『日常』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
社会人になって、初めて失恋した。
仕事、終わりに、思い切って、思いを伝えた。
「他に好きな人がいるから」とのこと。
簡単に言われた。
悲しさと虚さでいっぱいになって、どうしてよいか分からなかった。
とにかく、なにかから、逃げたくなって、車を走らせた。
普段は何気なく通っていた商店街に、アンティークな街頭。人は誰も通っていない。
まるで、童話やジブリの世界に来てしまったかのよう。
寂しさを幻想的な気分で紛らそうと、数時間、無闇に車を走らせる。
真夜中を過ぎた3時頃、どこか分からない4車線の道路を走る。
対向車はあっただろうか?
大きな工場の煙が、照明に照らされながら、不気味に誘っている。
「もう、帰ろうか」正気に戻りかかった。
「いや、まだ、早い」と、疲労と焦燥で火照った脳みそが言った。
よく分からない、細い道を無理やり進むと、どこか開けた場所に来た。
目の前には、吸い込まれそうなくらい大きな口が開いていた。
そこで、車を強制的に止めさせられた。
ブォン、ブォン。
最初、ただの耳鳴りと思い、無視していた。
‥がやはり気になって、周りを見渡した。
薄明かりに巨大な大きな扇風機が回っていた。
そして、その時、ようやく、気がついた。
僕は、数年前まで、住んでいた家の近くの海岸にいたのだ。
僕のちょっとした冒険は、そこで終わってしまった。
失望と安堵を胸に溜め、車のエンジンをかけた。
しばらくすると、僕は昔と変わらない街中に紛れていた。
日常ってなんだろうね。
私は休み時間、君に聞いた。
「うーん、なんだろ日常って人それぞれだしな。断言できるって訳じゃないしなぁ
でも、俺の日常って言えばこう、なんていうかその……」
「その?」ニヤつきつつも聞いてみる。赤面した顔を見るのは久々だ。
「……お前と…一緒にいる時…」
言った瞬間予鈴が鳴る。
「海暗のバカ〜!!!!」と言いながら教室へ走っていった。。
なぁんだ。
私はそれを目で追いながら私にとっての日常っていうのは案外この事なのかもしれないな。
と思いながら
「デレデレになってんの。かーわいい。」
と呟くのだった。
それを見ていた友達、あろは
「お前、先輩とどんな関係なんだよ。」
と苦笑しつつ
「次の授業始まるからはよ来い」
私のワイシャツの襟を勢いよく掴み、まるで親猫が子猫を移動させるような感じで
私を教室へと移動させるのだった。
その間
「あろってさ、日常ってなんだと思う?」
と聞いた。こっちを振り返らずに返事をする
「お前がこうやっている生活のことだと思うそれと推しが尊いこと」
「なるほどなぁ…」
と納得していると
キーンコーンカーンコーン…とチャイムが鳴る
「「ヤッベ…」」
と言ったと思ったらあろは私の襟から手を離し、全力疾走して行った。
私はその拍子ですてんと転ぶ。
オワタ…と思いながらも
「まぁいっか。これも日常の1ピースだ。
言い訳どーっすっかな…」
と笑いながら立ち上がり、教室へ向かうのだった。
「お姉さん美人だね、1人なの?」
非日常は日常には勝てない
人生は日常の積み重ねだから
非日常はせいぜい
クリームソーダのさくらんぼに過ぎないのだ
「今相手は?フリー?」
あのたった一つの
さくらんぼが食べたくて
クリームソーダを頼む人は稀だ
みんなクリームソーダが飲みたくてあれを頼む
「まじ!?こんな綺麗なのに?勿体ねえ〜」
センスのないリミックスが流れた小さな箱の中、
下品なライトに照らされた
私と同じくらいの背丈の男は
私の胸元を舐めるように見ている
「綺麗すぎるのかもな、
入ってきた時みんなお姉さんのこと見てたもん」
あのさくらんぼが
ないとみんなきっと物足りなくなる
でもあれがなくてもクリームソーダはクリームソーダ
満足する人はそれで満足できるのだ
ならあのさくらんぼは
なくてもいいんじゃないかと思う
緑色と白の中にぽつんと1つ
寂しそうな赤を見る度に
私はいつもどうしようもない気持ちになるから
「よかったらさ、この後抜けない?
