『ところにより雨』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
あなたといる私の心は
間違いなく晴れています
しかし、1人でいる私の心は
間違いなく雨が降っていました
「あ、雨…」
と、落ちてきた滴を拾い集める。今日の気温は18℃。寒いこの地域のこの季節にはまだ、少し暑くい。集めた水滴はすぐに私の温度に溶けてしまう…。でも、なんだか手が冷たい。雨の冷たさが私にツとしみこんでくる…。
「寒いな…」
訳もないのに、声に出してみる。誰も答えてはくれないけど、なんとなく…ね。
“あー!虹だー”
明るい声が周囲に響く。道行く人が思わず微笑んでいる。
“トトト…”
幼稚園くらいの女の子が黄色いかっぱを揺らして走って行く。そして、精一杯手を伸ばした。
「もう、そんなに手を伸ばしたって届かないよ」
女の子のお母さんが優しく女の子に声をかけた。すると、女の子は、ぷう、とかわいらしくまん丸くほおを膨らまして、
「えー!お母さんの嘘つき!届くよ!なのかがもっと大きくなったら絶対届くもん!今は無理だけど、だからなのかはやく大きくなるもん!」
といった。
「え~、そうなの?そしたら、なの、その虹、お母さんにも分けてくれる? 」
と、女の子のお母さんはいたずらっぽく笑っている。
「うん!!!なのか、お母さんだけじゃなく皆にあげるの!だって皆が幸せなのがいいもん!」
「そっか、ありがとう」
と、女の子をなでながら二人歩いて行く。
「ふふ…」
さて、私も行こうかなー。
「ところにより雨」
そう聞く度に、あぁまたかと思う。
ついこの間、久々に会う約束をしたからである。
あのひとに会うときは、必ず傘がいる。
あのひとの周辺ではいつも雨が降る。
雨雲があのひとについているのか、あのひとが雨雲を連れているのかは分からない。
ただ言えることは、部分的な雨が降る時は、あのひとの存在が濃くなってきているということだ。
私が今いる地域の付近が、もうそこまで濡れている。
天気図を見てるとズルいと思うことがある。
こっちは、暑いのに他の所が涼しい。
こっちが寒いのにあっちは温かい。
自分の所が良いこともある。
それぞれなのに。
いつからか一番、理想なのを探してる。
隣の芝生は青い。
嫉妬は醜いものなのに。
卒業式が終わった後に部活の代表として先輩に会いに行くと、「最後は泣かない!」と自信満々で宣言していたはずの顔は既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。しんみりするどころか思わず笑ってしまった私の前で、ずびずびと鼻を啜る先輩は悔しそうにしている。
「式が終わる前には泣き止みたかったのにぃぃ……」
「まあ無理でしょ」
「ひど! ……でも仕方ないじゃん、いろいろ思い出しちゃったんだもん」
とめどなくぽろぽろと涙を溢して、先輩は小さく呟いた。お別れくらいは笑顔でという気持ちもわからなくはないが、涙もろい彼女がこうならないはずがないのはみんな知っていたことで。むしろ最後まで変わらない姿に安心感を覚えながら、後ろ手に隠していたミニブーケをその泣きっ面の目前に差し出した。
「な、なにこれ」
「後輩一同からプレゼントです。改めて、ご卒業おめでとうございます」
「そんなの聞いてない! やだ、また泣いちゃうじゃん……!」
「いいじゃないですか、たくさん泣けば。朝のテレビで気象予報士さんも言ってましたよ?」
「……気象予報士さん?」
「本日は快晴、ですがところにより雨でしょうって。泣いてるのは先輩だけじゃないし……まあそんなに土砂降りになってる人は他にいないけど」
「あんたいっつも一言多いんですけど?! なんなのよもー!」
