『あじさい』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
(あじさい)(二次創作)
6月は暇だ。何しろ一日中雨が降っている。畑仕事なんて水やりの必要がないだけでやることがぐっと減るし、外で作業してもいいんだけどぐっしょり濡れるから何かヤだ。風呂だって下手すると雨水たっぷりになってしまうがまあそれはそれとして、とかく僕は暇だった。
(そうだ、紫陽花を探しに行こう)
外で作業はしたくないが、散策するのは別である。僕は早速、合羽を着込むと家を出た。雨の日だろうと散歩をしたい犬が寄って来るのを、お前は家で待っておけと制する。猫はまず出てこない。余談だが、そろそろこの二匹に決まった名前を付けたい。もうツーとユーでいいかな。ちょうど梅雨だし。って、うち鶏もいるんだった。
(随分賑やかだよなあ)
ここに来たのは去年の3月か4月だった。ボロボロの古民家を直すところから始めたのだ。散らかったゴミを片付け、床を直して、雑巾がけをして、もちろん庭の草も取って。地主さんに認められたのもその時だ。今までも何人か田舎暮らしに憧れて引っ越してきた若者はいたけれど、誰も長続きしなかったから、つい疑ってしまったんだって。
神社の前を通り抜け、集落に向かう。去年は集落に続く道端に、それこそ紫陽花が咲いていた。今年はまだ咲いていない。いや、蕾すらついてないから、咲かないのかも?この集落の紫陽花は、あちこちに株があるけれど、その年に咲く株はある1箇所だけらしい。実は僕の家を出たところにも、株だけはあるんだ。去年も今年も咲かなかったけどね。
(あー、ここだったかぁ)
何人かの観光客とすれ違いながら、花開いた紫陽花の株を見つけたのは、地主さんの庭の前だった。集落に出た僕は、すぐに曲がって商店の前を通り、お寺、墓地、学校と下ってきた。もし集落からまっすぐ橋を渡っていれば、もっと早く見つけられたんだけど、まあいいかと思い直す。雨に濡れた紫陽花はいよいよ瑞々しくて華やかだし、いい時間潰しにもなったし、僕は満足だ。
ぜんぶ春のせい 修正
「保険なんですよね?」
「そうです、春を安心して生きるための保険、春保険です。」
その男は貼り付いた笑顔のままそう答えた。
〈3日前〉
ハルヨは内定式に向かう道を意気揚々と歩いていた。4月から社会人生活が始まる。少し不安はあるが固い決意をもって仕事に臨もうとしていた。就職活動は困難を極め、やっと貰った内定。奨学金を支払うためにもカジリ付いてでも働かなくてはならない。スーツはパンツスタイルで春色のカバンを腕に掛け眼光鋭く泥舟商事へと向かった。
泥舟商事のビルの前で人だかりができている。皆年若く、新品のスーツで身を包み、髪型も真面目なことが正義であると言わんばかりにまとめられていた。ハルヨと同じ新社会人であろう。若者たちはビルの入り口に掲示された貼り紙を見つめながら呆然とした顔を浮かべている。貼り紙にはこうある。
『内定取消通知書
本日、内定式出席予定の皆様へ
拝啓
時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、泥舟商事におきましては、皆様方を2024年4月1日付けで入社していただく予定としておりましたが、誠に遺憾ながら、現在の業績悪化に伴い、やむを得ず皆様の内定を取り消させていただくこととなりました。
このような決定に至ったことは、当社にとっても大変心苦しいことであり…、』
内定取消!ハルヨの視界がぐわんと歪み、立っていられなくなって両膝に手を付いた。顔を上げ辺りを見ると、会社に電話する者、抗議の声を上げる者、ショックで道路にへたり込む者、地獄絵図の様相だ。
そんな中、ハルヨの隣から場違いの明るい女性の声が聞こえて来た。女性は電話をしているようだ。
「この場合も保険の対象になるんですか?助かったぁ。ええ、本当に。じゃあ、近日中に振り込まれるんですね?ありがとうございます。よろしくお願いします。」
そう言いながらスマホに向かってお辞儀をしている。
私は思い切って話しかけてみた。
「何か良いことがあったんですか?」
「えっ?私ですか?ああ、今のやり取りを聞いていたんですね?特殊な保険があって、内定取消に対して保険金が降りるみたいなんですよ。」
「内定取消でも適用されるんですか?」
「興味があったら話を聞いてみたらどうですか?」
女性は名刺を差し出して来た。名刺にはこうある。
『グッドラブ生命 営業 救井ヨウ』
〈現在に戻る。〉
喫茶店にはビジネス街にあるお店らしくノートパソコンを広げたサラリーマンが多くいた。ハルヨは注文したアイスティにガムシロップを半分だけ入れた。救井ヨウは自分の頼んだコーヒーには手を付けず。その様子を笑顔で見つめていた。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「すみません、春保険について教えてくれますか?」
救井はタブレットを示しながらセールストークを始めた。
「例えば地震保険に入ったとします。年間8万円です。ところが地震が起こるのは春が多いと言うデータがあったとしたらどうでしょう?年間の保険金のうち、1/4は無駄な掛金だと感じませんか?そう言う方々のニーズに応えて出来たのが春保険なのです。」
「地震は春に多いのですか?」
「‥お客様、例えばの話でございます。」
救井は笑顔を崩さずに答えた。
書棚ハルヨは元来保険を信用していない。今入っている生命保険も親に言われて仕方なく入ったものだ。それも近所付き合いの関係で書棚家の近所の保険勧誘員と契約を結んだものだ。春保険などと言う聞いたこともない胡散臭い保険に前のめりになれないのは仕方のないことだった。内定取消のショックが無ければ今日この場にいる事は無かっただろう。まぁ、保険に入るタイミングなんて将来に不安を感じた時と相場は決まっているが。
「なんで春なんですか?」
ハルヨは素朴な疑問を口にしてみた。