近くに良いバーがあって」
私は日常にはなれない
非日常は憧れ尊ばれても
誰かに寄り添われることは無い
いつになったら
私は誰かの日常の中に置いてもらえるのだろう
そんなことを思っていたら
絶望的な気分になってきた
しかしこの男にこの気分を
覆せるほどの度量はなさそうだったので
今夜は1人で眠りにつくことにした
あなたとLINEをするのが、
私の日常の一部になった。
突然なくなった今、
私の心には穴が空いた。
俺は友人のことを何でも出来るやつだと学生時代から思っている。
学生時代のテストではいつも一位を取っていたし、運動も本人はできないと喚いていたが、普段スポーツをする俺から見ても人並みにできていた。生徒会長という役職に就いてからは生徒や先生からの人望も厚かったし、生徒会長は優しいと生徒達が話していたのもよく知っている。
卒業をしてからも偶にお互いの家を行き来するが、何度訪れても部屋は綺麗に片付けられているし洗濯も丁寧にされている。手先が器用で裁縫もできるという若干引くほどのステータスの持ち主。それが俺の友人。
そう思っていた。今日までは。
「なんだこれ…。」
「パンケーキ。」
机の上に置かれたどす黒いオーラを放つ硬くて黒い何か。隣で平坦にその何かの名前を口に出す友人に本当に?と凝視してしまった。
「パンケーキ?クソ硬ぇし真っ黒だが?」
「正真正銘パンケーキミックスで作ったパンケーキだけど。」
何その顔。と彼は首を傾げ、俺を本当に疑問に思っているように見つめてくる。
いや、いやいやいや。おかしい。確実におかしい。ふざけてるのか?こんな焦げしかない真っ黒なもの食べたら病気になるだろ。は?え?ふざけてるんだよな?ドッキリとかそういうやつか?
「どうやって食べんだ?」
「黒いやつ削ぎ落としたらちょうどよく焼けてる部分あるからそこ食べる。お前パンケーキ食ったことねぇの?」
「あるに決まってんだろ。」
本気で言っている。この目は本気だ。本気でコイツはこの人間の食べ物とは思えないものを食べる気だ。
ぎこちなくナイフを手に取り、黒い部分を削ってみる。友人が隣でじーっと見つめてくることに居心地悪く感じながら抉ってみると、中が黄色と茶色に染っていた。中の部分なら少しだけ食べれそうだと安心したのも束の間、グチャとした触感がナイフ越しに伝わる。恐る恐るナイフを取り出すと、そこには生焼け状態の生地が張り付いていた。
「おい。これ火の加減間違えただろ。」
「え、IHの10段階のうち8で焼いたけど。」
「強火じゃねぇか!!!」
思わず出たツッコミにえぇ!?火は火だろ!?と混乱する目の前の男。俺はその瞬間やっと理解した。
コイツ料理できないんだ。と。
まずどす黒いものが出てきた時点で察せという話ではあるが、俺からして友人ができないものがあるということが本当に珍しいことなので許して欲しい。
ひとまずこんな黒いもの食べれるわけが無いのでキッチンを貸せと提案した。
「え、あーいや、買おう。うん。出前頼もう。」
「は?食材はあんだろ。俺が作る。」
「いや。ほら、今から作ってももう一時だし、時間かかるじゃん。」
「30分もしない。」
「いやでも食材もあんまり…。」
「じゃああるもので適当に作る。」
待って待って!と渋る友人に違和感を覚えながらもこれ以上話している方が昼食に遅れをとる。目の前に立ちキッチンへの侵入を阻止しようとする友人を引き剥がしてからキッチンの方に回った。
「……何があったらこんなに風になる?」
「だから買おうって言っただろ!!」
