『麦わら帽子』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
麦わら帽子
小学校3年生の夏。家族3人で海水浴へ父の愛車で出掛けた。
久し振りの家族旅行で私は、とてもはしゃいでいた。
海の家で食べる焼きとうもろこしもラーメンも格別だった。泳ぎの得意な父の背中に捕まって、浮き輪を持ちながら波乗りも楽しんだ。
海の家で借りたパラソルで母だけは、ずっと海を見つめていた。
夜は花火も楽しかった。最後の線香花火で誰が最後まで残るか勝負した。殆ど私の勝ちだった。
母の手元が小刻みに揺れて、目には涙がうっすらと浮かんだのを不思議な気持ちで見ていた。
夜は疲れて私は一番に寝入った。夜中トイレに行きたくなって目が覚めた時、父と母が話し合う声を聞いてしまった。
「これで、家族で出掛ける日も最後だな。荷物はもうまとめたのか?」
「はい。」
「麻帆のことは、心配するな、俺の両親もついてる。家に戻ってから、お前の口から麻帆に話しなさい。」
「わかりました。」
私は、ショックと気まずさでトイレを朝まで我慢した。
味のしない朝食を食べた。母に選んで貰ったお気に入りの麦わら帽子を被って、父の車に乗り込んだ。
私は車に酔いやすいので、クーラーもかけつつ窓は全開だった。
海岸沿いを走ってカーブを曲がったその時、強い風が吹いて私の麦わら帽子が飛んでいってしまった。
私は、感情を抑えられずに声をあげてわんわん泣いた。
「又買ってあげるから。」
と母は優しくなだめてくれた。
その夏、麦わら帽子と一緒に、大好きだった母もいなくなってしまった。
遠く遠く手の届かない場所まで…。
大人になった今でも、麦わら帽子をみると胸がちょっと苦しくなって…優しかった母を思い出す。
潮の香りとともに。
*麦わら帽子
幼い頃憧れた麦わら帽子。
どうして憧れたのか、もう覚えていない。でも、15歳になった今でも見ると目で追ってしまう、麦わら帽子。
それが目の前の店のショーウィンドウに展示されている。
飼い主である彼に連れられやってきた、人間専門ペットショップ。
洋服とかどれでもいいのにと思いながら着いてきたのだが、まさか麦わら帽子があると思わず、つい見つめてしまっていた。
「なにか欲しいのあったか?」
彼にそう言われ我に帰る。
ううん、と首を横にふるが、彼の視線は私が見ていた方向へと向いている。
まずい、欲しいものがあると思われてしまう。
私なんかがあれ欲しいとか言っちゃいけない。しかも、麦わら帽子なんてオシャレのためのものは─────
ぽすっ。
と、頭に何かが乗った。
え?と顔を上げると、彼が、いつもの太陽のような笑顔をこちらに向けている。
「わーやっぱり!セラに似合うよ!!かわいい!」
そう言い頭を撫でる。
な、何が乗せられたんだ……?
