揺する。
「あなた様は先の人のようでございますね。そしてわたくしの呪の残滓が感じられまする」
幼子の言葉に乗せた呪に、体を縫い止められる。
身じろぎ一つ出来ぬ己の頬に、幼子は愛おしげに触れ。
「なれば、あなた様はわたくしのものにございましょう」
作られたものではない、美しい微笑みを浮かべた。
意識が揺れる。
幼子の眼が、声が、触れる熱が、境界を曖昧にしていく。
「お前のものでは、ない」
声を出す。否定する。
強く、力を込めて。
絡みつく蜘蛛の糸を、振りほどくように。
「今の、お前のものではないよ」
言葉を、繰り返す。
「そうでございますね。貴様には、まだ早い」
声と共に、感じる浮遊感。
幼子とは異なる男の腕に抱き上げられ、安堵に力が抜けた。
おとなしく身を委ねれば、幼子の微笑みは消え無感情な眼に見上げられる。
「先のわたくしですか。その姿、母上はお亡くなりになられましたか。あるいは、蜘蛛が滅びたのでしょうか」
「貴様には早いと言うたであろうに。ですが、それに敢えて是と答えましょうか」
幼子の問いに吐き捨てるように答えを返し、酷薄な笑みを浮かべ。
それに気分を害して眉根を寄せたその表情に、かつての彼はこんな表情も出来たのだなと、場違いな事を思った。
「さて、戻ると致しましょうか。これ以上、見苦しいものを見せる訳にはいきませぬ故」
「見苦しい、ですか。先のわたくしは、随分と粗暴になられたようで」
「真の事にございましょうや。己を偽らねばならぬほど弱く、惨めな存在など、見苦しくてたまりませぬ」
随分な物言いだ。
幼少の頃の自身に対して、評価が厳しすぎるのではないだろうか。
眼に怒りを宿し、唇を噛みしめる幼子を見る。
綺麗だと、素直に思う。童女のような身形ではあるが、逆にそれが彼の美しさを際立たせている。
思う所はあるのだろうが、やはり見苦しいなどとは思えずに。
疲労に働かぬ思考で、深く考えもせずに思った事を口にした。
「私はきれいだと、思う。今も、昔も。きれいで、美しい」
動きが止まった。
呆れたように溜息を吐かれ。虚を衝かれたように幼い深縹の瞳が瞬いた。
ざり、と。
土を踏み締め幼子が近づき、腕を伸ばす。
だがその腕は、届かない。
幼子が近づけば、逆にその距離が開いていく。
「何度も言わせないでくださいまし」
「いずれわたくしのものになるのであれば、今のわたくしがもらっても良いではありませぬか」
「戯れ言を。母の骸の下で死んでから、出直して参れ」
ざわり、と風が舞い上がる。
月が歪み、世界が滲む。
くらりと目眩にも似た感覚に目を閉じ縋れば、宥めるような指先が髪を梳き、頬を撫ぜた。
遠くなる幼子の声を聞きながら、またいずれと胸中で束の間の別れを告げた。
目を開ければ、無数の星が瞬く夜空の下、二人きり。
「満月《みつき》。言葉は力を持ちます故、軽率に紡ぐものではありませぬ」
見上げた術師は、何とも言えぬ複雑な表情をしている。
呆れればいいのか、怒ればいいのか、はたまた喜べばいいのか。
様々な感情が入り交じる深縹に、初めて見るなと半ば感心しながら手を伸ばす。
頬に触れ、深縹を真っ直ぐに見返して。
「本当のことを言って何がわるい。満理《みつり》はきれいだ」
力を込めて言葉にすれば、見つめる深縹が柔らかく笑んだ。
「満月には殺されてもいいのかもしれませんね」
歌うような囁きに、意図が見えず困惑する。
「満理、それは」
「土蜘蛛の男は、契った妻に殺されるが定め。私の母はそれに抗い、私を女と偽って育てましたが…ああして母に望まれるままに女に成ろうとする己を見れば、無様としか言いようがありませぬ」
「そんなことはないだろう」
かつての己を嘲り逸れる視線を、頬を包み込む事で遮り。
僅かに見開かれた目を見据え、口を開く。
傷つき壊れ、頑なになった彼に届くよう、言葉に思いを乗せる。
「なんどでも言おう。満理はきれいだ。母のために生き、主のために生きた満理のその様を。その想いを、私は何よりきれいだと思う。それは満理があいされてきたことを示すものだからだ」
息が切れる。
体が重く、力が抜けていく。
「つかれた。なんだ、これは」
「術師でなき者が、軽率に言葉を紡ぐからにございましょう。自業自得です」
