『月夜』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
猫の眼のような金色の月が、暗い夜空に浮かんでいた。
「しまった……」
小さく舌打ちをして、足早に家へと向かう。丸い月に欠けた所はまだなかったが、空高く昇る頃には端からじわじわと欠けていくのだろう。
月蝕。一般的にそう呼ばれる月が欠ける現象に似ているものの、これから起こることは違うらしい。
年に一度、古くからこの村で行われる月待ちの風習。欠けていく月を待って何をするのかは分からない。大人だけが集会場に集まり、子供はその間必ず家にいなければならないからだ。
「今夜だったのをすっかり忘れてた。お母さんたち、もう出てるかな」
そういえば、今日は早めに戻るように言われていたことを思い出す。その時は話半分に聞いていたが、あれは今夜が月待ちの日だったからなのだろう。
「面倒くさい……」
眉を寄せ愚痴を溢しながら、灯りの消えた道を急ぐ。
来年にはこの村を出ていく予定だというのに、何故こうして意味の分からない決まりを守っているのか。馬鹿馬鹿しいとは思うものの、急がなければ家に入れなくなってしまう。
月待ちが始まれば、家に残された子供たちは朝まで厳重に鍵をかけた暗い家の中で過ごす。その間来訪者があったとしても、決して出てはいけないと言われている。
自分とは違い、まだ親のいいつけをしっかりと守る年の離れた妹は、いくら呼びかけた所で鍵を開けてくれることはないのだろう。始まりの合図である鐘の音が聞こえる前に帰らなければ、一晩外で過ごすことになってしまう。
浮かぶ月を一瞥し、速度を上げる。
星の見えない夜空に浮かぶ金の月。
昔から、この日の月は好きになれなかった。
「遅いよ、お姉ちゃん」
「ごめんね」
玄関の鍵をしっかりと閉めながら怒る妹を適当にあしらい、台所で水を汲んで一気に呷る。
深く息を吐き出す。走ってきたために汗で服が張り付き、不快だった。シャワーでも浴びようと、コップを片付け台所を出る。
廊下の電気を点けようと手を伸ばすが、その時ちょうど鐘が鳴り響いた。
月待ちが始まったのだろう。ランタンを手に近づく妹が、スイッチに伸びたままの手を見咎めて頬を膨らませた。
「電気、点けちゃ駄目だからね」
相変わらず妹は何の疑問も持たず、両親の言いつけを守ろうと必死だ。思う所はあるものの、自分も妹と同じ年の頃には変わらなかったと思い直す。
「分かってる。点けないよ」
苦笑してスイッチから手を離せば、妹は手にしていたランタンをこちらに手渡してきた。慌てて返そうとするも、妹は首を振り受け取ろうとしない。
「わたし、もう寝るから。夕ご飯は机の上にあるからチンして食べてってお母さんが言ってたよ。お姉ちゃんも電気を点けないで早く寝てね」
それだけを言って、妹は横を通り過ぎ自室へと去っていく。何も言えずにその背を見送って、疲れたように息を吐いた。
いつもは甘えたがりで怖がりな妹は、何故かこの日は酷く冷めた態度を取る。いつからそうなったのかは覚えていない。最初は戸惑い、どうすればいいか分からずにおろおろと妹の部屋の前をうろついていたが、ここ数年は妹の変化に何かを言うことはなくなった。
この日だけだ。次の日になれば、今日のことはすっかり忘れてしまうはず。
そう自分に言い聞かせながら変化から目を逸らす。安易に踏み込んでしまえば後悔する気がして、両親にすら何も言えないでいた。
シャワーと夕食を済ませ、自室で一人、ランタンの中で揺れる火を見ていた。
月待ちの夜は、電気を点けてはいけない。窓から外を見てもいけない。
いくつもの決まり事を思うだけで息が詰まる。まるで何かから隠れているようだ。
けれど昔は何も疑問には思わなかった。妹と同じように決まり事を守り、今頃は夢の中にいた。ただ人よりも好奇心旺盛だった自分は、母に月待ちについて聞いたことが何度もあった。
――大事なことなのよ。大人になったら分かるわ。