確認しようと辺りを見回し、窓ガラスに映ってる自分を見ると、先ほどの麦わら帽子をかぶっていた。
「え……あ、なんで……」
「ん?セラ、これをじーっと見てただろ?だから欲しいのかなーって」
「いや、欲しくなんて…」
罪悪感か、羞恥心か、顔が熱くなるのを感じて下に向け、麦わら帽子を取ろうとすると、
「それでかぶせてみたら、セラすっごく似合うんだもん!!僕が欲しくなっちゃった!だからこれ買おうね!!」
彼はそう言い、「かぶってるとこ見せて見せて!」と、顔を上げさせる。
「………い、いいの…?」
「ん?」
「……これ、買ってもらってもいいの?」
マトモに彼の目も見れずに聞く。
すると彼はまた太陽のような笑顔を向け、さっき以上のニコニコ顔で、
「もちろん!!!!」
そう言い、私を抱きしめるのだ。
あれ欲しいと言って怒られなかった。
笑顔で、買おう、と言ってくれた。
なんだか胸が熱くなる。
抱きしめられてるからだろうか。
「……ありがとう、ございます」
私を抱きしめたまま1人でしゃべっている彼には聞こえないくらいの声で、そっと呟く。
自分の望みを言って怒られない世界がある。
今はそれを噛み締めたい。
麦わら帽子をかぶる君が
なんだか遠くに居るように見えた。
手の届く距離に居るはずなのに
彼女の目線の先には
彼が居る。
こんなに近くに居るのに
今はその距離が辛くなってくる。
君は僕を好きになってくれないのに
君の恋がどうか実りますように
麦わら帽子の似合う君にはずっと笑って欲しいから
─────『麦わら帽子』
弟がうざい
弟はいつも弟が悪いのにいつも俺に怒ってくる意味がわからない。兄弟や姉妹がいる人は分かるかもしれないが弟が悪いのに泣いてない俺が怒られるのっておかしいと思うそんなにお兄ちゃんなんだから我慢しなさいはなかった弟が赤ちゃんのときは仲良かったけど自分も素直になれなくて今は喧嘩ばっかになってしまっているお母さんに短気だと言われてたけど実はとても優しい小学生になってから優しくなくなったなぜかは
もう1個の文を読んでね
告白されたことはあったけど意味がわからないまま卒園してしまったからね
みんな弟が可愛いと言ってるけど外と家で全然態度が違う
皆さん見てくれてありがとう❤️
1日に1回配信するよー
よろしくね
麦わら帽子
色鮮やかなひまわり柄の
お揃いの麦わら帽子
お揃いのワンピース
夏のお出かけのとき
妹とお揃いで着た
思い出
『白い服』
ぴょんぴょんぴょん。まっ白な体に大きなお耳。ゆったりと垂れたグレーのお耳は走る度にぴょんぴょん跳ねる。
「風も気持ち良くて、走るのにぴったり!」
その大きなお耳を持つ彼女は、今日も大好きなお花畑の中を元気に駆けていた。
するとそこに、あまり見慣れぬものが落ちていた。優しいベージュに大きな真っ黒のリボンが付いたそれは、お花畑の片隅に、けれど、妙に目立って落ちていた。
「これはきっと、あの人間のものだわ!」
彼女は何度か黒い服の人間を見かけていた。ここに人が来ることはとても珍しいのに、最近は黒い服の人間達が来るようになった。一人帽子の人間は、お花を踏まないようにとゆっくりと歩いた。彼女を見つけた時も、他の人とは違い、優しく穏やかに微笑んだ。
「またあの人が来たら、ここに君の帽子が落ちているって教えてあげよう」
それから彼女は毎日お花畑で彼が来るのを待っていた。
季節は移ろい、少し肌寒くなった。
「あの人はもう来ないのかしら。」
冬になれば、その帽子も雪で埋もれてしまうだろうと彼女は少し寂しく思った。
その時、遠くに白い服を着た人間が見えた。服装は違ったけれど、すぐに彼女は駆け寄った。人間は彼女を見つけると優しく微笑み、
「久しぶり」
と、 そう言った。
彼女は嬉しくなって、人間の周りを元気に走り、そして、帽子のところまで駆けて見せた。人間も、ゆっくりと彼女の後に着いてきて、その帽子を見つけて驚いた。
「君は、これを僕に教えてくれたのかい?ありがとね。」
そう言うと、彼女の頭を優しく何度も撫でた。
また暖かい季節になった。あれから、人間は1人も来なかった。穏やかなお花畑には蜂や蝶が自由に飛びまわり、彼女も元気に駆けていた。
「また会えるといいな。」
そんなことを少し考えて、再び風を切るように軽やかに跳ねた。
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テーマ『麦わら帽子』