呆れたように息を吐き。
だが、だらりと腕が落ち弛緩する体を、抱きしめられる。強く、力を込めて。けれど壊さぬように、優しく。
離れぬように。
「愚かな満月。暫し眠りなさい。何も視えぬ程、深く」
促され、見つめる深縹が揺らぐ。
落ちていく意識に、抗う事なく目を閉じる。
「私の箱庭を照らす月。籠から逃げ出し蜘蛛の糸に絡め取られた、憐れな雛鳥よ。兄弟に飼われていた方が、幸せでしたでしょうに」
けれど。
哀しい響きを纏うその声に、目は開けぬままに口を開く。
「ばかな満理。私がえらんだんだ。私のしあわせを、かってにはかるな」
呟いて、意識を落とした。
20241008 『力を込めて』
#68 力を込めて
[ゴミ箱]
力を込めて、ゴミ箱を詰める。
ギュウギュウ押し込めて、
袋が破れる寸前まで。
袋はすぐ破れる。
力の匙加減が難しい。
丁度いい塩梅に詰めて、
余計なものは全てゴミ箱の中へ。
身も心もスッキリする。
今がその時だ
今を逃せば、また開けなくなる
そう思った
力を込めて
僕はその扉を押した
*
軽いドアの人も
重いドアの人も
内開き 外開き
スライドドア
開き方は色々
鍵はあるかな?
自動ドアとか?
簡単に開ける人も
なかなか開けない人も
大抵の人が持っているはずで
でも、いろんな形がある扉
自分と外との境界線
*
僕はあの時
オートロックに内鍵付き
とっても重たい外開きのドアを開け
少しだけ外に出て
ドアから手を離せないまま
また戻ってしまった…
*
外に出たいと切望しながら
今日も扉に手をかけられぬまま…
つくったこぶしを開けずに
今日こそ動け と力を込める
No.4『力を込めて』
力を込めて
地獄から這い上がった人間と
上から落ちてきた人間とでは
住む世界が同じで違うようなものだが
逃げ出すのも諦めるのもつらいことで、
手に血は滲むくらい力が入るけど
地面を蹴る足には力を込めて行かなければどうにもできない
「力を込めて」何かをしている時は、過程であると思う。その時は気づかないだろうが、何かを成し遂げ、少しずつ前へ進んでいる。「力を込めて」何かをした後、夢中までいかなくても得られるものはかけがえのないものだ。次の「力を込めて」で何かをしてもいい。99回の「力を込めて」の後、100回目に夢中になることもあるだろう。99回の「力を込めて」を継続する力があれば100回目も夢中にならなくても、それはそれでよい。その都度、しっかり向き合っているのだから。人生100年、何回も「力を込めて」
イーナ
力を込めて
力を込めて、だなんてなにかありますかね。
せいぜいおトイレで頑張ろうってくらいです。
「力を込めて」
「前回までのあらすじ」───────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!!!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!!!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!!!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!!!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!!!悪気の有無はともかく、これ以上の被害を出さないためにもそうせざるを得なかったワケだ!!!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにしたら、驚くべきことに!!!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚!!!さらに!!!アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかったのだ!!!
そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!!!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!!!