サプライズのミニブーケを受け取ってブーストがかかった先輩は、もはや嵐のようにわんわんと声を上げて泣いた。その様子を見て私は声を上げて笑いつつ……実は一緒に雨を降らせてしまったのを、今はまだ、先輩だけが知らないままでいる。
目の前の光景を
ただぼんやりと眺める
仲良く手を繋ぎ街を行くのは
クラスメイトの男女
今日の天気はデート日和の晴天
だけど
ボクの天気はどんより曇天
ところにより雨となるだろう
さよなら
ボクの初恋
体調が悪く落ち着かない。追い討ちをかけるように夢見だって、目覚めは「最悪…」の一言に限る。
下腹部は重くて、ズキリと鈍痛がしては顔をしかめた。痛いし、ぐるぐるして気持ち悪い。顔を洗いに行くと青い顔をした私とご対面。ずるずる体を引きずって薬を探して見るも使いきっていた。ソファに座って騙し騙しにお湯を飲む。
彼とベッドで寝ていたはずだけど、仕事が入ってしまったのか何処にも見当たらなくて、置き手紙のひとつもない。急ぎの件だろうなと1人納得させて、痛くない痛くない、と。まじないのように唱えている。
痛みは引かないし居て欲しかったなと心身ともに弱った状態では自分のご機嫌とりもできなかった。
「心細いよ…」
天気は晴れ、だけど俯いた私は雨模様。
ぽたぽたと降り始めて『ところにより雨』だった。
鍵の回る音がした。向かってくる足音が騒がしい。体に響くから静かにして欲しいんだけど…
「あぁ、やっぱり。真っ青な顔して…!」
「え…?」
買い物袋を持った彼が私の目の前にいる。どうして。
「辛かっただろ、もう大丈夫」
「な、んで…仕事じゃ…?」
「仕事?薬を買いに行っただけだよ。こんなに泣いて寂しかった?」
素直に頷いて「何も言わずにごめんね」と彼から薬を受け取って飲み込んだ。膝の上に乗せられて背後からそっと包み込まれていく。彼の大きく無骨な手に撫でられてお腹も背中もじんわりと、外から中へ温かくなっていった。
ところにより雨
自分の住んでるところは埼玉県の所沢市で、先輩の住んでるところは埼玉県の春日部。
天気予報を確認してから家を出ようとしたのに、スマホの充電をし忘れていたようで充電が無い。
「あっちゃーやっちゃったー」
部屋でそう呟くと、仕方ないので充電バッテリーを持ち出すことにした。
これがあれば充電は出来るので困らないが、天気が調べられないことに気付き慌ててテレビを付ける。
丁度お天気予報が流れていたので確認していると、埼玉県はところにより雨ということが分かったので、折りたたみ傘をバックに入れようとしたのに何処にも無い。
仕方ないので玄関前にある傘を持ち出そうとしたけど、何処に置き忘れてきたのかビニール傘無いため、何も持たずに出掛けることにした。
幸い、今は曇りで雨は降っていない、途中で買えば大丈夫だろうと思い、駅まで行くと電車に乗り込む。
文化祭の実行委員をしていて、私が必要な物を買い出ししたりと、休みの人の分まで動いていたら、同じく実行委員をしていた先輩がご褒美に美味しいものをご馳走してくれると言うので、今日は先輩の住んでるところまで出掛けることになったのだ。
本当なら、もう少し余裕を持って出掛けるべきだったのに、先輩に好意を抱いている私は、デートでも無いのに服装を決めることや、髪型、化粧に時間がかかり、出遅れてしまい、本来なら寄り道して傘を買う予定が出来ない。
とりあえず遅刻は行けないと思いながら約束の駅迄向かうったものの、十分程遅れてしまっていた。
「すみません、遅くなりました」
「大丈夫だよ、僕も今来たところだから」
駅の改札口で待っていた先輩は優しい口調でそう言った。
いつも実行委員の時の集合時刻では、集合する時間より早く来て待っている先輩だったから、多分、今日も早く着いていたことだろう。