「私共の親会社は主にAIやアンドロイドの開発を行なっておりまして、独自のAI技術の活用によってより有効な保険を提供できるのではないかと考えたのです。実は私共の社名のグッドラブと言うのは『良い愛』が訛って『ええ愛』となる所から来ておりまして‥」
ここまで言い終えて救井は一拍置いた。
「AIに計算させた所、春保険がもっともお客様から需要があり、そして革新的なプランであると算出されたのです。」
「へぇ。」
AIと言う言葉を聞くだけでハルヨの春保険に対する信用度が上がった気がする。ハルヨは少し前のめりになった。
「春保険って今まで聞いたことなかったです。」
「私共の様な無名な保険会社ですと大手にはない革新的なサービスが必要になるのです。書棚様も最初聞いた時は驚いたでしょう?」
驚いたと言うより、怪しんだのだが救井のキラキラ光る瞳に見つめられ、ハルヨは「驚きました。」と嘘をついた。
ハルヨは救井を羨ましいと思った。新しい事業は、やり甲斐があるだろう。何より商品を売り込む救井の態度は自信に溢れていた。『私も今頃就職してバリバリ働く筈だったのに』と思わずにはいられない。ハルヨは正直保険に入ってもいいと感じていた。必要性を感じたからではない、救井の熱意と春保険の革新性にあてられたのだ。しかし、手元の金がない。勤め先が決まっていないハルヨには月2万円はきつかった。空になったコップをそれでも尚ストローで啜りながらどうするか考えた。それをエサを前に待てをしている犬の様に
見つめる救井がいた。
「えーと、もうちょっと待って貰えますか?」
「‥書棚さん、保険は焦って契約する様な物ではないですよ、人生設計を立てて必要だと思ったらまた連絡を下さい。」
救井に心の内を見透かされている様でハルヨはすごすごと退散することにした。
書棚家に帰るとハルヨの父親が首にコルセットを巻いていた。
「どうしたのお父さん?」
ハルヨの父は首を動かさず、目だけをハルヨに向けて答えた。
「事故に巻き込まれたんだよ、一歩間違えば死んでたかもしれないぞ。」
死という言葉を聞いてハルヨのボルテージは上がった。
「えっ?何があったの?」
「聞きたいか?俺の武勇伝。」
そう言うと、ハルヨの父はやや芝居がかった調子で続けた。
「それは外回りを終えて店に戻る時に起きた。」
書棚家はクリーニング店を経営していて、一般客以外にも会社相手の依頼を受ける時もある。そしてそんな時は、ハルヨの父親が店のワゴン車を使って依頼品の回収や配達を行うのだ。この日の外回りは近くのパチンコ店から制服を回収する事だった。
「春眠暁月を覚えず、などと言うが、居眠り運転の対向車がセンターラインを超えてこっちに突っ込んで来たんだ。俺はもうダメだと思って思わず目を瞑ってしまった。その時だ。時間の流れがまるでスローモーションになった様な感覚を得た。心眼が開いたんだ!」
ハルヨの父はどうだと言わんばかりに見得を切った。
ハルヨは無視して、「それで?」と促した。
「俺は思いっきりハンドルを右に切った。急速に接近する二台の車、対向車の左バンカーとこちらのバンカーがぶつかったかと思った瞬間、俺の正面から対向車は消え、『シュッ』と音を立てて交差して行った。俺はハンドルを切りながら同時にアクセルを踏んでいた。俺のワゴンが後輪を横滑りさせながら対向車線に侵入する。後続の車が突っ込んでくる目の前でワゴンはドリフトを決め、何事もなかったかの様にまた走り出す。居眠り運転の車がガードレールにぶつかり激しい音を立てた所で俺はようやく目を開けた。目を瞑ってから開けるまで1秒足らず。俺はその1秒で生死を分ける曲芸を演じて見せたのだ。シャツが冷や汗でじっとりと濡れいたよ。」
ハルヨの父はそう言い終えると、眉を寄せ、大仕事をやり終えたと言った風に深いため息をついた。
ハルヨは父が事故を回避したこと、恐怖で目をつむりハンドルを切ったら、たまたまドリフトに成功したこと、そして興奮状態の父がそれを自分のテクニックの結果だという風に脳内変換している事を理解した。
「でも、車は避けたんでしょ?どうしてコルセットを巻いてるの?」
「普段運動不足なのに急に体に負荷がかかっただろ?そのせいでムチウチになっちゃって。」
武勇伝の勲章にしては情けないオチだ。
「だけどこれだけのことがあったのに自動車保険は降りないって言うんだよ。事故に遭った訳じゃないからって。それに比べて春保険はいいな。保証してくれるってよ。」
ハルヨは父から春保険と言うワードが出て来て驚いた。
「待って、今春保険って言った?」
「ああ言ったぞ。春保険って言うのはな、AIによって導き出された革新的な保険で‥」
「グッドラブ生命でしょ?知ってるわよ、春保険降りるの?」
ハルヨは父親によるセールストークの受け売りを遮った。
「春は居眠りが多い季節だから、それに関する被害は保証されるんだってさ。春保険はいいぞぉ。まだ入ってなければハルヨも入りなさい。」
「でもお金が。」
「何だそんなこと。保険金も降りるし俺が立て替えてやろう。」
「本当?父さん、ありがとう。」
ハルヨはその日のうちに救井に電話をし、翌日には契約を済ませていた。
春保険が適用される期間は、3月、4月、5月の3ヶ月間だ。春に起きた事故なら何でも適用される訳ではなく、事故が春に関係していることが立証される場合、そして被害額が明確に分かる場合に限る。例えばハルヨが食らった内定取消の場合、内定取消が行われる時期は『春』と相場が決まっている。被害額は4月と5月の2か月分の給料額となる。内定取消の日にハルヨが出会った女の子、「小路ヒロコ」の話によると満額保証されたらしい。小路ヒロコとはあの事件をきっかけに仲良くなり連絡を取り合うようになった。
逆に保証の対象にはならない場合は、3、4、5以外の月に被害に遭った場合。被害額が特定できない場合。春以外の季節が連想される場合。そして変わっているのが春以外の季語や季節の言葉が隠れている場合。例えば海、祭り、冷房、蚊、夕立などの季語や、懐かしい(夏かしい)、不愉快(冬かい)などの当て字が入る場合はダメらしい。このルールを決めたAIは俳句でもやらされていたのだろうか?
