雨音

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季節は8月の中旬。最高気温が連日更新されて、テレビのニュースでは"暑さ対策"に関する様々な情報が提案されている今日この頃。
いつも高校に向かうときに乗る駅から高校とは反対方向の電車に揺られながら、僕は家から持ってきた小説を読みふけっていた。
しかし、その集中も今日は5分程しか続かず、僕は10ページ程しか読み進められなかった小説を閉じて、隣に座っている友人に話しかけた。
「…それで、そろそろ今日の行き先を教えてくれないか?」
「うん、お前ならそろそろ聞いてくると思ったわ。」
この友人。こいつは僕が中学生の時に家の近くに引っ越してきて、同じクラスで近所になったこともあり、なし崩し的に仲良くなった。
今は別々の高校に通っていて関わりは減ったものの、連絡は頻繁に取っているし、唐突に互いの家に訪問したりもしていた。
そして、今朝。朝の6時に"今日の10時に駅で合流"というメールが来て、慌てて準備して向かったら、なんの説明も無しに切符を買わされ電車に乗らされ…今に至ると言うわけだ。
「俺が言うのも何だけどさ…お前、変な人に騙されないように気をつけろよ?」
「僕はお前ほど無鉄砲じゃ無いし、信用していない相手の誘いには乗らないから大丈夫だ。」
僕の返事に、彼は何故かニヤニヤとする。なんだろう、訳もなくぶん殴りたい。でも、電車内だから我慢する。
「俺の姉ちゃんさ、今彼氏がいるんだけど。」
「知ってる。というか、僕はお前のお姉さんに彼氏が途切れたところを見たことがない。」
「それでさ、今日デートに行く予定だったんだけど、昨日別れようって電話が来たんだって。」
「それはご愁傷さまだな。」
「それで今とんでもなく荒れてて。デート用にチケットも買ったみたいなんだけど、見てるとイライラするから使うか捨てるか好きにしろって渡されて、家から追い出された。」
「それはお前もご愁傷さまだな。」
友人のお姉さんは僕も知っている。結構な美人で、男女問わず友人が多いらしい。ただ、偶に彼氏と別れたときにとんでもなく機嫌が悪くなったりするらしく、その度に友人が何かしらとばっちりを受けたりするのも知っていた。
「ん…それで、これがそのチケット。」
「水族館のペアチケット…しかも今日の日付指定…あぁ、なるほど。」
「流石に捨てるのはもったいないかなと思ってさ。」
「他の奴にも声かけたのか?」
「嫌、かけてない。でもお前なら、説明しなくても付き合ってくれそうな気がして。」
全く、僕をなんだと思っているのか。でも、文句を言うほど、悪い気はしなかった。
「それでお前は何か好きな海洋生物はいるのか?」
「特には…あ、でも、この水族館はアーチの水槽?みたいなのを推してるらしい。」
「あれか…うん、なんとなくわかる。」
「お前はなんか気になるのいるか?」
「うーん…ペンギン?」
「思ったより普通だな…でも、ペンギンって、可哀想だよな。」
「なんで。」
「ペンギンって、翼があるのに、飛べないじゃんか。一部では『飛べない鳥』って馬鹿にするやつもいるみたいだし。」
「でも、僕たちはペンギンじゃないから、本当の所は分からないだろ。」
「それはそうだけど…。」
「それに、僕たち人間は飛べないけど、飛行機って飛べる手段がある。でも、乗った人皆が幸せになるわけじゃない。だから、飛べることが幸せとは限らない。」
「……うん、俺、お前のそういう考え方好きだわ。」
電車が何度目かの駅から出発する。路線をちらりとかくにんすると、どうやら次が目的の駅みたいだ。
「…ちなみに、なんでペンギンなんだ?」
「ちょうど昨日、夢にペンギンが出てきた…というより、自分がペンギンになる夢を見たから。」
「それは…ある意味ナイスタイミングだな。」
そんな話をしていると、目的の駅のアナウンスが聞こえた。僕たちはどちらが合図するでもなく同時に立ち上がり、出口の扉に向かう。
電車の外はきっととんでもなく暑いだろう。でも、家の中にこもっているよりも有意義な時間が待っているだろうと、僕は心を密かに弾ませながら電車が停まるのを待つのだった。

11/12/2024, 8:54:52 AM