『刹那』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
朝の柔らかな光を感じて目を開けた。
濡れた土の匂いが、昨夜の雨の名残を感じさせる。葉を濡らす雨の滴が陽の光を反射して、宝石のように煌めいた。
未だぼんやりとする意識を切り替えるように目を瞬き、視線を巡らせる。
生き物の姿はない。見上げる空は澄んだ青が広がり陽も高く昇っているが、まだ目覚めには早いのだろう。
かさりと風が葉を揺らす。雨の滴が跳ねて、ぱたりと地に落ち、跡を残す。
静かだ。暖かく穏やかで、このまま眠ってしまいそうなほどに。
それはとても勿体ないことだ。微睡みに揺蕩いながら思う。
煌めく景色を、まだ見ていたい。暖かな陽射し。吹き抜ける風の冷たさ。滴の跳ねる音。
美しい雨上がりの朝を堪能しきれていないのだからと、緩く頭を振って目を覚ました。
不意に、風とは違う音がした。
かさりと草を踏みしめる音。大人とは違う軽いその響き。
こんな朝早くから誰だろうか。興味を引かれて視線を向けた。
段々と音がはっきりと聞こえてくる。どうやらこちらに近づいてくるようだ。
かさかさ、かさり。
草をかき分けるようにして顔を覗かせたのは、まだ幼さの抜け切れていない少女。陽よりも輝く笑顔を浮かべ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「おはよう!」
思わず肩が跳ねた。
こうして、誰かに挨拶をされたのは初めてだ。困惑しながらも軽く会釈をしてみる。
「お、おはよう……ございます……」
「今日も綺麗な滴ができてるね」
にこにこと、少女は笑う。
今日もという言葉と、合わない視線にあぁ、と納得する。
この子は雨上がりの朝に、名残の滴を見に来ているのだろう。
思わず視線を逸らす。挨拶を返したことが、少しだけ恥ずかしくなった。
「一枚、くださいな」
歌うように少女は告げ、葉の一枚に手を伸ばす。
滴が零れてしまわないよう、そっと葉を包む手の温もりに、視線を戻して彼女の真剣な横顔を見た。
記憶にはないのに、その温もりを覚えている。少女を知らないはずだというのに、知っている気がした。
以前に来た時も、こうして滴をつけた葉を取ったのだろうか。記憶のない自分が覚えているものがあるほど繰り返す、その理由は何なのだろう。
不思議に思いながら、どこかへ向かう少女の顔を見上げる。
笑っている。けれどよく見ると、その目が赤いことに気づいて何故か胸が苦しくなった。
着いたのは、小さな一軒家。静かに家の中に入った少女は、迷わず一番奥の部屋へと向かう。
扉を開けて中に入ると、窓辺に置かれたベッドに誰かが寝ているのが見えた。
「ただいま」
囁く声に、寝ている誰かがこちらを向く。
少女とよく似た、けれども彼女よりも幼い子。少女を見つめ、淡く微笑んだ。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
か細い声。少女が近づいたことではっきりと見えた妹の顔は青白く、体は皮と骨だけと言えるほどにやせ細っていた。
「ほら見て。昨日雨が降ったから、雨の滴を持ってこれたよ」
微かに震える手で妹へと差し出された。起き上がることもできず視線だけを向ける妹は、緩慢に目を瞬かせた。
「――きれいね」
その声の響きを聞いたことがあった。
細い腕がゆっくりと持ち上がる。かさついた指先に触れられた瞬間、思い出した。
姉の祈り。姉妹との刹那のひと時を、自分は何度も繰り返してきた。
「これでまた元気になるよ。今度こそ元気になるから……っ」
姉の声が震えている。元気になると繰り返しながらも、妹のことを正しく理解しているのだろう。
一番最初の自分が出会った姉は、ただ綺麗だったからという理由で自分を妹に見せた。
