『風に乗って』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
急な強い風が吹いた。
持っていた書類の束がバサバサと揺れた拍子に、端にくっ付いていた小さな付箋紙が一枚、さらわれてしまった。
「あ……」
「っ、強い風だったね、身体ごと飛んでいっちゃいそう」
あまりの勢いに息を詰めてから、おどけたように言った彼をそっちのけで、付箋が飛んでいった方向を見やる。
「ん? 何か飛ばされちゃった?」
こちらを覗き込んでくる彼をよそに、ぼんやりと思考を巡らせる。
風に乗ってどこかへと行ってしまった紙切れには、何と書いてあっただろう。小難しい単語の読み仮名か、重要な部分が記載されているページか、会議で誰かが発した取り留めのないことか、それとも、隣の彼への浅ましい感情だったか。
「……いいえ、大丈夫です。何も飛ばされてませんよ」
思い出せもしないものを考えても仕方がない。振り返り彼に向けた笑顔は、きちんといつも通りであるか自信がない。
「ならよかった! 早く戻ろう」
「はい。そうですね」
屈託なく笑う顔を惜しげも無く晒してから、彼は歩き出す。
見たくもないのに、左手の薬指にチラと光る銀色に胸が痛んだ。
もう一度強い風が吹いてくれないだろうか。彼のその銀色を、容赦なく奪って消し去ってくれないだろうか。
ありもしない妄想を吹き飛ばしたくて、やはりもう一度、と風が吹くのを願ってしまう。
【風に乗って】
日々の不安も
将来の恐怖も
絡み付くしがらみも
押し付けるような重圧も
全て捨て去り
風に乗って飛んでいけるくらい
軽くなりたい
【風に乗って】
風に乗ってどこかに行っちゃいたい、と今日の風を浴びて思う。まぶたの裏に見たことのない草原が映るように、そういう景色に惹かれる。隣の男がそれを許してくれるわけもないのだけど、どこかに行っちゃいたい。まぶたの裏の草原を見に行きたい。
「ん、いいぜ。連れてってやるよ」
「ええっ」
「なぁ?」
きゅう、と空から良いお返事が。なるほど、お目付け役は一人に留まらないらしい。
「オレの目の届く範囲なら、どこにでも行ってくれていいからさ」
そう言われると、「一人でどこかに行っちゃいたい」は薄れ「あなたとどこかに行きたい」に変わってくる。今日はもしかしたら寂しかっただけなのかもと整理をつけて、差し出された手を取ったのだった。
「くそっここまでか…」
舌打ちしながら呟くのは、手垢の付いたような言葉。
俺は犯人に追い詰められ、家の奥まで引き返してしまった。
背中には家内。犯人に見つかって気絶させられてしまったが、まだ息があるので大丈夫だろう。
申し訳ないと思いながらも、家内を机の下に隠し、部屋のドアを閉める。
暫くし、様子を伺おうとそっとドアノブをひねり、ドアを開けようとするが、
「開かない…」
なにか嫌な予感がする。冷や汗が止まらない。
いや、これは冷や汗ではなく、暑いんだ。
火事だ。
ドアの隙間から熱い風と、人間が焼けるような嫌な臭いが流れてくる。何度嗅いでもこれは慣れない。
あれ?何度嗅いでも?
何度も嗅ぐものではないのでは?