他の部屋とは比べられないほどに荒れたキッチンに深いため息が出てしまった。乱雑にシンクへ置かれたフライパンや食器。何故か破けているエプロン。棚に入った食器はピカピカに輝いているのに、真ん中を隔てて別世界のようだ。
色々言いたいことはあったが、とりあえず腹の虫が鳴り止まない友人にリビングで待っているよう伝えて作業に取り掛かることにした。全く、本当にどうしたらそこまで料理がハチャメチャになるのだ。
正直、こんななんてことない日常の一コマで友人のできないことが知れたという事実に嬉しさはあった。いつも完璧な人間様だと感じていた男が実は料理のド下手くそな普通の人間。学生時代同じ学校で過ごした奴らが知れば驚き、嘘だろうと鼻で笑う程の話だ。
ふっと自然と零れた笑みにつられて押しよせる笑いが喉を鳴らす。
きっと、今笑っているところを見られれば友人は何度か言い訳をしたあと。悪いか!?とキレるのだろう。
それを見るのは楽しいが、あとが面倒くさい。
どうせ料理を持っていけば一口食べてから
「お前料理できたのか!?」
なんて失礼にも驚く友人が目に浮かぶ。
今日、また一つ友人の新たな一面をしれたこと。
そして友人の苦手なものが俺の得意なことだという事実に、密かにしたり顔してしまうのだった。
【日常】
箸が転がるだけで笑える年頃なんてことを言うらしいけれど、さすがに箸が転がっただけでは笑わないし、笑う前に普通に拾うと思う。
ただ誰かと食事をしていて、ついそれが楽しくて、うっかり手を滑らせては持っていた箸を落とすことくらいはあるだろう。
もしそんなうっかりで箸を転がしても。
それさえも楽しく感じてしまうような誰かと一緒に、食べれるご飯があるならば。
そんな毎日が当たり前にあるならば。
そんな当たり前に満ち足りた日々を、誰もが持ちえるものになれればいいのに。
【日常】
ザラザラザラッという音がした。
ごはんの時間だ。
二階の出窓から降りて一階のリビングのテレビの横のお皿へダッシュ。
階段を三段飛ばしで駆け下りる、首輪の鈴がジャンジャン鳴ってうるさい。
リビングのドアが閉まってる。
ドアノブ目掛けてジャンプ、ガシッと両手で掴んでぶら下がると、カチャッと音がしてドアが一寸だけ開いた。よっしゃ。
ドアの隙間をすり抜けて、テレビの横のお皿に駆け寄る。
しかし、空っぽだった。
どういうことだ。 はなしがちがう。
キッチンでゴソゴソと何かを作っている君の足元に、すり寄って抗議の声を上げた。
テーマ「日常」
日常。最近やたらと眠い。病院行ったほうがいいんだろうな。なんか検査してアドバイス欲しい。
でもめんどくさいんだよな。金と時間がかかるしな。病院の場所調べて日時合わせて、やってられんな。貧乏暇なし、そんな暇はない。実際にはあるけど。
俺の日常はやることない暇な毎日なんだけどその暇は病院に行く暇じゃないんだよ。寝て体力回復したりぼーっとする暇なんだよな。
しかしまぁほんと無駄な時間を過ごしているものだ。毎日やることないのにやりたいことをやらない。ただぼーっとして眠くなったら寝るだけの毎日。
もう少し有意義な人生を送りたいものだがどうにも生きる気力が足りていない。やる気が欲しいな。
『 日常 』
わたしは家の中が好き
いわゆるインドア派
通勤なんかも寄り道が少なく
家にすんなり帰ることが多い
だけどもいつもとは違う体験もしたい
非日常を味わう為の地味な行動
敢えて遠回りを設定する
効率を考えると近くて早い方がいいけれど
でも日常的な遠回りのルートに
非日常を垣間見ることがある
ここでこんなことあった!