綺麗だと笑う二人の言葉が気恥ずかしくて、それでもとても嬉しかったのを覚えている。だからこそ消える前にほんの少し、妹を蝕むものを引き受けたのだ。
それからも何も知らない自分は、刹那の出会いのお礼に、ただそれだけを繰り返してきた。その度に妹は僅かに元気を取り戻すが、刹那に消えるだけの自分が抱えられるものなど僅かでしかない。妹の終わりは理解しているつもりだった。
「お姉ちゃん」
「なぁに?」
妹の呼ぶ声に、姉は赤い目を誤魔化すように笑う。
「ありがとう」
姉の作った笑顔とは違い、妹は心からの笑顔を浮かべた。
「きれいなもの……たくさん見れて、うれしい……ありがとう」
穏やかな声音。嘆くでもなく、妬むわけでもない。
いつだって妹は、優しい子だった。
触れている指先から抱えられる分を吸い上げる。
けれど足りない。たかが雨の一滴では、人間の代わりになれるはずもない。
小さく息を吐いた。二人を見つめ、仕方ないと笑う。
外にはまだ陽に消されることのない滴がいる。そしてこの先、雨が降る度に滴は生まれる。
一滴はとても小さいモノでも、集まれば小さな子供の代わりくらいにはなれるだろう。
迷いはない。ただ、今後自分を綺麗だと言ってくれることがないのが、少しだけ寂しかった。
目を閉じる。外にいる滴、そしてこれから先生まれる滴へと意識を広げ、妹を蝕むものを吸い上げていく。
ほぅ、と妹が微かに吐息を溢した。かさつき冷たい指先が熱を持ち出したのを感じて、そっと離れていく。
「お姉ちゃん」
先程とは違う、静かだが強い声音。姉が息を呑む音が聞こえた。
「何だか、眠くなってきちゃった」
「――っ、そっか。まだ朝も早いし、もうひと眠りしよっか」
それがいい。
自分に向けられたわけでもない言葉に、心の中でだけ返事を返す。
くすくす笑う。何だかとってもおかしくて、楽しくて堪らない。
陽に照らされて消えていく自分を感じながら、それでもとても満たされていて心地が良かった。
「こっちだよ!」
早朝。まだ多くが眠る時間に、ある姉妹は木々の合間を駆け抜けていく。
「待ってよ、お姉ちゃん」
妹が呼ぶが、姉は止まることはない。早くと急かされて、妹はどこか困ったように笑いながらその後に続いていく。
「この先だよ」
そう言って姉は向かう先に指を差すが、視線を向けて不思議そうに首を傾げた。
示した先には一本の木。他の木々と同じく、青々とした葉を揺らしている。
「あれ、おかしいな?昨日雨が降ったのに、乾いてる」
姉が言うように、昨夜遅くまで雨が降っていたというのに、木や周囲には雨の名残はどこにもない。
「お姉ちゃん?」
遅れてきた妹を振り返り、姉は申し訳なさそうにごめんと呟いた。意味が分からず目を瞬かせる妹の手を繋いで、元来た道を引き返していく。
「え?どうしたの?」
「ここ。いつもなら雨の滴が朝日を反射してとても綺麗なんだけど、乾いてて見られないみたい。だから別の所に行こう」
姉に手を引かれながら、妹は葉の茂る木に視線を向けた。一瞬何かが煌めいたような気がして目を凝らす。
だが、煌めくものは何も見えず。首を傾げながらも、妹は姉へと視線を向けた。
「心配しなくても、見せたいものはたくさんあるんだ。だから大丈夫だよ」
「うん。楽しみにしてる」
目を煌めかせ、姉は笑う。その笑みにつられて妹も微笑んだ。
不意に乾いた葉が、風もないのに僅かに揺れた。
まるで雨の滴が葉を伝い、地に落ちるかのような動き。
振り返らない二人は気づかない。
朝の陽だけが、それを静かに見ていた。
「名無しの子」
真っ白な世界が広がった。
このままこの場所に閉じ籠っていたら。
どうにか未来が、過去が消えて変わっていかないだろうか。
「おまえさぁ。いい加減にしてよっ」
そういって女がまだ幼い女の子を叩いた。
「そういうとこが嫌いなの。あんたを拾ってやったのはだれ?私でしょ。なんでそんなに生意気なの。
私がいなきゃ死んでたくせにっ」
女の子は考えた。
私のなにが駄目だったの?