春保険にはライト層向けの春保険サクラと、掛け金が上がる代わりに保証額が無制限になる春保険マンカイ。の2種類がある。ハルヨはマンカイに加入した。
ハルヨとヒロコは同じ派遣会社に登録し、成金商事で事務スタッフとして働くことになった。事務と言っても新商品の宣伝やSNSの発信も行う。ハルヨが企画した新商品を紹介するイベントが成功した事で会社からは正規雇用に切り替えたいと言う話もされた。
「ハルヨは凄いよね、どんどん前に進んで行っちゃって。」
ハルヨとヒロコは昼休みに社食に来ていた。自然と仕事の話題になる。
「春保険に入ってからかな、失敗しても保険が守ってくれるって考えたら積極的に行動出来るようになったんだよね。こないだね、男をナンパしちゃった。」
「やるー。どんな男?」
「クラブで知り合ったんだけど、」
「クラブ!」
社交的ではないヒロコは、自分と対極にあるクラブと言う言葉に反応して、語尾が?と言うよりは!に、なっていた。
ハルヨはクラブなんてなんてこと無いと言った感じで「そう。」と返事して話を先に進めた。
「何だが場慣れしてなくて、居心地悪そうにしてる男がいたんだよ。それで声をかけたら友達に無理矢理連れて来られたって、意気投合してその友達を置いて抜け出しちゃった。」
「それでどうなったの?」
「今はその男の家で同棲してる。」
「ひゃー、とんとん拍子だなぁ。」
ハルヨの行動に目を輝かせていたヒロコであったが急に俯いて愚痴をこぼし始めた。
「それに比べて私は失敗ばかりだよ。この前イベントで使うモニターを運んでたんだけど、くしゃみをした拍子に倒して壊しちゃって。社員から怒られるし、5万円弁償させられるし散々だったよ。」
「まさかそれも?」
「うん、春保険で。花粉症が原因だから保証されるって。」
仕事も恋も絶好調のハルヨだったが、1つ不満な事があった。春保険のお世話になった事ががないのだ。周りの人間からは春にまつわる失敗談を聞かされる。その度に春保険に入ってて良かっただとか、春保険に入っていれば安心だとか聞かされる。自分だけが春保険の恩恵にあずかれないのは不公平だ。好きな異性に振り向いて貰えない時のイライラと焦りと劣等感がないまぜになった感情が湧き上がっていた。
もう5月に入っていた。電車を降りると汗ばんだのでコートをスプリングコートを脱いで腕に掛けた。ハルヨは身長165cmと抜群のプロモーションが映えるジャケットやコートを着がちだった。暑さと昨夜の夜ふかしでフラフラした。ハルヨは春保険に守られたくて無理をしていた。今月を逃すともう春保険の対象期間が終わってしまう。わざと睡眠時間を削って精神的に不安定になろうとしたり、過去5月に増水の被害が出た川や山に赴いた。山ではついでに適当な山菜を摘んできて生で食べた。はたから見たら滑稽だろう。だがハルヨとしては至極真剣、至って真面目なのであった。
そんなだからであろう、美味しい話が身近な所から舞い込んできた時はニヤニヤが止まらなかった。いや、要するに怪しい話なのだが。ヒロコから折行って相談したい事があるので聞いて欲しいと頼まれたのだ。だが内容を聞こうとすると、頑なに答えない。まずはご飯を食べに行って、それから話すの一点張りだ。
ハルヨは内心、ロクな内容では無いだろうと思っていた。そしてそれがハルヨをウキウキさせるのだった。
金曜日、仕事終わりにヒロコが予約した店に向かう。渋谷にこの春からオープンした天麩羅店だった。山菜や野菜をメインに春が旬の食材を出す天麩羅店であった。店名を春衣と言う。春が終わったら何をウリにするつもりだ?とハルヨは思ったが、その答えは後に判明する。
料理は美味しかった。まずは春の天麩羅の定番、ふきのとう、タラの芽、わらび、菜の花と並ぶ。それを厳選された岩塩で頂くのだ。春野菜のふんわりとした柔らかさとサクサクの衣が絶妙な食感を作り出す。仄かな苦味と塩味、春の爽やかな風味が一体となる。その後はシラスのかき揚げ、ホタルイカの天麩羅と続き、最後に山菜ご飯の上に海老の天麩羅が乗ったあっさり天丼と竹筒の器に入った筍のお吸い物が出てきた。どの料理もハルヨを満足させる物だった。
食事がひと段落して、ヒロコは話を切り出した。
「こちらね、大将の佐野ハルヒコさん、私の高校の同級生なの。」
「へぇー、高校の時から仲良かったの?」
「ううん、この前久しぶりに連絡貰ったの、お店をオープンしたからって。」
ははぁん。同級生に片っ端から電話をかけたな?その電話にヒロコは引っかかった訳だ。佐野の顔をチラリと見る。イケメンだな。誠実そうな見た目で信用させて、人を虜にするんだな。よく女優とかが、イケメンのチャラそうな芸能人と結婚して、浮気された挙句、泣きながら離婚会見を開いたりするが、ハルヨはなにが?と思う。浮気されそう男と結婚しといて浮気されたと怒るなんて。ハルヨの理想とするのは出来るだけ地味な男だ。性格的にも見た目的にも。今の彼氏の荒木アキオは正に理想の男だった。
ヒロコの相談事とは佐野ハルヒコに関する事だった。この店舗は季節毎に料理人、提供する料理、食材、コンセプト、店名が変わる実験的な料理店だった。例えば春は春の食材を活かしたカレーを出す。夏は夏の食材活かした天麩羅を提供する。と言った具合に。
しかし問題が起きた。店をオープンさせるに至って開業資金4000万を4人で分担する事になっていたのだが、春を担当していた料理人がとんずらしてしまった。佐野は本来夏を担当する予定だったが残った料理人と相談して佐野が春も兼務する事になった。問題は足りなくなった資金だ。何とか知人からかき集めたのだが、残り500万円足りない。それで迷惑な話だと思うがハルヨに協力して貰えないかと言うのだ。
「店舗が軌道に乗れば出資者の方には1割の金利をつけて返済する予定なんです。」
佐野は申し訳無さそうな顔で説明するが、赤の他人にそんなことを頼むなんて非常識じゃないか?とハルヨは思う。
「少しでもいいの、協力して貰えないかな?」
ヒロコは惚れた男のために必死になっている。騙されているとも知らずに。
「今すぐには返事できないわ。後日返事をするってことでいい?」
佐野とヒロコはまだ貸すとも言ってないのに礼を言い、お土産にふきのとうの天麩羅の天むすを持たせてくれた。
アパートに帰ると荒木がインスタントラーメンを茹でていた。
