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【日常】リライト2023/06/25

※ 構成を見直し、後半だけ書き直しました。ネタばらしを一番最後に持っていきました。

 日常というものは、いったい何日続けば日常と見做されるのだろう。
 たとえ非日常な日々であっても、何度も繰り返されれば、それが日常になるのだろうか。
 最初、私は――いや、私と大学の友人たちは、非日常を求めていた。だから二泊三日のささやかな夏休み旅行を計画したのだ。宿泊先は某避暑地、自然あふれるログハウス風の高級貸別荘。六人で泊まれる広さで、なんと、プールと露天風呂が付いている。うだるような都会の夏の日常を離れ、爽やかな非日常を味わうには、もってこいの場所だった。
 一日目、昼食後に大学前で待ち合わせをして、友人の車二台に分かれて出発した。サービスエリアで休憩したり運転を交代したりなどのイベントを挟みつつ、三時間ほどで貸別荘に着いた。さっそく、持ち寄った肉でバーベキュー大会。満腹になったあとは、露天風呂を満喫。全員女子だから、気兼ねなく私たちだけで風呂を独占できた。
 二日目は、食パンとバーベキューの残り物でサンドイッチの朝食を作った。デザートは有名店のフルーツジャムを垂らしたヨーグルト。ジャムは友人の持ち込みだ。その後は水着に着替えてプールですこし遊んだ。昼にはプールから上がり、車で雰囲気のいいレストランに出かけた。ついでに近くの観光名所をいくつか回った。夕飯の材料を買い込んで貸別荘に戻り、みんなでカレーを作った。深夜まで酒を飲みながら、露天風呂や星空観察を楽しんだ。
 三日目のことは、知らない。
 私は今日も残り物サンドイッチとフルーツジャムのヨーグルトで朝食を摂った。その後は水着に着替えてプールに飛び込んだ。今は友人が運転する車に揺られている。これから行くレストランのメニューは、すっかり頭に入っている。流れる景色をぼんやり見つめながら、今日はどれを頼もうか、などと考えている。
 この〝今日〟がいったい何度目の〝二日目〟になるのか――そんなことは、もう考えたくなかった。
 私は今、非日常が日常化したループの中にいる。

