『飛べない翼』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「あれはね、元は小さな無名だった。名も無く、形も無い。何にも成れずに消えていくだけのモノ。それを一人の祓い屋が気まぐれに名付け、式にした」
彼女の声を聞きながら、僅かに残る記憶を辿る。
「名付けた祓い屋に、あれはよく懐いていたよ。まるで雛鳥のように常に後をついていた。祓い屋の助けになろうと力の使い方を学び、式として在り続けた。感情の起伏に乏しく、言葉数も少なかったから何を考えているのか分かり難い所はあったけれど」
違う、と思い返す記憶が否定する。
彼は知らなかったのだ。感情というものを。
彼と言葉を交わしそれを知り、故に記憶の中の自身は彼に教えた。
四節に咲く花の形を。空の色を。実りを感謝し、祈り舞う人々の感情の名を。
「懐いてはいたようだし、悪くは思われていなかったのだろうね。少なくとも祓い屋の戯れでしかなかった契約を、律儀に守り続けていたくらいには…だからなのかな。あれがそこの変態を作り上げてしまったのは」
「ちゃんと聞こえているからね。後で覚えていなよ」
「話に割り込まないで。それに本当の事でしょう」
顔を顰める彼女に、鎖で繋がれたままの男は苦笑する。
格子戸が開けられたというのに未だ鎖を解かぬのは、まだ何かを待っているという事なのだろうか。
「祓い屋という生業は危険が付き纏うものだ。特にあの頃は、今以上に人と人成らざるモノの距離が近かったから。だから祓い屋の最期もまた悲惨だったよ。魂すら歪み捻くれて、正しく人の形を取る事も儘ならなかった。それを見て思う所があったのか。あれは一つの空間を作り上げて、祓い屋を閉じた」
そこは初めて招き入れられた時は、藤の花一つしか咲かぬ寂しい空間だった。
おそらくそこに魂はあったのだろう。記憶の中の自身は終ぞ知る事はなかったが。
「それから長い時間が過ぎた。あれは祓い屋の一族の当主に継がれ、命じられるままにあれは働き、いつしか守り神と呼ばれるようになった」
「代わるか」
「そうだね。篝里《かがり》の事は、キミの方が詳しいだろうから、よろしく」
頷いて、彼女の元まで移動する。
「篝里は祓い屋であった藤白《ふじしろ》の一族の者であった。当主が兄である事以外に特出するものもない。当主である兄を敬愛し、一族を、里の者を愛した。穏やかで性根の真っ直ぐな子供だった」
里を走り回る、陽だまりのような笑顔が脳裏に蘇る。
空から見ていた小さな少年は、いつも笑顔を絶やす事はなく。それに惹かれて、篝里を止まり木に選んだのは必然であったのだろう。
「兄である当主は変わった男だった。篝里と同じく穏やかでありながら当主としての強さもある男は、それまでの当主等とは異なり、あれを己の屋敷に住まう事を許していた」
「あれは人の手には余るモノだったから。契約があり、よく従ってはいたけれど、必要な時以外は喚び出さなかったらしいよ」
「そうだな。先代も何度か苦言を呈していたようであるし、屋敷の者も皆、あれに近づこうとはしなかった」
当主と一人を除いては。
彼を怖れて彼の周りに人は近寄らず。彼もまた人の少ない離れへと移動していき。
そうして離れの奥。一人佇む彼を見て、篝里は何を思ったのだろうか。
己の翼を撫ぜながら離れを見る篝里の横顔には、いつもの笑みはなく、あれについて話す事もなかった。
「篝里だけは違っていた。あれと言葉を交わし、何も知らぬあれに様々を教えた。兄の事。里に住まう者の事。些細な話を繰り返して。そのうちあれは、いつしか藤白を閉じたあの庭に篝里を招き入れるようになった。あれが何を思って篝里を招いていたのかは不明だが、あれの庭は篝里が訪れる度に、篝里の好む花や木々に彩られていった」
