私は今日という日が来てもまだ、あなたとの別れを受け入れることができなかった。
この物語の始まりを思い出すのはとても容易なことだった。
全国チェーンの焼き鳥屋で飲んでいた時。
金曜日の夜に咲いた喧騒を貫いて、あなたの歌声が私の鼓膜をリズミカルに叩いた。
厳密には、12人の歌声の中にあなたの歌声があって、まだ全然区別なんかついていなかった。私はまずその楽曲について知りたいと思った。
私は盛り上がっている話の腰を折ることも厭わず、トイレに駆け込み、アプリを使ってその曲を検索した。
どうやらその曲はあなたがいるグループのデビュー曲だということが分かり、私はメンバーの名前を覚えることから始めたのだった。
しばらくは、動画サイト上で公式にアップロードされたミュージックビデオや企画動画を見たり、メンバーのブログを見たりして応援していた。俗に言う、無銭在宅オタクというやつである。
しかし、デビューして1年も経たないうちに、社会全体が自粛ムードに追い込まれ、コンサートやイベントが出来なくなった。
私自身というと、友達に会えず、就職活動も上手くいかず、心が塞いでしまっていた。
それでもできることを、と動画をアップし続けてくれた彼女たち。新曲も発表された。チアガールの衣装の応援歌だ。
底抜けに明るいのに、なぜ涙が出るのだろう。溌剌とした明るさは、私にとってのビタミンとなった。そして、色とりどりの歌声の中でも一際力強く、芯があるあなたの歌声は、いつのまにか私の心の柱となった。
いつかまたコンサートが開催されたら、必ず行こう。
社会情勢に合わせて段階的に、コンサートやイベントが復活していき、いよいよこれからだという時に、あなたはグループからの卒業を決めた。
今までアイドルの推し活をしたことがなかった私でも、少しずつ現場に参加しはじめていた矢先のことだった。
しかしどういった事情なのか、通常の卒業コンサートに使用されるようなキャパシティのホールではなく、ライブハウスでの卒業となることが発表された。
武道館でのコンサート経験があるグループだけに、卒業コンサートのチケット争いは苛烈を極めた。
当然のように、私にはチケットは用意されず、映画館でのライブビューイングとなった。
暗くなった映画館。
いつもはスマホの明かりすら嫌厭されるというのに、ほぼ全ての客が、真っ赤なライトを掲げている。
客観的に見れば、ある意味滑稽な姿かもしれない。
私たちは映像を観ているだけで、どんなに力強くメンバーカラーを振っても、それをあなたが目にすることはない。
拍手も涙声も届かない。
それでも私は赤を振り続ける。
そうすることでしか、あなたのこれまでに感謝を示すことができないから。
そうすることでしか、あなたの未来に餞を送ることができなかったから。
今までありがとう。
あなたにどんな未来が訪れるのかは分からない。
だけど、どこまでも伸びていける羽を持っている人だと信じています。
明日は筋肉痛かも、と覚悟しながら、私はまたライトを振る。
18.力を込めて
あとがき
「あなた」のモデルを分かってくれる方はおられるのでしょうか…。「あなた」についてはノンフィクションですので、もし気になった方がおられたら、あわよくば…あわよくば「あなた」の歌声を聴いてみていただけると、とても幸せです。
10/8/2024, 9:41:18 AM