「そういうとこ」ってなに?
教えてよ。
「まぁまぁ。落ち着いてよ。このガキ死んじゃうよ。
――っね。いいホテル見つけたんだよね。」
心配してる風の金髪の男がやってきた。
「っ。分かったわ」
瞳に光を写さない少女は少しだけ唇を噛み締めた。
あぁ。あの日この人たちから逃げていれば。
愛してくれると考えなければ。
あのまま死んでいたら。
女の子は深い眠りについた。
実際はわからない。
気絶かもしれないし短い眠りかもしれない。
このまま目が開かなければ。そう考える。
怪物がこの世界に蔓延るようになり、孤児がふえた。
いつどこで現れるのかわからない怪物。
それに何人もの人間が殺された。
親だってそう。
孤児が溢れるこの世界では子供の命は軽い。
まぁ。人によるけど。
きっと愛される養子だっている。
私は違うかっただけ。
名前はない。
つけてくれなかった。
そう。私はペット以下だろう。
あいつらが死んだ。
どうやら女の旦那が殴り込んできたようだ。
浮気。不倫。好きかってやっていた女だったそうだ。
女も金髪の男も殴り殺された。
あぁ。よかった。あいつらが死んで。
あぁ。よかった。私は閉じ込められていて。
あいつらが私の部屋に鍵を閉めていたから。
旦那にばれなかった。
数日後。
お腹がすいた。喉が乾いた。
玄関が開く音がした。
「――――っ」
何人かの男が話す声がする。
ご飯くれたりしないかな。
私は重たい身体を引きずって扉を引っ掻いた。
ガリガリっガリッ
微かな音だった。
だけどその後すぐに扉が開いた。
「御幸さんの娘さん発見しました。」
帽子を被った男の人。
警察だった。
そこで私は知った。
私の名前は「御幸」だと。
したの名前はない。だけど家族の絆を表す名字だけは。
(名前だけは縁起がいいな)
幼いながらそう考えたのを思い出した。
目が覚めると知らない家。
孤児院だと。
海の匂いが鼻をかすめる。
あぁ。知らない町にやってきたんだ。
海の見える町。
知り合いなんてもとからいなかったから離れた悲しみもない。
この頃の私はまだ思っていた。
「愛」とはきっと素晴らしいものだと。
高校生になって高校に入学した。
知らない学校。見慣れない人。
緊張で目の前が真っ暗になった。
「あんたすんごくかわいいなぁ。」
女の子の声がした。
「―っ」
当たり前に知らない女の子。
「あんた名前何て言うん?」
「―御幸。」
御幸は下を向いて言った。
「長い髪。憧れるわぁ」
この頃の御幸の髪の毛は長くいわゆるロングヘアー。
前髪は長く目にかかっている。
「――ありがとう」
満更でもなかった。
はじめていわれた。
かわいいって。
「うちは海って言うんよ。これから友達よろしくね」
「うんっ。」
戸惑いはあったもののはじめての友達に心が踊った。
これが「愛」なのだと。
海との学校生活が始まった。
肩で切り揃えた彼女の髪は彼女の性格にぴったりだった。
いつでもかっこよくて。
でも好きな人には甘えん坊。
だいすきな人だった。
ある日海の席で話していた。
海の見える教室。
そこでいろんなことを海から教えてもらった。
アザレアの花の花言葉。
海の話。
ハナミズキの花言葉。
大好きな先生のはなし。
そして大好きな男の子の話。
海の見える町。
中学校から4つ先の駅から海の方へ歩く。
しばらく歩くとカニと猿の石像がある。
そこを左に行く。
すると不思議なことにだれにも知られていない崖がある。下を見ると海。後ろを振り向くと森。
そこで「流星」とタイムカプセルを埋めた。
その話をするときはいつも幸せそうで。
でもどこか寂しそうだった。
そしてあの日。
海が死んだ。
怪物に殺された。
初めてだった。
この世界で一番醜いのは人間だと思っていた。
でも私の大切を奪ったのは怪物だった。
今思えば私を地獄から救ったのは人間の海だった。
それでも一番醜いのは。
海が怪物に殺されて愛奪還組がきて救われたくせに
「あいつが死んでよかった。」
「俺の変わりになってくれてありがとう。」
「最後に正義ぶるんだぁ。」
なんて言ったあいつらだ。
そして何もできず見ていたこの「私」だ。
ねぇ。海。
私に愛をありがとう。
私はあなたに愛されて幸せだった。
でもね。私にはその愛は重くて眩しすぎたみたい。
背負いきれないの。
海。どうして私を愛したの?