それなのに、私には今来たと言ってくれる先輩。
優しいなと思いながら、外に出ると外は結構な雨が降っていた。
「す、すみません、途中で傘を買おうと思ってたのに⋯⋯忘れてました」
「イイよ、大丈夫、それなら僕の傘に入りな」
そう言って、先輩は手に持っていた傘を広げると中に入れてくれ⋯⋯。
⋯⋯こ、これってアイアイ傘⋯⋯せ、先輩と⋯⋯。
緊張して心臓がバクバクなる音が聞こえてくる。
案外人通りが多いので通行人とすれ違う度に、恥ずかしさが襲う。
学校付近じゃ無くて良かったと思いつつ、先輩をチラリと見ると、先輩の頬が少し赤くなっているように感じた。
季節は春、三月の終業式後の日曜日で、昨日は晴れていて夏かと思う程だったのに、今日は十度も下がり寒いせいだろうか? それとも⋯⋯。
ところにより雨の予報のお陰で、お店までの道のり恋人気分を味わえたのははちょっと嬉しい気分だった。
一つ上の先輩⋯⋯新学年から先輩は三年生で、私は二年生となる。
先輩お勧めのお店に着くと、店内で、それも個室で二人で食べる⋯⋯雑談しながら、笑いあって⋯⋯。
「ご馳走様でした、美味しかったです」
「良かった、喜んで貰えて」
帰り道は雨が止み、アイアイ傘は出来なかったけど、先輩と二人並んで歩けるだけで幸せな私。
「あのさ、僕は三年でもまた文化祭の実行委員やろうと思ってるんだけど、良かったらまた一緒にやらない?」
「は、はい⋯⋯喜んで⋯⋯えへへ」
先輩に誘われて、嬉しくて仕方のない私。
もう実行委員はやりたくないって思ったけど、大好きな先輩もやるなら絶対やろうって思えた。
後一年、先輩が卒業する迄に自分の思いを伝えて告白しようと決心しながら、駅で別れる時のこと。
改札口を通ろうとしたら、腕を引っ張られて、先輩に引き寄せられるがまま、先輩の腕の中へ。
「あ、あのさ、ちょっとだけこうさせて」
「はい」
先輩の心臓のバクバクする音が聞こえてくる。
「その、実行委員で一緒になった時からずっと好きです」
「えっ!?」
「もし、良かったら僕と付き合ってください」
「は、はい、喜んで」
それは突然の告だった。
まさか先輩も私の事好きだったとは⋯⋯。
こうして、私が告白しようと決意したのに、早くもカレカノになった私達、これからはアイアイ傘も恥ずかしくないね。 えへへ。
帰り際、人目のつかないところでキスをしてもらい、私は家路に向かった。
この恋が長く続きますように!!
――三日月――
便利な世の中になった。
雨雲レーダーを見れば、いつ雨が降るのか
分単位で分かるんだってさ。
もう天気に困らされることはなくなったのかもね。
でも。
朝の天気予報で「傘を持ってお出かけくださいね」と
お天気お姉さんが気遣ってくれるのも、
賭けのつもりでわざと傘を持たずに家を出るのも、
なんだかんだ楽しみなんだ。悪いね。
今日の予報は「ところにより雨」。
おみくじだ。降らなければラッキー。
祈りつつ行くよ。
#ところにより雨
終業時間となり、身支度をして会社を出る。
今日の天気予報は朝から夜まで晴れ——の筈だった。
ザ————————……
……だったのだが、雨が降っていた。
ところにより雨
思い出せば、天気予報でそんな事を言っていた気がしないでもない。
傘は持って来ていない。頼みの綱の折り畳み傘も、別の鞄に入れた気もする。……やはり入っていなかった。
全くついていない。
今日は仕事でミスして怒られて、取り返しのつくミスではあるが、それにより持ち帰りの仕事もできた。デートの約束もあったのに、彼女は急な残業になったと連絡も来ていた。
ところにより、というより、俺に雨が降っているような気がした。自意識過剰、と誰かに言われそうだから誰にも言わないけれど。