麦わら帽子。
私の母が最初で最後に贈ってくれたもの、
デザイナーベイビーの私は母や父、私に手を加えた人の存在を知るすべはない。
ある日、私の家に一通の手紙と麦わら帽子が届けられた
手紙には、
『これを貴方に』
と、書かれていて差し出し人は誰かわからなかった。
でも、私は母だなと確信していた。
手紙はもう来ないだろう。
私と関わると碌な事がない。
と、当時は思っていた。
もうかぶれないくらい小さくなった麦わら帽子は今でも私の宝物だ。
❦❧
真っ青に晴れた空と一面のひまわり
君の麦わら帽子が風に揺れている
いたずらっぽい笑顔も
よく笑っていた声も
印象的なあの仕草も
風に吹かれて行ってしまった
ひまわりの中へ消えてしまった
どうかこの麦わら帽子だけは
あっ
——麦わら帽子
白いワンピースの彼女は、笑みを浮かべながら私に囁く。
「私がいなくても元気でね」
麦わら帽子の似合うあの人はさえない男が鉄の塊で遠くへ拐ってしまった。
「もう…朝……。」
カーテンから漏れる朝の光を見て、落胆する。
オールは良くないのについやってしまう自分に。
ちらりとスマホの上端を見ると6時半だった。
こんなに自堕落な生活ばかりしていて大丈夫なんだろうか。
そう思いつつのっそりもったり起き上がる。
朝ごはんを食べようにもお腹は空いていないし…
さっきまでたっぷりスマホの光を浴びていたから
スマホもテレビも見る気になれない。
「シロの散歩にでも行くか〜。」
カチャカチャ。
ズッズッ。
シロのハーネスの金具の音と、私の足音。
秋が近いとはいえ、まだまだ夏。
日が昇るのが早いなあ。
6時半って結構早いのに明るさは昼間と大差ない。
オールしたせいか、というか絶対そうなのだが、
体が重く、ひどく息切れする。
こうなるとわかっているけど徹夜はやめられないのだ。
もはや中毒性さえあるのではないだろうか。
「あ、公園!シロ、ちょっと休もう。」
公園のベンチに座り、ふうっと息をつく。
こんな自堕落な生活ももうそろそろやめないと。
健康にも悪い。
タッタッタッタッッ。
軽快な足音が耳に入った。
音がする方を目で追いかけると、きれいなお姉さんがランニングをしていた。
「さまになってんなぁ。。。
いいなぁ、あんなに痩せてて、美人で。
私なんか、太ってるし、デブやし、
見た目も最悪やけど、中身まで腐ってる。」
だめだ、最近自分より綺麗な人を見たり、
(私よりブスな人なんてこの世にいないけど)
幸せそうな人を見ると自己嫌悪に陥ってしまう。
嫌だなぁ。
普通に生きてるだけなのに、自分の嫌な部分を
感じ続けなきゃいけなくて、苦しい。
「まずは自分を認めてあげられるように、
ダイエットしようかなって思ったことは
なんっかいもあるけど、いっつも失敗して、
また自信なくして、、、悪循環なんだよなぁ」
「別に自分磨きってダイエットだけじゃないやろ」
「え。」
知らぬ間に知らない女の人が立っていた。
さらさらの黒髪。真っ白なワンピースに身を包み、
麦わら帽子を被って、いかにも清楚な女の人。
私が混乱している間にも、女の人は喋り倒す。
「ダイエットだけやなくて、服とかに気使ったら
どう?あんたの服、あんたに似合わん服やから
余計太って見えるんよ。」
いかにも清楚な見た目なのに口調は強くてびっくりする。
「オシャレって奥深いんよぉ。
私も最近気付いた!
似合う服着るだけで痩せて見えるし、
わくわくするんよ!」
女の人は目をキラッキラさせながら私に向かって
オシャレの楽しさを熱弁する。
やっと我を取り戻した私は、尋ねた。
「あのー、ところで、どちら様ですか?」
「あー、そんなん今気にする?
さちとでも呼んでくれ!」
「えーっと……じゃあ、さちさん、なんで私に
話しかけて…?くれたんですか?」
「えー?だってあんた、オシャレの楽しさ気づいて
なさそうなんやもん。
教えたくなってしまったわ〜」
「そ、そうなんですか。」
まずい。
こんなに押しが強い人は初めてかもしれない。
気後れしすぎてむしろムーンウォーク。
人見知りすぎるのもあってこの場を少しでも早く撤退してしまいたい。
犬の散歩って心持ちで家を出たのに、初対面の人と
話すなんて無理無理無理!
ありがとうございました、とだけ言って、この場を大急ぎで去ろう。
「あ、あ、あり」
「そうやん!