「ごめんね、食べてきちゃって。」
「別にいいよ、親友からの相談事でしょ?で、何だって?」
ハルヨは春衣での出来事を話した。
「うわぁ、怪しいなぁ。ハルちゃん、絶対お金貸しちゃダメだよ。」
ハルヨは荒木の常識的な感覚に満足した。
翌日の朝10時、ハルヨは救井と以前使った喫茶店にきていた。土曜日ということもありサラリーマン風の客は少ない。代わりに読書を楽しむラフな格好の客がチラホラいた。
ハルヨは早速本題を切り出した。
「例えば、5月に買った商品が、いつまでも届かなくて、詐欺だと気付いたのが6月だった場合は春保険で保証されますか?」
「‥買ったのは何の商品ですか?」
「スプリングコートです。」
「春用に買ったコートが届かなかったら困りますよね、もちろん保証致しますよ。」
「例えば、買ったのがスプリングコートではなくて、春をテーマにしたコンセプトカフェへの出資だったとして、5月以降に詐欺に遭ったと気付いた、もしくはそのコンカフェが潰れた場合、出資金は保証されますか?」
「‥スプリングコートではなかったのですか?」
救井は相変わらず笑顔を絶やさなかったが、ハルヨの不自然な質問が気になったのか、間を取ってから質問してきた。
ハルヨは取り繕って答えた。
「あくまで例えばの話ですので。」
「‥そうですか、ご心配なく、そのケースでも保険を適用させて頂きます。」
ハルヨは心の中でガッツポーズをした。
「書棚様、何か、心配事でもあるのですか?」
「いえいえ、そんな事ないですよ。」
ハルヨは救井に負けじと営業スマイルをした。
救井と別れ、まだランチには早かったので雑貨店を見て回った。前から気になっていたアロマディフューザーを吟味する。サクラの香りがするデュフューザーの前で立ち止まる。ハルヨは今からすることに対して少なからず緊張していた。心臓の鼓動が早い。その鼓動に合わせてサクラの香りを吸い込んだ。だんだんと緊張が解けて深い呼吸を取り戻す。それだけで満足して店を出た。そして消費者金融に行って500万借りた。
「この度は共和国金融をご利用頂きありがとうございます。人を選ばずお金を融資するのが当店の特徴です。しかし、書棚さん、その代わり利子はしっかり頂きますよ。500万を何に使うか知りませんが、しっかりとした返済プランを考えておかないと大変な事になりますよ。脅す訳じゃありませんが私共は取り立てが大変上手でしてね。まぁ、あなたぐらいの美人なら稼ぐ方法はいくらでもありますがね。」
男はそう言うとへへっと笑った。貰った名刺には名倉カネミチとある。ハルヨはその名刺を財布にしまいたくなくてポーチに適当に突っ込んだ。消費者金融はビルの3階にある。エレベーターのボタンを押すと入れ違いで女が降りてきた。貧相な顔を厚化粧で誤魔化しているようだ。すれ違った時に肩がぶつかってしまった。
「ごめんなさい。」
ハルヨは女に声を掛けた。女は虚な目でこちらを見返した。
「あなた、若い頃の私に似ているわ。」
そう言うとフラフラと共和国金融に入っていった。
『冗談じゃない。あんなみっともない姿の女に私が似ているだなんて。どうせ安易に消費者金融に手を出して全てを吸い尽くされた。そんなとこでしょう。私は勝者。あいつは敗者。』ハルヨは憤りながらエレベーターを落ちていった。
外に出るとすぐに佐野に連絡を取った。そして春衣に着くなり、500万円をカウンターに叩きつけた。佐野は呆気に取られている。
「こんなに受け取れないですよ。」
「タダであげるんじゃないわよ。借用書は貰っていくわよ。」
佐野は慌てて借用書にハンコを付いた。ハルヨは春衣を見回した。木を基調とした無駄のない内装は好感が持てた。が、客がいない。時間の問題かな。ハルヨは心の中で呟いた。
ハルヨは上機嫌で飲み屋街に繰り出した。
「全て終わった。後は時限爆弾が爆発するのを待てばいい。」
500万円をカウンターに振り下ろした時の佐野の顔を思い出す。札束はその重みで『ドン』といい音がした。笑いが込み上げてきた。人生で500万円を人に貸すことなんてもう2度と無いだろう。ジェットコースターを乗った後の様にアドレナリンが出っ放しだ。ハルヨは荒木をバーに呼び出し祝杯をあげた。荒木は戸惑うばかりだが、
「まぁまぁ、気にしないで、今夜はアキオは払わなくていいから、私の奢りね。」
と言ってビールを注いだ。ハルヨはいつもよりも飲むペースが早いのを自覚している。だけど止められない。お酒が美味しすぎて。口元が緩んでヨダレが垂れそうだったので、ポーチからハンカチを取り出した。魔が悪いことにハンカチを出す勢いで名倉の名刺がポーチから飛び出した。名刺はヒラヒラと舞って荒木の足元へフワリと落ちる。
「共和国金融、名倉カネミチ?これどうしたの?」
「ああ、キャッチセールスだよ。無理矢理名刺を押し付けられちゃって。」
「キャッチって本当迷惑だよね。」
荒木は名倉の名刺をポケットに突っ込んだ。
5月28日。春が終わるまで残り3日だ。季節外れの蚊に小指を刺されてハルヨは朝から機嫌が悪かった。出勤するとヒロコが急に会社を辞めていた。何かあったに違いない。ヒロコに連絡を取ってみた。電話に出たヒロコは切羽詰まった声をしている。
「黙って会社辞めちゃってごめんね、春衣が大変な事になってて、私も手伝う事になったの。詳細は今夜ハルヨの家に行ってから話すから一旦切るね。」
ハルヨとしては複雑の気分だった。あの佐野ハルヒコとか言う調子のいい男が泥沼にはまって行くのは構わない。だけど友達のヒロコが巻き込まれるのは忍びない。何とか2人の仲を引き裂かないといけないのだが、恋の障害は愛の着火剤になりかねない。ハルヨは夜になるまでヤキモキした気持ちを抱えながら過ごした。
ヒロコがハルヨのアパート(実際は荒木のアパート)を訪ねて来るとハルヨは暖かく迎えてあげた。しかしヒロコはやおら左手を振りかぶると550万円をテーブルに叩きつけた。ヒロコは趣味が将棋という事で札束を人差し指と中指を立てた形で掴み、王手だと言わんばかりにピシリと叩きつけた。ハルヨは思わず『参りました。』と言いそうになった。
「春衣がハルナンデショ!に取り上げられて、お客さんが押し寄せて来ちゃって、もう忙しいのなんのって。だから私も手伝う事にしたんだ。あのね、実はハルヒコさんに告白されて、私達、結婚することにしたんだ。これ550万円。新しい出資者が見つかってバックアップしてくれることになったの。だから返済できることになったんだ。」