……とりあえずなんとかなったが!!!ちょっと色々と大ダメージを喰らったよ!!!まず!!!ボクの右腕が吹き飛んだ!!!それはいいんだが!!!ニンゲンくんに怪我を負わせてしまったうえ!!!きょうだいは「倫理」を忘れてしまっていることからかなりのデータが削除されていることもわかった!!!
それから……ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。いつかこの日が来るとわかっていたし、その覚悟もできたつもりでいたよ。でも、その時にようやく分かった。キミにボクを気味悪がるような、拒絶するような、そんな目で見られたら、覚悟なんて全然できていなかったんだ、ってね。
もうキミに会えるのは、きょうだいが犯した罪の裁判の時が最後かもしれないね。この機械の体じゃ、機械の心じゃ、キミはもうボクを信じてくれないような気がして。
どれだけキミを、キミの星を、キミの宇宙を大切に思ったところで、もうこの思いは届かない。でも、いいんだ。ボクは誰にどう思われようと、すべきこととしたいことをするだけ。ただそれだけさ。
……ついに裁判の時を迎え、ボク達はなんとか勝利を収めた!
それから。
ボク達はニンゲンくんに、そばにいていいって言って貰えたよ!
とまあ、改めて日常を送ることになったボク達だが、きょうだいが何やら気になることを言い出したよ?
ボク達を開発した父の声が聞こえたから目覚めたと言っていたけれども、父は10,000年前には亡くなっているから名前を呼ぶはずなどない。
一体何が起こっているんだ……?
もしかしたら専用の特殊空間に閉じ込めた構造色の髪の少年なら何かわかるかと思ったが、彼自身もかなり不思議なところがあるものだから真相は不明!
というわけで、ボクはどうにかこうにか兄が目を覚ました原因を知りに彼岸管理部へと「ご案内〜⭐︎」されたわけだが……?
─────────────────────────────
『ささっ、奥へどうぞー!』
「なーんか怪しいな……。本当にここって彼岸管理部なんだろうね?」
『え、どうしてお疑いにー?』
「いや!疑う要素しかないだろう?!!」
「さっきからほぼ部外者のボク達をホイホイ入れようとしてさ!普通は何かしら身分証明書とか書類とか、色々必要だろう?!それもなしにこんなところに入れる訳がない!!」
『いやいやー、あなたもおっしゃっていたじゃないですかー!この世とあの世は隣り合わせだー、って!』
「確かに言ったが!まさか入れるはずがないと思っていたよ!」
『まあ普段からこんなことはしてないですよー。でも、特別に招待されたんだから、もてなされてくださいってー!』
「それはそうとー……。」
『皆さんはどうして彼岸に行きたいのですかー?』
「ボク達には、会いたい人がいるんだ。だから会いに行こうと思って、準備を進めていてね?」
『へー……。』
「どうしても話がしたくて、手段だって選ばなくてもいいから、せめて少しでも会えたらと。」
ボクは力を込めて言った。
これも目的を達成するためだ。
『……あのー……。それならー……。ここじゃなくてカウンセリングルームに行かれた方がいいかとー……?』
「ん??」
「ほらやっぱり誤解を受けるようなこと言いやがって!」
「ふええニンゲンくんどうしたの」
「この世にいない人に確認したいことがあるから、なにかコンタクトをとる方法がないか知りたいんだ。」
『なるほどー、そういうことでしたかー。それじゃー、中にお入りくださーい!』
「はぁ全く……。」
01101000 01101001 01100111 01100001 01101110
ボク達を案内していたのは、シャボン玉みたいな色の髪かつ髪型(?)の少女だということが内部に入ったことでわかった。
「───ようこそ!彼岸管理部へー!」
「イかれたメンバーをご紹介ー!あっ」
「あっちょっと!ダメだろう⬜︎⬜︎!」
「ふわふわのこー!かわいいのー!」
……見えない何かと戯れている?
「いいこいいこー!」
「ちいさいひと!その子が見えるんですかー?!」
「んー?みえるよー?」
「じゃ、ほかのメンバーも?」「んー。」
「あ!ちっちゃいこもいるー!」
え?!