あんたが似合いそうな服、
私があげたらいいわ!」
「え?」
誰が初対面の、しかも大して愛想もない女に服をあげたがるのだろう。
私には理解不能だ。
「私、あんたがおしゃれに目覚めるきっかけに
なりたいんよ!そのためなら服も惜しまんわ!」
そう言ったかと思ったらさちさんは被っていた麦わら帽子をがばっと取り、帽子をくるっとひっくり返すと中にずぼっと手を突っ込んだ。
「えっえっえっ?」
一体何をやり始めたのかと思ってあたふたしていると、
信じられないことが起こったのだ。
なんと、麦わら帽子の中から、洋服がにゅにゅにゅんっと出てきたのだ。
思わず目を疑った。
ほっぺたもつねったがこれは夢じゃない。
「………え?」
今起こっていることが理解できない。
もう一度ほっぺたをつねる。
目を擦る。
それでも信じられなくてほっぺたをセルフビンタする。
夢じゃない。
現実だ。
こんなファンタジーなこと、あるんだ。
ドラえもんの道具みたいだ。
そんなことを思っていると、さちさんが麦わら帽子から出してきた服二着をどさっと私に持たせた。
「これ、あんたの骨格に合う服やから。
あんた、ブルベ冬やから黒のTシャツにしといて
あげたわ。骨格ストレートで体の厚みとか、
二の腕のボリュームとか気になるかもしれんか
ら、ジャストサイズの五分袖な。
スムースTやから肌触りもいいし、きれいめな
コーデにも合いやすいんよ。
あんた、顔タイプはソフトエレガントやな。
ぴったりや。いいやろ?」
「ほえ?」
話の9割は呪文に聞こえた。
どうやら、私に似合う服をくれたことだけはわかる。
「それと、ジーンズな。明るめのジーンズって
カジュアルみが強いから、Tシャツのきれいめ
な感じに合わせたらネイビーやな。
あんた、自分の体型気にしてるみたいやけど
安心せえ。そこまで太ってないから。
まあでも、一応、ぶかぶかすぎず、
ぴちぴちしすぎないやつ選んどいてあげたから。
ちょうど良い感じで痩せて見えるはずや。」
「ほ、ほうほう。ありがとうございます。」
今度のはなんとなくだけどわかったぞ。
さちさん、なかなか強引だけど、私のことよく考えて選んでくれたんだな。
「おしゃれを楽しむにはまず土台を作らんといか
ん。土台がしっかりしてないアレンジして個性出
してこ思ってもなかなか上手くいかんのよ。
初心者ならなおさらね。
だからまずはシンプルで、使い勝手良くて、
似合うやつ。
着てみたら分かるはずよ。」
「は、はい。分かりました……」
帰宅後。
「うおっ!!ほんとだ!さちさんの言った通り、
痩せて見える!!!しかも肌も明るく見える!
……もしかして、私って意外と太ってない
し、ブスでもないんじゃ…?」
こうして、私は、謎の麦わら帽子お姉さん、さちさんによって、おしゃれに目覚めたのであった………
「○○」
優しい声色の男は幼子にそっと麦わら帽子を被せた。父親らしい彼は帽子の上からわしわしと子の頭を撫でる。子どもは不思議そうにその帽子のつばを触っている。麦のざらついた感触を小さい指で楽しんでいるようにも見えた。
澄み切った青い空、ソフトクリームを散らせたような入道雲が夏を連れてきた。蝉たちが腹いっぱいに鳴き、家の軒先に吊るされた風鈴が涼しげに揺れている。
「そら、アイスキャンデーだぞ」
男はしゃがみこみ、袋を破ってオレンジ色した棒アイスを子どもに差し出した。とたんに花が綻ぶように笑う○○。嬉しそうにそれを受け取り、パクリと一口齧り付く。
嗚呼、今年の夏も楽しくなりそうだ。男はいつまでも、眼下で小さく揺れる麦わら帽子を見つめていた。
花火、夏祭り、かきごおり、冷やしきゅうりに蚊取り線香、縁側で揺れる風鈴、ひまわり畑と虫とりあみ、稲穂をつける前の田園風景、麦わら帽子のきみとあたしの白いワンピース
『麦わら帽子』
白い前開きの半袖に
黒い帯の麦わら帽子で
作業をしているおじいさん
そのつばの大きさが
素敵だなぁと思うのです
夏休み
小学生たちがはしゃぐ
噴水に触れる公園
