Frieden

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「月夜」

ここは不思議の森。みんなが知っていて、みんな知らない場所。
今日はここで夜のお茶会が開かれる。
数多の花に照らされながら、星のように森の住民は囁きあう。

ここは楽園。居場所を失ったすべての存在の終着点。
望んだものはなんでも手に入り、苦しみは消える。
やがて意識も薄れて、最後は森の一部となる。

そんなこの場所に、旅人がひとり迷い込んできた。

煉瓦色の髪の、全てを消し去りそうなほどの暗闇を目に宿したその人は、何も言わずにゆっくりと歩いていた。

そんな旅人を見た蟹と街灯のキメラ、そして頭がクマのぬいぐるみでできた市松人形が声をかけた。

「こんばんは。あなたもお茶会に来たのですか?」
「……」
「お菓子 美味しいヨ」
「……」

「……。あなたがこの森に来たということは、おそらくあなたにも望むものがあるのでしょう。」
「そウ!ここは いいとこロ!さア 早速お茶会に行こウ!」

木々の間で開かれる月夜のお茶会。
そこでは、パッチワークでできたビスケットに朝露に夜の帳を溶かしてできた紅茶、氷河のケーキ、とにかく色んなものが並ぶ。

「着いたヨ!ほラ これ 食べテ!」
「どれでも好きなものを好きなだけお召し上がりください。」

旅人は沈黙を破らないままケーキを頬張った。
「どウ?美味しいでしョ?」

今度は蛍光色のマカロンに手をつけた。
よほど腹が減っていたのだろうか。
黙ったまま食べ続ける。

「せっかく出会ったので教えてください。あなたの望むものは何ですか?」
「私モ 気になル!」

ようやく旅人は空に浮くくらげを見つめながらその重い口を開いた。
「……無くしたものが欲しい」

「そして、手に入れたものを全て取り戻したい」

「欲しいもノ いっぱいだネ!でモ 大丈夫!ここにいたラ いつかきっト 手に入るヨ!」
「森の一部になるその時まで、きっとあなたは満たされていることでしょう。」

しばらく沈黙が続いたあと、さっきまでとはうってかわった様子で
「さて!!!」
とだけ言い残し、どこかから取り出してきた袋にお菓子を詰め込んで走り去っていった。

「早速、望んだものが手に入ったようですね。」
「髪の色モ 変わってたネ!よかっタ よかっタ!」

この夜が森の一部となったので、月夜のお茶会はほのかに甘い香りを残し、終わりを告げた。

不思議の森は、いつもどこかであなたを待っています。

3/8/2024, 11:38:38 AM