「こんにちわー!おかち、あげまちょねー!なかよちなろー!」
小さな誰かと楽しそうに笑っている……ような?
「なになに?!何が起こっているっていうんだい?!!」
「今見えている3人以外にも4人いるんですが、この小さいひとには彼らが見えているみたいですねー!」
「ちなみに、適性がなければどれだけ優秀であっても見えないものは見えないんですー!」「なんか煽られた気がするね」
「まあまあそう怒らずにー!」
「『見えない』皆さんにも見えるようにする機械があるんですー!今回は特別に彼岸に入ってもらうので、その間だけお貸ししましょうー!」
「いやぁ」「どうかしましたかー?」「いくら?」「??」
「いくら出せば買えるんだい?」「非売品ですよー?」
「いくらでも出すよ?もしくは作り方を教えてくれないか?」
「え、えぇー……?私には決められないですよー……。」
「と、とにかく!貸し出しのみOKです!」「ケチだなあ」
「あぁ、そうそう!皆さんがお探しの方はどんなひとなんですー?」
「ボク達が会いたいのは、一万年前まで公認宇宙管理士として働いていたこの博士だ。あ!あと忘れていたわけではないのだが、この構造色の髪の彼のことも調査したいのだよ!」
「色々多いですねー。とにかく、お探しの方は第一階層におられるようですー!面会のお約束を、力を込めて無理矢理ねじ込みますねー!」「あぁ、助かるよ……?」
「それからそちらの方についてはー、こちらで調べますがー、もしかすると彼岸に直接行ったほうが何か分かるかもしれないですよー。」
「へぇ、どうしてだい?」
「その方から何となく彼岸のにおいを感じるからでーす!」
「……ん?確かに彼は不安定な存在だとはいえ、一応生きているはずなのだが?」
「言い方は悪いですが、こっちに片足突っ込んでます!」
「少なくともボクの考えとしては、あるべきものはあるべき場所に───つまり、彼の居るべき場所をちゃんと見つけたいんだ。ということはだ……。」
「彼は一応、生きたものの世界にいてもいいはずなんだよね?」
「わかりませーん!ただ、その方に関しては判断を誤ると彼岸から戻って来られなくなるかもですー!」
「な・の・で!彼岸ではくれぐれも慎重にお過ごしくださいねー!」「しれっと恐ろしいことを」
「さてさて、それでは彼岸の世界へ、いってらっしゃーい!」
To be continued…
人造のトルコ石付き首飾り
力を込めて 浮遊する夢
________________
変身ベルトの時期は過ぎても
そっと夢想するのは誰でも自由
私は今日という日が来てもまだ、あなたとの別れを受け入れることができなかった。
この物語の始まりを思い出すのはとても容易なことだった。
全国チェーンの焼き鳥屋で飲んでいた時。
金曜日の夜に咲いた喧騒を貫いて、あなたの歌声が私の鼓膜をリズミカルに叩いた。
厳密には、12人の歌声の中にあなたの歌声があって、まだ全然区別なんかついていなかった。私はまずその楽曲について知りたいと思った。
私は盛り上がっている話の腰を折ることも厭わず、トイレに駆け込み、アプリを使ってその曲を検索した。
どうやらその曲はあなたがいるグループのデビュー曲だということが分かり、私はメンバーの名前を覚えることから始めたのだった。
しばらくは、動画サイト上で公式にアップロードされたミュージックビデオや企画動画を見たり、メンバーのブログを見たりして応援していた。俗に言う、無銭在宅オタクというやつである。
しかし、デビューして1年も経たないうちに、社会全体が自粛ムードに追い込まれ、コンサートやイベントが出来なくなった。
私自身というと、友達に会えず、就職活動も上手くいかず、心が塞いでしまっていた。
それでもできることを、と動画をアップし続けてくれた彼女たち。新曲も発表された。チアガールの衣装の応援歌だ。
底抜けに明るいのに、なぜ涙が出るのだろう。溌剌とした明るさは、私にとってのビタミンとなった。そして、色とりどりの歌声の中でも一際力強く、芯があるあなたの歌声は、いつのまにか私の心の柱となった。
いつかまたコンサートが開催されたら、必ず行こう。