新鮮な気持ちにさせてくれる
そこに発見があったりもする
いつもの遠回りに出会ういつもと違う出来事
お題[日常]
ある夏の日、私は暇で仕方なくて散歩をしていた。
いつもの変わらない道なのかもしれないけれど、「変わらない」と言うのは日常であり、日常という物は平和の象徴なのかなと私は思っている。
いつかは分からないけれどおばあちゃんから『日常って当たり前にあるものじゃあないんだよ?』と教えられたことがある。
その言葉の意味がその当時は分からなかったけど最近はそれが少しずつ分かるようになっていった。
それが分かるにつれて、私は日常と平和というものを味わい、しっかり感謝している。
日常や平和は必ず当たり前に訪れるものではないのだから、私は日々を一生懸命生きようと思う。
「は」
違和感はひとを急激に現実へと戻す。
膝元で毛布がくしゃりと皺をつくった。飛び起きた反動でベッドが軋む。遮光カーテンが陽光を集めてぼんやりと光っていた。
おかしい。
いつもと雰囲気がまるで違う。
感覚でシーツの上をまさぐれば充電コードにつないだままのスマホが手に当たる。センサーで点いた画面を見れば、もうすでに朝とは言い難い数字。
「っ‼」
着替えるのもパジャマを洗濯機に放るのも忘れてリビングに駆け込んだ。
キッチンもダイニングもリビングもつながっているその空間の、ベランダに近い場所。駄々を捏ねられるままに購入した、私の生活には見合わないソファの上で、それは膝を抱えながらワイドショーの下世話なトピックスをじっと見ていた。
笑うでもなく、顔を顰めるでもなく、ただただ単に動く絵画を見るように。
私に顔も向けず、「おはよ」と。
思わず腹が立ってそれを見下ろして眉を寄せる。
「お前っ、起こしてくれてもいいじゃあないですか‼」
「あのね、おはよ」
「ようやくの休日なんですから、やることが」
「あのね」
ぐるん、と向けられたグレイの目が無邪気に諫めてくる。これはいつも、傲慢で的確で毒弁。何もかもに囚われず。
「朝なんだよ」
「……お早う、ございます。朝ごはんはどうしましたか」
「あのね、デイトレックスたべた」
「あれは非常用だと言ったでしょう」
「あのね、非常だった」
これからすれば私が起きておらず朝食がない状態は、正しく非常でしょう。
それはいい。
どうせ期限がくれば新しいものに買い替え、さっさと腹に入れるなりなんなりして処分しなければいけなかった。
問題なのは、私が寝坊する前に起こしてくれなかったこと、それに伴って家や自身の世話に割ける時間が少なくなったこと。
ただでさえ、平日は気力もなく後回し後回しにしていることが多いというのに。この休日できれいさっぱり清算できなければ、来る翌週に支障が出る。
家のことが滞るのは私にとってもこれにとっても大打撃。清潔さも余裕もない家では困る。
これが家事を変わってくれるわけもなく。
ならせめて、私を起こしてほしかった。
「いつも言っていますが、ただでさえお前や家の世話をする時間が足りないんです。ん、お前、今朝のパジャマはどこにやったんです」
「あのね、洗濯機」
「なるほど、有難うございます」
洗濯機を回して、その間に二部屋分の掃除、水回りや共有空間にも掃除機を走らせて。本当なら窓や壁の掃除もしたいが、優先順位が低い。
ベランダを軽くきれいにしてから洗濯物を干す。
それからすぐに来た昼の準備をしてこれに食べさせ、空いたソファに人工成分の霧を吹いておく。
食べ始めてさえいなかったこれの向かいに腰を下ろして、私は一回目、これは二回目の食事を。
一週間の生活費を管理して、これを連れて買い出しに出かけ帰ってくる頃には一日最後の食事の時間になっている。
