『刹那』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ガタガタとトランクケースを転がしながら、駅の中を歩く。良い品だし、未だにきちんと使えるのだから文句なんて言えないけど、でも言う。心の中で言う。重いです。それはもう。
このカバン、革張りでしっかりとした作りだから重いのだ。しかも元々船用なのに祖父があとからキャスターを付けたから尚更。流行りものに弱いからね、日本人はね。でもおじいちゃん、多分キャスター要らなかったよこれ……。
ぶつぶつと心の中で文句を言いながら、目的の列車が出るホームをキョロキョロ探す。もうそろそろ正月休みが終わるから、大学がある首都まで戻るのだ。
私の生まれたのは、山々に囲まれた自然溢れる歴史ある町だ。こういうとすてきに思えるかもしれないけれど、つまりはド田舎ってことだ。ただ、名高い霊峰の麓にあって、ガチの山伏が山々を歩き、信仰を求めて人が訪れることがある点においては、特別な町と言えるかもしれない。まあそれでも田舎だけどね。
私はそんな故郷が嫌いじゃなかった。でもそれ以上に、都会への憧れが止まらなかった。郷里への愛よりも、都会への恋が勝ったのだ。そんなわけで、私は地元の(と言っても町からは結構かかる)高校を卒業したあと、首都の大学へ猛勉強して、両親の足に縋り付いてでも頼み込んで、やっとこさ進学したのだ。
憧れた、恋した都会はもう、本当に凄かった。初めて駅に降り立った時、その匂い、その人の数、灯りの量、広告の音、そういった情報の洪水に飲み込まれて呆然としたものだ。
それから暫く経って、故郷の私が思ったほど都会というのは夢ばかりでも、氷ばかりでもないとわかったけれど。今でも都会、という言葉は私の中でキラキラとネオンの光のように輝いている。
夢見たその街は、都会生まれ都会育ちのきらきらした人ばかりということは無かったし、人はゴミゴミしてるし、空は狭いし、まあ結構パリ症候群みたいなあれはあったけれど。でも流行りのスイーツをテレビで見た翌日に食べられるし、そもそもテレビが何チャンネルもあるし、アンテナで入るし、コンビニなんか向かい合って同じチェーンのがあるし。今でも割に夢は見させてくれるのだ。都会は。
そうして、私はだんだんお上りさんだった頃に都会の女だ!!と見つめたような女に表面上はなって、盆暮れだけは帰省して、このままきっと都会で就職するんだろうなぁなんて思いながらおじいちゃんやおじさん達にお酒注いで。ちょっぴりおセンチな気持ちになっちゃったりもして。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていたら、目指していたホームの入口を通り越してしまったみたいだった。電光掲示板を見ると、下りの列車が来るホームらしいということがわかった。丁度列車が到着したようで、少ないながらも人が降りてきていた。
それを見て、ああ戻らなきゃ、と身を翻そうとしたとき。ドンッと肩に衝撃が走った。尻もちを着いて、体を支えた手が痛い。誰かとぶつかったんだ。誰だよもう、と悪態を吐きたくなる。
「っ!あぁッ、ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」
言葉と共にふわりと香った月光のような甘くてすべらかな香水の匂い。次いで、艶やかなストレートの長い黒髪が見えた。はっと見上げると、びっくりするくらい綺麗な、まさに私が思い描いていたような“都会の女”が目に入った。焦っているようで、腕時計をちらと一瞬見つつも私の返事がないことを心配そうにみている。赤いルージュの引かれたぽってりとした唇が、少し垂れた目元のホクロが、女の私でも見蕩れてしまうくらい色っぽくて。
「……あの、だ、大丈夫ですか?本当にごめんなさい」
その声に、ハッと意識が急激に現実に引き戻されて慌てて返事をした。