社会情勢に合わせて段階的に、コンサートやイベントが復活していき、いよいよこれからだという時に、あなたはグループからの卒業を決めた。
今までアイドルの推し活をしたことがなかった私でも、少しずつ現場に参加しはじめていた矢先のことだった。
しかしどういった事情なのか、通常の卒業コンサートに使用されるようなキャパシティのホールではなく、ライブハウスでの卒業となることが発表された。
武道館でのコンサート経験があるグループだけに、卒業コンサートのチケット争いは苛烈を極めた。
当然のように、私にはチケットは用意されず、映画館でのライブビューイングとなった。
暗くなった映画館。
いつもはスマホの明かりすら嫌厭されるというのに、ほぼ全ての客が、真っ赤なライトを掲げている。
客観的に見れば、ある意味滑稽な姿かもしれない。
私たちは映像を観ているだけで、どんなに力強くメンバーカラーを振っても、それをあなたが目にすることはない。
拍手も涙声も届かない。
それでも私は赤を振り続ける。
そうすることでしか、あなたのこれまでに感謝を示すことができないから。
そうすることでしか、あなたの未来に餞を送ることができなかったから。
今までありがとう。
あなたにどんな未来が訪れるのかは分からない。
だけど、どこまでも伸びていける羽を持っている人だと信じています。
明日は筋肉痛かも、と覚悟しながら、私はまたライトを振る。
18.力を込めて
あとがき
「あなた」のモデルを分かってくれる方はおられるのでしょうか…。「あなた」についてはノンフィクションですので、もし気になった方がおられたら、あわよくば…あわよくば「あなた」の歌声を聴いてみていただけると、とても幸せです。
力を込めて、スロープを登っていた。
この地方に、秋雨と秋風がやって来た。
昨日よりかなり肌寒い。天気アプリを見ると最高気温21℃、最低は……16℃である。
これは結構なものかな。
衣替えなんてしていないものだから、タンスを漁って一枚羽織ってきた。水色の薄いパーカーの下は、灰色の半袖。
急いで電車の中に逃げ込むと、ぬくもりを感じた。
朝の通勤電車の窓を叩く極小の雨粒。
そのひっかき跡を見て、折りたたみ傘を開く準備をした。
改札から出て、通勤の最寄り駅より南口。傘を開く。
雨脚はなんてことはなく、そのまま職場の玄関口へ。
そこで、力を込めてスロープを登っていた人がいた。
あっ、ヤクルトの人だ。
と素直に思った。
両手を前に、拳を出すようにして、ヤクルトカー(?)を押している。たった四段の段差のために設けられた斜面を、一人で頑張っている。
時間にして数秒のキョリ。
登ったあとに、警備員の人に「ここで雨宿りしますね」的なことを言っていた。
いつもは四段の段差を登らず、植木の木陰のところで待っていたような気がした。
しかし、今日は雨模様だから、わざわざスロープを登って雨宿りしにしたのだろうか。
そんな数秒のことを思い出しながら、こんなアプリにネタとして出す。
書いている時の帰りの通勤電車。窓はちょっとばかし曇っていた。そんなに外は寒いのかな。
ヤクルトのように、新鮮な風が打ち付ける。
夜の温度低下の裏付け。
《力を込めて》
昼下がりのある日、僕が軍本部の図書館に参考資料を返却した後の事。
執務室のある棟へ向かう廊下を通ると、少し離れた前方の扉から一人の男性警備兵が出て来た。
そこは一般兵士の詰め所で、交代の引き継ぎが終わったのだろう。
彼はゆったりとした歩調で、僕と同じ方向へ歩を進めていた。
すると、その前方の主のものであろう声が突然聞こえてきた。
「さーって、爆発させるぞー!」
「いやちょっと待ちなさい、あなた警備兵でしょう!」
僕は、思わず駆け寄りその警備兵の肩を掴んだ。
いったいどういう事なのか。
「あ! お疲れ様です! 何かご用ですか?」
件の男性警備兵は、曇のない笑顔で敬礼をしてきた。
いやいやいや。
「何かじゃないですよ。民の平和と安寧を守る職務の人が、何を爆発させるつもりですか。」
慌てて問い返すと、暫く考え込んだ後にハッとした様子で警備兵は言葉を返す。
「ああ、申し訳ございません! 爆発させるのは、俺の魂です。」
んん? 魂?