母は笑い、教えてはくれなかった。だがそれからも事あるごとに問い続ける自分に何か思う所があったのか、誰にも言わないという約束で一つだけ教えてくれた。
――月から降りてくるモノが、子供たちの方へ行ってしまったら大変だからね。
その言葉はどこか歪で醜く聞こえ、頭が痛んだのを覚えている。大変というのは、子供を心配しているからではない。それが理解できて、その時初めて、この村を出て行こうと決めたのだ。
溜息を吐いてランタンの火を消す。立ち上がり窓まで歩み寄ると、カーテンを薄く開けて浮かぶ月を見上げた。
こうして月待ちの夜にこっそりと月を見るようになったのは、母から話を聞いてからだった。
「また、欠けてる……」
去年見た時よりも明らかに欠けている月を見て眉が寄る。何かに月が食べられているかのような欠け方に、漠然とした不安が込み上げる。
両親は欠けて消えていく月を、どんな思いで見ているのだろうか。
「――あと一年。そうすればここから出ていける」
呟いて、カーテンを閉める。こんなに不安になることも、浮かぶ月に嫌悪感に似た気持ちを抱くのも、きっと村から出れば感じなくなるはずだ。それだけを信じて、今まで努力し続けてきたのだから。
こんなよく分からない月夜を一人で過ごすのも、これで最後だろう。閉めたカーテンを一度だけ撫で、ベッドへ戻ろうと窓に背を向けた。
「――え?」
暗いはずの部屋に、細く光が差し込んでいた。まるでさっき開けていたカーテンの隙間から差した月明かりが残っているかのように。
咄嗟に振り向くも、カーテンは閉まったままだ。
「なんで……?」
光とカーテンを見て、呆然と呟いた。この光はどこから来たのだろう。ランタンを消したことで部屋の中に灯りは何一つなく、光はあからさまに窓から伸びている。
そもそも、窓辺に自分が立っているのだから、カーテンを開けても光は半分以上遮られているはずだ。
何故。どうして。込み上げる疑問が頭の中で渦を巻き、それが全身に広がって恐怖に変わり出す。
ここにいてはいけない。本能からくる警告に従い、部屋を出ようと震える足を踏み出した。
「っ……」
視界の隅でカーテンが動いた。次の瞬間にはカーテンが体に巻き付き、動けなくなってしまう。
悲鳴は喉に貼りついて、掠れた吐息しかでなかった。震える体は、けれども自分の意思では指先一つ動かすことはできない。
カーテンの向こう側に誰かがいる。誰かがカーテン越しに体を抱き締めているような力強さに、いつか聞いた母の言葉を思い出す。
――月から降りてくるモノが、子供たちの方へ行ってしまったら大変だからね。
月から降りてくるモノ。あの時は聞き流していたそれが、頭の中で繰り返し響く。
「あぁ……」
呻きのような、嘆きのような声が漏れた。
「どうして……こんな、酷いことを……」
何も分からないのに、この村の罪深さだけは何故かはっきりと理解できた。泣きたくもないのに涙が溢れ出す。
涙と共に何かが溢れ落ちていくのを感じる。そして空いた隙間に何かが入り込んでくる。
恐怖はなかった。入り込むそれに、懐かしさすら感じていた。
もしかしたら、外から入り込んでいるのではないのかもしれない。奥底に閉じ込められていたものが剥がれ、溢れているのだろうか。
「月から……降りて……」
脳裏に欠ける前の月が浮かぶ。金に染まる前の何も染まらない白の月が、自分を見下ろしている。
「あぁ、そうか……」
その瞬間、理解した。
月待ちの日に感じる違和感。月を見る度込み上げる嫌悪感に似た感情が、本当は何に対するものなのかを。
月ではない。
月を蝕む人間たちの欲が何よりも悍ましく、怖かったのだ。
カーテンが顔を覆っていく。まるで何も見なくていいと伝えているかのように。
静かに目を閉じる。
――ようやく、其方に……。
恋う声が聞こえたのは、果たして気のせいだったのだろうか。
無意識に笑みが浮かぶ。
身を委ねれば、そのまま月と解けてしまいそうな気がした。
20260307 『月夜』
泣き出したくなるのは
月の輝き ご褒美かな
