天使の生態観察
一、外見は十二、三歳くらいの子供。髪はブロンドで短め。全体的に色素が薄い。外見が種族特有のものなのか、この個体特有のものなのかは不明。(現状確かめる術もないが)
二、性別は男でも女でもない。どうやら無性別のようだ。
三、声は発するものの、どれだけ聞いても聞き取れない。人間と同じ声帯をしていないのか、単に言語が違うのか。興味は尽きない。
四、天使側の言葉は分からないが、こちらの言葉は通じるようだ。私の指示には素直に従う姿勢を見せる。
五、片翼が半ばから欠損していたらしい。傷が治っても、いつまでも飛ぶ様子を見せない。この天使は天へ帰れるのだろうか?
*
「ほら、朝飯を持ってきたぞ。食え」
適当な具を挟んだパンを五、六個、皿に乗せてきた。それをそのままテーブルに置くと、天使は目を輝かせる。
大口開けてパンにかぶりつく様子を眺めながら、私は天使とは反対側の椅子へと腰掛けた。
天使の生態。飯は普通に食べる。食べる物は人間と同じもので可。量はやや多め。
脳内でつらつらと観察日記をつけていると、急に天使の動きが止まった。手元のパンと私の顔を何度も見比べ、首を傾げている。
「なんだ、それは全部おまえの分だぞ」
ずい、と眼前にパンを突きつけられてたしなめるも、理解しているのか怪しい。天使は変わらず首を傾げたまま、ずいずいとパンを押し付けてくる。
なんなんだ。今日は妙に反抗的だな。
「いやだから、私は朝からそんなに食えな……っ!?」
急に口内へと突っ込まれた食べかけのパンに、言いかけた言葉は虚しく消えた。
この天使を見つけたのは、薬草を探しに入った、近くの森の中だった。湖のほとりの辺りに血塗れで倒れていたのだ。
面倒事には関わりたくはなかったものの、放置するのも忍びないので連れ帰ったのだが。
「思っていたのと違う……」
私の腹あたりに、ぐりぐりと頭を埋めてくる天使を引き剥がす。直後天使は不満げに眉根を寄せて、私の腕をぺちぺちと叩いた。
何故こんなに懐かれているのか分からない。何も特別なことはしていないのに。
たしか、天使ってのは神の使いだったと思うんだが。
この子供を見ていると、首を傾げたくなる。威厳もへったくれもあったもんじゃない。神々しいというよりは遥かに人間くさくて、下手したら猫っぽくすらある。気づいたら擦り寄って、頭をぐりぐりと押し付けてくるし。
そもそも、この子供は本当に天使なのだろうか。姿形からそう判断してはいたが、それにしては疑問が残る。
神の使いというのは、天と人とを橋渡しする存在とされている。それで言うと、意思疎通ができないのは致命的ではないか。
いや、しかし性別がないのだから、やはり生物の括りからは外れているようにも思える。
寿命は? 実はこんななりで、私より年上だったりするのだろうか。
たしかどこかで、天使の見た目は階級により異なるという文言を見た気はするが──
「……やめよう」
不毛だ。確かめようのないことをいくら探っても仕方ない。
少なくとも精神年齢は子供じみているようだから、年齢も子供と思っておこう。私の精神衛生上、その方が確実にいい。うん。
ため息をつく。するとそれに反応したのか、私の腕に敵意を向けていた天使が、ふと顔を上げたのが見えた。不思議そうな顔をしたその頭上からは、背から生えている身の丈ほどの翼がちらちらと見えている。
翼の傷は既に癒えた。にも関わらず左右の翼が非対称なのは、片翼が半ばからちぎれているせいだ。
これは、果たして治るのだろうか。
天使の再生能力がどの程度が分からない以上、なんとも言えないところだが。
「ちゃんと治して、さっさと帰れよ」
とりあえず、回復を祈るしかないだろう。
神の使いをいつまでも匿って、神罰でもあったらたまったもんじゃない。
/『飛べない翼』
11/12/2024, 9:34:03 AM