今の私は。
あなたに愛されて苦しい。
ねぇ。海。
貴方にもらった愛は無駄にはしないよ。
でもいつかだれかに愛を受け継いで。
私が軽くなるように。
ごめん。ごめんなさい。海。
海の愛を素直を抱き締められなくてごめん。
私は。正面から貴方の愛を見つめられなかった。
私は。
海と同じようにだれかを救って愛を与えて。
いつか。愛を捨てられるように。
そしていつか。軽くなった胸を張って世界をみてみたい。
それまでどうか許して。
満開のアザレアが泣くように、花弁を散らした。
「私は愛奪還組にいく」
涙をはらんだ目を光示先生が丸くした。
「どうして?御幸さん」
「私は借りを返したいんです」
「何に対しての?」
「――海にもらった暖かい感情への」
「――どうしてもというのなら止めはしないよ。
でも海のことだから心配するだろうね。それでも自分の正義を突き通して生きるというのなら
行ってらっしゃい」
海が恋したのもわかる優しい人だ。
でも私は。
「はい。いってきます。」
海の為に死ねなかったこの先生に暖かい目を向けることはできなかった。
先生の左の薬指に付けられた新品の指輪が目に入る。
あぁ。それは先生。
海に嘘をついていたと言うこと?
彼女はいないっていってたのに。
あの日学校を休んだのは式を挙げていたの?
あぁ。海は。いや私はこの人の幸せを許すことはできるのだろうか。
愛奪還組。
思っていたよりも子供が多かった。
私は17歳。もう戦いにでる。
その愛奪還組のエース。春来がいた。
19歳。お酒をガブガブ飲むが銃の腕前はぴかいち。
私は戦ったことなどない。
でも私には力があった。
死んだ人間が見えるのだ。
そしてその人間の声が聴こえる。
私の声は届かないけど。
文通ならできる。
声が届かないのがやけにリアルで嫌みったらしい。
海が死んでから海を探したけど見つからなかった。
叫んでも届かないから。
その力を使い、死んだ愛奪還組の隊員に格闘技を教わった。
愛奪還組の隊員たちはここでしか愛を知らない。
だから大抵の隊員はここに残っているのだ。
私は毒と格闘技を巧みに使いたくさんの怪物を殺した。人間に形がにている怪物には負ける気がしない。
今なら海を守れたのに。
後悔は募るばかりだ。
私が入隊して半年がたった。
リリーという少女が入隊してきた。
人間離れした美しさを放った少女でどこか警戒している。人間とは馴れ合うつもりがない。というようだ。
どうやら14歳。まだまだ子供だった。
でも隣でリリーの手にそっと触れる男の幽霊がいた。
「頑張れよ」
そうとだけ言って心配そうな目を閉じら去っていった。
それだけで私にとってリリーは信頼できる人間になった。
少し関西弁がでていて懐かしく感じた。
想像とは違い、バズーカを片手に大剣を持ち戦う。
初めて見たときは「えぇ。」と声がでた。
そしてまた半年後の春。
春来先輩が20歳。
私が18歳。
リリーが15歳になった頃。
16歳の男の子。晴流也がやってきた。
晴流也はどうかヤンキーっぽかった。
「晴れちゃん」
と呼ぶと。
「あ?俺は晴流也だ。」
でもどこか悪くなれきれていないところが可愛くて
仕方がなかった。
しばらくすると気があったようでリリーといつも一緒にいた。
羨ましく思いつつ見つめていると春来先輩に頭を小突かれる。小突かれるとはいっても馬鹿力の先輩だ。
すごくいたい。
晴流也は意外と科学で勝負する。
爆弾などの科学現象をおこし短剣でうまく戦う。
さすがっ!とからかうとすごく可愛い反応をする。
頬をかきながら耳を赤く染めるのだ。
