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「もう…朝……。」
カーテンから漏れる朝の光を見て、落胆する。
オールは良くないのについやってしまう自分に。
ちらりとスマホの上端を見ると6時半だった。
こんなに自堕落な生活ばかりしていて大丈夫なんだろうか。
そう思いつつのっそりもったり起き上がる。
朝ごはんを食べようにもお腹は空いていないし…
さっきまでたっぷりスマホの光を浴びていたから
スマホもテレビも見る気になれない。

「シロの散歩にでも行くか〜。」

カチャカチャ。
ズッズッ。
シロのハーネスの金具の音と、私の足音。
秋が近いとはいえ、まだまだ夏。
日が昇るのが早いなあ。
6時半って結構早いのに明るさは昼間と大差ない。

オールしたせいか、というか絶対そうなのだが、
体が重く、ひどく息切れする。
こうなるとわかっているけど徹夜はやめられないのだ。
もはや中毒性さえあるのではないだろうか。

「あ、公園!シロ、ちょっと休もう。」
公園のベンチに座り、ふうっと息をつく。
こんな自堕落な生活ももうそろそろやめないと。
健康にも悪い。

タッタッタッタッッ。
軽快な足音が耳に入った。
音がする方を目で追いかけると、きれいなお姉さんがランニングをしていた。
「さまになってんなぁ。。。
 いいなぁ、あんなに痩せてて、美人で。
 私なんか、太ってるし、デブやし、
 見た目も最悪やけど、中身まで腐ってる。」
だめだ、最近自分より綺麗な人を見たり、
(私よりブスな人なんてこの世にいないけど)
幸せそうな人を見ると自己嫌悪に陥ってしまう。
嫌だなぁ。
普通に生きてるだけなのに、自分の嫌な部分を
感じ続けなきゃいけなくて、苦しい。
「まずは自分を認めてあげられるように、
 ダイエットしようかなって思ったことは
 なんっかいもあるけど、いっつも失敗して、
 また自信なくして、、、悪循環なんだよなぁ」
「別に自分磨きってダイエットだけじゃないやろ」
「え。」
知らぬ間に知らない女の人が立っていた。
さらさらの黒髪。真っ白なワンピースに身を包み、
麦わら帽子を被って、いかにも清楚な女の人。
私が混乱している間にも、女の人は喋り倒す。
「ダイエットだけやなくて、服とかに気使ったら
 どう?あんたの服、あんたに似合わん服やから
 余計太って見えるんよ。」
いかにも清楚な見た目なのに口調は強くてびっくりする。
「オシャレって奥深いんよぉ。
 私も最近気付いた!
 似合う服着るだけで痩せて見えるし、
 わくわくするんよ!」
女の人は目をキラッキラさせながら私に向かって
オシャレの楽しさを熱弁する。
やっと我を取り戻した私は、尋ねた。
「あのー、ところで、どちら様ですか?」
「あー、そんなん今気にする?
 さちとでも呼んでくれ!」
「えーっと……じゃあ、さちさん、なんで私に
 話しかけて…?くれたんですか?」
「えー?だってあんた、オシャレの楽しさ気づいて
 なさそうなんやもん。
 教えたくなってしまったわ〜」
「そ、そうなんですか。」
まずい。
こんなに押しが強い人は初めてかもしれない。
気後れしすぎてむしろムーンウォーク。
人見知りすぎるのもあってこの場を少しでも早く撤退してしまいたい。
犬の散歩って心持ちで家を出たのに、初対面の人と
話すなんて無理無理無理!

ありがとうございました、とだけ言って、この場を大急ぎで去ろう。
「あ、あ、あり」
「そうやん!
 あんたが似合いそうな服、
 私があげたらいいわ!」
「え?」
誰が初対面の、しかも大して愛想もない女に服をあげたがるのだろう。
私には理解不能だ。
「私、あんたがおしゃれに目覚めるきっかけに
 なりたいんよ!そのためなら服も惜しまんわ!」
そう言ったかと思ったらさちさんは被っていた麦わら帽子をがばっと取り、帽子をくるっとひっくり返すと中にずぼっと手を突っ込んだ。
「えっえっえっ?」
一体何をやり始めたのかと思ってあたふたしていると、
信じられないことが起こったのだ。
なんと、麦わら帽子の中から、洋服がにゅにゅにゅんっと出てきたのだ。
思わず目を疑った。
ほっぺたもつねったがこれは夢じゃない。
「………え?」
今起こっていることが理解できない。
もう一度ほっぺたをつねる。
目を擦る。
それでも信じられなくてほっぺたをセルフビンタする。
夢じゃない。
現実だ。
こんなファンタジーなこと、あるんだ。
ドラえもんの道具みたいだ。
そんなことを思っていると、さちさんが麦わら帽子から出してきた服二着をどさっと私に持たせた。
「これ、あんたの骨格に合う服やから。
 あんた、ブルベ冬やから黒のTシャツにしといて 
 あげたわ。骨格ストレートで体の厚みとか、
 二の腕のボリュームとか気になるかもしれんか 
 ら、ジャストサイズの五分袖な。
 スムースTやから肌触りもいいし、きれいめな
 コーデにも合いやすいんよ。
 あんた、顔タイプはソフトエレガントやな。
 ぴったりや。いいやろ?」
「ほえ?」
話の9割は呪文に聞こえた。
どうやら、私に似合う服をくれたことだけはわかる。
「それと、ジーンズな。明るめのジーンズって
 カジュアルみが強いから、Tシャツのきれいめ
 な感じに合わせたらネイビーやな。
 あんた、自分の体型気にしてるみたいやけど 
 安心せえ。そこまで太ってないから。
 まあでも、一応、ぶかぶかすぎず、
 ぴちぴちしすぎないやつ選んどいてあげたから。
 ちょうど良い感じで痩せて見えるはずや。」
「ほ、ほうほう。ありがとうございます。」
今度のはなんとなくだけどわかったぞ。
さちさん、なかなか強引だけど、私のことよく考えて選んでくれたんだな。
「おしゃれを楽しむにはまず土台を作らんといか 
 ん。土台がしっかりしてないアレンジして個性出
 してこ思ってもなかなか上手くいかんのよ。
 初心者ならなおさらね。
 だからまずはシンプルで、使い勝手良くて、
 似合うやつ。
 着てみたら分かるはずよ。」
「は、はい。分かりました……」

帰宅後。
「うおっ!!ほんとだ!さちさんの言った通り、
 痩せて見える!!!しかも肌も明るく見える!
 ……もしかして、私って意外と太ってない 
 し、ブスでもないんじゃ…?」
こうして、私は、謎の麦わら帽子お姉さん、さちさんによって、おしゃれに目覚めたのであった………

8/11/2024, 9:38:54 PM