好かれていた、とは思う。彼の纏う気配は篝里といる時には、僅かに穏やかになっていたのを知っている。離れにいた彼が見ていたのは、主である当主よりも篝里である事も見ていた。
だが今更だ。
彼の心の内を知る術はなく、知ったとして戻るものは何もない。
「寒く、暗い日だった。蠢く闇に皆が怯えていた。数多くの魑魅魍魎が辺りを徘徊し、当主や祓える者等は屋敷を出ていった。しかしどれだけ待てど、誰一人戻らず暗いまま。篝里は屋敷に残る者等に声をかけ励ましながらも、何か己に出来る事はないかと屋敷を動き回り」
目を伏せる。
忘れる事の出来ぬ、あの光景を今一度思い起こす。
「気づけば、あれの庭に迷い込んでいた。正しく招かれた訳ではない。呼び寄せられたという方が近いな。手段はどうであれあれの庭に入った事には変わらない。そして藤棚の下にいるあれを見た」
現世と同じく暗い庭で、幽鬼の如く佇む彼のその表情を覚えてはいない。
その後の事も、断片的な酷く曖昧な記憶しか篝里は有していなかった。
「篝里が最期に見たのは、咲き誇る藤の花だった。花と旋律と、光。そしてそれと同時に現世では明るさが戻った。当主や一族は怪我や呪に侵されてはいたが、皆無事だった。一人を喪い、一人が新たに戻った以外は、何も変わりはなかった」
「戻ったというよりは、作り上げられたという方が正しいかな。歪み捻れた部分を切り離して、足りない部分を篝里の魂を砕いて埋め込んだのだから。藤白としての魂が核としてあるから俺は藤白としての意識が強いけれど、篝里としての部分もいくつかは持ち合わせているからね」
鎖の男が笑いながら補足する。
視線を向ければ、いつか最期に見えたそれに似た笑みを男は浮かべていた。
「当主は篝里を喪った事を悲しんだが、あれを責める事はなかった。現れた藤白を受け入れもした。故にあれはその後も当主の式として働き、次の当主に継がれてもそれは変わる事はなかった」
変わったものは多くはなかったが、それでも少ない訳でもなかった。皆を愛した篝里は皆からも愛されていたのだから。
喪失を皆悲しみ、かつての穏やかな空間は戻りはしなかった。
己の翼を撫ぜるその手も、柔らかな微笑みも。
「だがいつからか、あれは歪んでいった。喪うという意味が理解出来なかったのかもしれないが。あれは篝里を求め始めた。それが顕著になったのはおそらくだが当主が代わり、藤白を怖れ始めた者等が藤白を封印してからだ」
「それ以降は詳しく語れないよ。俺はこの通り封じられてしまったし、この子もここから動けなかったからね」
鎖を揺らしながら、さて、と男が格子の向こうを指さした。
「丁度道が繋がった。といっても屋敷の敷地内までだけれどね。何とかしろとは言うが、あれに作られた身では藤白だと認識されないと力負けする。絶対的な安全を与えられはしないがどうするかい。ここで待つという選択肢もあるよ」
「行くよ。私の躰をそのままにしておけないから」
「あたしも行く。ここで待っていても、きっと変わらないし、叔父さん達も心配だから」
「指示をちょうだい。足手まといにはなりたくない」
今まで話を聞いていた少女等がそろって声を上げる。
互いに繋いだ手が僅かに震えているのを見て、強いのだなと素直に感心した。
与えられるばかりでなく、己の力の範囲内で出来る事をする。まるで篝里のようだ。
「それなら玲《れい》の側にいるといい」
「分かった。一緒に行こうか。無理だと思ったら直ぐ声をかけて。隔離するくらいなら出来るから」
彼女の言葉に、少女等は強く頷く。
それを見て、男は強く腕を振る。ざらざらと崩れる鎖を払い、足取り軽く格子へと近づいた。
その隣につく。斥候はあの時から己の役割だった。
「篝里」
男が窘めるように呼ぶ。横目で見た男は、どこか呆れた顔をしているように見えた。