すれ違う2人の気持ちを
1人悩みあるく夜道に
塞ぎこんで下むきながら
歩いてる足をとめ
私はふと空をあおいだ
月が いつも以上に綺麗にみえた
きっと 今がつらくても
明日 明後日 は
違う気分に
なれたらと こんな時に満月有り難う
つぶやいた
『月夜』
ときに、夜というものは、私を容易には解放してくれない。ことさらに翌朝の訪れが早いと知れている夜ほど、眠りは私のもとへ降りてこない。眠りとは本来、海のようなものであろう。人はその静かな水面に身を委ね、自然に沈み込むはずなのだ。しかしそうした夜の私は、あたかも救命胴衣を着せられたまま海底へ潜ろうとする滑稽な者のようで、どれほど沈もうとしても浮力に押し戻されてしまう。そのたびに、私は夜をひそかに怨じるのである。もっとも、平素の私にとって夜とは、むしろ愛すべき時間であるのだが。
夜を孤独の象徴のように語る者もいる。だが私には、それがどうしても腑に落ちない。夜空を仰げば、そこには月がある。ときに彼女は不在を装う夜もあるが、大抵は、あの高みの席に静かに坐している。ここで、昼には太陽がいるではないかと反論する人があるかもしれない。しかしそれは違う。太陽はあまりに眩しすぎる。彼は地上の万物を等しく照らす大衆的な光であって、その光の洪水のなかで、一人の人間の内面など顧みる余裕はないように思われる。太陽は人気者である。人がどれほど手を振っても、彼は振り返る暇など持たないだろう。
その点、月はまったく異なる。夜更けまで起きて本を読むとき、月もまた同じ時刻に目覚めている。あの静かな時間には、あたかも月が私一人のためにそこに留まっているかのような錯覚すら覚える。灯を消した部屋に、ただ月光だけが差し込むとき、私はそれを単なる光とは感じない。むしろそれは、遠くから差し出された一通の手紙のようなものだ。言葉は書かれていないが、確かに私に宛てられていると感じる。
私は月の光の、あの慎み深さを愛している。太陽のようにすべてを暴き立てるのではなく、月は物の輪郭だけをそっと示す。庭木の影も、遠い屋根の線も、すべてがどこか秘密めいて見える。その控えめな光のなかでは、世界は昼間よりもむしろ真実に近づくように思われるのだ。
だから私は、眠れぬ夜に窓辺へ歩み寄り、しばらく月を眺める。そうしていると、不思議なことに、自分の孤独が少しずつ輪郭を失っていくのを感じる。まるで月が、遠く高いところから、静かな共犯者のようにこちらを見守っているかのようなのだ。
月を見上げるとき、私は確かに、目が合ったと感じる。そしてその瞬間、私はこの広い夜の中で、決して独りではないと思うのである。
月夜にコンビニへ行く
道すがら 通知が届く
それを開いて
良いことがあると
思ったわけでもないが
開いてみたら
「会員の更新をしてください」
迷惑報告
#163「月夜」
#月夜
今日の満月は綺麗だなぁ。次の満月にはあの人と一緒に月見ができたらいいのに。
今すぐあの人に会いたい。愛おしくてたまらない。早く次の満月になってね。
"月夜"
回送のバスの座席に腰掛けて
ひんやりとした白光は眠る
まだ夜になったばかりの空。下の方は、太陽の名残を残すオレンジ色に染まっている。上にいくにつれ、青のグラデーションになっていて、その一番濃いところに、三日月が浮かんでいる。
何とも言えない美しさに、立ち止まってしばらく眺める。この瞬間を残そうと、カメラを向けてみる。でも、レンズ越しに写る空は、何か違う。月は小さくて作りもののようだ。
本物は、もっと透明感がある。グラスに入った飲み物のような。オレンジジュースの上に、ブルーの液体が入って、三日月の飾りが浮かんでいる。または羊羹か。何色かが層になった手の込んだ和菓子。妙においしそうな感じなのだ。
でも、この瞬間は短い。オレンジ色はだんだんと青色に吸収されて、気付けばすっかり、濃い青色に覆われている。
「月夜」
月夜の夜に輝いて
夢に惑えば
満月へ帰る月夜の巫女よ
いつまでも僕の傍へ
いて欲しかった...
