《力を込めて》
昼下がりのある日、僕が軍本部の図書館に参考資料を返却した後の事。
執務室のある棟へ向かう廊下を通ると、少し離れた前方の扉から一人の男性警備兵が出て来た。
そこは一般兵士の詰め所で、交代の引き継ぎが終わったのだろう。
彼はゆったりとした歩調で、僕と同じ方向へ歩を進めていた。
すると、その前方の主のものであろう声が突然聞こえてきた。
「さーって、爆発させるぞー!」
「いやちょっと待ちなさい、あなた警備兵でしょう!」
僕は、思わず駆け寄りその警備兵の肩を掴んだ。
いったいどういう事なのか。
「あ! お疲れ様です! 何かご用ですか?」
件の男性警備兵は、曇のない笑顔で敬礼をしてきた。
いやいやいや。
「何かじゃないですよ。民の平和と安寧を守る職務の人が、何を爆発させるつもりですか。」
慌てて問い返すと、暫く考え込んだ後にハッとした様子で警備兵は言葉を返す。
「ああ、申し訳ございません! 爆発させるのは、俺の魂です。」
んん? 魂?
何やら飲み込めないので話を聞いてみると、彼は芸術全般を趣味としているらしい。
色々な賞を目指して応募もしているので、作品作りにも熱が入ると。
先程は、それに対する意気込みをつい口にしてしまったのだそうだ。
「いやー、先日展覧会に出した『秋』という彫刻が結構手応えがありましたもので、次は何を作ろうかと張り切ってしまいました。」
ここで、暫く前の記憶が過る。
そういえば彼女と行った展覧会で、同じ名前の彫刻を見たな。
それは、若い男性が全速力で走りながら口にあんパンを咥え、左手にはたくさんの食べ物が入った紙袋を抱えながら右手で本を支えて読んでいる物だった。
彼女は、表現が緻密で面白いと言っていたな。
「もしやあの作品は、あなたが作ったものですか?」
展覧会の名前を添えて聞いてみると、警備兵は破顔一笑で前のめりになった。
「え! 見てくださったんですか! ありがとうございます!」
「ええ。見事な躍動感に目を惹かれましたよ。」
僕は新しい芸術には疎いので最初は突飛な構図に面食らったが、その力強さと技術からは作者の情熱が伝わってくるようだった。
それを素直に伝えれば、彼は非常に嬉しそうに話を始めた。
「あれ、本当は食欲、運動、読書の三人構成にしようと思ったんですけど、時間もなければインパクトもなかったんで一人にまとめたんですよ。」
それが逆によかったみたいです、と本当に楽しそうに話をしている。
働きながらの創作活動はそれなりに大変だろうが、この活力が全ての源になっているのだろうな。
少なくとも僕の仕事は、彼の平和と安寧を守る役には立てているらしい。
僕はそんな警備兵を見て、ホッとしながら答えた。
「それはよかった。新しい作品を楽しみにしていますから、先程のような危なっかしい言動は控えてくださいね。」
「はい、ありがとうございます! それでは失礼します!」
それを聞いた警備兵は明るい表情のまま敬礼をし、去っていった。
楽しく健やかに暮らしていける、それが何よりだ。
僕はそのために、頑張っているのだから。
「俺の! 魂を! 爆発させるぞー!!」
力を込めて拳を天に突き上げた警備兵の、ハイテンションな叫びがこだまする。
…もう少し頑張って言い聞かせた方がよかったかもしれない。
10/8/2024, 9:16:54 AM