「っあ、わ、私こそすみません!びっくりして、あの、大丈夫です。私もぶつかってしまってごめんなさい」
「いえ、私が不注意だったのが悪いんです。どこかお怪我は……本当すみません」
引き起こしてもらって、そうやってしばらく謝罪合戦をしたところで、そういえば彼女、時計を気にしていた、と思い出して。
「あ、あの!本当大丈夫なので!ほんとすみません、あの、お時間、大丈夫ですか?」
「へっ!?あっ、やだ私ったら!!ありがとうございます。列車の時間がそろそろで、本当にすみませんでした。私、行きますね、ありがとうございました」
「っ!いえ!私もその、あれなので!ではその、私も失礼しますね、道中お気をつけて!」
そう言って彼女と別れた。多分、5分にも満たない刹那の出会い。でも、私は見てしまった。彼女が最後に時間を確認した時、その列車の切符の行き先を。
彼女、私の故郷に行くんだ。あんな、美しい私の憧れそのままの女の人が。何をしに行くんだろう。スーツじゃあなかったから、きっと仕事じゃない。でも、私の町は信仰がある人くらいしか来ないから、きっと観光でもない。
そうして私は、目的の列車に乗って都会へと向かうあいだずっと、彼女について考えていた。また会えるだろうか、とか一目惚れした乙女みたいに。
「刹那」
たった一瞬に命をかけることが
美しさや儚さを感じて好きです。
試合、本番、そういった類のものが好きです。
たった一回のために何度も何度も重ねていく
努力のレイヤーが美しくて
そういうものに触れると自然と涙が出てきます。
私たちの人生もレイヤーみたいなもので
積み重ねて積み重ねて
その先には一体何があるんだろう。
刹那
またいつか。
ほんの少し前の言葉を、唇がたどる。
寂れた夜の家路。いつもより人の気配が多い気がして足早になる。身に余るほどの幸せを抱えた自分が恥ずかしくて、恐れ多くて、見上げた月にさえ恐縮してしまう。駆け出したい。喜びたい。楽しかったと、声に出したい。
早くも思い出となった記憶が込み上げてきて、その一つ一つが温かい泡沫となって胸に沁みていく。
「誘って、よかった」
他人と時間を共有することが苦手だった。相手の時間を奪うこと、その代わりを自分が埋め合わせできているのかという不安。意識しているわけではないけれど、頭のどこかに付き纏う。だから私はいつも誘われる側で、自分から何かを企画したことはなかった。
何度も断ろうとした。中止にしようとした。プレッシャーがあった。自己満足で終わりはしないかと不安で仕方がなかった。だけど、最後に何もないまま、みんなと終わりにはしたくなかった。
ポケットの中、スマホを手に感じる。その先にある繋がりを意識してまた嬉しくなる。そして気付く。好きなのだと。みんなとの繋がりが。さらにいえば、人との繋がりが。一人が好きなはずの自分には意外なことだった。
人が変わるのは、たぶん刹那のことなのだ。そんなふうに思うのは、もっと時間が経ってからのことだ。
『刹那』
今回難しい笑
刹那ってなんだろうね
手なわけで個人的な話
今日べっこう飴作ってたらお皿をひっくり返した笑
片付けが大変でした
作り直して美味しいって言ってもらえた
結果オーライですよね笑
#6
「疲れた」「死にたい」って彼氏がつぶやいた
私はなにも言葉をかけれなかった
どれを言っても違う気がして
私は言葉にして伝えるのが下手くそだから
上手には伝えられないけど
私が死にたくなっても踏みとどまっていられるのは
あなたと一緒にいるからだよ、
一緒に乗り越えよう、ずっと隣で支えるからね
あなたが私を突き放しても酷い言葉をぶつけても
味方だからね
#刹那
また、もうすぐ6月が来る。そして、42歳を迎える。世間で云う立派な孤独なおじさんだ。
3年前に離婚歴あり、妻とは一年の別居の末、お別れした。それでも、それなりにお付き合いする女性には恵まれ、寂しい等と感じることは無かった。
昨年12月にも、些細なことで考え方のズレが生じ、正直に「面倒くさい」と感じてしまい、さよならを彼女に告げた。