【お題:月夜】
月夜
ベランダで涼しい夜風に当たる。
そこまで高くも低くもないマンションからの景色。
遠くの夜景、スーパーの看板がきらきらと光って見えた。
飛行機だってちかちか点滅しながら飛んでいる。
でも空は昼間とは違い、吸い込まれそうな黒。
そこにはぽつぽつと、ちいさな白い星が浮いていて。
……三つ。兄弟みたいに、綺麗に並んだ星がある。オリオン座ぐらいは私にだってわかった。
私は一日の終わりに、こうやってベランダから夜空を眺めるのが好きだった。
輝く夜景、飛行機、星……
それを、月光を浴びながら眺め……
……………月光?
あれ、月、つきは…どこいったんだ。
私は毎晩同じ時間にベランダに出る。
昨日までは真上にあったんだ、なのに見当たらない。
季節で位置が変わることは知っている。
でも…こんな風に消えるわけがない。一体いつから?
気になる。気になってしまう。
いつもなら部屋に戻ったらすぐ布団に入る…
が、今日は寝間着でそのまま外へ飛び出した。
もしかしたら、建物に隠れて見えなかったかもしれない。そう考えて……
マンションの外に出た。
やはり、雲ひとつない。綺麗な星ばかり。
でも月はなかった。
段々と怖くなってきて駆け出して…近所の眺めがいいところを探した。
でも、公園からも、空き地からも、土手からも、どこからも見つからない。見当たらない。
夜道を走り、段々と息が切れてくる頃。蛾が張り付いた街灯に足元を照らされている、1人の人間を見た。
その人も、空を見ている。まさかと思い、話しかけようとする… けど、いやいや流石に不審者か…!?
と理性で止め、そっと通り過ぎようとした。すると…
「…あの、すみません…月……ありません、よね」
その人は、私に話しかけてきた。
「え、えぇ…」
「貴方も…さっき探していませんでしたか?
どうして気づいたんですか?」
逆光で顔が見えない。けれど、どこか淡く光っているような気がした。
「私は…ベランダで夜景を眺めるのが趣味で。
月がないって気づいてから、どうしても気になってしまって…はは、困りましたよ」
そう説明すると、彼女は大きくこくりと頷いた。
「ステキな趣味ですね!
