「くそっここまでか…」
舌打ちしながら呟くのは、手垢の付いたような言葉。
俺は犯人に追い詰められ、家の奥まで引き返してしまった。
背中には家内。犯人に見つかって気絶させられてしまったが、まだ息があるので大丈夫だろう。
申し訳ないと思いながらも、家内を机の下に隠し、部屋のドアを閉める。
暫くし、様子を伺おうとそっとドアノブをひねり、ドアを開けようとするが、
「開かない…」
なにか嫌な予感がする。冷や汗が止まらない。
いや、これは冷や汗ではなく、暑いんだ。
火事だ。
ドアの隙間から熱い風と、人間が焼けるような嫌な臭いが流れてくる。何度嗅いでもこれは慣れない。
あれ?何度嗅いでも?
何度も嗅ぐものではないのでは?
そして、部屋の外から「きゃあ!」という声。
その声に驚き、目がさめた。
どうやら、研究室で溜まった書類に目を通しているうちに寝てしまったらしい。
隣の部屋から「またはんだごてで触覚焦がしたー!」という悲痛な叫び。
どうやら、髪の毛が焦げる香りを嗅いで、火事の夢を見てしまったようだ。
「髪の毛は縛れってこの前も言っただろう」
小さな声で「少し直したかっただけだったのに…」と聞こえるが、無視。今日は家に早く帰って寝よう。
平和な我が家で平和な睡眠を。
#風に乗って
4/29/2023, 1:33:32 PM