「今の君に飛ぶための翼はないよ。それを忘れるな」
言われて気づく。
腕を見た。羽根は僅かに残るのみで、これでは飛ぶ事など出来はしない。
思い出す。己の最期を。
翼は折られ、ここに辿り着いた後は二度と動かせなくなった。終わる間際に、あの庭から持ち出した欠片と己を男が一つにしたのを思い出す。
「思い出した。問題ない」
「さっきから分けて話していたのが気になっていたけど、今の形すら忘れるとは思わなかった」
「敢えて思い出そうとすればああなる。仕方がない事だ」
それほどにまで、己と一つになった篝里の欠片は僅かなものだった。時に姿形さえ保つのが困難になるほどに。
目を閉じる。そして開けば、そこに羽根の一つも残りはしない。
折れて飛べない無意味なものは、篝里には必要ない。必要なのは地を駆け、障害を薙ぎ払う手足だけでいい。
「斥候は式を飛ばしてある。それに庭の中にも玲が潜ませているから必要はないよ」
「分かった。行くか」
男を見て、振り返り彼女等を見る。
誰一人躊躇う者がいない事を確認して、格子戸に手をかけた。
20241112 『飛べない翼』
飛べない翼
雪のように白く少しの穢れだってない純白の翼。陽に照らされると虹のように柔らかい光を纏うそれは、すれ違うモノ全てが振り返るほどの美しさを持っていた。
何百年という時を経て今尚翼は人々を魅了する。足を留め、惹かせるのだ。以前のような柔らかい光や青空とのコントラストはもう見ることができないけれど、彼らはそれをも美しさとするらしい。一枚隔てた先にしか見ることのできなくなったそれに少しの寂寞を覚える。
「飛べない翼」
天使は翼を集めていた。前に見た、岸辺から羽ばたく鳥を見て、翼が一遍にばたく様子を見たくなったからだ。気に入ったものを見つけては、鳥から翼を毟り取った。手に溢れるほどの翼が集まったとき、ついにそれを空に投げてみた。翼はひらひらと無様に落ちていった。所詮、翼は飛べなかった。
飛べない翼すら持っていない地球は、今日もぐるぐる回りながら太陽の周りを回っていた。
これはある意味では、宇宙を飛んでいると言える。
「ねぇ、どうして回っているの?」
遥か彼方から飛来してきた小惑星114514号は、地球のすれすれを通り過ぎた時に尋ねた。
「それは暇だからですよ」
地球ではなく、月が答えた。
月もまた、飛べない翼すら持っていない。
「暇すぎてわたくし、地球の海の高さも調節しているんですよ。干潮と満潮というでしょう?」
「なるほど……。でもその答え、はぐらかしてるよね。暇だから回ってるって。暇だから他のことしてるってことになるじゃないですか」
「なら、これならどうですか? 忙しいからですよ。
わたくしの干潮と満潮は、毛づくろいみたいなものです。地球は回っていて忙しいから、わたくしが代わりに毛並みを……、海並みを整えてあげてるんです」
「う〜ん、なんかしっくり来ないなあ……」
しかし、タイムリミットが来てしまった。
0.00000001 秒の刹那的短時間通信速度では、この程度の会話がやっとである。
小惑星114514号はそのまま遥か彼方へと飛んでいってしまった。
もう二度と地球には会えないだろう。
「まったく、きりがないですね……」
月は、適当に、ぐるぐる回りながら嘆きの呟きをしていた。
「まったくどうして地球に会いたがるんでしょう……」
月は、彼方から訪れる小惑星の列を見やった。
地球は大人気である。
白い雲は、白い翼のように見える。
包まっている姿は、今こそ飛翔する瞬間……。
そんな誤解で生まれた噂は、全宇宙に広がり、小惑星たちがスレスレで飛んでくるようになった。
その結末を知っていたら、誤解を解こうと奮闘したのに……。
過去の自分の過ちは、月の凸凹をみれば一目瞭然。