ヒロコは春の陽光の様な優しい明るさで現状を教えてくれた。それをハルヨは凍りついた氷柱の様に固まって聞いていた。ヒロコは明日も朝から仕込みの手伝いがあるとかで帰り支度を始めていた。
「ハルヨには本当に感謝しかない。お金を貸してくれたこともそうだけど、ハルヨがこの前企画したバスツアーのイベントを真似してみたんだ。お客さんに山菜を採ってもらってそれを佐野君にその場で天麩羅にして貰うの。それをハルナンデショが取り上げて、トントン拍子で人気店の仲間入り。落ち着いたらハルヨもまた来てよね。それじゃあ。」
ヒロコは跳ねるように帰って行った。
「私が?助け舟を出してしまったってこと?絶対潰れると思ったのに。でもまぁ、500万が550万になって返って来た訳だし、友達が幸せになった訳だし。結果オーライか。」
ハルヨは狐につままれた様な気分だったが、自分を納得させるように呟いた。そしてこの大金をどこに保管して置こうか思案した。この部屋に金庫などないし、結局荒木と相談してタンスの中にシャツで二重に包んで隠すことにした。
この日は初夏の陽気だったが、夜になっても気温が下がらず寝苦しかった。荒木が布団から出て何やらゴソゴソしている。
「どうしたの?」
「いや、春ももう終わりだな。」
「黄昏てんじゃん。」
「明日毛布をコインランドリーに出して来るよ。」
「え?その準備?」
ただでさえ眠れないのにガサゴソ音を立てる荒木に苛立つも、その音を聞いている内にハルヨはいつの間にか寝てしまった。
翌朝、スマホが鳴る音にハルヨは起こされた。荒木からだった。
「もしもし、アキオ?どうしたの?」
「サイフ忘れちゃって、コンビニの横のコインランドリーにいるから届けてくれない?」
「何やってるのよ。今から支度するから時間かかけど、いい?」
電話を切ってから軽く化粧をし、Tシャツの上からカーディガンを羽織った。髪を2.3回解かすとキャップを被り、そのまま飛び出した。コインランドリーに着くと店先で待っている荒木を見つけた。
「ほら、おサイフ。」
「ごめんね、現金だけなんだよなコインランドリーって。」
「いいよ別に。私、このまま消費者金融に行って来るからね。」
550万円を早く片付けたくて自転車を漕ぐ足に力が入る。アパートに着くと異変にはすぐに気付いた。ドアのカギが開いているのだ。
「なんで?絶対戸締まりしたのに。」
玄関を開けると部屋の中にあった物の配置が変わっている事に気付いた。慌てて寝室に向かう。500万円が入った引き出しが引っ張り出されているのを見て、心臓の鼓動がドクンと高鳴った。
「ない。」
ない。
「550万がない。」
550万円がない。
一応タンス以外の場所も探したがやっぱり無かった。震える手で警察に連絡し、荒木にも電話をかけた。しかし荒木には繋がらなかった。
「アキオの奴何やってんのよ。」
警察が来るまでの間に他に何か盗まれたものがないか確認しようとしたが、現場の保持をするべきか悩んでやめた。ハルヨは部屋のものに触れないよう、うずくまってただただ警察を待っていた。550万円が戻ってこなければどうしたらいいだろう。春保険だ。春保険にすがるしかない。20分程そうして待っているとインターホンが鳴らされた。
「書棚さん、いらっしゃいますか?」
警官の声を聞いて危機一髪で現れるヒーローがやって来たように感じた。 警官はスーツの2人組と作業服を着た3人組の編成だった。作業服組はいわゆる鑑識と言う奴だろう。鑑識は来るなり手分けして部屋中調べ始めた。スーツの2人組がハルヨの元にやってきて告げた。
「書棚さん、今回はどうやら空き巣による犯行のようですが、残念ながら空き巣被害の場合盗品が戻ってくることは稀です。覚悟はしておいて下さい。」
ヒーローはいなかった。警官達は一所懸命調べてくれているようだが、大いなる消去法だ。つまりこの現場には犯人に繋がるものは何も無いという事を証明したいのだ。ハルヨは焦った。こんな所で待ちぼうけをしてる場合じゃない。警官が呼び止めるのを無視してハルヨは部屋を飛び出した。
『私のヒーローはグッドラブ生命だ。春保険しか無い。』
ハルヨは喫茶店に駆け込むと救井ヨウを呼び出した。持っている間に何度も荒木にLINEするが返事はない。
急な呼び出しにも関わらず、救井は15分ほどでやって来た。
「書棚さま、いかがなさいましたか?」
「500万円取られたんです。これは春保険で保証されますか?」
「‥書棚さま、詳しくお話し頂けますか?」
ハルヨは事情を説明した。救井は笑顔を保ったままだ。これは保証されるって事でOK?
「書棚さん、空き巣被害は『秋す被害』春ではなくて秋の案件です。」
そうだった春以外の季節の当て字が入るとダメなんだった。みんなが寄ってたかって自分をいじめてくる。ハルヨはそんな気持ちだった。そもそも何でこんなことになった?空き巣犯はどうやってドアを開けたんだ?カギは閉めたのに。冷静に考えるとおかしな点が何個かある。ハルヨが家を空けたのは10分程だ。その間にアパートの中からあの部屋を選び、カギを開け、550万円の隠し場所を特定する。そんなことが可能なのか?そもそもどうしてあの部屋に目を付けたのか?
アキオか?アキオが空き巣犯に協力したんではないか?そう言えば昨日500万円を消費者金融から借りたのを知った時反応が無かった。あれだけお金を貸すのを反対してたのに。不自然に夜中にコインランドリーに行く準備したり、今朝の電話も怪しかった。
アキオか?秋生かぁ。ハルヨは後悔した。男を選ぶ基準は地味かどうかなんかじゃない。名前に春が入っているかどうかで選ぶべきだった。佐野ハルヒコ。あの男が理想の男だったか。
「救井さん、そんなダジャレみたいな理由で拒否しないで助けて下さいよ。」
「決まりですので。」
「酷いじゃないですか?救井さんは血も涙も無いんですか?」
「‥書棚さん、何か勘違いされていますね?私は血も涙も無いんです。初めに説明しましたよね?親会社はAIとアンドロイドを開発しているって。私はアンドロイドです。」
確かに笑顔は張り付いてるし、話し出す前に考え込むようなことはあったけれど、ロボットだからだったってこと?