夜支度をすればあっという間に次の日が迫った。
やっておくべきこと、やっておきたいことの半分さえままならない。
「あと少し、今日が長ければ」
「あのね、べつにぜんぶやる必要ない」
「何言ってるんですか、ひとらしく文化的な生活ができませんよ」
「あのね、ぜんぶきみがやる必要ないの」
「お前がやってくれるわけでもないのに、よく言う」
「食器はね、使い捨てでいい」
「環境に良くありません」
「家のお世話はね、ハウスキーパーにやってもらったらいいの」
「私ができるのにお金がもったいないです」
「できないから労力を買うんだよ」
「ぐぅ…」
「あのね、あるんだからお金で解決すればいいの」
私には正論の暴挙。私の価値観に合わせるつもりはさらさらないと言わんばかりに、最善で殴りつけてくる。
……分かってはいるけれども。
「あのね、ぼく、明日も起こさないよ。お寝坊すればいいの」
「だから冷凍のグラタンを欲しがったんですか」
「ん。おやすみ」
「……おやすみなさい」
パタンと閉じられたドア。
はぁ、と肩を落として私の一日は終わってしまった。
#日常
『日常』
いつか、どこかの道端に
小さな祠がありました。
朝日が祠を照らすころ、
犬を連れたおじさんが、祠の前を通ります。
「早く帰って朝飯にしよう」
犬もおじさんも、早足で帰ります。
夕日が祠を照らすころ、
カバンを背負った子供達が、列をなして通ります。
「今日の夕飯なんだろな」
黄色い帽子の子は、早足で帰ります。
月が祠を照らすころ、
スーツ姿のお姉さんが、通ります。
「今日は頑張ったから、おつまみも奮発しちゃおう」
ヒールのお姉さんは、早足で帰ります。
祠の中の神様は、
誰も言葉にしなかった
日々に溶けてる願い事を
どれほど聞き届けてくれたのだろう。
日常 -にち・じょう-
……非日常の対義語だけどなんか近くにあるやつ
ありふれたものも顕微鏡で覗いてみると別物に見える
細かなところに注目するだけでも
日常は少しだけ刺激的になるかもしれない
外から押し付けられた不本意な非日常よりは何倍もマシだろう
(日常)
「また明日」
「うん、明日」
そんな毎日が、当然続く物だと思い込んでいたあの日々。
雨に濡れた新緑の香りは、少しほろ苦い。
#日常
道を歩けば、何羽かのスズメが歩いたり
飛び立ったりしている
いつもかわりなく日常的に
スズメは姿を現す
そこに別に関心があるわけでもなく
だだなんとなく目に入ってくる
それでいてスズメを見ると
なんかうれしくなる
どこでも見るのに
見慣れている鳥だけど
何かなんとも言えない感じだ
日常
穏やかであればいい
それでも
どこかワクワクするような
発見が待っていたら
とても楽しく過ごせそうだ
#1【日常】
なんてことはない。
朝起きるのが辛いとか
仕事に行くのが面倒だとか
ごちゃごちゃ頭の中で愚痴ったって
顔を洗って一息ついたら
今日も私は当たり前のように
鏡の前でアイラインを引くのだ。
それさえうまく行けば
大抵の事はスルーできると知っているから。
上手く書けなくても大丈夫。
お気に入りのアイシャドウで誤魔化して
ちょちょいとグロスを唇にのせれば
自然と気持ちは上がってくる。
なんてことはない。
私の憂鬱なんて
少しの色で掻き消せる。
【日常】リライト2023/06/25
※ 構成を見直し、後半だけ書き直しました。ネタばらしを一番最後に持っていきました。
日常というものは、いったい何日続けば日常と見做されるのだろう。
たとえ非日常な日々であっても、何度も繰り返されれば、それが日常になるのだろうか。