家に帰って仕事をして、終わったら本でも読もう。
————目が覚めた。
仕事をする、しかも怒られる夢を見るなんてどうかしている。
デートは今日だ。
付けたまま寝ていたらしいテレビで天気予報がやっている。
「**地方は今日1日を通して晴れですが、夕方から夜にかけて、ところにより雨でしょう」
正夢だったのか——いいやまさか、そんなわけがない。寝ている間に聞こえた音が夢に影響すると聞いたことがある。
雨が降らない事を祈り、折り畳み傘を鞄に入れておく。
スーツに着替えて朝食を食べ、家を出る前、テレビを消そうとしたその時に見えた星座占いのラッキーアイテムは、奇しくも「折り畳み傘」だった。
いつか君は誰かと一緒に
僕のところへやって来る
連れて来ちゃったとか言って
無垢な感じで微笑むんだ
そのとき僕は何を失い
何を手にするのだろう
容易く想像できることと
簡単には気付けないことと
多分いろいろ失って
やっと手に入れられるもの
雨が止んで、降って
また止んだ
風が吹いて、止んで
南風に変わる
#ところにより雨
心の雨は、いつになってもやまない。
私の心の雨に傘を差してくれた君。
いつからだろうか、彼に心を渡したのはもう遠く前のことだった。
彼と過ごした余生は、とても満喫できた、けど私の雨に傘を渡した彼は、もういない。
彼がいなければ、私にはいきる理由をくれた彼がいなければいきる価値なんてないんだ。
けど、私には悔いがあった、彼をよそ見運転でひき殺したあの運転主のことを殺してやりたい。
わたしは、ナイフを持ちあの運転手を捜した。
あのトラックの会社は、しっかりと脳に焼き付いてる運転手の顔もね。
奴を見つけた、忘れもしないあの雨が降っていた日のことを、奴の顔は不安と絶望が混じったような顔だった。
あいつは、精神状態が不安定だったこともあり、無罪になったのだ。
なぜ、私の愛しい彼を殺したやつがなぜ無罪になのか、奴が憎くて仕方ないのだ。
そして私は、走ったそして奴の腹にナイフを振り下ろした、何度も何度も腹部に刺した。
ああ、なんとすばらしいのだろうか、奴の顔は絶望が滲み出ていた。
私は、奴を殺した、悔いはもうない。
そうして、私は彼の後を追った。
天気予報じゃ晴れだって言ってたのに! ライブの後の空模様は最悪で。軒下にいた伊脇さんは困り顔で頭をかいた。キーボードは大事な商売道具。濡らすわけにはいかない。
「傘買ってきますよ。そこにコンビニあるんでひとっ走り」
「ごめんね、星河君。ありがと」
僕は雨の中を駆け抜けて目の前にあるコンビニに入り、傘を買って伊脇さんの元へ戻った。
「これで大丈夫かな。ほら、どうぞ」
僕は傘を指して伊脇さんを手招きする。
「ありがとう。僕みたいなおじさんが相手で悪いけど、相合傘としゃれこもっか」
キーボードを大事そうに抱えた伊脇さんが僕の隣にやってくる。
「相合傘って、好きな人同士で入った時より多く濡れた方が好き、って噂がありますよ」
「そうなの? だとしたら星河君の方が好きってことになるね。……ね、嫌かもしれないけど、もう少し近づきなよ。凄い濡れてるよ」
「もうだいぶぎゅうぎゅうですけどね……あはは」
僕の肩の辺りはすっかりびしょ濡れで、もう手遅れな気もしたが、好意に甘えて身を寄せた。
「おじさんに近寄りたくないのは分かるけどね……大丈夫、僕変な臭いとかしないよね?」
「大丈夫ですよ、全然。でも僕よりキーボード濡らすわけには行きませんから」
しっかり彼を守ったお陰か、キーボードも伊脇さんも全く濡れていない。
(噂、もしかしたらあってるかも……なんて)
「あ、でもほら! 晴れてきたよ!」
彼が指さした先、少し向こうの空では雲の切れ間から光が差し込んできていた。
