よらもあ

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長い星空での生活は、人間として、英雄と呼ばれた時間より当たり前にはるかに長いはずなのに瞬きの間のような気もするのだから不思議なものだ。

幼少期を過ごし、思うままに冒険し、まあ、自業自得で殺された人生。
星空に浮かび、何者でもなかったはずなのに役割を与えられ、そうして人間のように体を動かして感情を持ち生活をする人生。

地上で人間であった頃も、眠れない夜はあった。星空を眺め、たわいのない話をして、悩みなどどうでもよくなり気が付いたら朝になっている。
傍らにはいつも悩みなど一笑するだけの弟がいたからこそだ。

弟こそ、英雄であった。

双子の兄として、自分のことも英雄とされているが、英雄としての力を持つのは弟であった。父親があの大神なのだからそれもそのはずである。
戦闘センスも純粋な力も、双子どころか人とは思えない容姿も、人を惹きつけるその魅力も全て弟のものだった。
快活で魅力的で、力強い弟。自分はその弟の面倒をみていたにすぎない。
もちろん、自分もやんちゃをしていないのかと言われればそういうわけではないが。

一緒に過ごしすぎた。
そんな風に言えば、今にも泣きそうな顔をされてしまうが、そう感じることは嘘ではない。
苦しいわけではない。一緒に居たくないわけではない。何であれ大事な弟であり、自分は兄だ。今まで築いてきたものはなくならない。
それでもやはり、一緒に過ごしすぎた、と思わずにはいられないのだ。

例えば横で眠っていたはずの妻が、ふと目を覚ましたら弟に代わっていた時など余計に。

寝起きに弟の顔など珍しくもないが、珍しくもないのが腹立たしい。穏やかな寝息が余計に腹立たしい。
どうせなら妻の安息を見守りたいのが本音だ。
人間であった頃は、冒険に出たり争い事で出たりと数えるほどしか優しい寝顔を拝めなかった。星空に浮かんでようやく穏やかな日常を築いていっているというのに、なんたることだ。
この瞬きの刹那がどれほど大事か前に切々と語った覚えがあるのだが、英雄様の弟は何にも聞いていなかったらしい。

自分の妻と弟の妻も姉妹である。
きっと今は弟夫婦の部屋かどこかで姉妹仲良く夜を過ごしているのだろう。
いつの間にそんな事態になったのかは分からないが、妻と弟が入れ替わることに気が付かないくらいに平和ボケしているのだと思えば、この星空の生活もだいぶ馴染んでいるのだろう。

目を閉じれば、槍に射抜かれた自分に駆け寄り泣き叫ぶ弟の声がまだする気がするのに、時間というのは本当に不思議なものだ。






“刹那”

4/29/2024, 9:23:38 AM