暑い日差しにアイスクリームの溶ける速さが
尋常じゃない
暑いねぇ
そう言いながら
公園のベンチに座って麦わら帽子を深々と被る
子供達を見遣ると
皆んな噴水に大はしゃぎである
溶けたアイスクリームで
ベタついた手を
公園の蛇口で洗う
酷暑ってやつだよね
ベンチでくたくたな同僚を見ると
え? 知らなかった?酷暑だよ
と
さも白々しく言う
暑いの とにかく
私は言うと
ベンチに座り直した
暑過ぎて頭が働かない
こんな日は休むに限ると感じた
広いつばが太陽から僕を隠し、頭に沿ってクルクルと円を描いて作った層が僕の熱を逃していく。
暑い陽射しを避けながら、向かうはまだ見ぬ新天地。
そうはさせるかと言わんばかりに、突然ぶわりと大きな突風が、僕の相棒を大空へと羽ばたかせようと息を巻いた。
そんなものに負けるかと、僕は相棒を握りしめ、逆風に向かって歩み進める。
手から伝わるごわごわとした感触が、今日もまた新しい出会いがあるのではと囁いて、僕の心をワクワクさせる。
今年もよろしくな、相棒。
この夏の記録に残す、こいつとの冒険はまだ始まったばかりだ───。
─────【麦わら帽子】
『麦わら帽子』
街の雑踏の中に彼女の姿を見つけた気がした。
この夏1番の暑さだという今日のこの陽炎のせいだろうか。それとも無意識に夏の景色に彼女の姿を重ね合わせてしまっていたのだろうか。
人混みに目を凝らしてもう一度彼女の姿を探してみたものの、もうその姿はどこにも見当たらなかった。
今はもう取り壊されてしまったデパートの屋上。中3の夏休みが始まったばかりの頃、僕はそこで彼女と出会った。
「君、どうしてここに?」
突然後ろからそう声がした。
「え!?」
驚いて振り返った僕を見て、彼女はおかしそうに笑みを浮かべる。
白い無地のTシャツにジーパンで、足元は素足にサンダルというシンプルな格好。長い髪は上の方で無造作にポニーテールをしていて、年はそう離れてなさそうなのに、仕草や話し方のせいかどことなく大人っぽい雰囲気が漂っていた。
「えっと、ちょっと参考書を見に本屋に行った帰り、なんとなくふらっと……」
「へぇー、真面目だね」
「いや、そんなことは……」
実際僕は受験勉強から逃げ出す言い訳として、大きな書店の入るこのデパートに来たのだ。目的の書店を出たあと、もう少し時間を潰したいと思った僕は本当になんとなくふらっと屋上に足を運んだ。
僕の答えを聞いた彼女は、明らかに残念そうな表情を浮かべた。
「なぁ〜だ、私はてっきり──まぁいっか」
"てっきり"何なんだろうか。
僕はそう思ったものの、彼女の興味はもうすでに他のことに向いているようだった。
彼女の視線を追うと、このデパートの隣にある別館の周りをいくつもの重機が取り囲んでいるのが目に入った。
「もうあっちは取り壊されるんだ」
ひとり言ともとれる彼女の言葉に、僕は静かに頷いた。
僕が生まれる前からずっとあるこのデパートは、夏休みが終わるタイミングで閉店することが決まっている。ここ数年は長いこと経営不振だったとは聞いていたが、いよいよ立ち行かなくなったらしい。
隣の別館は本館に先駆けて先日閉店したのだが、もう取り壊しが始まるようだ。
慣れ親しんだ店がなくなってしまうことに胸が痛まないでもないが、そのおかげで閉店セール価格で参考書が買えたのはラッキーだった。
「あとちょっとでこの景色ともお別れかぁ」
屋上の手すりを両手で掴み、彼女が体を乗り出すように遠くを眺める。小さい頃はこのデパートがこの辺で1番高い建物だったが、いつの間にか近くのビル群にあれよあれよと追い越されてしまった。
「あの……よくここ来るんですか」
「うん。まぁここ最近だけどね」
そんなにこのデパートに思い入れがあるのだろうか、と僕が考えていると、彼女がふいに口を開いた。
「君、中3? 橋高受験するんだ」
「え、どうして!?」
なぜ彼女がそれを知っているのだろうか、と驚きが顔に出る。
「だってほらそれ」