何やら飲み込めないので話を聞いてみると、彼は芸術全般を趣味としているらしい。
色々な賞を目指して応募もしているので、作品作りにも熱が入ると。
先程は、それに対する意気込みをつい口にしてしまったのだそうだ。
「いやー、先日展覧会に出した『秋』という彫刻が結構手応えがありましたもので、次は何を作ろうかと張り切ってしまいました。」
ここで、暫く前の記憶が過る。
そういえば彼女と行った展覧会で、同じ名前の彫刻を見たな。
それは、若い男性が全速力で走りながら口にあんパンを咥え、左手にはたくさんの食べ物が入った紙袋を抱えながら右手で本を支えて読んでいる物だった。
彼女は、表現が緻密で面白いと言っていたな。
「もしやあの作品は、あなたが作ったものですか?」
展覧会の名前を添えて聞いてみると、警備兵は破顔一笑で前のめりになった。
「え! 見てくださったんですか! ありがとうございます!」
「ええ。見事な躍動感に目を惹かれましたよ。」
僕は新しい芸術には疎いので最初は突飛な構図に面食らったが、その力強さと技術からは作者の情熱が伝わってくるようだった。
それを素直に伝えれば、彼は非常に嬉しそうに話を始めた。
「あれ、本当は食欲、運動、読書の三人構成にしようと思ったんですけど、時間もなければインパクトもなかったんで一人にまとめたんですよ。」
それが逆によかったみたいです、と本当に楽しそうに話をしている。
働きながらの創作活動はそれなりに大変だろうが、この活力が全ての源になっているのだろうな。
少なくとも僕の仕事は、彼の平和と安寧を守る役には立てているらしい。
僕はそんな警備兵を見て、ホッとしながら答えた。
「それはよかった。新しい作品を楽しみにしていますから、先程のような危なっかしい言動は控えてくださいね。」
「はい、ありがとうございます! それでは失礼します!」
それを聞いた警備兵は明るい表情のまま敬礼をし、去っていった。
楽しく健やかに暮らしていける、それが何よりだ。
僕はそのために、頑張っているのだから。
「俺の! 魂を! 爆発させるぞー!!」
力を込めて拳を天に突き上げた警備兵の、ハイテンションな叫びがこだまする。
…もう少し頑張って言い聞かせた方がよかったかもしれない。
力を込めて抱きしめたら、折れてしまいそうなほど華奢なキミが、肩を震わせ涙を流している。
「だいじょ…」
大丈夫?と言いかけて言葉を止める。大丈夫じゃないから、泣いているんだから。
なら、泣いているキミを目の前に、僕にできることは…。
そう考え、キミを包み込むように抱きしめると、キミは僕の胸にしがみつき、声を上げて泣き出した。
僕のしてることは間違ってないんだな。と、ホッとする。
これからもキミに頼られる自分でいたい。
そう思いながら、キミが泣き止むまで、優しく髪を撫でたのだった。
子供がスティックパンを食べたいと言う。
一本そのまま渡すのはまだ危ないかなと一口大に千切ってお皿に置いた。
一つ食べる度にもう一つ。
何回目かの飲み込む仕草をした後、
子供の顔がじわじわと赤くなっていった。
名前を呼んでもこちらを見ない。
口の中には何も見えない。
焦って背後から抱え、ぐっと引き上げた。
ぽっ…という気配と共に口の中で圧縮され、ピンポン玉大になったパンが出てきた。
泣き声が響く。
詰まってたから声出なかったんだな…なんてぼんやり思う。
口の中と顔を確認する。
子供を抱きしめる手にいつもより力が入る。
安堵すると共に、少し泣いた。