「あなた、ロボットなんだったら教えなさいよ!私が500万円工面する方法を。」
「コツコツ働いて返すのが1番いいのではないですか。」
救井の声はいつもより無機質に聞こえた。
ハルヨは突っ伏して、額をテーブルに擦り付けた。そして筋肉を緊張させ体を前後にゆすり出した。そして数分そのままの動きを続けた後、ピタッと止まり、急にガバっと顔を上げた。目が血走り、歯を剥いてたその姿は鬼婆のようだった。
春代は叫んだ。
「やってやるわよ。わたし自身を売り飛ばしてやるわよ。売春よ。」
救井のCPUが素早く計算した。もし売春のストレスによって健康被害が発生したら、それは保証の対象になるだろう。しかしそれをハルヨに教えることはない。聞かれたことしか答えない。それがAIだから。
花束を抱えた千春はどきどきしながら、インターホンのベルを鳴らした。ピンポーンという音が鳴ってしばらくすると扉が開いた。
「いらっしゃい、久住さん」
そう言いながら彼女を出迎えたのは、バイト先の所員であり、千春の恩人である葛西瑞生だった。彼は彼女の姿を認めると、口許を綻ばせた。
大きく扉を開けると言う。
「どうぞ」
お邪魔しますと口にして、千春は彼の家の中に足を一歩踏み出した。玄関の三和土の隅っこに自分の履物を置いて、床に足を下ろした。
所在なげに立つ彼女を、彼はリビングへと案内した。そこはまるでモデル部屋のようで、整頓されたすっきりとした部屋だ。必要最低限の家具しかなく、その他は何もない。
部屋を見た千春は別の意味で目を瞠った。不躾とは思いながらも、部屋の中を見回す。この部屋には家主の生活がわかりそうなものは何一つ置いていなかった。敢えて、そうしているのか、そうではないのか。
「最近、帰っていなかったもので、散らかってますけど……」
千春の様子に気づいてか、そう言う彼に、彼女は微笑んで返した。
「充分に片付いてますよ! これで散らかってるなんて言われちゃ、わたしの家なんてゴミ屋敷になっちゃいます」
欲しいなと思った瞬間に買ってしまう悪癖のせいで、千春の部屋の中はもので溢れ返っている。この様を、世間の人は『ゴミ屋敷』というのだろう。そう言われても過言ではないほど散らかっているのだ。
そう、だからこそ千春はこの花束をここに持ってきたのだった。
バイト先のお客さんに貰った紫陽花の花束。落ち着いたペールブルーの花を基調に、濃い青、藤色、黄緑色などの多種多様な紫陽花がまとめられている。せっかくだし挿し木をしたいなと思っていたところ、彼が場所を貸そうかと申し出てくれたのだ。
彼が花瓶を持ってきた。それに花を入れると、千春は彼を見つめた。
「本当にいいんですか? ここに置いてもらって」
ええ、と彼は頷いた。
「挿し穂作って、しばらくしたら鉢植えにしたいと思っているんですけど……」
「どうぞ。部屋は余っていますから」
即答で快諾する彼に若干気が引けながらも、千春はおずおずと言った。
「頻繁にお邪魔することになると思いますけど……」
彼はくすりと笑った。
「久住さんなら構いませんよ」そう言うと、彼はポケットに手を突っ込んで鍵を取り出すと、千春に手渡した。「好きに使ってください」
「貴様は一体何をしているんだ」
背後から聞こえた懐かしい声に振り返る。
珍しい。常世に住まう彼が現世まで出てくるとは。
「花を愛でている」
「阿呆が。藤が他の花《紫陽花》を愛でてどうする」
眉間の皺を濃くし溜息を吐く夜に、心外だと肩を竦めてみせる。
「別にいいじゃないか。藤の花《私》はもう咲き終わってしまったのだから」
咲き誇る藤《私》を愛でてもらいたいのは当然であるが、今は芒種も過ぎている。常世と違い、とっくに藤の花《私達》は咲き終わっているのだ。枝垂れる葉を愛でても良いが、華やかさを求めるには矢張り花が必要になる。
「華やかなのはいい事だろう?人の子の心を癒してくれる」
青。紫。薄桃。
各々好きに咲いた装飾花に触れる。
少しずつ挿し木をし手入れをしてきたものが、こうしてようやく見られるようになったのだ。手をかけた甲斐があったというもの。
宮司や巫女等も喜んでいたというのに。
「貴様には藤としての誇りはないのか」
呆れたような溜息。音一つ立てずこちらに歩み寄り、同じように花に触れた。
「これから皆焼け落ちるだろうに。無駄な事をするものだ」
その眼は村の外。薄く煙の立ち上る遠くを見て。
納得する。彼がわざわざここに来た理由を。
そしてそれが無駄足になる事に、申し訳なくなった。
「魂の回収か…悪いけど、無駄足になってしまったね」
素直にそう伝えれば、遠くを見ていた眼が訝しげにこちらを見る。
「何故だ?ここの人間に争い勝つ術も力もないだろうに」
「何故って…藤《私》がいるからに決まっている」
至極当然の事。害あるものがこの地を侵すなど、出来るはずがない。
それが化生、邪魅であれ、外の人間であれ同じ事。
「珍しいな。あれだけ面倒事を嫌っていただろうに」
「面倒ではないだろう?敵か、味方か。守るものか、排除するものか…実に単純だ」
社に視線を向け、笑みを浮かべる。絶えず聞こえる宮司の祝詞に耳を傾ける。
守るものは何か。退けるものは何か。
雨にではなく、藤《私》に対して奏上された祝詞を通して望まれる。
実に分かりやすい。
「さて。そろそろこちらも動くとしようか。すぐ終わらせるけれど、夜はもう戻るかい?」
「何を言っている。これから成すべき事があるのに戻る訳がないだろう。阿呆が」
呆れたように告げられる。
藤《私》だけでは守れぬとでも思っているのか。少しだけ気分を害して眉根を寄せれば、どこか馬鹿にしたように嗤われた。
「貴様は本当に頭が弱いな。魂魄とは敵も味方と関係ないだろう」
正論に何も言葉を返せず。
気恥ずかしさから、半ば逃げるように無言で駆け出した。
「さっさと終わらせてこい。戦、天下など、都の人間どもの都合にこの地を巻き込ませるな」
「分かっている!敵は全て刈り取るから。少し待ってて!」
振り向かず言葉を返し、速度を上げる。
どこぞの国の武士らが、この村に足を踏み入れるより早く。
敵陣に降り立ち、そのまま大蛇に成った蔓を解き放つ。
さあ、早く終わらせなければ。
20240614 『紫陽花』
「ここ、毎年あじさいがきれいに咲くんだ。」
ほんとだ。このへんはあまり散歩に来ないから気付かなかった。色も形も絵のようにきれいだ。
「くっきり色付いてきれい。今まで淡い色のものしか見たことなかった。」
「うん、俺も。こんなにきれいなものは他で見たことないよ。」
蒸し暑いのは苦手だけど雨とあじさいは好きだ。あと、
「かたつむり。ちょっと気持ち悪いけど。」
「…う、うん。ちょっと…ね。ちょっと…。」
「あ、ごめん。虫とかだめだったね…。」
「いや!ぜんぜん!だいじょぶ!ぜーんぜん!」
無理しないで。いいんだよ。男のくせにとか関係ないよ。
「あ!そうそう、白いあじさいって見たことある?」
「え…うーん…。ない、かも。」
青、ピンク、むらさき、うすい緑…?あれが白?うん?わからない…。
「そっか。今度探してくるよ。真っ白なあじさい。うちに飾ろうよ。切り花ならかたつむりもいないし。」
「うん。見てみたい。」
「そういえばあじさいの花言葉ってなんだろ。」
「ええと、たしか移り気とか浮気…。」
「やっぱやめよう!」
「ただの花言葉…。」
「それでも!」
「うーん…。」
真っ白なあじさい。うちに来てほしかった。
6月にぴったりの花と色だったから。
「花言葉なんてたくさんある。あじさいも仲良し、とか家族団らんの意味だってあるぞ。」
「そっか!よかったー…じゃあそれください!」
「少し静かにしてくれ…。」
先に家で待つ君へのプレゼント。君とまた少し仲良しになれるきっかけになるだろうか。
「…あ、この小さいぬいぐるみ…馬?きりん?」
「ああ、そいつは…」
「ふふ、うさぎですよ。自信作です。」
「?!」
あじさい
紫陽花の葉って毒があるって知ってる?