 古今東西のループものを思い返すと、たいてい主人公だけが記憶を保持している。となれば、このループものの主人公は私だろう。延々と続く〝二日目〟の記憶をすべて保持しているのだから。そして、友人たちがループしていないのは確認済みだ。「ループ? そんなわけないでしょ」「そういう夢を見たってこと?」「SF本読みすぎ!」みんなは朗らかに私の相談を笑い飛ばした。
 ループものなら、ループから抜け出すためのきっかけがあるはずだ。救えなかった人を救うとか、心残りに気づいて解消するとか、主人公が成長して悔い改めるとか、ループを作っている原因を排除するとか。
 友人は全員ぴんぴんしているので、〝救えなかった人〟はいない。解消すべき心残りも未練ない。この素敵な旅行が終わってほしくない、なんていう未練は、二回目のループの時点で消え失せた。いまは心残りどころか、この贅沢な日常に辟易している。
 ループを作っている外的な原因があるとしても、さっぱりわからない。もしや土着の超常現象に巻き込まれたのではないかと考え、友人と別行動をして、民俗学的な伝承の調査に明け暮れた日々もあった。――とくになにもなかった。この土地でループを示唆するような記録はなく、そういったことを起こしそうな怪異の伝承もなかった。
 となれば、必要なのは私の成長か。あるいは悔恨か。自分はこれまで真人間のつもりでやってきた。犯罪に手を染めたことはないし、誰かの強い恨みを買った覚えもない。なにかを悔い改める必要はないはずだ。しかし、本人がそう思い込んでるだけで、じつは極悪人ということもあり得る。私は覚悟を決め、酒の力も借りて友人たちに自分のダメなところ、反省すべき点を伺った。友人たちも酒が入り、遠慮のない口を利ける状態だったが、みんな「えー、そんなこと気にする? 本当に真面目だなぁ」「あえて言うなら、堅物? 真面目すぎ?」「もっと気楽でいいのに」「冗談がよくわからないとかあるけど、やだなーとか思ったことないよ」「むしろあたしらの中で一番大人だよね」「礼儀正しいし、見習うとこいっぱいあるしで、尊敬してるよ」などとありがたい言葉ばかりで、私を悪く言う子はいなかった。いろんな意味で泣けた。
 その後もループ打開のために様々なことを試した。寝ないで翌日を待つとか、失踪を装って宿に帰らず自宅に帰るとか。しかし、どれもだめだった。真夜中の三時を過ぎれば、勝手に意識が落ちてしまう。目覚めれば、いつもの辟易とする天井だ。
 いよいよ追い詰められて、私は最悪のパターンを想定した。すなわち、抜け出すきっかけなどない無限地獄。肉体は毎日若返っているので、寿命による死は訪れない。となれば、ここから脱出するためには、もう、自死しかないのでは――そんな考えが付き纏い始めていた。
 もっと最悪なのは、死んでもまた生き返ってループするパターンだ。それに気づいてしまったときの絶望はいかばかりか。抜けだすこともできなければ、死ぬこともできない。ただただこの非日常な旅行を日常として繰り返すだけの存在。いったいなにがいけなかったのか、どこで間違えたのか、そんな苦しみに苛まれながら生かされ続ける日々。考えただけで、気が狂いそうになる。
 しかし、もう他の方法を思いつけない。私の死――その実験ですべてを終わりにできる可能性があるなら、この命と引き換えでも試してみる価値はある。
 約四百回目のループを数えたあたりで、私は覚悟を決めた。プールで泳いだあと、腹痛の仮病を使って、一人だけ貸別荘に残った。台所から包丁を拝借し、庭に出た。部屋を汚したくなかったので、死ぬのは外、と決めていた。震えて動かない手と数分格闘し、とうとう、首を切った。不思議なことに、痛みは感じなかった。これまで身をすくませていた死の恐怖も、同時に断ち切れたように思った。手を、首を、胸元を濡らす生温かさに、体全体を包まれるような安心感を覚えた。ああ、これでやっと、解放される――意識は眠るように途切れた。


 目覚めて真っ先に視界に入ったのは、飽きるほど見知った天井だった。
 私は深く絶望した。
 死は救いではなかったのだ。私は生き返り、またこうして別荘での非日常な日常を始めようとしている。
 あまりのことに手先が冷えていくのを感じながら呆然と天井を見つめていたら、同室の友人の様子がおかしいことに気づいた。毎朝、七時きっかりの目覚ましで起きて「おはよう! よく寝たね!」と明るい声とともにベランダのカーテンを開ける彼女が、さっき目覚ましを瞬殺したと思ったら、またベッドに逆戻りしている。
「うう、飲みすぎちゃったー。水、とってー」
 隣のベッドからくぐもった声が聞こえてくる。
 そんなに飲むようなことがあっただろうか? はるか過去の思い出になった旅行一日目の記憶を引っ張り出す。BBQは楽しくて、たしかにビールが進んだが、彼女はそこまで飲んでいなかったはずだ。翌日があるからと、みんなで飲みすぎないようにセーブしていた。
――まさか。
 彼女にペットボトルを渡したあと、私は急いでスマホを確認した。嫌になるほど見た数字の並びが、ひとつだけズレていた。
 旅行の三日目に。
――抜け出せた!?
 では、昨日はどうなった? 私が死んで、騒ぎになったはずだ。でも、私は生きている。しかも、お酒の感覚が体に残っている。私が〝二日目〟の夜に酒を飲んだのは、初回と二回目のループ、それから、一回ヤケになって倒れるまで飲んだ日ぐらいなのに。
――もしかして、最初の〝二日目〟の続き?
 私は膝から床に崩れ落ちた。
「えっ、大丈夫? もしかして、二人揃って二日酔い? これは他のみんなもヤバそうだな……」
 ループ脱出のきっかけは、私の死で正解だった。なぜ私が死ぬ必要があったのかわからないが、とにかくこれで、抜け出せたのだ。こんなことなら、もっと早く死んでおけばよかった――いや、これは本来ならよくない考えだ。死を成功体験として記憶してしまったら、今後、なにかあったときにたやすく死にかねない。でも、次に同じようなことがあれば、私はきっと、早く楽になる道を選ぶだろう。
 その後は二日酔いの友人を看病しつつ、元気なメンバーで残りのカレーで朝食を摂り、荷物をまとめ、管理会社にチェックアウトの連絡をした。そしてついに、私の牢獄と化していた貸別荘をあとにした。
 アルコール分解済みの元気なメンバーが車を運転して、アウトレットモールや土産屋などを回り、夕方、とうとう大学の前に帰ってきた。
 推定四百日ぶりに見る大学の門が、こんなに胸を打つものだとは、思わなかった。
「え、めっちゃ泣いてる」
「そんなに楽しかった? わかるけど!」
「ねー、離れがたいよねー。また行こうよ、このメンバーで!」
 なにも知らずに私を取り囲む友人たちの優しさが、さらに涙を誘う。
 でも、いつまでも泣いているわけにはいかない。私は急いで涙を拭い、友人たちへ、旅行のお礼を述べた。
「ほんと楽しかったよねー!」
「写真アップしとくから!」
「次会えるの、休み明けだね!」
「またねー!」
 手を振りあい、それぞれ帰宅する方向へと、足を踏み出す。
 やっと、もとの日常に戻るときが来た。
 だけど、ここに来る前、自分はどんな日常を過ごしていたんだっけ。もはや思い出せない。そもそも、自分に日常なんてものがあっただろうか。
 解散場所から、数歩離れる。振り返ると、友人の車はなく、徒歩の友人たちの姿もなかった。帰る方向が同じ友人も、隣を歩いていたはずなのに、消えていた。
――あ、役目が終わったんだ。
 そう気付いた瞬間に、私の存在も、そこで途切れた。