「なら、向こうに走りますか。伊脇さん走れます?」
「キーボードあるから、ちょっとだけなら」
傘を持って2人雲の切れ間に向かって走り出した。
『雨と傷』 お題:ところにより雨 1242字
雨つぶが全身を打ったとき、黄いろの歓声が上がって雲間から射し込むひかりばかりが明るかった。とじこめられた初夏のにおいが、なんども砕けてはただよい、をくりかえしている。
少女は雨にぬれて、人々にかこまれながら血をながしていた。雨をうけても、その血はとぎれることも、また流されてきえてしまうこともない。
この国では、雨は気まぐれにふるものではない。
太陽のひかりがつよくふりそそぐ、砂漠地帯のちょうどまんなかに位置するこの国はいつだって雨をもとめていた。
ある夜、王の妃が夢をみた。
それは妃が子どもをうみ、その子どもに血をながさせると雨がふるという夢だった。
妃はその夢のはなしをだれにもしてはならないとつよく思った。夢のなかでその女の子は、妃のまえで大つぶのなみだをこぼしながら血をながしていた。たえまなくあふれ出るその赤が、妃の目にくっきりと焼きつけられた。
妃はしばらくすると子をさずかり、夢でみたのとおなじ女の子をうんだ。
国はいよいよ傾きはじめていた。国民を維持するだけの水がないのだ。
妃の娘である少女はじぶんの力をしらなかった。
妃は少女に夢のことをはなさねばならなかった。それでも、妃は少女を目のまえにするとくちびるがふるえ、言葉を発することができないのだった。しだいに妃は精神を病むようになり、ベッドから起きあがることも、そして少女のことを認識することもできなくなっていった。
病んだ妃をふびんにおもった少女のこころには翳がさしていく。王は国をたてなおすために家を空けてばかりで、少女の話し相手は給仕係だけだった。
少女とおない年の給仕係は、さっと少女に手首をみせた。そこには何本ものきり傷がついていて、少女はそれをジッとみつめた。ふしぎとそれをみつめていると、こころがやすらいでいくのを感じたのだ。
どうやっているの、ときくと、給仕係はエプロンのポケットからはさみをとりだして、これを使うのですと少女にさしだした。
でも、そんなことをしたら、と少女はためらった。
ほら、こうやって。そう言って給仕係は手首にはさみをすべらせた。だいじょうぶ。なめらかな仕草のように少女はおもった。こぼれだす赤は、なぜだかひどくなつかしいかんじがした。
まねして少女が手首をきりつけたとき、外から何かがたおれていくようなおとがした。
いったい、なに? 少女は雨をみたことがなかった。思ったよりもふかく、きずはついた。血はながれ、ぼたりと床をよごした。国の人々はつぎからつぎへと家からでてきて、そのしずくを全身であびていた。少女はそれをみたとき、やっとおもいだした。
少女もまた、妃が見た夢を、どこかでしっていたのだった。
少女の自傷によって、この国はところにより雨がふる。
少女のいる場所にだけ、少女の血がながれた場所にだけ、雨がふる。
なにもしらない国民のあいだで、少女は血をながしつづけた。
しばらくして、妃は自死をえらんだという。
雨粒が乗った葉っぱと色とりどりのチューリップをぼうっと眺めながら、犬の散歩。いつか満開のチューリップ畑を君と見てみたい。
どんよりとした雲井。
お天気キャスターが言っていた「ところにより雨」というのは、どれほど当たるのだろうか。ところ、はどこになるのだろう。
一応に、折り畳みではなくおニューの傘を。
広げたら新鮮な色にこころが弾むだろう、とねがって。
すると普段通りのルートと営業のために出た先では、一度も雨に降られることもなく。戻ってきたエントランスは艶をのせて、会社前のアスファルトは色を濃くしていた。