有名人の隣人は迷惑被る。今は飛べない翼こと白い雲から、いかに飛べる翼を作ることだけを考えている。
もし、もし願いが叶うのならば
私も皆と同じように
雲から溢れる美しい光の合間を縫って
爽涼たる風をこの身に受けながら
翼を大きく広げて自由に飛んでみたい
私の折れ爛れた飛べない翼では
そんな願いは、決して叶わないけれど
風を通す翼で無重力を泳いだら、
きっと心地いいだろうな、と思う。
飛べない翼
飛べない翼
実はオレ
この前まで天使だったんだ
空を自由に飛び回るのは
結構楽しかったんだけど
どうしても地上にいる君に会いたくて
翼を捨てて人間になったんだ
おかげで君に会えたけど
でも まさか
次の日に君が交通事故で亡くなるなんて
オレが天使だったら
自慢の翼で君をさらって
事故から救い出せたかもしれないのに
オレが天使だったら
天国へ向かう君のために
道案内をしてあげられたかもしれないのに
どうして
どうしてオレは翼を捨てたんだ
どうして君は天国へ行ってしまったんだ
オレはこれからどうすればいい?
※昔、ニコラスケイジが出てた映画でこんなのあったなーと書き始めてから思い出した
人を殺めてしまった。
なんの罪も無い人を。
だんだんと背中の翼が重くなる。
「っ…いた…ぃ…」
まるで翼がもげるような激痛が走る。
そしてとうとう私の身体が翼にかかる重力に耐えきれず下界へと真っ逆様に堕ちていく。
真っ黒になりながら1枚、また1枚と羽がバラバラになってヒラヒラと舞う。
そうだ。
私は堕天使になったのだ。
そう結論が出るのは早かった。
瞳を閉じて、自分の罪に向き合う。
ただ、そこには反省や後悔なんてものは一切無かった。
ーーーーーー
飛べない翼
<飛べない翼>
20代から30代中頃までの私は翼があれば飛べると思っていた。飛びたいと思っていた。
努力しても努力してもいつまでも飛べない翼が嫌いになることもある。
飛べる翼とは、一体なんなのだろうか。
40歳を目前に考え方を変えるようになった。
飛べる翼を持つ人もいて、飛べない翼を持つ人もいる。
どちらが良くて、どちらが悪いというものではない。
みんなが飛べていたら、空中は大混雑になってしまう。
陽の光は大地に届かなくなってしまう。
"適材適所"
今自分がいる所は、決して派手な場所じゃないけど、とても平穏で穏やかだ。
長い人生、いかに穏やかでいることが早々に老けずに健康的で幸せでいられることだと思った。
今日、隣にいる人と微笑み合えたのか。
今日、隣にいる人と思いやりをもって接せたのか。
今日、口にしたものを美味しいと思えたのか。
人生は長いようで短いというが、私は短いようで長いと思っている。
今まで思っていた"飛べる翼"とは、他人の目に映るキラキラとしたものという漠然とした定義だったが、今はちょっと違う。
一日一日、丁寧に生きること、いろんな情報に振り回されずに自分軸で生きること。
飛べない翼だった私の翼が、一気に飛べる翼になったと体感している。
飛べない翼はない。
飛べるか飛べないかは自分次第なのだ。
スマホに映る他人の人生を覗いて一喜一憂している時間はないのだ。
天使の生態観察
一、外見は十二、三歳くらいの子供。髪はブロンドで短め。全体的に色素が薄い。外見が種族特有のものなのか、この個体特有のものなのかは不明。(現状確かめる術もないが)
二、性別は男でも女でもない。どうやら無性別のようだ。
三、声は発するものの、どれだけ聞いても聞き取れない。人間と同じ声帯をしていないのか、単に言語が違うのか。興味は尽きない。
四、天使側の言葉は分からないが、こちらの言葉は通じるようだ。私の指示には素直に従う姿勢を見せる。
五、片翼が半ばから欠損していたらしい。傷が治っても、いつまでも飛ぶ様子を見せない。この天使は天へ帰れるのだろうか?