可愛い。
でも。海の匂いが鼻を掠める度にあの頃の記憶がよみがえる。
海が笑ったあの声を目を口を動きを香りを。
おかしいものだとは思いつつ。
ねぇ。海。
私は愛すべき人を見つけたよ。
私がこの人たちを愛する姿を見ていてよ。
ごめんね。
海の愛から逃げるために愛を捨てるために愛させて。
そしていつか軽い身体になったら空を飛んで海に
逢わせて。
海の匂いが鼻を掠める。
まだまだ背中が重い。
いつかだれかを愛せたのならこの背中は軽くなるのだろうか。
ずっと抗い続ける。
戦い続ける。
それがだれかを愛すことになるのなら。
「海。いつか会いに行くからね。」
いつしか御幸の大切は「海」だけになっていた。
何を捨てても。自分を失っても。
海に会いに行く。
御幸の友情が執着に変わっていく。
会いに行けるのなら。それでいい。
「私の本当の愛は海だけでいい。」
それが、だれかに嘘をつくことになろうとも。
海風が短くなった御幸の髪を優しく撫でた。
お題「刹那」
注意一秒、怪我一生
この格言は、事実だと思う。
僕はヒリヒリと痛む足を気にする余裕もなく、刹那でも早くと、マンションの階段を駆け下りる。
数週間前。
音楽を聴きながら料理をしていた僕は、誤って鍋の金具の部分を持ってしまい、反射的に手を放してしまった。
願望よりも世のことわりに忠実な世界が、一切の慈悲もなく、熱々のスープを素足にぶちまける光景が、目に焼き付いている。
時間は残酷だ。
鍋を握った刹那、どんなに熱くても、たった1秒でも持ち続けてコンロに戻せば、被害は指先だけで済んだ筈だ。
でも、嗜虐的な世界はそれを許さない。
何の道理もないくせに、それからの数週間、刹那の罪を侵した僕に、理不尽な罰を与え続けた。
でも、今思えばそんなのはマシだった。
そこまで大事には至らなかったし、所詮、自分の体の事だ。
平気だったは言わないが、いくらかの治療費と、暫くの眠れない夜を耐え続けて、それで今はまぁなんとかなっている。
でも、今回は違う。
僕は呼吸する事も忘れ、階段を駆け下りる。
数分前。
マンションのベランダに出て作業していた僕の手から、必要もなく貰った植木鉢が滑り落ちた。
視線を追う前に聞こえてきたのは、遠くで鉢が砕ける音と、つんざくような女性の悲鳴。
身を乗り出して見下ろした先にあったのは、マンション前の2人の人影
その刹那、僕の頭はぐちゃぐちゃになった。
考えるよりも前に踵を返して、ベランダから大股開きで飛び出した。
失敗した。失敗した。失敗した。
暴れる鼓動は、体のせいか、頭のせいか。
真っ白に塗りつぶされた様な思考の片隅で、この先の暗澹とした未来が点滅する
人生は刹那の連続で、それはつまり際限ない後悔の連続だ。
あの時、ああしていればよかった、こうしておけばよかった、なんて、ささやかな願いを、時間は決して聞き入れない。
呪うべきは、この世の理不尽さか、己の無能さか。
悪趣味な世界に打ちのめされてきた人間は、その証拠に、遥か過去から、根拠もない迷信に祈りを捧げてきた。
僕だってそうだ。
どうか神様仏様、少しでいいから、時間を巻き戻させてくれないでしょうか?
なんとかなるなら、藁にでも、鰯の頭にだって、縋り付く。
でも、どんなに媚びへつらっても、無神論な世界は、そんな気の迷いを聞き入れてくれない。
時間と物理がタッグを組んで僕を痛めつける様子を、アインシュタインが嘲笑って見ている。
僕は足の痛みも忘れたまま、階段の途中から数段飛ばしで飛び下り、陸上選手の如くマンションのエントランスから走り抜けた。
大丈夫ですか!?