となりで同僚が、
「雨に当たらずにすんでよかった」
そう言って。
そうですね、とは返したけれど。せっかくの傘を広げる機会を逃したよう。
珍しいことに、わたくしのほうが早くに帰宅が叶った。いつもはあなたに任せきりな夜の支度をしてしまおう、そう意気込んでいればいつの間にか雨音がBGMになっていた。
お夕飯も湯船のお湯だって準備ができて。
ザザザ、壁を隔てて遠くで聞こえる速さ。
タタタ、剥き出しのベランダを打つ透明な筋と、ぴちゃん、跳ねる水玉の音。
なんだか落ち着かない気分になってくる。
窓の外の灯りは水色の膜の中でぼんやりと強く光を放っていた。あそこのどれかにまだいるのかしら。と時計を見上げればもう九時前。
遅い日もあるでしょう。
……せっかくあたたかいスープをつくったけれど、すっかり冷めて。ラップをしてから冷蔵庫に。張ったお湯だって、あなたが一息ついた姿を見る前に入ることに。
狭くないはずの湯船。
ちゃぷん、と溜まった透明色が波立った。
「紅茶って眠気覚ましになるのでしたっけ」
いつもより濃い目に淹れた濃い赤褐色。
ミルクも砂糖も入れずに優雅な香りを漂わせるそれは、果たしてわたくしが望むだけの働きをしてくれるのか。
ミルクとか入れたら効果は薄れるのでしょうか。
ふーっと意味もなく息を吹きかけて。
カチッ、カチッ、と時計が秒針を進める音だけが響く一室。いつもなら聞こえてくるものはひとつもない。
明日に響いてもよくない。
そろそろベッドに入らなければ。このまま眠ってしまったほうがいいのかも知れない。明日になればあなたはきっと居るだろう。
それはそれで寂しい気もするけれど。
そろりとベッドに横になった途端、裏切り者がじわじわと身体を浸食してゆく。
うつらうつら。
瞼が閉じてしまう――――ガッチャン。
控えめな靴音。
わたくしも息を殺して。
「おかえりなさい」
「ゔあ⁉ びっくりした。ごめんね、起こしたでしょ」
「いいえ。起こして下さってよかった」
パチンッと点いた照明。
それから驚き。
「びしょ濡れじゃないですか!」
「あーうん。あのね、タオル持ってきてくれる?」
「お湯もあたためますから!」
いつものふんわりとした髪がぺたりと肌に貼り付いて、スーツもあなたを離さない。そんなふうに見えるほど重たく見える。ざあっと水分を含んで色を変えたスーツ。
雨に濡れて。
ほかほかと湯気をまといながら浴室から出てきたあなたに、あたため直したお夕飯を。
おかずやお米は水分を含んでべちゃってしまったけれど、あなたはおいしいと言ってくれる。スープも本当ならできたてのほうがおいしい。
それを残念に思いながら。
「はぁ」
「落ち着きましたか?」
「うん。ありがと」
「よかった。随分雨に降られたんですねぇ」
「あのね、ぼくの上だけずぅーっと雨がついてきたの。そんなに降らないでしょ、って思って折り畳みの傘持ってったんだけどぜんぜんだめ。ぼくのこと守ってくれないんだもの」
「あらぁ……ところにより雨がすべてあなたのところに行ってしまったんですね」
「きみは大丈夫だった? 重たい雨だったけど」
ふと窓の外の音を見る。
「わたくしは、ずっと曇りでしたから。雨なんて一滴も」
「そっか。うん、ならよかった」
「少しでもわたくしのほうに降って下さればよかったんですけれど」
「んふ、ぼくはそう思わないよ」
あんなに沈んで青色だった顔が緩む。
なんていじらしいひと。あなたのおかげで、わたくしはこうして帰りを待って、あなたをあたためられたのですね。
悲しいようなうれしいような。
まさに、ところにより雨。
#ところにより雨
わたしが思っていたこころの範囲より
ずっと狭いところで降り出した 雨
次第に広がっていく 雨