*
「ほら、朝飯を持ってきたぞ。食え」
適当な具を挟んだパンを五、六個、皿に乗せてきた。それをそのままテーブルに置くと、天使は目を輝かせる。
大口開けてパンにかぶりつく様子を眺めながら、私は天使とは反対側の椅子へと腰掛けた。
天使の生態。飯は普通に食べる。食べる物は人間と同じもので可。量はやや多め。
脳内でつらつらと観察日記をつけていると、急に天使の動きが止まった。手元のパンと私の顔を何度も見比べ、首を傾げている。
「なんだ、それは全部おまえの分だぞ」
ずい、と眼前にパンを突きつけられてたしなめるも、理解しているのか怪しい。天使は変わらず首を傾げたまま、ずいずいとパンを押し付けてくる。
なんなんだ。今日は妙に反抗的だな。
「いやだから、私は朝からそんなに食えな……っ!?」
急に口内へと突っ込まれた食べかけのパンに、言いかけた言葉は虚しく消えた。
この天使を見つけたのは、薬草を探しに入った、近くの森の中だった。湖のほとりの辺りに血塗れで倒れていたのだ。
面倒事には関わりたくはなかったものの、放置するのも忍びないので連れ帰ったのだが。
「思っていたのと違う……」
私の腹あたりに、ぐりぐりと頭を埋めてくる天使を引き剥がす。直後天使は不満げに眉根を寄せて、私の腕をぺちぺちと叩いた。
何故こんなに懐かれているのか分からない。何も特別なことはしていないのに。
たしか、天使ってのは神の使いだったと思うんだが。
この子供を見ていると、首を傾げたくなる。威厳もへったくれもあったもんじゃない。神々しいというよりは遥かに人間くさくて、下手したら猫っぽくすらある。気づいたら擦り寄って、頭をぐりぐりと押し付けてくるし。
そもそも、この子供は本当に天使なのだろうか。姿形からそう判断してはいたが、それにしては疑問が残る。
神の使いというのは、天と人とを橋渡しする存在とされている。それで言うと、意思疎通ができないのは致命的ではないか。
いや、しかし性別がないのだから、やはり生物の括りからは外れているようにも思える。
寿命は? 実はこんななりで、私より年上だったりするのだろうか。
たしかどこかで、天使の見た目は階級により異なるという文言を見た気はするが──
「……やめよう」
不毛だ。確かめようのないことをいくら探っても仕方ない。
少なくとも精神年齢は子供じみているようだから、年齢も子供と思っておこう。私の精神衛生上、その方が確実にいい。うん。
ため息をつく。するとそれに反応したのか、私の腕に敵意を向けていた天使が、ふと顔を上げたのが見えた。不思議そうな顔をしたその頭上からは、背から生えている身の丈ほどの翼がちらちらと見えている。
翼の傷は既に癒えた。にも関わらず左右の翼が非対称なのは、片翼が半ばからちぎれているせいだ。
これは、果たして治るのだろうか。
天使の再生能力がどの程度が分からない以上、なんとも言えないところだが。
「ちゃんと治して、さっさと帰れよ」
とりあえず、回復を祈るしかないだろう。
神の使いをいつまでも匿って、神罰でもあったらたまったもんじゃない。
/『飛べない翼』
飛べない翼
私たち2人ヤケになっていた。
空に1番星瞬く夕焼け空の帰り道、途中の公園で。
通学鞄もペットボトルも大事な大事な楽器ケースも地面に転がして。
通学靴と靴下も脱いで放り出してしまって。
キラキラ光る噴水に2人足を踏み入れた。
足指の先から伝わる冷たさで悲鳴をあげているのか、今どうしようもない心が叫びたがっているのか、はしゃいでるのか嘆き悲しんでいるのか、そんな判断もつかない声で2人夢中で水を濁らせている。
衣替えをしたばかりでまだ真っ白のシャツを纏った腕を振り上げて、抱きしめて、回って、2人とも、広げた二の腕が夕陽に照らされて翼のようだ。
水面で必死にもがくも空に絶対飛び立てはしない鳥が二羽。
部内オーディション、2人とも仲良く一緒に何にも掠らなかった。空しさと悔しさとで全身が燃えるように熱かった。
音楽は誰の前にも平等で、学年問わず誰しもが抜擢される可能性はあった。
でも、私たちにとってまだ一年、二年の経験の差は余りにも大きすぎた。
もうすぐ13回目の冬が来る。
翼があるから飛べる
というのは思いこみだぜ?