誰に向かってなのかも知らずに叫ぶ。
目の前の光景に愕然とする。
体を縮ませて怯える女性と、地面に手を広げ動かない男。
砕けた植木鉢の泥に混じって、汚れた赤が、非現実的に浮かび上がっている。
あ…
幕が下りた様に、僕の全身は、刹那に氷点下に落ちた。
終わりだ
糸が切れた様に立ちつくす。
しかし
ありがとうございます……! ありがとうございます……!
縮こまっていた女性の体が突如に跳ねて、僕の体に泣きついた。
え?
本当にありがとうございます……! もう、一瞬でも遅れていたら……っ
全力で走った酔いを残したままの頭で、何事なのかと、周囲を見回す。
凄惨な現場の隅で目についたのは、男の手元に転がる、ナイフの鈍い光。
え…あ、はい…
今だに刹那に囚われて、間抜けな返事しかできない僕の脳内で、女性の啜り泣く声が、リフレインする。
僕はいったい、何に感謝すべきなのだろうか?
___その刹那、鮮血が女の視界を埋め尽くす。
鼻が捻じ曲がりそうな生臭さと、鉄の匂い。生温い感触が頬を伝い、口の中に入り込む。
震える手を、女は何かを確認するように自身の胸元に寄せた。命の源はまだ動いている。その血の出どころは、彼女ではないらしい。死に対する恐怖と安堵が、同時に襲った。
___私はまだ、生きている。
だが、これは私の血ではない。
傷もないようだ。
ではこれは、一体誰の血になるのだろう。
視界を潰した血を拭い、静かに目を開ける。暗闇に染まった室内は、女以外の存在を隠しているようだった。
女はその場に居るであろう仲間の名を呼ぼうとして、やめた。ここまで暗ければ、まだ敵が潜伏しているのかもわからない。相手ももしかしたら、我々の出方を探っているのかも…
記憶を頼りに壁際を探って、灯りを付けるスイッチを探す。だが、なかなか見つからない。時間だけが経過していくこの部屋で、女は少しずつ焦り始めた。
────閑談。
綺麗で美しい言葉で、綺麗な物語を書く
最近、綴った言葉が誰かの声で再生される
私はこの世界の第三者ですらない天の声で、物語を破綻なく綺麗に書きたい
物語を美しく曲げて、静かに終わらしたい
でも、誰かの声が私の頭に響く
綴った言葉が誰かの言葉になる
誰かの声で物語を書くと、その瞬間から私はこの物語の終点が分からなくなるから、
"彼”と"彼女の曖味な関係でいたい
物語を綴るその刹那だけ彼等と心を通わせるだけで良い
───────────────────────途中
その言葉を言い終えた刹那、
軽快な破裂音とともに左頬に鮮烈な痛みが走り、
今ほどまで目の前にいたはずの女が僕の視界から消えた。
刹那の出来事だった。
君と付き合って、別れるまで。
また会えるかな。
君の事しか考えられない。
最低だよな。
実際彼女は「最低」。
それだけ残して去っていった。
そりゃそうだ。これは、俺自身の問題。
俺が浮気をしなければ、まだ二人でいることができた。
『刹那』
"刹那"
固まった接着剤でついた指
剥がせないままイエスマンになる
「刹那」
虫の声だらけの夜知らん塀の上よじ登りながら
どこなのか分からない遠くの花火を眺めながら
顔も見えない闇の中声だけで表情想像しながら
多分二人で笑いあってた、あの日に戻れたら。
【#205】
〖刹那〗
見えなかった、速すぎて
気づかなかった、上手すぎて。
私の心に愛を置いてった
気づいたときにはもう置かれてた
気づいたのは少し遅かった?