結局、自由が良い。この歳になっても、若かりし頃の感覚や残り香が自分を纏っており、歳を重ねるとそれを上手に隠せるようになっただけだ。
ふと、ベッド横のサイドテーブルに置いてあるマネークリップに目が止まる。昨年の誕生日に彼女がくれた物だ。
12月に別れた彼女の最後のLINEは「幸せでした。さよなら」だった。
今更ながら、自分は幸せか?なんて考えて生きていただろうか。ということは逆説的に、彼女の幸せも考えていなかったことにならないか。
その刹那、ひとりベッドの上で、とてつもない焦りを覚えた。
題:刹那
『刹那』
カメラでたまたま撮れたお気に入りの画角。
1コマずつ目に焼き付けていく最高の瞬間。
短時間だったはずなのにはっきり蘇る後悔。
一瞬の煌めきとも言われるように、
短い時間に心を奪われることがある。
何気なく生きている時には気に留めることもない
1秒1秒が、惜しく思える瞬間がある。
2度と訪れることのない刹那の時。
今この時だって、その瞬間は更新されてゆく。
「刹那」って言葉、そうそう使わないですよね。
意味合いとしては「一瞬」とか「ほんの短い時間」だとかそういうもののようで。
上の文章がそうであるように、幾らでも言い換えがきく言葉だと思うんです。
それでも、わざわざ「刹那」という言葉を選択する。
そういう意図って、何なのでしょうね。
何故だか私には、この言葉は寂しく儚いように感じでならないのです。
たった漢字二文字に想いを馳せるひとときも悪くないと思うのです。
「刹那」
14年間が今では一瞬に感じるよ。
どうもありがとう。
瞬きの中 ちゃんと掬えた
いや、多分 見落としたくなかった
恐らく一度も使わなかった
初めて見た 君の その不慣れな顔
「刹那」
去年の7月くらいに2コ上の先輩のことを書いたんですが、また9月にお祭りがあって再会しました。(確かわたしの2つ目の投稿だったと思います)
あまり雰囲気は変わってないはずですが、やはり大学生というのは大人だなって、そう思いました。話し方や笑顔の仕草がすごく落ち着いた感じになってたから。そんな先輩には高2のわたしはどう見えてたんでしょうか。
やんちゃ?こども?..可愛い?は普通に嬉しいかも。
もう新年度になりましたが、先輩に追いつくには時間以上にかかりそう。わたしはピアス開けたくらいしか変化ないし。しかし、先輩の追憶の高校生活はそれこそ刹那的なものだったんだろな。
そんな瞬きをするようなごくわずかなモーメントに、数多の苦楽がひしめき合っている様子を遠く想いました。
ほんと、遠くにね...。
#刹那
君と話してるときはあっという間なのに
君を待ってるときはすごく長く感じる。
刹那
分からなかった。
眼前の光景が、雪原の色が。
私は目を離していなかった、ただ瞬いただけだった。
心臓の音が早まっていき、段々と痛くなっていく。
名前を呼ぼうとして、ふとコイツの名前を知らないことに気がつき、口から心臓が出るような錯覚を覚えた。
「おい新入り。 こいつみたくなりたくないなら、頭を下げろ」
ハッとなって地面にぺたりと這いつくばった。
鉄みたいな匂いが鼻腔をツンと刺す。
視界が白で乱反射し、雪すら見えなかった。
すすり泣きながら理解してしまったのだ。
瞬いた刹那に、私は戦友を喪った。
「刹那」
僕は今、高校時代に持った夢に向かって、歩き出しています。
高校時代から、この歩き出すまでの間は全く別のことをしていましたが、それを無駄だとは思いません。
例えやってきたことが、今やっていることに関係ないのだとしても、意味の無いことなんだと言われても、今日の僕を作ったのはこれまでの僕のおかげなんです。
意味はあるんです。
これまでの一瞬一瞬に、刹那に思いを込めて、今日も夢に向かって歩んでいます。
投稿が遅れてしまったよ!!!一つの投稿に二つの文章があるなんてね!!!これが「一度に二度おいしい」ってやつだね!!!違うか!!!