…月がない夜空って、どうです?」
と、空を見上げながら聞いてきた。
街灯の明かりが、彼女の横顔をぼんやり照らしている。
どう、ですか…か……難しい事を聞くな……
「月って、人にとって…大切なんでしょうか?」
「え?」
そう問われて、少し驚いてしまう。
「大事、というか……なんでしょうね」
私も空を見上げる。
「…やっぱり夜空には月がないと物足りないですよ。
星だって、街灯だって私達を照らしますけど… 月光に照らされるのが、いちばん好きなので」
彼女は黙って聞いていた。
「そうですか… 良かった。」
「ところで、貴方は…」
ふと視線を戻すと、その人はもういなかった。
代わりに、空には月が満ちていた。
私をやさしい月光が照らす。
そんな月夜だった。
月夜
東京ドームに仮初の満月が登る夜
舞台裏では宴の開演の円陣を組む
5人の貴公子と1人の革命家の姿あり
彼らを人は、夜想曲と呼ぶ
「同じ夜はない。皆、今宵を楽しもう」
「あぁ」
革命家の青年の掛け声をきっかけに
闇に溶けた外套をはためかせ
宴の会場へ歩みを進めて行った
さぁ、紳士淑女少年少女どなた様も
心ゆくまでお楽しみくださいませ
その夜空には月がかかっている。
「綺麗だ」
そんな幼稚な言葉しか出ない。
そもそも、本当に綺麗なものを見た時にはそんな洒落たことなんて言えない。
世の中の小説家は本当の月の綺麗さをわかっていない。
そんな風に「しゃれたことを言えない自分」を落ち着かせる。
月が綺麗ですね。
いつかそんな洒落た言葉を誰かに言う日が来るのか。
愛してる。
君がそれをいう相手はどんな人なんだろう
そんなことを考えながら
月が丸くていつもより輝く夜
君にそろそろ伝えたい
「月が綺麗だね」
36「月夜」
—白虎は月夜に恋をする—
満月の夜。
黄金に輝く光球をみた途端、僕の姿形は全く別の生き物に変わった。
森の奥へ歩み寄る。
たくさんの虫や花たちがこちらの様子をそっと伺っている。オオカミとクマは、僕の姿を見るなり逃げ出してしまった。
最奥まで辿り着くと、大きな岩の上に彼女がいた。
「あら、白虎さん。ごきげんよう」
この森を統べる精霊——リーフさんがにこやかに微笑む。
僕は頭を下げた。
白虎に変身してしまった僕は、言葉が話せない。
「ここに座ってちょうだい」
リーフさんは隣を軽く叩く。
僕は、岩に登って大きな体を伏せた。
「あなたはいつも満月の時に来てくれる。だからわたし、今夜を楽しみにしてたのよ」
小さな手で優しく頭を撫でてくれる。
僕は、前足に巻きつけた手土産を彼女にみせた。
「わぁ! 今日もお土産を持ってきてくれたの? 何かしら」
今日は、三色団子を持ってきた。
「ありがとう。喜んでいただくわ」
リーフさんは幸せそうに頬張る。
人間の手のひら程の大きさしかないリーフさんには、少し大きすぎたかもしれない。
「素敵な夜を過ごせそう」
僕たちは、天を仰いだ。
「今日も月がきれいね」
僕はそっと身を寄せ、頬を彼女に重ねた。
お題:月夜
【月夜】ロクなことがない日
今日はロクなことがなかったなぁと、ぼんやりと歩く。本当にロクなことがなかった。単純にレポートの提出が重なっていて寝不足気味だったこともあるが、階段で転ぶわ、教科書を教室に置きっぱなしにするわ、昼の学食では食べたいものが売り切れるわ、電車が遅延して帰宅の頃にはすっかり日が暮れてしまうわと、なかなか散々だった。
どうも、妙に目がギラつくというか、夜あまりよく眠れなかったし、背中はそわつくし、イライラしそうになってよくない。怒ったっていいことはないのに。
日が暮れて人のいなくなった公園で、寒空に浮かぶ満月をなんとなく恨めしい気持ちで睨んでから、コーンスープのプルタブを上げる。電車を降りて自販機で買ったそれを飲みかけて……あ、とまたため息が出た。薄暗くてよくみていなかったのもあるが、今手の中にある缶の表面を見る。それはどうみても「ココア」と書いてあったし、甘い香りが漂っていた。隣を押したか? いやそんなことはないはずだ。よくある話だ、隣の商品が出てきた、といやつだ。もう開けてしまった。
「あ〜……」