とペンギンは言った
テレビを持ってるからって
それを作れると言うのは
思い込みだぜ?
と過去にタイムスリップした僕は言った
文明は意外と見掛け倒しなんだよね
愛があるからって
裏切られないというのは
思い込みだぜ?
と彼が言ったかはわからない。が
本能寺は焼けた
愛は大抵身勝手なんだよね
飛べない翼はなんのため?なんだろう
僕が悶々と考えていたら
飾りでいいんじゃない?
と君が呑気に言った
その時から僕は自分の飛べない翼も
まぁアリか、と思い始めたんだ
役に立たないというのは
案外、愛しいものだよね
(テーマ 飛べない翼)
『飛べない翼』
恋とは飛べない鳥のよう。
空高く舞い上がりたいのに
何かがそのあしを地面に貼り付ける。
私たちはその何かを「不安」や「恐れ」と呼ぶ。
飛べない翼
博物館の奥の奥
石の天使がただひとり
彼方を見上げ
手をひろげ
飛べない翼を
羽ばたかせ
「飛べない翼」
昔やり込んでいたフリーゲームの主人公が飛べない天使の女の子で、とある目的の為ひたすら下の階層に落ちていき旅をするRPGであった
それを思い出して、すごくやり込んだなあ懐かしいなあと思う1日であった
飛べない翼
飛べないのに、まだある翼。
何のためにあるのか。
体型のバランスのため?
飛べなくなったことを
再認識するため?
誰かを暖めるため?
飛べなくなった理由を探す。
理由があると納得できる。
理由がないとモヤッとする。
飛べなくなった理由をつける。
飛べない翼
翼があるからって飛べると思うなよー
飛べなくたって頑張ってる!
って………………
ただの言い訳…飛べるなら飛びたい…
大きな翼広げて風に乗って大空をどこまでも飛びたい…
わたしは青い鳥。幸福の青い鳥。私の羽根を手にしたものには、幸福が訪れると言われている。
自由に飛び回ってたまに空から幸福を降らせるのがわたしの役目。
けれども、今、わたしは籠の中にいた。3ヶ月前にとある貴族に捕らえられたのだ。
彼は、どうしても幸福が欲しいのだと言う。
『もっと財があったなら』『もっと健康な身体だったなら』『もっと人から好かれることができたなら』……。
彼の幸福を求める心は尽きることがないようだった。
願いの度に、わたしは羽根を毟られた。彼は、わたしの羽根を手にした直後は確かに幸福だったようだけれど、羽根はすぐに、黒く変色したり、燃えて灰になったり、塵のように消えてしまったりして、彼の幸福はどれも長くは続かなかった。一度幸福になった反動で、より不幸になってさえいた。それでも彼は、求めることをやめなかった。
羽根は、残り数本しか残っていない。わたしの翼は、羽根を毟られすぎて見るも無残な有り様になっていた。もう飛ぶこともできないだろう。そもそも、わたしは籠の中に閉じ込められ続けていたから、翼が大丈夫でも飛ぶ力が残っていたかはわからないけれど。
また彼が幸福を求めてやってきた。
「おお、幸福の青い鳥よ。私にまた幸せをおくれ」
彼が籠に手を入れ、わたしの羽根をまた毟ろうとする。今度はどんな幸福を願ってここに来たのだろう。
彼が指をわたしの羽根にかけたその時。
「ううっ」
彼が呻いてその場に倒れた。籠は彼の身体とともに下へ落ちて壊れ、わたしは床に投げ出された。ひらりと羽根が1枚、舞い落ちる。