4/27 「生きる意味」
今日はゴールデンウィークの始まり。にもかかわらず相変わらずやることもしたいこともない。仕方がないからテレビでもつけようか。
「せっかくの大型連休だというのにキミは旅行に行ったり新しいことを始めたりしないのかい?!!まあキミらしいっちゃキミらしいか!!!で、朝ごはんは何が食べたいんだい?!!」
……それじゃあ、ゴールデンウィークらしいものが食べたい。
「ゴールデンウィークらしいもの?!!またまた難解なリクエストだねぇ!!!わかったよ!!!ボクはすんばらしいマッドサイエンティストだからね!!!どんなリクエストにだってお応えしちゃうよ!!!」
そう言ってあいつは冷蔵庫を漁る。何を作るつもりなんだろうか。
「何ができるかは作り終わってからのお楽しみさ!!!できるまでちょっと待っててね!!!」
了解。待っている間は手持ち無沙汰なのでつけたテレビに目をやる。朝はいつもと変わらずバラエティーとワイドショーをごっちゃ混ぜにしたような番組が放送されている。
その中のコーナーで、あなたの「生きる意味」はなんですか?という町中インタビューが行われていた。「推し活」「旅行」「仕事」「勉強」「家族」……様々な答えがあった。
……自分にはそんなものはない。「生きる意味」があるひとが羨ましいと思う気持ちと、そんなものを持ったところで意味なんてないだろうという考えが混ざる。
自分の生きる意味って、いったい何だろうな。
「なーに考えているんだい???生きる意味???そんなことを考えたって無駄だよ!!!」
「だいたい、キミたちニンゲンは宇宙の副産物に過ぎないんだから……いや、言い方が悪すぎるか……。ボクはボクで宇宙を管理するという目的で存在するんだから、ある意味ボクかて宇宙の副産物みたいなものだもんね!!!」
「まあともかくボクには「宇宙を管理する」という絶対的な使命があるが、宇宙管理士のボクとしてはキミたちのような生き物には平穏に生きてほしいんだよ!!!」
「だから、そんな生きる意味なんて難しいことを考えずに、おいしい食べ物のこととか、綺麗な景色のこととか、そういう他愛もない小さな幸せのことを考えているだけで、それだけでいいんだよ!!!」
小さな幸せ、か。幸せって何なんだろうな。自分にはあまり分からない。
「何だって?!!このボクがそばにいるというのに、幸せじゃないというのかい?!!確かに「幸せ」の定義は難しいものだが、もっと普遍的なものを愛すれば、きっとキミは今よりもずーっと満たされるはずだよ!!!」
「例えば、今咲いている花々や入道雲、紅葉に雪!!!それからサンドイッチに桜餅!!!今まで出会ってきたいろいろなものの数々にもっと深く触れたらいいのさ!!!」
「そうすればきっと、キミは幸せになれるはずだ!!!」
「さて!!!ボク特製のフレンチトーストが出来上がったよ!!!ちょっとおしゃれなカフェに出かけた気分になれると思ってね!!!さぁ、出来立てを召し上がりたまえよ!!!」
……これも、小さな幸せだよな。こうやって誰かとおいしいものを食べられるのは、照れくさいけどすごく嬉しいことだ。
……ありがとう。美味しいよ。
「どうだい?!!おいしいだろう?!!作り甲斐があるってもんだよ!!!」
「さて、せっかくの休みだ!!!ツツジを見に行こうじゃないか!!!」
そうだな。いい天気だから、少しくらいは出かけようか。
腹を満たした後、自分たちは春の光に照らされながら花を見に出かけた。
。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.