気づいたから抱きしめた
私も貴方のそばに愛を置きたい。
きっと誰よりも不器用かもしれない
でも貴方のそばに愛を置く相手はそう、
どうしても私がいいの。
『刹那』
あなたと過ごす時間を一瞬たりとも忘れたくなくて、
過ごした時の写真も映像も、
あなたがくれた言葉も全部、
記録した。
忘れないように、思い出せるように。
ぜんぶ、私から離れていかないように。
☆☆ 『刹那』を使って例文を作ってみよう ☆☆
<その1>
床に置いていた荷物を、何気なく持ち上げようとした、その刹那──。
「あー……腰。やっちまったねぇ」
「魔女の一撃、ですか……」
<その2>
大型トラックとのすれ違いざま、顔面に風を受けてまばたきをした、その刹那──。
「目がっ、コンタクトレンズがぁああっ!」
「異物込みでズレたときの、あの絶望感よ……」
<その3>〜脳内会議中〜
「ねぇねぇ、痛い痛い! ってなるような例文は、もうやめません?」
「ってかさぁ、どっちの例文も「瞬間」でよくね?」
「んあぁ! 『刹那』ならではの例文なんて思いつかないぃ、さらっとハードル高くすんな!」
「……刹那・F・セイエイ」
「某アニメキャラの名前ねー、でもそれ、例文じゃないからね?」
「最初に思い付いて、でもずっと口に出せなかったから、これで本望だ!」
『刹那』
まばたきをしたその瞬間だけ
現れ、消える
一瞬という言葉すら
間に合わないほどのその刹那―――
………だれ?
その答えは誰も知らず
どこにもなかった
だけど確かにあるのだけはわかる
輪郭と存在感だけは私には感じている
多分……あの人
何かを伝えたくて、
こんな形で伝えてるのかな
もう少しゆっくりと
心の中を探ってみる―――
〜シロツメ ナナシ〜
若い頃は、刹那主義をデカダンス的退廃的な生き方のように解釈してちょっと憧れたりした。でも本来は“今この一瞬を大切に生きる”ってことらしいね。この歳になったら、本来の(良い)意味の刹那主義で生きるべきだな。なかなか難しい事ではあるけれど。
#刹那
気さくな感じで、軽くって、てきとうそうなのに全くつかみどころがない。街中にいる雀を見ながら、なんだか似てると思う。
ベンチに座って、こちらがこぼしたものを啄みにやってくる。少し離れたところから、ちょんちょんと、軽く飛びながら近づいてくる。
じっと動かないでいると、かなり近くまでやってくる。もっと見たいと動いた途端に、さっと飛び立っていく。
やっぱり雀に似ている。近づいたと思っても、すぐ逃げる。目に何か悲しみのようなものを刹那に感じさせて、また距離をとる。
「刹那」
: 刹那
刹那にあなたの顔が脳裏にうかんだ
ボクはとても我慢強い
約束はちゃんと守る
今までも、そしてこれからも…
あなたの笑顔が見たくて
あなたを失望させたくなくて
ただ褒めてほしくて
辛くても、ひたすら我慢してきたんだ
昨日までは…
でもボクは今日 とうとう
あなたを失望させてしまった…
いい? 待てよ、待て!
まだ食べちゃダメだからね!
そう言い残して部屋を出ていったあなた
いつもは直ぐに戻ってきてくれるのに
今日はなかなか戻ってきてくれない
目の前にはボクの好物が、鎮座している
もう自分の意志で、ヨダレは止められない
忠誠心が、滲んでいく…
ダメだ、食べちゃダメだ
しかし気づけば、モグモグしていた
あなたの歪んだ眼差しをうけながら…
いや、待てが長すぎるってぇ~
桜月夜
【刹那】
目を離した隙に、隣の君が何かに押されたようによろめいて、ホームから落ちる。
とっさに手を伸ばしても、届かない。
嫌だ、そんな、こんな事があっていいのか。
ホームへ滑り込んできた車体とぶつかって、君が、爆ぜる――――。
……
…………
「……どうしたの?」
気づいたら、隣の君が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
生きている。確かに息をしている。
あの刹那は……幻?
