『雨と傷』 お題:ところにより雨 1242字
雨つぶが全身を打ったとき、黄いろの歓声が上がって雲間から射し込むひかりばかりが明るかった。とじこめられた初夏のにおいが、なんども砕けてはただよい、をくりかえしている。
少女は雨にぬれて、人々にかこまれながら血をながしていた。雨をうけても、その血はとぎれることも、また流されてきえてしまうこともない。
この国では、雨は気まぐれにふるものではない。
太陽のひかりがつよくふりそそぐ、砂漠地帯のちょうどまんなかに位置するこの国はいつだって雨をもとめていた。
ある夜、王の妃が夢をみた。
それは妃が子どもをうみ、その子どもに血をながさせると雨がふるという夢だった。
妃はその夢のはなしをだれにもしてはならないとつよく思った。夢のなかでその女の子は、妃のまえで大つぶのなみだをこぼしながら血をながしていた。たえまなくあふれ出るその赤が、妃の目にくっきりと焼きつけられた。
妃はしばらくすると子をさずかり、夢でみたのとおなじ女の子をうんだ。
国はいよいよ傾きはじめていた。国民を維持するだけの水がないのだ。
妃の娘である少女はじぶんの力をしらなかった。
妃は少女に夢のことをはなさねばならなかった。それでも、妃は少女を目のまえにするとくちびるがふるえ、言葉を発することができないのだった。しだいに妃は精神を病むようになり、ベッドから起きあがることも、そして少女のことを認識することもできなくなっていった。
病んだ妃をふびんにおもった少女のこころには翳がさしていく。王は国をたてなおすために家を空けてばかりで、少女の話し相手は給仕係だけだった。
少女とおない年の給仕係は、さっと少女に手首をみせた。そこには何本ものきり傷がついていて、少女はそれをジッとみつめた。ふしぎとそれをみつめていると、こころがやすらいでいくのを感じたのだ。
どうやっているの、ときくと、給仕係はエプロンのポケットからはさみをとりだして、これを使うのですと少女にさしだした。
でも、そんなことをしたら、と少女はためらった。
ほら、こうやって。そう言って給仕係は手首にはさみをすべらせた。だいじょうぶ。なめらかな仕草のように少女はおもった。こぼれだす赤は、なぜだかひどくなつかしいかんじがした。
まねして少女が手首をきりつけたとき、外から何かがたおれていくようなおとがした。
いったい、なに? 少女は雨をみたことがなかった。思ったよりもふかく、きずはついた。血はながれ、ぼたりと床をよごした。国の人々はつぎからつぎへと家からでてきて、そのしずくを全身であびていた。少女はそれをみたとき、やっとおもいだした。
少女もまた、妃が見た夢を、どこかでしっていたのだった。
少女の自傷によって、この国はところにより雨がふる。
少女のいる場所にだけ、少女の血がながれた場所にだけ、雨がふる。
なにもしらない国民のあいだで、少女は血をながしつづけた。
しばらくして、妃は自死をえらんだという。
3/25/2023, 5:20:50 AM