そして、部屋の外から「きゃあ!」という声。
その声に驚き、目がさめた。
どうやら、研究室で溜まった書類に目を通しているうちに寝てしまったらしい。
隣の部屋から「またはんだごてで触覚焦がしたー!」という悲痛な叫び。
どうやら、髪の毛が焦げる香りを嗅いで、火事の夢を見てしまったようだ。
「髪の毛は縛れってこの前も言っただろう」
小さな声で「少し直したかっただけだったのに…」と聞こえるが、無視。今日は家に早く帰って寝よう。
平和な我が家で平和な睡眠を。
#風に乗って
冷たい空気が漂う大きな箱の中
沢山の人々が詰め込まれている
中に居る人は十人十色で
自分の波長と合う人も居れば
合わない人もいる。
上を見ればとても綺麗で広い空
「嗚呼なんて綺麗なの」
まさに私にとって天国のよう
誰もが手を伸ばす。飛ぼうとする
きれいな星空、温かな太陽、わたがしのような雲
届かないことは分っているけれど
それでも一度手を伸ばす
風に乗ってあそこまで行けたら
どんなに良いだろう
ただ何も考えず風を感じて
少しでも今日という、明日という地獄を
忘れられたら
どんなに良いでしょう。
風に乗って
今とは違う場所に行ってみたい
いつか出会う君のいる場所へ
#風に乗って
風に乗って、空を飛んで見たい
空から見た世界は、どんな感じなのだろう
自分の下に雲を見てみたい
風に乗って歩いていると、今日あったことを思い出す。毎日、嫌なことの方が多いけれど、その中のささやかな喜びや楽しさを噛み締めながら生きていくことに幸せを感じられる。明日も頑張ってみよう。
風を恐れるな
両目を開いて
両足を踏ん張って
両腕を開いて
風に乗れ
想像の先へ行きたいならば
#風に乗って
風に乗ってあの世界に行ったら君に会えるかな…
僕だけに笑いかけてくれる君に…
自分のことはそっちのけで僕のことばかりを考える君に…
あの日…もし僕と君の位置が逆になっていたら……
僕はあの世界に…
君は両足と片腕を失うだけだったかもしれない……
なぁ……美月……
僕は…もうすぐ君のもとに行くようだよ………
今更だけど…遅くなってごめんね……
僕は……ずっと君にあんな態度とってたけど……
本当に……君を………とても愛していたよ…………
ピピーーーーーーーーーーーーーー
私はこの病院に務めて10年だがこんなに胸を締めつけられるような死に方をした人に初めて会う……
彼女を目の前でなくし自身も両足と片足をなくして……
なのに…そんなものはちっとも悲しくないと言わんばかりに…毎日満遍の笑みを浮かべている……
最初は本当に何も感じていないのか……と思ったがそんなことは勘違いだった……彼の死に顔を見て分かる………
彼は今……とても……とても……幸せそうだ………
彼から流れ落ちるその涙は真珠のようにとても綺麗だった…
「風に乗って」
風に乗って、
あの遠くの地に逝きたい。
14風に乗って
私の父親はくだらない作り話をよくする人で、中でも特別にくだらなかったのは「うちのハムスターは竜巻に乗って飛んできたのを拾った」と言うものだった。ホームセンターで衝動買いか何かしたのを、適当に誤魔化していたのだろう。実際、隣町で小さな竜巻が起こって畑がダメになったという出来事の直後だったので、幼かった私はそのデタラメをすっかり信じた。もう竜巻に飛ばされないようにと大切に育てたハムスターは2年ほどで死に、20年後には父も死んだ。最後の最後までデタラメを言うくせは直らず、病気の進行なども誤魔化して、元気なフリをしながらさっさと入院して、最後の最後まで与太話をしていた。葬儀の日はよく晴れていて、海辺の火葬場から細く昇る煙はまっすぐできれいだった。ふいにその煙が竜巻のように渦を巻いて、ハムスターを連れてくるところを想像した。もちろんそんなことは起こるわけはなく、白い煙はただ昇って消えた。風のない、のどかな水曜日だった。
風に乗って
風に乗ってどこかへ飛んでいきたいって思う。
嫌なことがあったら、その場から逃げ出したくなるから。