シナプスからシナプスへ。脳は指令を出し、そして、筋肉へ。肉が隆起する。収縮する。つめて、つめて、そして――。
鬱屈としていた。つまらない日常と、我慢を強いられる日々に。今も、目の前で人のカタチをした何かが理解のできない言語を喚いている。日本語では、あるらしい。他所で買ってきたもので不満があったから、責任を取れと怒っている。なるほど、理解できない。これはたぶん宇宙人だ。
最近は嫌なことが立て続けだったので、すこし、こころの入れ物が小さくなっていて。あふれて壊れそうだったのだ。苛立ち。悲しみ。負の感情は容量が大きいので、入れ物に収まりそうになくて。ああ、これはダメだな、だなんて、どうにも他人事のような心持ちでぼんやりと思考した。
いっそ、感情に従ってしまえたら。最悪な考えだ。そして最高の考えだ。理性は最悪だと、本能は最高だと訴えかける。
知らず知らず、強く、拳を握りしめていた。脳は力を入れろ、と言っているらしい。爪が食い込む。拳が震える。溜まりきった膿が、体の筋肉という筋肉を硬く硬くしていく。強く、強く、力を込めて、そして。
自宅の鍵を回す。カチャン、無機質な音が響く。玄関に入り、施錠してから、己の手を眺める。遅緩した手。掌の皮が剥けている。手を握ったとき、ちょうど、爪の当たる場所。ほかに、外傷といった外傷はない。
安堵と、諦観の息をついた。今日も、つまらない、我慢を強いられる日を終えただけだ。緩む本能を、理性が力で抑え込んでしまったから。
冷蔵庫を開け、缶ビールに手を伸ばす。感情をすべて流し込むように、一気に飲み込む。喉元を過ぎるソレは、爽快感よりも、苦みが勝って。そういえば、喉元に関することわざがあったな、と思い出す。忘れるにはまだかかりそうだ。まざまざと思い出せる手の感覚を振り返り、再度、ため息をついた。
テーマ「力を込めて」
力を込めて
外国では政府のやり方が気に入らないと力を込めて反発するそうだ!
我々も小さい力を集めて大きな力に変えていけばいい!
生きるか死ぬかになる前に。
ついにこの時がやってきてしまった。年に何回か存在する一大イベント、そう推しの実装である。この時に備えて石はずっとため込んできた。そして神イラストに性能も人権級ときた。これはもうひかない理由がないというものである。アップデートのわずかな時間すらもどかしく想いながら速攻でガチャ画面に遷移、まずはお決まりのおはガチャからだ。結果は当然爆死。当たり前すぎて何の感情もわいてこない。そのままの勢いで最初の10連を回す。光る画面、いわゆる確定演出というやつだ。勝利を確信しタップを繰り返す。そして私の目の前に現れたのは“すり抜け”だった。落胆する気持ちが抑えられないが、まだ序盤も序盤、天井を叩くことだってできるのだ。まだ私に焦りはなかった。そこからはあっという間だった。様々なオカルトを試しながら石を砕いていく。時折挟まるロードや演出に心乱されるも、推しが私に微笑んでくれることはなかった。そして迎えた最後の10連。ここまで来てしまったら天井は確定している。しかし、複数枚重ねる必要があるのだからここで出てくれたとしても何ら問題はないのだ。祈りを捧げタップする指にすべての力を込めてガチャを回す。そんな私を待ち構えていたのは…無情な現実だった。
「休憩入りまーす」
店舗の混み具合もピークを過ぎた昼下がり。
業務の回転に目処がついた頃合いを見計らい、早番の先輩が一番乗りで休憩へ出て行った。
――と、思ったのも束の間に。
五分も経たない内に、先輩が休憩室から帰って来た。