思い切り項垂れる。誰に見られてても構わないとさえ思っていた。なんなら少し聞いてほしいまである。なんだってこんなに悪いことばかり続くのか。
ふと、その項垂れた視線の先にスニーカーが転がってるのが見えた。片足分だけだ。サイズが今自分が履いているものと変わらないな、と思いながらそれを手にする。
「あー!」
と、公園の茂みの中から声がした。
「あの、ええとそれ、こっちに投げてくれません?」
もごもごと少しこもった声、若い男のようだったが、怪しかった。
「……」
返答せずに近付いていくと「あ、ダメダメダメ、なんで来んの!?」と小さな悲鳴じみた声が上がる。
がさり、と茂みの中に分け入ってみると、奇妙なものがいた。大枠で見れば人っぽい。髪の毛が生えていて、眼鏡をかけていて、パーカーを着ていて、ズボンを履いていて、靴を片方だけ履いている。ただ、その靴下は破けてしまっていた。鋭い爪を生やしたつま先、奇妙な形に曲がっているのが浮かび上がるズボン、両腕も鋭い爪を生やした手を持っていた。手だ。そして太くて長い首の先に、犬によく似た形の顔があった。髪の毛と、いくらかあるすね毛や指毛以外は無毛だ。
脳裏に、「狼男のなり損ない」という言葉が浮かんできた。
彼はひどく狼狽えていたが、やがてこてん、と首を傾げた。
「あれ……君も、狼なんじゃないか」
「は?」
その生き物は、頬を歪めた。おそらく笑ったのだろうが、口の形が違うので、その笑みの示すところまでは読み取れない。
「人の形のままだとイライラっていうかムカムカっていうか、しんどいのに。よく我慢していられるね」
「いや、何言ってるかわからん……ていうかお前何者だよ」
狼なわけないだろ、と言い返すと、その狼男モドキは何か納得したように頷いた。
「そうか、隔世遺伝とかもあるからね、知らないのも無理ないか」
頭が追いつかない。何を言われているか分からない。そうしている間に、目の前のなりそこないに毛が生えてきていた。ああ、なりそこないじゃなくて、これは。
「はぁ、落ち着いた……家帰る前に始まっちゃってびっくりしちゃったよ。ねえ」
ふわふわとした塊がふさふさと揺れている。尻尾だ、と思う前に、目の前に明るいオレンジ色の目が飛び込んでくる。灰色の毛をした中に、キラキラと輝いたそれが見下ろしてくる。
「あんよは上手、からかな。ほら」
逃げるとか、抵抗するとか、そういう暇がなかったというより、そういう気が起きなかった。手を繋がれて、柔らかに握りしめられる。そうすると急に全身を覆っていた緊張感がばっと溶けてしまった。解けたのではない、まるで皮膚の表面を滑り落ちていくような不思議な感覚。
「うわっ」
不可解なそれに驚いていると、握られていた手が大きくふしくれだったものに変わっていくところだった。足元がふらつく。踏みしめようとして片足が浮いてしまうと、ちょうど靴が脱げて飛んでいってしまった。ぽーん、と弧を描いたそれが人のいない公園に落ちる。靴下がビッと小さな悲鳴をあげて裂けた。
静かな街を一人で出歩く。
空はもう真っ暗で、街灯もない道を頼りなく月明かりが照らしていた。
行き交うトラックの運転手が向ける不審そうな目も、冷たい夜の空気で冷えていく頬も、今はもうどうだっていい。自暴自棄を起こした人間が何をするか、今から世間に教えてやるのだ。
心の形をつくっていた殻がぐずぐずに崩れ落ちて、腐って、ダメになっていく感覚を、きっと世間は知らない。
そこそこの成績で学校を卒業して、それなりに苦労して就職して、そこそこの地位を築いて、結婚して、子供を作って、なんて、誰もが思い描く、何より贅沢で幸せな「普通」を知る者は、俺のような弾かれた人間のことを知らない。
中学校までは、いい子だった。テストの点も上の中、提出物はギリギリにやり始めて期限内に提出。優等生とまではいかずとも、普通に生きていけるだけのいい子。
それが、高校1年生のときに壊れた。夏休み明けの2学期、気怠げなセミの鳴き声が響いていた。
1学期、俺は頑張った。高校生になったからと、中学生の頃はギリギリに始めていた課題も計画的に終わらせ、自主的に勉強をしてテストの点も少しは上がった。