彼女が指差したのは僕が手にしている半透明の袋。さっき参考書と一緒に買った橋高の過去問の表紙が、書店の袋の下に薄っすらと透けて見える。
「あぁ、なるほど。えっと、今の所ですが、そのつもりです」
「そっか。じゃあこれから勉強大変だ──いや、全然余裕って人もいるのか」
「それは……正直言うと、全然なんです。今まで部活ばっかやってたので、橋高は難しいかもって言われてます」
初対面の人に話すことでもなかったな、と言ってから思った。でも、プライドが邪魔をして友人たちにはこのことを打ち明けそびれていたので、口にしたことで少し心が軽くなった。
「じゃあ提案なんだけど──私が教えてあげようか、勉強」
「え……?」
「私、ちょうどこの夏休みを持て余してたんだよね。こう見えて、教えるの得意なんだ」
「えっと、それはすごくありがたい話ですけど……でもその、僕お小遣いそんなもらってなくて、お金とかは払えないので……」
「いやいや、もちろんそんなのいらないよ。夏休みの間、私は君に勉強を教える。その代わり君は私の持て余した時間をもらってくれる──どう? いい考えだと思わない?」
夏の太陽の下でそうやって笑う彼女の笑顔は、太陽に負けず劣らず眩しかった。
どうせ家にいても勉強は捗らない。だったら──
それから僕は夏休みの間、家族には図書館に行くと嘘をついて実際はデパートの屋上に通った。
夏の屋上は日陰といえども暑かったが、屋上の入り口のドアを少し開けると、中の冷気が漏れ出てちょっとだけ涼むことができた。他にいくらでも涼しく勉強できる場所はあっただろうが、不思議と他の場所に行こうという話にはならなかった。
初めの頃はノートを挟んで向かい合っていた僕らはいつしか隣に並ぶようになり、その距離はだんだんと縮まっていった。ある日彼女の肘と僕の肘が触れ合った時、僕は自分の感情に気がついた。それと同時に、その瞬間を彼女も意識したような気がした。
彼女の方ももしかしたら──
そんな淡い期待を胸に抱いた僕は、夏休みの最後の日、彼女に思いを告げようと決意した。
その日、僕が屋上の扉を開けると彼女は屋上の手すりに片肘をつき、どこか遠くを眺めていた。髪の毛は珍しく下ろしていて、頭には初めて見る麦わら帽子をかぶっている。
「それ、すごく夏って感じですね」
彼女の後ろ姿にそう声をかけると、彼女は振り返って「でしょ?」と笑ってみせた。
「まぁもうすぐ夏も終わっちゃうんだけどね」
再びこちらに背中を向けた彼女の隣に僕も並ぶ。
「これこんなにかわいいのに、どんなに値段下げられてもまだ、今日まで売れ残ってたんだよ。誰かふさわしい人に買ってもらえるといいなって思いながら毎日見守ってたんだけど、それも叶いそうになくてさ。しょうがないから私が買っちゃった」
横目で見る彼女の笑みがいつもと違って寂しそうで、胸がドキっとした。
たった今まで照りつけていた日差しが一瞬雲に隠れ、屋上全体に影が差す。
「その……よくお似合いです」
「お世辞でも嬉しい。ありがと」
「いや、お世辞では──」
沈黙の中では、けたたましく鳴る心臓の音の方が先走って何かを伝えてしまいそうで、僕はすぐに続ける言葉を探した。
だが沈黙を破ったのは彼女が先だった。
「ほんと、あっという間だったね。先生がいいからか、成長も早いしびっくりだよ」
彼女が得意気かつ大げさに頷く。
「それ、自分で言うんですか」
「君が先に言ってくれれば言わずに済んだんだよ」
「すみません。僕が至らないばっかりに」
ここでこうやって冗談を言い合いながら話すのも、今日で最後になる。このデパートは今日の夕方、僕の人生よりもずっと長い歴史に幕を閉じる。
僕にはなぜか、この場所がなくなってしまったら、彼女と会える場所自体もなくなってしまうように思えてしかたがなかった。
「あの……」
やっとの思いで彼女に気持ちを伝えようとした時、僕の声を遮るように彼女が口を開いた。
「今までありがとね、私のわがままに付き合ってくれて」
「わがまま、なんて……僕の方こそ勉強に付き合ってもらって──」