怖くなって、僕は君の手を握った。君は驚いた顔をする。次の瞬間――
ドンッ
誰かが君にぶつかって、君がよろめいた。
ひやりと背筋に冷たいものが走る。
僕はとっさに握る手に力を込めて、君を引き寄せる。
腕の中に君を閉じ込めて、無事を確認する。
ぶつかった相手は気まずそうな顔をして何処かへ行ってしまった。
君は目を白黒させて、事態が飲み込めていない様子でいる。
「よかった」
心の底から声が漏れた。
「……うう、びっくりした。ありがとう」
やっと状況を把握した君は、はにかんで笑った。
その様子に、愛しさが込み上げる。
僕はそのまま君をギュッと抱きしめた。
照れた君が何事か言っているが、今は構っていられない。
ああ、君はここにいる。
絶望の刹那は、訪れなかったのだ。
「刹那、ってなんて読むの?」
「せつな、だよ。」
「どんな意味?」
「んー、短い時間かなー、すごく。」
そんな会話をする娘と孫
こういう何気ない一瞬一瞬が
案外とても大切なのよね
と、感じて
お茶を入れながら
一人こっそり
胸があったかくなった休日の昼下がり
一瞬とは美しいものだと思う。
私の友人にも、一瞬の魅力に取り憑かれた者がいた。
彼は確か、水滴の美しさに魅入らていたはずだ。
最期は、水と同じになりたかったなんて遺して死んだ。
類は友を呼ぶ、とは言うが、よく言ったものだ。
私も、似たようなものなのだ。
流れ続ける時の中、秒針さえ動かぬうちに起こる、ほんの一瞬の出来事。
水滴が落ちる、風船が割れる、火花が爆ぜる。
そのどれもが、確かに美しかった。
刹那というのは、破滅的な美しさを孕んでいる。
一瞬の間に現れる事象は、大抵がその一瞬でしか見られない。
その一瞬を逃してしまえば、全く同じものを見ることは二度とできない。
その一過性が、私は好きだ。
かの友人は水に偏愛を向けていたが、私は刹那という時間的概念そのものを愛している。
それは人がどこかへ向かう足取りのほんの一瞬であったり、あるいは生まれたての赤子が産声を上げるために息を吸う間であったりする。
懐で静かに時を刻み続ける秒針が鳴る間に起きる出来事があまりに儚くて、その時間に囚われていた。
全ての事象は、極めて短い時間の連続で組み上がった、自然的で複雑なものなのだ。
世に起きている活動の全ては、私の愛する刹那の集合体とも言える。
だから、私はこの世界自体を愛していた。
一瞬の間に生まれ、そこから一瞬を積み重ね続けてきた世界は、なんとも複雑で、刹那同士が絡み合ってできている。
そんな考えだから、私は享楽的であり、虚無的に生きていた。
この一瞬の、次の一瞬があるとは限らない。
世界の終わりは、ひょっとしたら一弾指の間に起きるものかもしれない。
そう思うと、今その場にある刹那でしたかったことを目一杯しないと損な気がして、けれどそんな営みも無意味なものに思えるのだ。
刹那を、一瞬を、永劫に、悠久に重ねて積み上がってきたこの歴史が崩れる一瞬を、いつか私は目にできるだろうか。
そんなあるかもわからない刹那を待って、私は今日も、秒針の動く八万六千四百秒のその隙間を、じっと眺め続けている。
テーマ:刹那
人はよく言うでしょう
「一瞬なんて、すぐ消える」と
けれど本当は
消えているのではなく
見逃しているだけかもしれません
朝、誰かと交わした「おはよう」
帰り道に見た、名も知らぬ花
何気なく笑った、あの一秒
それらはすべて
あとになって
心の中で静かに芽を出します
大きな出来事だけが
人生をつくるのではなく
名もない刹那が
あなたを少しずつ形にしているのです
だからどうか
特別な日を待つのではなく
何でもない今を
粗末にしないでください
その一瞬は
二度と戻らないから尊いのではなく
あなたの未来を
ひそかに変えているから尊いのです
気づいたときにはもう遅い、ではなく
気づいたときから、きっと間に合う
刹那とは
失うものではなく
積み重ねるもの