彼は片腕で胸を抑え、もう片腕はわたしの羽根に手を伸ばしていた。そうしてしばらくもがき苦しんだ後、静かになった。
わたしは怖くなって、精一杯声を張り上げて助けを求めた。幸い彼は今日に限って、出入り口の扉を閉め切っていない。誰かに届く可能性がある。わたしは信じて叫び続けた。
「こんなところで鳥の声……?」
しばらくして、足音とともに人の声が聞こえてきた。わたしは鳴く声を強めた。
「やっぱりこっちの方から聞こえる!」
バタバタと足音が近づいてきて、扉からヒョコリと少年が顔を覗かせた。頭には三角巾、両手にはバケツと雑巾を持っている。下働きの子どもだろうか。
「わわ、だ、旦那さま!?大丈夫ですか!?旦那さま!?」
少年は倒れた彼に気づいて、何度か呼びかけたが、返事はない。
「お、お医者さまを呼ばなきゃ……!」
彼は慌てて部屋を出ていった。
わたしは鳴き疲れて、その場で意識を手放した。
次に目覚めたとき、わたしは段ボールの中のフワフワのタオルの上に寝かされていた。小さく鳴くと、あの少年が上から顔を覗かせた。
「よかった、きみも目が覚めたんだね」
少年が微笑む。
「きみのおかげで、旦那さまはギリギリ助かって、今は街の大きな病院に入院してるんだ。でも、いろいろ記憶が朧気みたいで、なんであそこにきみと居たのか、覚えていないようだったよ」
わたしは彼が助かったこと、彼がわたしを忘れていること、そのどちらにも安堵した。
「きみも、今はボロボロだけど、ちゃんと治療すれば羽根も元通りになるし、訓練すればまた飛べるようになるって獣医さんが言ってたよ。よかったね!」
わたしが喜びを込めて一声鳴くと、少年はさらに続けた。
「きみの羽根、とってもきれいだね。ぼく、この色すごく好きだな。きみの翼が全部治ったら、そのときは1枚だけもらっていいかい?お気に入りの帽子に飾りたいんだ」
少年は屈託のない笑みで、わずかに残っているわたしの羽根を褒めた。少年からは何の下心も感じない。本心から、わたしの羽根を綺麗だと褒めてくれたのだ。
わたしはそれが嬉しくて、肯定の意味を込めて、元気に一声鳴いてみせた。
「ありがとう」と少年はまた嬉しそうに笑った。
「飛べない翼って無駄なのでしょうか」
先生にこう問うと、
「世の中に無駄なことなんてないんだよ」
なんて抽象的な答えが返ってきた。私は落胆した。
少なくとも私はそんな綿菓子のような言葉を望んでいなかったのだ。澄ました顔で先生の整った顔を眺める。
けれど落胆が顔に出ていたのかもしれない、先生は笑って言葉を紡いだ。
「望んだ言葉が返ってこないのは不満かい?」
はっとした。私は私の望んだ言葉を先生に言って欲しかっただけなのかもしれない。
「いいえ。それじゃあ会話の意味がないもの」
それが精一杯の虚勢だった。それさえも先生に見透かされそうで私は視線を逸らした。
「そう、及第点。じゃあ逆に問おう。君は僕にどんな言葉を期待していた?」
「……無駄なことは無駄だと言ってほしかった」
からからと先生は笑った。
「僕は君がそう思っていると思ったから、敢えて逆のことを言ったのさ」
先生はずるい人だった。結局答えは得られないまま、わたしは今日も飛べない翼に想いを馳せる。
飾りじゃない
失敗でもない
今は使い所じゃないから
あえて畳んでるだけ
『飛べない翼』