「最後に、君と出会えて良かった」
「え、今なんて……」
思ってもみなかった言葉に、僕は頭を重たい何かで殴られたようだった。今までたくさん考えてきた言葉が散り散りになって、"最後"という言葉の響きだけが取り残された。
「今日でここは最後。だから私たちも今日で最後なんだよ」
彼女は淡々と言う。
「ま、待ってください! このデパートがなくなるからって僕たちも終わりだなんて! ここじゃない別の場所だって──」
「ないよ」
そう言い切った彼女に対して、僕は食い下がろうと横を見て、そして悟った。
こちらを見る彼女の視線はいつものようにからかうでも冗談でもなくて、迷いすらもなくて、僕がどうしたって揺るぎようのない本気の目だった。
「だから、ごめん」
何に対して「ごめん」なのだろうか。僕はまだ何も伝えられてないじゃないか。
たちまち崩れていく表情を隠すためにうつむく。唇を噛みしめ、目頭に力を入れる。
うつむいたまま顔を上げない僕の頭に、彼女が何かを乗せた。
情けない僕の顔を隠すように、麦わら帽子のつばが視界を遮る。
彼女の優しさに気づいて、余計に涙が止まらなくなった。
「あのさ、わがままついでにもうひとつだけ私のわがまま聞いてくれる?」
しゃくり上げる僕の肩に彼女の手がそっと置かれる。
「明日の朝10時、駅前に来て。この帽子、結構気に入ってるんだよね。今日は貸しとくからさ、明日、持ってきてくれないかな」
彼女の表情は分からない。彼女の本心も分からない。
今にもどこか遠くに行ってしまいそうな彼女を繋ぎ止められるのならとの思いで、僕は黙って頷いた。
あのデパートが取り壊されたあと、その跡地に新しいショッピングモールが建った。中の店舗はがらりと代わり、客層もおそらくいくらか若返った。どこを見ても、昔のデパートの面影はまるでない。
当初、このショッピングモールには人の出入りが自由な屋上も設計されていたらしい。だが、直前になってその設計は変更になった。
だから今のモールには屋上はない。あの事故があったから──いや、あれがそうでなかったことくらい僕には嫌というほど理解できた。
きっと彼女は最初からもう決めていた。あそこでずっと最後の日を待っていたのだと思う。
彼女はあの時何を思っていたのだろうか。僕の存在は少しも彼女を止める役には立たなかったのだろうか。
夏が来る度に彼女の笑顔を思い出す。
彼女と過ごした夏は幻だったのではないかと振り返る度に思うが、実家の押し入れの中には今も確かに自分には到底似合わない麦わら帽子が大事にしまってある。
あの日僕はどうするべきだったのか、ずっと答えが出せないままだ。
麦わら帽子と
白ワンピース
背景は
向日葵畑が定番
麦わら帽子
ひまわり畑の中で
風に飛ばされないように
おさえている君に
とても似合ってる
ネモフィラが一面に咲く
広い高原
青いワンピースを着た少女が
麦わら帽子を抑えて
その景色を一望している
少女の帽子に
太陽のような向日葵が
一つ小さく咲いていた
1度だけ、赤色の信号を歩いたことがある。
不眠症が酷かったためにもらった薬がきれてから何日か経って、久しぶりに寝ることができない夜が続いた日のことだった。徹夜で学校に通って3日目くらいだったかなぁ、鬱病の方も酷いし、薬はないし、ちょうど先生に嫌な言い回しをされたあとだった。なんとなく合わない友達に「考えすぎなんだよ、みんなそんなもんだよ」と決められた次の日だった。頭が、というよりは身体全体が、ぼーっとする。自分も、自分が生きる世界も全てからっぽで、灰色だった。
今の私にとっては、夜に眠れないのはかなり地獄だ。何も無いということの、「ない」の輪郭がくっきりする気がするし、現状におかしくなる程の熱量ももうないから。朝が来て、冷たい水で顔を洗う。気持ちいいとはいつしか感じなくなって、代わりに気持ちの悪い空気が肌につく。小田急線の満員電車で睨まれ、押される。その後は長い長い時間、友達を作らなければ居場所が失われるゲーム!!に参加。合わないクソと話す。私も、「その他クソ」の1部に過ぎない。くだらなくて光のない、完全な闇にもなってくれない。あと少しで燃え尽きる火を、見つめているだけのような生活だった。