最初、私は――いや、私と大学の友人たちは、非日常を求めていた。だから二泊三日のささやかな夏休み旅行を計画したのだ。宿泊先は某避暑地、自然あふれるログハウス風の高級貸別荘。六人で泊まれる広さで、なんと、プールと露天風呂が付いている。うだるような都会の夏の日常を離れ、爽やかな非日常を味わうには、もってこいの場所だった。
一日目、昼食後に大学前で待ち合わせをして、友人の車二台に分かれて出発した。サービスエリアで休憩したり運転を交代したりなどのイベントを挟みつつ、三時間ほどで貸別荘に着いた。さっそく、持ち寄った肉でバーベキュー大会。満腹になったあとは、露天風呂を満喫。全員女子だから、気兼ねなく私たちだけで風呂を独占できた。
二日目は、食パンとバーベキューの残り物でサンドイッチの朝食を作った。デザートは有名店のフルーツジャムを垂らしたヨーグルト。ジャムは友人の持ち込みだ。その後は水着に着替えてプールですこし遊んだ。昼にはプールから上がり、車で雰囲気のいいレストランに出かけた。ついでに近くの観光名所をいくつか回った。夕飯の材料を買い込んで貸別荘に戻り、みんなでカレーを作った。深夜まで酒を飲みながら、露天風呂や星空観察を楽しんだ。
三日目のことは、知らない。
私は今日も残り物サンドイッチとフルーツジャムのヨーグルトで朝食を摂った。その後は水着に着替えてプールに飛び込んだ。今は友人が運転する車に揺られている。これから行くレストランのメニューは、すっかり頭に入っている。流れる景色をぼんやり見つめながら、今日はどれを頼もうか、などと考えている。
この〝今日〟がいったい何度目の〝二日目〟になるのか――そんなことは、もう考えたくなかった。
私は今、非日常が日常化したループの中にいる。
古今東西のループものを思い返すと、たいてい主人公だけが記憶を保持している。となれば、このループものの主人公は私だろう。延々と続く〝二日目〟の記憶をすべて保持しているのだから。そして、友人たちがループしていないのは確認済みだ。「ループ? そんなわけないでしょ」「そういう夢を見たってこと?」「SF本読みすぎ!」みんなは朗らかに私の相談を笑い飛ばした。
ループものなら、ループから抜け出すためのきっかけがあるはずだ。救えなかった人を救うとか、心残りに気づいて解消するとか、主人公が成長して悔い改めるとか、ループを作っている原因を排除するとか。
友人は全員ぴんぴんしているので、〝救えなかった人〟はいない。解消すべき心残りも未練ない。この素敵な旅行が終わってほしくない、なんていう未練は、二回目のループの時点で消え失せた。いまは心残りどころか、この贅沢な日常に辟易している。
ループを作っている外的な原因があるとしても、さっぱりわからない。もしや土着の超常現象に巻き込まれたのではないかと考え、友人と別行動をして、民俗学的な伝承の調査に明け暮れた日々もあった。――とくになにもなかった。この土地でループを示唆するような記録はなく、そういったことを起こしそうな怪異の伝承もなかった。
となれば、必要なのは私の成長か。あるいは悔恨か。自分はこれまで真人間のつもりでやってきた。犯罪に手を染めたことはないし、誰かの強い恨みを買った覚えもない。なにかを悔い改める必要はないはずだ。しかし、本人がそう思い込んでるだけで、じつは極悪人ということもあり得る。私は覚悟を決め、酒の力も借りて友人たちに自分のダメなところ、反省すべき点を伺った。友人たちも酒が入り、遠慮のない口を利ける状態だったが、みんな「えー、そんなこと気にする? 本当に真面目だなぁ」「あえて言うなら、堅物? 真面目すぎ?」「もっと気楽でいいのに」「冗談がよくわからないとかあるけど、やだなーとか思ったことないよ」「むしろあたしらの中で一番大人だよね」「礼儀正しいし、見習うとこいっぱいあるしで、尊敬してるよ」などとありがたい言葉ばかりで、私を悪く言う子はいなかった。いろんな意味で泣けた。