4/28 「刹那」
ここは戦場だ。国と国とのいがみ合いに巻き込まれて俺たちは戦っている。今日も敵と味方がたくさん散った。
本当はこんなことをしたくない。普通に家で畑仕事をして、時々旨いものを食べて、家族や友達と他愛もない話をして、そんな風に暮らしたいだけなのにな。
どうして、ただの国民である俺がこんなことをしなくてはいけないんだ?
……こんなことを考えたって無駄だ。ここでできることはただ一つ───敵国の人間を殲滅することのみ。
自分の平和のために、国の平和のために。ただ俺は戦い続けるんだ。
たとえこれが間違ったことだったとしても。
ただ、戦い続けるだけだ。
……はぁ、今日も疲れた。どうして何の罪もない人間の命を奪わなくてはならないのだろうか。どうして俺まで命の危機に毎日晒されなくてはならないのだろうか。
今日も疲弊したまま寝床に着く。
次の日、驚くべきニュースが飛び込んできた。
なんでも、二国間で話し合いによって問題が解決したらしい。
俺は安心した。もうこれ以上、傷つかずに、傷つけずに故郷へ帰ることが出来る。
もうこれ以上、凄惨な戦場を見なくて済む。
平和に、平穏に暮らせるんだ。
その刹那、駐屯地に火が放たれた。
火はあっという間に広がり、俺もあっという間に器官が焼かれた。
息ができない。苦しい。
なぜ、なぜなんだ。
俺はただ、平和を望んだだけなのに。
……灰になって、土に還ることしかできないのか。
家族のみんな、友達、恋人に、また会いたかったな。
薄れゆく意識の中で、ぼんやりとそんなことを考えることしかできなかった。
私の住んでいる地域は国境の近くに位置しており、よく戦争の被害を受けていた。
貧困のためこの土地から離れられなかった私は幼い頃から遠くの金持ちの家に奉公に出て時々家に帰るような生活を送っていた。奉公先の家の方々も周りに比べたらとても優しく、この生活にあまり不満はなかった。
そんな生活が崩れたのは国から隣国と戦争をするという発表が出てからだった。
父の元に召集命令が来たのだ。
それからうちの近くではよく銃の音、戦車が走る音、戦闘機のエンジン音が響くようになり眠れなくなった。
それでもお金が無くては暮らしていけない、私は奉公先に休みもらわず働き詰めた。
家に帰ったのは情勢が悪化し奉公先から解雇を言い渡されてからのことだった。
すずめの涙ばかりの退職金を大事に持ちながら帰路を歩いていると前から強烈な爆発音が次々と響いてきた。空を見上げると爆撃機らしきものから無数の火の雨が降り注いできている。
その瞬間私は駆け出していた、爆撃されているのは家の近くだった。母は大丈夫だろうか、その思いばかり先行し足がもつれ上手く前へ進めない。やっとの思いで家が見えるところまで走った。
だが家は既に半分以上形を保つことな崩れていた。
母は瓦礫に押し潰されていた。声をかけても揺すっても少しも反応がない。玄関があったであろう場所で倒れており逃げ遅れたことが容易に想像出来た。
私は腰が抜け、ただその場に座り込むしか無かった。
お金が無いながらも自分を愛情を込めて育ててくれた母、奉公が始まってから頻繁に体調を気遣ってくれた母、最近父からの手紙が来ないと心配していた母、昨日まで手紙のやり取りをしていた母は、いまさっき死んでしまった。
実感が湧かなかった。
私は日が暮れ朝日が登るまで母の手を握りその場から動かなかった。
どうやら爆撃は私が家に着く前に止んでいたようだった、いっそ自分も爆発に巻き込まれて死んでしまいたかったが世界はそんなに私に優しくないらしい。
このまま何も食べずにここにいれば死んでまた母に会えるだろうか。
もしかしたら手紙が途切れた父ももう死んでしまったのかもしれない。
それならいっそ早く死んでしまいたいと思った。
そんな時だった。