見た目可愛くて雨が降った後は雨の水滴でキラキラしてて綺麗なのに知らないところに毒を隠すって不思議だね。
紫陽花の花言葉
「移り気」「辛抱強さ」「浮気」「無常」
「移り気」って少しずつ色が変化することが由来で
別名「七変化」って言うらしいよ。
紫陽花って色んな色があるよね。
⚪︎紫・青の紫陽花の花言葉
「冷淡」「無情」「浮気」「知的」「神秘的」
「辛抱強い愛」
⚪︎ピンクの紫陽花の花言葉
「元気な女性」「強い愛情」
⚪︎白の紫陽花の花言葉
「寛容」「一途な愛情」
_あじさい_
今日は彼と二人で紫陽花が沢山咲いている場所にデートしに行った。この間、大雨のせいで中止にされたデート。今日こそ彼とこの紫陽花を見に来ることができた。
「わぁ〜!凄く綺麗。」
「ですね、紫陽花はもちろん。今日は晴れて何よりです。」
「ね〜、晴れてよかったぁ、」
ヘナヘナとする私を彼は微笑ましく見ていた。紫陽花にも同じように、彼は優しい笑みを溢した。
紫陽花ロードを進んでいくと、紫に青、あたり一面紫陽花で埋め尽くされていた。
その後は紫陽花を鑑賞して、紫陽花のお土産スペースに寄った。可愛い紫陽花の柄のペンやポーチ、花束まであった。
並んでいる商品に見惚れていると彼に名前を呼ばれた。何か買ってきたようだった。
「これ、貴方に渡したくて。受け取ってくれますか?」
「えっ、いいの?嬉しい、ありがとう!」
私は満面の笑みを彼になげ、彼から可愛いピンク色のリボンがついた紫陽花を渡された。
「ふふ、白色の紫陽花の花束です。どうしても貴方にあげたいなと思ってつい。」
「へぇ〜、可愛いね。」
私は彼からもらった大切な紫陽花の花をリビングの机に飾った。
1番好きな花??
…………強いて言うなら、あじさいかなぁ。
思い出なの。大切な、ね!
花言葉は「浮気」。
私がこの花が好きな理由?そうね……あなたなら1番わかってるんじゃない?
今日は歩くぞ!って日は、カメラを持って出ることが多いんだけど。
少し用があったので、電車で数駅のところまで。
ついでに近くにある動物公園に寄って、ゆっくり散歩しながら帰ろうと思って意気込んで。
オウムとかインコとかタヌキとか、見てたら思ったより楽しくなっちゃってね。
リスザルが並んでこちらを覗いてたり、鹿とかヤギが死ぬほどいたり、レッサーパンダの前にはファンであろうお姉さんがめちゃくちゃ写真撮ってたり。
ほんの1時間と少ししか居なかったけど、足をたくさん蚊に刺されて、それも込みで動物園ってこうだよねぇ〜!って思ったなぁ。
動物公園、と言うだけあって、お花が植えてあったり、遊べる遊具があったり、もっと過ごしやすくなるのだろうか、工事中の立て看板がそこら中に。
それでも、あじさいがたくさん咲いている道は、ちゃんと通れるようにしてくれていてね。
青紫のあじさいがこれでもかってくらい咲いていたの。
まだ先だと思ってたのに、もうこんなに見頃だったんだねぇ。
私の好きなのはおかめあじさい。
肉厚なつぶつぶのかわいいやつ。
実家のガクアジサイ、見に帰ろっかな。
休み満喫出来て嬉しいなぁといった19:00
【あじさい】
題 あじさい
散文、書き散らし
私の生まれた北の地では、梅雨はそれほどはっきりしていない。
幼稚園のころには、カレンダーやれんらくちょうなんかで6月のページになると、あじさいのそばでかえるが笑っているのを見るにつけ、なぜあじさい?なぜかえる?と思ったものである。
だから紫陽花のある風景というのも身近ではなくて、6月になったら自然と目で探す…ということもなく。
本州に渡ってきて良いことの一つはそれだと思う。
もちろん、暦や月の花の"常識"とは、暦や常識を"作れる人たちにとっての"暦や常識でしかない。
暦や常識が作られたとき、作った人たちは全国どこでも、誰でも、この季節になるとあの花を探す感覚が好きだし共感できると思っていたんだろう。
素敵な傲慢だと思う。
そう想像する。
だから6月は紫陽花の季節でもいいし、よさこいの季節でもいいし、カビの季節でもいい。
夏が来る。
綾音くん、アジサイって綺麗だと思わないかい。君もそう思うだろう?私もね、繊細な色の移ろいが好きなんだ。考えてみたら不思議な話だね。同じ紫でも、赤や青の割合によって全く違う印象を受けるね。うん?あぁ、こっちでも花の名前を由来とする紫は多いよ。
「教授のお喋りは嫌いじゃない」
Title
花の色は
Theme
あじさい
あじさい
「ねえ、みてよあれ。きれいだね。」
帰り道、君が突然そう云うものだから何事かと思い
指差す方をみてみると
「ああ、あじさいか、確かにきれいだな。というかもうそんな時期か早いな。」
「一年ってあっという間だよね、瞬きの合間にとはこういう事なんだと改めて思ったよ。」
「だな。」
「…ねえ写真撮ろうよ、」
「かまわないけど、どうして急に?」
「ほら、僕たち今年で卒業だろ?だから、お前とお揃いの制服を着ている今、このあじさいと撮りたいんだこの時期最後の記念にさ。」
「、、そうだな。撮ろう。どのはなにしようか?」
「う~ん、あっこれにしよっ!」
「おお、青色かやっぱりきれいだな、」「ねー」
じゃあ撮るよー3 2 1
君といつか別れる、そんな日が来るのは考えただけで胸が苦しくなってくるけど
その時はまた会える日を信じて
わたしは