お題
ところにより雨 より
ところにより雨。今日は雨だからちょっと肌寒いな。昨日扇風機をつけたと思えば今日は電気毛布をつけたくなるような気温。
こう温度差があると体調が悪くなるから気を付けたいね。人間慣れれば大抵の温度は大丈夫だけど、急激な温度の変化には弱いからね。
雨だと外に出るのが億劫だ。まぁ雨じゃなくても外に出るのは億劫ではあるのだが。
マイナンバーのポイントとか買い物とかいろいろ外にいってやらなきゃいけないことがあるんだけど明日でいいやと今日まで来ている。
雨というとバイト先まで自転車で行くのだが、かっぱを着るのが面倒でしかたない。
家を出るときに着て着いたら脱いで、バイト終わってあるのだが。雨ふってたらまた来て家着いたら脱ぐ。実にめんどくさい。
あと今の季節で雨がふると自転車の時に手袋をつけるか悩む。昨日は必要ないと思ってつけなかったけど地味に手が冷えてまいった。
帰り道、雨が降ってきた
「曇り、ところにより雨」の今日。どうやら今いる場所は雨が降る「ところ」らしい
残念だったねって思うかい?たしかにね
でも案外嫌でもないのさ
なんせ予報のお姉さんが傘を忘れないで(*^^*)って言ってくれたから傘は持ってたし、靴は防水性で準備はバッチリ。しかも行きは降ってなかったんだ
あと、突然槍が降ってくるよりかはマシだろう?
…なんてね!笑
そうだ、君がいる場所は降ってないのかい?
降ってないなら、尚更いいってことさ!
ショッピングモールから外に出ると、頭上に冷たい感触がいくつも降ってきた。
「げっ、雨!」
気づけば空模様はすっかり鉛色に様変わりしている。確かに天気予報では「雨の降る場所もあるかもしれません」なんて言っていたが、まさかここが選ばれるなんて、家を出たときの天気からは想像もつかない。
今のところまだそんなに激しくはない。駅まで走って行こう。電車にさえ乗ってしまえば、自宅から最寄り駅までは走れば十分もかからない。なるべく傘は買いたくないし、レンタルも面倒くさい。
しかし目論見とは裏腹に、どんどん雨脚は強まっていく。いくら撥水加工のリュックとはいえ、買った物が濡れないとも限らない。
運よくシャッターの閉まった屋根つきのお店を見つけて、立ち止まる。アプリで雨雲ルートを確認してみると、通り雨のようだった。予想時間通りに止むかはわからなくとも、今より弱まってはくれるだろう。
ハンカチで顔を拭いていると、慌ただしい足音が近づいてきた。その方向を見やると同時に、フードを被った男性が少し離れたところで並ぶ。
「ふー、参ったなぁ」
フードを取った男性は、横顔でもわかるくらいに整った顔をしていた。どちらかと言えばアイドルっぽい。悲しいかな、あまりドラマやバラエティを視聴しないので誰かにたとえることはできないのだが……。
無意識に見つめていると、視線を感じたのかこちらを振り向いた。
「お姉さんも雨宿りですか?」
「……あっ、ご、ごめんなさい。綺麗な顔だなってつい見つめちゃって」
素直に言うやつがあるか。また謝ると、笑われてしまった。
「気にしないでください。いきなり赤の他人の男が来たらちょっと居心地悪いですよね」
「そんなことないです。だってこの雨ですもん。あなたも雨宿りですよね」
これ以上変な空気を作りたくなくて、なるべく普段通りの口調を努めて告げたのだが、彼にはツボだったらしい。それでも頷いてくれた。
「移動中に降られちゃって。カサ持ってくるの忘れちゃったんですよね」
「私もです。一応天気予報は見てたけど、まさかこの辺で降られるなんて思ってなくて」
「参ったなぁ。この辺コンビニもないし……」
スマホを取り出して、おそらくメッセージを送っているようだった。