風に乗ってどこまでもどこまでも遠くへ行きたい。行き着いた先は私のことなんて誰も知らなくて興味がなくて。
だだっ広い草原で風に吹かれながら、草木が靡く音を聞きながらひたすら時間をドブに捨てたい。
溜め息とともに吐き出した白い煙が、風に揺られてすぐに溶ける。とんだ恥を晒したものだ。羞恥心というよりは自分に呆れ返った心境で、絡まって散らかった頭の中を有耶無耶にするかのように髪を掻き乱す。
煙草に口付けたまま深く息を吸って、記憶を反芻した。気が狂いそうなほどに痛む頭と重い足で帰ってきて、乱雑に分厚いコートを掛けた後の記憶が無い。彼女の証言によればソファで気絶するかのように寝ていたらしいが、問題はその後だ。神経質な俺が揺さぶられても起きず、あまつさえ子どものように彼女の手を握ったまま眠ったなど到底受け入れ難い。そこまで気を許すつもりは無かったはずだった。
今日は少し風が強い。咥えた煙草から上がる煙すらも一秒と留まらずに消えていく。いつもこの煙を羨ましく思うのに、気がつけば俺の袖をつまんで見上げてくる存在ができてしまった。振り払おうと思えば容易く振り払える、そんな頼りない力で引き留められて躊躇うような理性が残っていたのかと自分でも驚いた。それでも尚残った未練を、俺の代わりに燃やして風に乗せている。消えたがりの俺を、少しずつ弔っている。
『風に乗って』
風に乗って
もう5月ですね。
ママチャリだけど自転車で近場の河川敷の、自転車ロードに行きたいな。
風に乗ってさぁーと走るの、最高よね。
風に乗って
何処かへ行きたい
学校も将来も友達も家族も
なんもかも捨てて
風に乗ってるだけで
一生が終わるなら
それ以上に楽なことない
もう、いいよ
感情ってモノでこれ以上人間を苦しませるな
本気で人類滅亡、望んちゃっていいか
人工物一切無い 地球に戻っちまえ。
_ ₄₀
「こうやってほら、風をつかまえるの」
そう言ってふわりと空へ浮き上がった少女を、私は呆然と見上げた。ひらりと翻った布の軌跡が、見開いた私の眼に焼きついていく。
難なく空を飛ぶ技を身につけたこの少女は、言わば天才だ。この年齢でそれが可能な子なんて、今までこの辺りにはいなかった。
少女は踊るようにくるりと空で一回転し、大きく手を振って見せる。それがどれだけ難しい技であるか、全くわかっていない顔をしてる。私がそれを身につけたのはつい先日のこと。なのにそれをあっさりとやってのけるなんて。——これが実力の違いか。
風を身に纏わせられる技使いは、実は少数派だ。空を飛べれば一人前だなんてうそぶいていた大人もいたけれど、あれは大人が子どもを利用するための方便でしかない。いや、詭弁か。
こんな私だって昔はもっと純粋だった。大人たちの役に立てることを誇りに思って。だから風を味方につけようと長らく必死になっていた。
「馬鹿だよね」
思わず独りごちた声は、風に乗って流れていく。
空高くのぼっていくこの少女が、それに気づくのはいつのことだろう。その日が来るのを待ち望んでいるのかどうかもわからず、私は唇を強く引き結んだ。
――風に乗って――
ある浜辺で潮風が吹いた
風に乗って海の大きさを感じた
ある田舎でそよ風が吹いた
風に乗って自然の優しさを感じた
ある花園に小夜風が吹いた
風に乗って紙飛行機が飛んで行った
誰かに届いて欲しい
風に託された
大切な想いだった
私は屋上で歌を歌う。
この歌声を、遠くまで響かせるために。
次の日は山で歌う。
その次の日は、海で。
また次の日は、橋で。
人の目など、些細なものだ。誰がなんと言おうと私は遠くへ歌を歌う。
今日は広葉樹の公園で、私は歌い続けた。
どこへ行くのかは分からない。
ただひたすらに、風が運ぶ事を祈って歌う。
生きているのかも分からない、あなたに届くように歌う。
ふと、私の目の前を青い葉が過ぎった。
それは気がつけばもう、手の届かないところへ飛んでいってしまった。
あの葉のように風よ、私の歌をあなたのもとへ。
『風に乗って』