「おい、嬢ちゃん。そんな目立つところにいたらあいつらが銃撃しにくるぞ。」
と後ろから男の声がした。
二十歳になってから約四年が過ぎた。目の前の出来事をなんとか片す毎日が繋がって、いつの間にか大人になっていた。大学を辞めてから三年のフリーター期間のち、塾講師という職にありついた。
面白味のない機械的な翻訳と英作文を繰り返して、生徒からのくだらない質問をいなしながら今日も仕事は終わった。
「ねぇ、塾の先生やってんの?」
仕事終わり、愛車の停まっている駐車場に向かっているときのことだ。走る車も少なくなってきた夜、信号機の淡い光源に照らされて歩道に立っていた彼女はそう言った。美しい声だった。
返す言葉を持ち合わせずに戸惑っていると、彼女はおもむろに塾の方を指さした。
「あそこから出てきた」
「はぁ、何か用ですか?」
一方的な彼女の言動に辟易して、思わず返事をしてしまった。無視してしまうのが正解だと思っているのに、気付けば言葉が出ていた。
受け入れられたと思ったのだろうか、彼女はちゃちなサンダルをパタパタと鳴らしながらこちらに歩いてきた。
「いや、別に用はないんだけど。暇だったから話しかけた」
吹く風が温くて嫌気がした。
「話すことはないんで。それじゃ」
ボタン式のキーで解錠をすると、慌てたように足音が早くなった。
「待って待って。あたし未成年じゃないよ? ほら」
言いながら、財布から取り出したのは身分証明書だった。単に億劫で恐ろしいだけなのだけれど、彼女は大人のようだ。まだ成り立てではあったけれど。
「大人なら節度は守ってください」
きっぱりと言い放つと、彼女は言いかけていた言葉を飲み込んで首肯した。その姿に何故か揺さぶられた。
「知らない人にだる絡みするのには、理由があるんですよね?」
「話してもいいの?」
「……十分くらいなら」
彼女はすらすらと話し始めた。大学受験に失敗したこと、浪人のプレッシャーから逃げるようにギャンブルにハマったこと、家に居づらくなってしまったこと。全部自業自得なんだけどね。と痛みのある笑顔を浮かべながら付け足して、彼女は話を終えた。
「それで、道行く人に話しかけてると」
「話しかけるのは今日が初めてだよ」
「それはラッキーな話だ」
とんでもなくというより、とんでもな幸運だった。
「偶然じゃないよ。近くを通る度に見てたから」
「どうして?」
もしこの瞬間に戻れるなら、どうしてなどと軽はずみには聞かなかった。文字通りそれは過去のことであって、ifによって導かれる過程もまた、起こり得ないことではあるけれど。
「あたしももっと勉強してたら、違ったのかなって」
さらりと言葉が流れたのが、逆に沈黙を際立たせた。
教室の光に後押しされるように帰路へ着く子供たちを、彼女はどんな気持ちで眺めていたのだろうか。
「もう十分経ったね」
ありがとと歯切れよくお礼を言って、彼女は踵を返した。その細い背中に何を言おうか迷っている自分に驚きながら、独り歩きする玩具の兵隊みたいに、言葉は前に進んでいた。
「フリーター経験があるから分かるけど、肩書きがないっていうのは想像してるより辛い。だから、やることないなら取り敢えず働いてた方がいいぞ。働きながら、余裕を作って、それで、次を考えればいい」
そんな計画性なんて持ち合わせていない人間のくせに、それっぽいだけの助言を贈った。
「分かった。働いてみる」
あっさりとそう言って、彼女は今度こそ何処かへと去っていった。たなびく不安のほつれだけを一本残して、車へと乗る。多分この記憶もまた、積み重なって繋がっていく日々の中で過去形へなっていくのだろうと思いながら、アクセルを踏んだ。
蛇の道は、人によって違うのかもしれない
喉が渇きそれを他人のせいにしてエゴで刹那に散っていくもの,それは違うと
懸命に、側にいるものに愛を注ぎ
花を咲かせるもの.