大事な用事か、仕事なのだろうか。ラフな格好ではあるが、現地で着替えるのかもしれない。服はなんとかなるとしても、髪型は難しい。
「アプリ予想ですけど、もう少ししたら止むかもしれないですよ」
「本当ですか? よかった〜ありがとうございます」
人懐こい笑顔を向けられて視線をふらつかせてしまう。やっぱりこの人、芸能人なんじゃ……。かといって素直に尋ねるのも気が引ける。
会話が途切れて、なんとなく鉛色の空を見上げる。落ち着かないわけではないが、不思議と気まずい空気でもなかった。かといってずっと浸っていたいわけでもない、けれど命令されたら苦でもないと思う。
現実と非現実を彷徨っているような気分だった。
「なんか、こうやってぼーっとする時間久しぶりです」
隣の彼は、苦笑をこぼしていた。
「忙しいのは嫌いじゃないですけど、疲れたなぁって思うってことは、ちょっと突っ走りすぎてたのかなって」
「自覚ないときってありますよね。わかります」
何度かそういう状態に陥ったことがあるからこそ、彼の言葉が身にしみる。
「でも『やばっ!』って気づいたときはありえないくらい具合悪くなってたりするんで、後悔する前にうまくコントロールして動いたほうがいいですよ」
ここまで喋って、口元を抑えた。不思議そうに首を傾げる彼に、空いた手をふらふらと左右に振ってみせる。
「いえ、ちょっと偉そうに語っちゃったなって。初対面なのに」
「大丈夫ですよ。あなたもそういう経験があるから、教えてくれたんですよね?」
ぎこちなく頷くと、丁寧に頭を下げてくれた。
「ありがたいです。ありがとうございます。周りにも少し休めって忠告されてたの、今さら身にしみました」
見た目は自分より若いのに、きっと才能に溢れている人なのだろう。そういう彼なら、簡単に休めないというのもわかる気がする。
ふと、脳裏に今日買ったある物が浮かんだ。リュックを漁って、目的の紙袋を取り出す。よかった、濡れてはいない。
「これ、よかったら休憩時間にでも飲んでみてください。緑茶、お好きですか?」
「え、嫌い、ではないですけど……」
突然差し出されたそれを、彼は戸惑い気味に見つめる。
「私が仕事中によく飲むお茶なんです。味はペットボトルの緑茶みたいなものなんですけど、香りがすごくいいんです。変に色づけされてないと言えばいいのか……」
説明が下手くそすぎて頭を抱えたくなる。初めて嗅ぐとインパクトが薄いと感じるかもしれないけれど、それが逆に気持ちを落ち着けてくれる、隣に優しく寄り添ってくれているような心地になるのだ。
「すすめた人にも好評なんですよ。ちなみにネットでも買えます」
「その、いいんですか? ストックなくなったから買ったんじゃ」
「いいんです。これ、いつも買ってるお店でたまたまキャンペーンやっててもらったものだから」
本当は嘘だが、たいした金額ではないし、このお茶のファンが増えるなら安いものだ。
「ありがとう、ございます。楽しみです」
ちょっと照れたような、控えめな笑顔だった。年齢がわからないのに年相応と感じて、可愛さも感じる。
「……あ、雨、だいぶ弱まりましたね」
地面を叩く雨粒がほとんどない。道行く人々も先ほどより傘を広げている人は少ない。
「それじゃあ、私行きますね。身体、気をつけてくださいね」
「あの。ちょっと待って」
踏み出しかけた足を止めると、なぜか緊張した面持ちで自分を見つめる彼が、意外と近くに立っていた。
「これ、渡していいですか。今度お礼させてほしいんです」
反射的に差し出されたものを受け取ると、返事も待たずに彼は走り去ってしまった。
「……こんな経験、初めてなんですけど」
名刺ぐらいの紙には、自分も使っているメッセージアプリの名前と、ID名が印字されていた。
お題:ところにより雨