「あれっ。どうしたんですか? お昼は?」
白衣を脱いで舞い戻ってきた先輩の手の中には弁当箱が一つ。
先輩はそれを申し訳なさそうにおずおずと差し出すと、苦笑いを浮かべてこう言った。
「誰か、この蓋を開けられる人、居る?」
先輩曰く。大慌てで用意してきた手作り弁当は、粗熱が冷めきる前に蓋をしたことが祟ってしまい。
いざ食べるこの時になって、全然開かなくなってしまったらしい。
皆の前で、ダメ元で再度先輩が蓋に手をかけてみせたが、冷えてしっかり閉じた蓋はびくとも動かなかった。
これでは、折角のお昼が食べられない。
丁度待合室の患者さんははけて、順番を待つ人は誰も居ない。
図らずして、「この聖剣を抜ける勇者は居らぬか」と言わんばかりの緊急ミッションが発生した。
「じゃあ、僕が開けますよ!」
いの一番に、お調子者の後輩が名乗り出た。
意気揚々と件の弁当を受け取って力を込めるも、敢えなく撃沈。
頑固な弁当箱は開かなかった。
そこから代わる代わるに皆の手に弁当箱が渡っていくが、器とぴったり張り付いた蓋はちっとも開かない。
そうして弁当箱は開かないまま。とうとうそれは私の元まで回ってきた。
「おお~。最後の砦来た!」
「先輩の命運はあなたにかかってる!」
「いやいや、期待はしないで下さいよ?」
「お願い! よろしくお願いします!」
これだけ皆でトライしてダメだったものが、非力な私の手で開くのだろうか?
先輩を筆頭に、皆からのプレッシャーと視線が集まる中。
半信半疑のまま、破れかぶれで、えいっ! と手元に力を込めてみた。すると、
――パカッ!
「え。開いた?」
「おーっ! やったあ!」
「すげえ! ゴリラじゃん!」
「わ~。ありがとう! これでお昼が食べられるよ~」
無事に開封されて先輩は大喜び。
喜んでもらえて何よりだ。
――が。おい。お調子者の後輩くんよ。
君はいつも口が軽いなこの野郎。
誰がゴリラだ。どさくさに紛れていてもばっちり聞こえていましたとも。
君がいつかお昼に困っても、絶対助けてあげないから。
覚悟しておきなさいよ。ふん!
(2024/10/07 title:057 力を込めて)
それは例えば愛情で
それは例えば睦言で
それは例えば快楽で
それは例えば幸福であったけれど
それは事実上暴力で
それは客観的犯罪で
それは明確に苦痛で
それは赦されざる事だった
‹力を込めて›
私が15歳であった1年間は幻だったような気がする。何者でもない。そんなつまらない大人になることを力を込めて反抗していた。
それでいて、毎日ふわふわと何も考えず、友達とくだらない事で笑い合い、ただ人生を消費していた。
あの時間が奇跡だったかのように今は思える。
力をね、込めすぎるとあんまりうまくいかないんですよ。
そう後から気づくんです、いつも。
もっとほどほどにしておけばよかったって。
気付いたときには、引き返せないところまで突き進んでしまっていて。
コケたときの反動が大きくて、傷も深くて。
もう深入りするのはやめようって思うのに、気がついたらいつも夢中になっていて。
力を込めなきゃいけないときというのは必ず来るので、それまで出し惜しみしておくといいとは思うんですけどね。
そうすると、いざというときに今度は力の込め方、忘れてたりなんかして。
どうやったらあんなに夢中になれるのかなあ。
もうすっかり忘れてしまった、「情熱」というスキル。
なので、次に夢中になれるものを見つけたら、全力で力を込めてみようと思います。
あ、恋の話ではないですよ(笑)