今日はなんだかついてないなぁ。クソ、この信号は赤になると長いのに、たった今赤になったばかり。
待つ間、灰色の頭で考える。1Kの何の家具も無い頭で、思い出す。ああ、あいつまた押し付けがましいこと言ってきたな。ああ、あいつと早く縁を切りたいな。ああ、今日もあいつクソだるかったな。
何人も何人も、「その他クソ」の顔が思い浮かぶ。喉の下あたりが気持ち悪いし、内蔵がぐるぐると、ぐちゃぐちゃとした音を立てるけど、以前よりも勢いがない。
もう、潮時だ。
ぼんやりしているうちに、信号の色が変わった。足が動いて信号を渡った。
!!ーーーーーーーー
大きな音がした。なにか事故が起きたのだろうか、もしくは出遅れた車がいて腹を立てたドライバーがどこかに、
信号の真ん中を進みながら周りを見渡そうとした時、
信号が赤色のままだったことに気がついた。
どうして?こんなミスを今まで、人生で、犯したことがなかった。あまりに頭が悪い、おかしい、馬鹿だ、自分は大馬鹿だ。なぜクラクションが聞こえるまで気が付かなかった。赤信号が青信号になり、再び赤信号になるほどは時間が経っていなかったはずだから、私は赤信号なのに青色だと誤認して歩き始めてしまっていたことになる。そもそも、歩き出した時に信号が青色になった瞬間を見たのか思い出せない時点でおかしいのだ。ああ、おかしい。あまりにも、おかしくなった。
自分が気持ち悪くて、許せなくて、消えて欲しいと思った。
こんなくだらないことで、誰かを事故に合わせていたかもしれないこと、過失運転致死傷罪を背負わせることになったかもしれないこと、罪のない多くの人に死体を見せてしまうことになったかもしれないこと、それらの全てを自分の愚かさのせいで引き起こすかもしれなかったことに、耐えられなくて、冷や汗が溢れて、私は走りだした。走る以外、できなかった。ひたすらに、走る、走る。
駅の前について、息を切らしながら考える。どうして間違えた、どうして眠れない、どうして病院に行けない、どうして鬱がひどい、
全部、親のせいだ、だから、だからこうなったのだ、だから、親を、
呼吸が荒くなって、ひゅっと目の前が白くなって、それから、
幼きの頃の思い出が頭に浮かんだ。
日曜日、おかあさんにショッピングモールで買ってもらったピンク色の麦わら帽子が風で飛んでいった。慌てて追いかけに道路に出ると、クラクションを鳴らされた。驚いた心臓の動きを、あのときはじめて感じた。そして今も、思い出したことで心臓が動いた。
ああ、今私、気絶しているんだな。
そう気が付いてからしばらく、おかあさんとの思い出が浮かんだ。やさしかったとき、わらってくれたとき、私を気遣った量の料理を作ってくれた頃、たばこをすわなかったころ、情緒が今ほどおかしくなかったころ、お父さんの悪口を言うところ、お父さんが出ていったあと、私に当たるようになった今の生活まで、長いこと浮かびつづけた。
ふと、働きアリの法則、というのを思い出す。働かないアリを離しても、働いていたアリが働かないアリになるため、働くアリだけにすることはできない、というものだ。
私は母の中で、働かないアリになったのだろう。
そう思った時、目が覚めた。
記憶になかったが、きちんとホームの椅子まで歩いたらしい。誰かに運ばれた記憶もないし、おそらく本当に自分で歩いたのだ。
さっきのも、今までの人生も、これからの人生も全部、人のせい。人のせいにしたい。先生のせい、友達のせい、親のせい。自分の意思じゃない、人のせいで、私は、
視界の彩度が前より高い。そして、久しぶりにとても大きな眠気がやってきた。このまま、しぬことができたら、そう思ったとき、ぶわっと気持ちいい熱が出て、再び眠る。
まどろみの中で、麦わら帽子に登ったアリを払う、幼き自分の手が映った。