その後もループ打開のために様々なことを試した。寝ないで翌日を待つとか、失踪を装って宿に帰らず自宅に帰るとか。しかし、どれもだめだった。真夜中の三時を過ぎれば、勝手に意識が落ちてしまう。目覚めれば、いつもの辟易とする天井だ。
いよいよ追い詰められて、私は最悪のパターンを想定した。すなわち、抜け出すきっかけなどない無限地獄。肉体は毎日若返っているので、寿命による死は訪れない。となれば、ここから脱出するためには、もう、自死しかないのでは――そんな考えが付き纏い始めていた。
もっと最悪なのは、死んでもまた生き返ってループするパターンだ。それに気づいてしまったときの絶望はいかばかりか。抜けだすこともできなければ、死ぬこともできない。ただただこの非日常な旅行を日常として繰り返すだけの存在。いったいなにがいけなかったのか、どこで間違えたのか、そんな苦しみに苛まれながら生かされ続ける日々。考えただけで、気が狂いそうになる。
しかし、もう他の方法を思いつけない。私の死――その実験ですべてを終わりにできる可能性があるなら、この命と引き換えでも試してみる価値はある。
約四百回目のループを数えたあたりで、私は覚悟を決めた。プールで泳いだあと、腹痛の仮病を使って、一人だけ貸別荘に残った。台所から包丁を拝借し、庭に出た。部屋を汚したくなかったので、死ぬのは外、と決めていた。震えて動かない手と数分格闘し、とうとう、首を切った。不思議なことに、痛みは感じなかった。これまで身をすくませていた死の恐怖も、同時に断ち切れたように思った。手を、首を、胸元を濡らす生温かさに、体全体を包まれるような安心感を覚えた。ああ、これでやっと、解放される――意識は眠るように途切れた。
目覚めて真っ先に視界に入ったのは、飽きるほど見知った天井だった。
私は深く絶望した。
死は救いではなかったのだ。私は生き返り、またこうして別荘での非日常な日常を始めようとしている。
あまりのことに手先が冷えていくのを感じながら呆然と天井を見つめていたら、同室の友人の様子がおかしいことに気づいた。毎朝、七時きっかりの目覚ましで起きて「おはよう! よく寝たね!」と明るい声とともにベランダのカーテンを開ける彼女が、さっき目覚ましを瞬殺したと思ったら、またベッドに逆戻りしている。
「うう、飲みすぎちゃったー。水、とってー」
隣のベッドからくぐもった声が聞こえてくる。
そんなに飲むようなことがあっただろうか? はるか過去の思い出になった旅行一日目の記憶を引っ張り出す。BBQは楽しくて、たしかにビールが進んだが、彼女はそこまで飲んでいなかったはずだ。翌日があるからと、みんなで飲みすぎないようにセーブしていた。
――まさか。
彼女にペットボトルを渡したあと、私は急いでスマホを確認した。嫌になるほど見た数字の並びが、ひとつだけズレていた。
旅行の三日目に。
――抜け出せた!?
では、昨日はどうなった? 私が死んで、騒ぎになったはずだ。でも、私は生きている。しかも、お酒の感覚が体に残っている。私が〝二日目〟の夜に酒を飲んだのは、初回と二回目のループ、それから、一回ヤケになって倒れるまで飲んだ日ぐらいなのに。
――もしかして、最初の〝二日目〟の続き?