だが、そのせいで燃え尽きた。体が重くて、ベッドから起き上がれない。携帯の放つ青白い光が消えた途端に涙が止まらないから、麻酔のように情報の濁流を浴びるのがやめられない。
いつしか成績は地の底まで落ち、提出も出せない不良品へと成り果てた。
初めは、自罰的な考えがずっと頭を満たしていた。早くできるようにならないとダメだと、社会的にダメな大人になってはいけないと、良くも悪くも、まだ社会の決めたレールから、逸れてはいなかった。
けれど、ある日。渦潮のように渦を巻いていた自罰的な俺の考えが、ふと止まった。
何故、自分よりずっと恵まれた者達が決めたルールに、型に嵌まらなくてはならない。何故、俺ばかりがこんな思いをしなくてはならない。
俺はその日、包丁を買った。
中学生の頃の真面目さは変に捨てきれなくて、律儀に持ち手に布を巻いて、滑らないよう、一度抱いた刃を手放さないようきつく縛った。
そして、今日。月の光が冷たく照らす夜に、俺は適当に目をつけたアパートの入り口を堂々と潜った。
オートロックなんて無い、田舎の集合住宅。
家々のインターホンを片っ端から鳴らし回って、鞄に忍ばせた刃に手を掛けて、不審がった獲物が顔を覗かせるのを、待っていた。
テーマ:月夜
前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、世界線管理局なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
局内に作られた地球規模に広い難民シェルターの、
幅広く膨大に存在する様々な世界の飲食店の中の、
「月夜グリル」なる店は、
その区域の難民たちから、大事なイベントのときに行きたい高級店として愛されておりました。
「ようコそ、ようコそ。こんばンは」
月夜グリルの営業日と営業時間は、「月夜」グリルの名前らしく、月が見える夜の間。
予約必須のお店のドアを開けると、かつて昔に滅んだ世界からの難民宇宙アンモナイトが、満月の貝殻を光らせて、お客さんを迎えます。
「コードを拝見いタします。
はい、はい。結構デござイます。
初めてゴ来店の、ドワーふホと様」
さぁさぁどうぞ、こちらです。
不思議なチカラで浮く宇宙アンモナイトの、案内のとおりに進みますと、
予約した種族それぞれの「快適」に調節された個室に通されて、
そこは誰にとっても、暑過ぎず、寒過ぎず、丁度良い環境なのでした。
「おお。さすが月夜グリル。寒くない」
3人1匹で1組のお客様、規格外な寒がりさんが、防寒装備を全部取っ払います。
「ね〜。便利便利ぃ」
予約で名前を使ったお嬢さんも大満足。
扉の前に控えて周囲を警戒したがる彼女の専属執事を引っ張って、席に座らせます。
唯一1匹だけ獣の稲荷子狐は、寒がりさんにナプキンスカーフを結んでもらって、ご機嫌。
尻尾をぶんぶんぶん、超絶高速回転です。
予約の個室に到着して、お客が席についたら、宇宙アンモナイトのお仕事はそこで終了。
あとはその個室のルームマスター兼ルームシェフ、宇宙タコと交代です。
「今夜の料理は、ワタクシたちいわゆる宇宙軟体頭足類宇宙タコが客をもてなすときに振る舞う伝統料理を、アレンジしてご用意いたしました」
満月の頭を光らせる宇宙タコです。
タコだけに、ウデには自信があるそうです。
「もちろん、フォークもナイフも、スプーンもスティックスも用意はございますが、
我々宇宙タコは、料理の香りや味だけでなく、手触りも温度も楽しむ種族。
ご不快でなければ、手づかみでのご飲食も、ぜひ一度お試しください」
ではどうぞ。ごゆっくり。
大きく豪華なサーブワゴンでもって、いろんなご馳走がテーブルに、ところ狭しと並びまして、
ようやく、月夜グリルのディナータイム。
「パンが温かぁい」
「少し裂いて袋にして、具材詰めて食うらしいぜ。
俺様が入れてやるよ どれ詰める」
ナンに似た丸パンモドキを手にとって、パンナイフでモフモフ切れ目を入れたら、
あっちのチキン、こっちのディップ、そっちの謎花に不明野菜を挟んで、いただきます。
前菜サラダパンは、前菜のわりにボリューミーで、
ドワーフホトのお嬢さんも、食べ盛りの稲荷子狐も、もぐもぐ大満足!