私は後者で生きてきたが
今は、刹那までは行かぬとも
蛇の道を歩んでいる
刹那とは、自分の忍耐の無さなのでは?
そこを知っているので、ありがたくも
すぐ横道に歩いて行ける
刹那に散らなくて良かったものもいる
だから、神に感謝する。
そして、今日が無事終わり
平穏な夜明けが来るよう祈る
刹那という言葉に、エゴで固定化し
ニヒルな自分を作り上げる。
そんな、魂を見るたびに僕は悲しくなる
さ,蛇の道を遠らざるしかなかった光よ、
明るい朝を共に迎えましょう
祈りを込めて……
初めての一人暮らしは、始まりから散々だった。
急な内示から始まった家探しは、祝日休みの不動産屋、土砂降り、長時間の運転と、なかなかな滑り出し。
なんとか見つかった内見は、薄らぐらくて外装ヒビだらけの六畳一間。この片田舎でオール電化とは何事か。(個人的偏見を過分に含む。)
こちとらうら若き乙女であるからには、
譲れぬものもあるのだ。せめて脱衣所は欲しい。
なんやかやあって、外装と間取りの写真だけで決めた八畳一間(脱衣所と独立洗面所付き)に入居したのは本日の午前九時のことである。
ちなみに、五階建てのこの建物にエレベーターなんていう文明の利器はない。やはり裏切らないのは筋肉だけなのである。裏切るほどについていないけれど。
荷解きやら、ガスの立ち合いを済ませ、一息ついた頃にはもうへとへとであった。
ようやく風呂に入って、ベッドの上に倒れ込んで、
今日はよく眠れるだろうと布団をかぶってはや三十分。
これが全く寝付けない。
何故だか逆に目が冴えてくる始末。
あの、眠りに落ちる一瞬がどうやったって訪れない。
手洗いは済ませた。寒いわけでも、暑いわけでもない。
寝る前に怖い話を読んでもいないし、
コーヒーなんてまだ家にない。
そんな不安をぼんやり言語化するとすれば、意識を落とす刹那、己の無防備を晒せる安心感を失ったのだろう。
いつか、状況に慣れて、この家でだって眠れるようになるだろうが、自分一人で立っている自信に他ならず、これまでのような包まれる安心を得ることは不可能になるのだろう。
眠気の訪れを待つために温かいお湯を沸かすこととし、覚書とする。
よりによって
ずっと続いて欲しいと思うものほど
一瞬で過ぎていってしまうから困ったものだね
もうすぐ帰っちゃうよ、の時間に
ぎゅっとしていた手の温もりと
一秒でも見逃したくないと思ったその表情も
二人でいた場所からどんどん離れていく新幹線の中で泣かないようにしていた時間も
ほら、こんな調子で
君といたら人生なんか、あっという間なんだって。
だからね、私は
君と過ごす一秒一秒を大事にしたいんだよ
《刹那》
遠い記憶もまた刹那
以前、長崎の無言館で
戦時中の画学生の作品展示を
観に行ったことがある。
繊細に、丁寧に、
紡がれたそれは、
どの作品にも
重みがあり、
深みがあり、
愛があった。
どこか切なさも感じられるような
ひだまりのようなあたたかさ、
けれど説明的ではない
極めて純粋な
実直で洗練された作品たち。
生が当たり前となったこの時代に、
このような絵はもう描けない。
瞬間、瞬間を大事に生き、
愛する人との日常を、何気ない風景を、
一瞬を、大切に描き止めている。
現状を
受け止めながらも
向き合いながらも
絵を描き続けてきた画学生たち。
当時の刹那的瞬間が
身にしみて伝わった。