私は膝から床に崩れ落ちた。
「えっ、大丈夫? もしかして、二人揃って二日酔い? これは他のみんなもヤバそうだな……」
ループ脱出のきっかけは、私の死で正解だった。なぜ私が死ぬ必要があったのかわからないが、とにかくこれで、抜け出せたのだ。こんなことなら、もっと早く死んでおけばよかった――いや、これは本来ならよくない考えだ。死を成功体験として記憶してしまったら、今後、なにかあったときにたやすく死にかねない。でも、次に同じようなことがあれば、私はきっと、早く楽になる道を選ぶだろう。
その後は二日酔いの友人を看病しつつ、元気なメンバーで残りのカレーで朝食を摂り、荷物をまとめ、管理会社にチェックアウトの連絡をした。そしてついに、私の牢獄と化していた貸別荘をあとにした。
アルコール分解済みの元気なメンバーが車を運転して、アウトレットモールや土産屋などを回り、夕方、とうとう大学の前に帰ってきた。
推定四百日ぶりに見る大学の門が、こんなに胸を打つものだとは、思わなかった。
「え、めっちゃ泣いてる」
「そんなに楽しかった? わかるけど!」
「ねー、離れがたいよねー。また行こうよ、このメンバーで!」
なにも知らずに私を取り囲む友人たちの優しさが、さらに涙を誘う。
でも、いつまでも泣いているわけにはいかない。私は急いで涙を拭い、友人たちへ、旅行のお礼を述べた。
「ほんと楽しかったよねー!」
「写真アップしとくから!」
「次会えるの、休み明けだね!」
「またねー!」
手を振りあい、それぞれ帰宅する方向へと、足を踏み出す。
やっと、もとの日常に戻るときが来た。
だけど、ここに来る前、自分はどんな日常を過ごしていたんだっけ。もはや思い出せない。そもそも、自分に日常なんてものがあっただろうか。
解散場所から、数歩離れる。振り返ると、友人の車はなく、徒歩の友人たちの姿もなかった。帰る方向が同じ友人も、隣を歩いていたはずなのに、消えていた。
――あ、役目が終わったんだ。
そう気付いた瞬間に、私の存在も、そこで途切れた。
※ ※ ※
「どうですか、安藤さん、平成レトロな大学生の夏を追体験! プール・露天風呂付きログハウスで、友人たちと充実した非日常を楽しんじゃおう! 味覚完全再現付き! の仕上がりは」
「そんなテンションでタイトル全部読みあげないでくださいよ、開発番号で言ってください」
通信を繋げたデバイスの前で、安藤は苦笑した。
「今ちょうどテスト完了したところです」
安藤はバーチャル旅行会社にリモートで勤めているプログラマーだ。会社が販売しているシミュレーション型旅行パックのプログラミングを担当している。AIで構成したリアルな旅行体験が好評で、会社の業績は順調に上がっている。
「前回のエラーは、他のところに入るはずのループ処理が二日目全体にかかっちゃってたせいです。それ以外では問題なくテスト完了できました」
「安藤さんにしては珍しい、初歩的なミスでしたね」
「デスマだったんで……。無理だっつーのに急がせやがって。まずは人手増やせや」
「はは、素の言葉が出てますよ。急な発注五個、一気に仕上げてくれて助かりました」
「しかしAIとはいえ、テスト用の仮想人格には可哀想なことをしました」
先ほどループエラーが出た旅行パックは、平成レトロブームに乗っかって開発された、昔懐かしい旅行プランを再現するもの。ターゲット層は、平成時代に大学生だった四十代から六十代。自由設定の友人AIを最大五人まで追加できて、大学生に戻った気分で旅行を楽しめる。レトロなガソリン自動車の運転も体験できる。
「でもおかげで、今後同様のことがあったら最速でエラー吐くようにAIの調整ができましたから。今度同人格使うとき、役に立つと思います」
「ありがとうございます。それじゃ、あとはマネージャーに回しておきますね。お疲れさまでした」
「はいどうもお疲れさまでした。……さて、今日は閉店! 夕飯作ろ」
通信機のマイクを切って、デバイスの画面も閉じ、安藤は大きく伸びをした。そして、彼の日常を再開した。
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“書く習慣”で書いたお話は、本にまとめて来年の文学フリマ等で販売する予定ですが、本にはリライト版を載せる予定です。
それはさておき、いつもいいねをありがとうございます。たいへん励みになります。
(2023/06/25)
ループものって難しいですね!
土日は書く習慣おやすみします。
(2023/06/24)
『日常』 No.92
桜咲く春も、しっとりした梅雨も、暑苦しい夏も、雪に足を取られる冬も、大好きな秋も。
いつもそこには
必ずきみがいた
ずっと一緒だ、と思ってた
だから、ちょっと扱いが雑だった
それが辛かったのなら、
早めに言ってほしかった。
ただ、それだけだったんだ。
何気ない日常のように。
きみがいるだけで、心は軽くなった。
きみがいないから、心は重くなった。
生涯ずっと、忘れない
忘れられない
けど。
きみの選んだことなんだね
日常から外すのは