 ※ ※ ※

「どうですか、安藤さん、平成レトロな大学生の夏を追体験! プール・露天風呂付きログハウスで、友人たちと充実した非日常を楽しんじゃおう! 味覚完全再現付き! の仕上がりは」
「そんなテンションでタイトル全部読みあげないでくださいよ、開発番号で言ってください」
 通信を繋げたデバイスの前で、安藤は苦笑した。
「今ちょうどテスト完了したところです」
 安藤はバーチャル旅行会社にリモートで勤めているプログラマーだ。会社が販売しているシミュレーション型旅行パックのプログラミングを担当している。AIで構成したリアルな旅行体験が好評で、会社の業績は順調に上がっている。
「前回のエラーは、他のところに入るはずのループ処理が二日目全体にかかっちゃってたせいです。それ以外では問題なくテスト完了できました」
「安藤さんにしては珍しい、初歩的なミスでしたね」
「デスマだったんで……。無理だっつーのに急がせやがって。まずは人手増やせや」
「はは、素の言葉が出てますよ。急な発注五個、一気に仕上げてくれて助かりました」
「しかしAIとはいえ、テスト用の仮想人格には可哀想なことをしました」
 先ほどループエラーが出た旅行パックは、平成レトロブームに乗っかって開発された、昔懐かしい旅行プランを再現するもの。ターゲット層は、平成時代に大学生だった四十代から六十代。自由設定の友人AIを最大五人まで追加できて、大学生に戻った気分で旅行を楽しめる。レトロなガソリン自動車の運転も体験できる。
「でもおかげで、今後同様のことがあったら最速でエラー吐くようにAIの調整ができましたから。今度同人格使うとき、役に立つと思います」
「ありがとうございます。それじゃ、あとはマネージャーに回しておきますね。お疲れさまでした」
「はいどうもお疲れさまでした。……さて、今日は閉店! 夕飯作ろ」
 通信機のマイクを切って、デバイスの画面も閉じ、安藤は大きく伸びをした。そして、彼の日常を再開した。


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“書く習慣”で書いたお話は、本にまとめて来年の文学フリマ等で販売する予定ですが、本にはリライト版を載せる予定です。
それはさておき、いつもいいねをありがとうございます。たいへん励みになります。
(2023/06/25)

ループものって難しいですね!
土日は書く習慣おやすみします。
(2023/06/24)

6/23/2023, 4:38:01 AM