なにより人間の料理と違う不思議な美味で、好奇心も一緒に満たされます。
「おいしい。おいしい」
「ね〜コンちゃん。おいしいねぇ」
「おい、このワゴン果実酒完備だぜ。ミカンの酒ねぇかなミカンの酒」
「おさけキツネものむ おさけちょうだい」
「おめぇは多分飲んじゃダメだろ」
「やだのむキツネおさけのむおさけ!ちょうだい」
「成人っつーか成獣になるまで我慢しろ」
「……」
「祟るな。 パンを油揚げにするな。 こら。
コンコンじゃねえわい。ダーメ。」
コンコンこやこや。ダメったらダメ。
月夜グリルの月夜ディナーは、明るく楽しくなごやかに、2時間くらい続きました。
「まタのお越しヲお待ちしてヲりまス」
稲荷子狐もお嬢さんも、寒がりさんも、おなかいっぱい––
ところでお嬢さんの専属執事が見当たりませんが、
そのへんはお題とは無関係なので、まぁまぁ、
次回のお題で明かされるか、ずっと放っとかれるか、気にしない、気にしない。 おしまい。
絆 月夜 です。
絆
「だから、そこはそうじゃなくて」
「何で?それはこうでしょ?」
たまにする、キミとの意見のぶつけ合い。
ケンカみたいに見えるけど、意見を言い合っているだけ。
「そんなに言い合ってると、性格の不一致。で、別れようとかにならない?」
そう聞かれたことがあるけど
「ならないならない。ならない。ってわかってるから言いたいことを言い合えるし、そんなことじゃ、俺たちの絆は壊れないから」
笑って答えると
「あっそう」
とつまらなそうに言われる。
誰に何と言われても構わない。俺たちは俺たちのやり方で、歩いて行こうと思うのだった。
月夜
「お疲れさまでした」
課の飲み会がお開きになり、駅までの道をキミと歩く。
「楽しかった?」
「はい 」
同じ課とはいえ、仕事でしかほとんど話さないキミ。せっかくだし、いろいろ話してみるか。と思ったけれど
「何のお酒飲んでたの?」
ありきたりな話題しか出てこない。
「ビールは苦手なので、ソフトドリンクを」
「そっか。カクテルが美味しい店知ってるんだ。今度行こうか?」
「はい。ぜひ」
「えっと…」
何を話そうか。と頭を巡らせながらふとキミに目を向け、息を呑む。
月夜に照らされたキミの横顔があまりにもキレイで、恋に落ちる。ってこういうことか。
と、実感したのだった。
月夜はやはり空を見上げてしまう
いろんな想いで見上げてきたけれど
今あなたと見上げる月にたどり着いた
今夜も月がきれい
君のあの人もいま見上げているよ月が微笑み教えてくれた
#月夜
『月夜』
いつもありがとうございます。
急遽、出かけることになったのはいいのですが、うっすらと浮かび上がっていた構成の方向性を忘れました😭
スペースのみです💦