紫陽花や きのふの誠 けふの嘘
人の心の移ろいやすさを詠んだこの俳句を私に教えてくれた友人は
紫陽花を見て自分を思い出してほしいのだと言っていた
結局私は紫陽花のことも俳句のことも覚えてなくて
彼がこの話を再度持ち出したタイミングでようやく思い出したのだった
つまり彼の目論見は失敗に終わっていた
それでも彼がそのような意図を話していたことは覚えていたのだからある意味成功と言えるのだろう
私たちの関係は
またたく間に消えてもおかしくないような
淡く曖昧なもので心地良い
彼にとってもそうであるといいのだけれど
-あじさい-
紫陽花はリトマス紙のようなもの
酸性だったら青色
アルカリ性だったらピンク色
中性だったら白色
植物ってふしぎだね
リトマス紙の原料は海藻らしいよ
その海藻も水の状態によって色が変わるんだって
まだ僕たちが知らない
植物が沢山あると思ったら
ワクワクするね
あじさい
あじさいと言えば、ガクアジサイ。伊豆行くと良く見かけるあじさいです。
素朴な感じが好きです。
あじさい
降り続く雨、気が滅入りがちな時期。
蒸し暑い街を歩けば、
その豪華な花房に、ぱっと目を引き寄せられる。
昔からの素朴なあじさいもいいけれど、
いろいろ増えてきている
新しいあじさいを見つけるのが、
とても楽しい。
いまのお気に入りは、
墨田の花火の繊細な彩と八重の額、
柏葉アジサイの大きくて白い花房。
雨に濡れて冷んやりとしたあじさいを
腕いっぱいに抱えてみたら、
どんな気持ちになるだろう。
あじさい
あじさいの種類は3000以上を超すらしい
人の手によって掛け合わせても弱くならないから
そんなにも多くの品種が作られるのだろう
植物は「自然」の部類に入るのだろうけど
こうして人の手で意図的に作られたものは
「自然」と言えるのかな?って考えが浮かぶ
そうすると
「野菜」だってそうだよな とか
「肉」だってそうだよな とか
余計な事がどんどん思い浮かんで
頭の中が忙しくなる
そうして
お題が あじさい だった事を忘れちゃうんだよ
あじさい
しずく「梅雨ってなんか気分落ちるよね。
雨続きだしジメジメしてるし。」
六花 「そうかな。滴る雫とかあじさいとか
綺麗だし。写真部にとっては嫌いじゃないかな」
しずく「あじさいねぇ。馬鹿な花だよね。」
六花 「どうして?」
しずく「わざわざ梅雨時に咲くんだよ。
晴れ渡った空なんて珍しい時期だし。いつでも
雨に濡れて寒くても冷たくて悲しくても
それでも綺麗に狂い咲かないといけない。
私なら耐えられない。」
六花 「違うよ。確かに冷たくて寒くて
可哀想な花かもしれない。でもそんな雨さえも
あじさいに取っては自分を綺麗に見せたてる
テリトリーなんだよ。だから、悪とも手を繋ぐ
ってこと。私もあじさいのようにはなれない。
でも強いあじさいは憧れるな。馬鹿じゃない。
強いんだよ。」
しずく「なんで、そんなに強くいられるの?」
六花 「きっと信じてるんだよ。
『私が咲くことでまた何かの生き物の笑顔
が咲いたのなら私は梅雨時の太陽だ』って」
あじさいは季節違いでも選び間違えた訳でもない
ただどんな美しい花よりもどんな人気な花よりも
強いんだ。 あじさい―
あじさい
「どうしたの、紫音」
草木は水滴を垂らし、コンクリートの上に度々小池が出来ているのを踏みつけながら歩いていた帰り道。一緒に帰っていた友人の紫音が、道端でいきなりしゃがみこんだのを見てそう声をかける。
具合が悪くなってしまったのだろうか、と些か心配した気持ちもすぐ杞憂へ変わった。輝かせた黒豆のような瞳を此方へ向けてきたからだ。
「陽菜。ホラ、紫陽花」
紫音の指差す先を見てみると、確かに紫陽花が数朶咲いていた。綺麗な青紫に、思わず感嘆の声が漏れて、自然と私もしゃがみこむ。
「こんなところに咲くんだな」
瞳に草露を反射させ、嬉しそうに紫陽花を見つめる彼の横顔を暫し見つめたあと、渋々といった雰囲気を出して私も紫陽花に目をやった。
可憐で小さな花たちが身体を寄せあい、集団で固まっている姿はまるで──
「あ、カタツムリ」
「ひっ、うそだろ、どこ!」
すばしっこい害虫でもあるまいし。湿ったコンクリートに尻餅をついた紫音に咎めるような視線を送る。
「カタツムリくらいでそんな驚くなんて……ズボン濡れるよ」
先に立ち上がって、紫音に片手を差し伸べる。短い感謝の言葉が返ってくれば、素直に片手を握られた。重力が彼の方に傾くのを踏ん張って堪える。
紫音は立ち上がってすぐ、自分の臀部に手を伸ばして。
「うわ、ちょっと濡れた。最悪。なあなあ、漏らしたみたいに見えるかな?」
「だからって尻見せつけてこないで」
紫音はへらへらと笑いながら、再び歩を進め始める。私は呆れ半分、紫音らしくて良いななんて気持ち半分で笑みを零し、彼の後について足を上げようと思った時。
「あーっ、紫音と陽菜、また一緒に帰ってんじゃん!」
「ヒュウ、お熱いねぇ」
「やめたげなよ〜。水差しちゃ悪いでしょ」
最悪だ、と思った。
「そんな機嫌損ねないでさぁ。アイツらも悪気あった訳じゃないと思うし。だってほら、異性同士で仲良いのってソーユー風に捉えちゃうのが普通だし」
「紫音もそう思ってるの?!」
「……いや、そんなつもりじゃ」
頭に血が上って金切り声を上げてしまった私に、決まり悪そうな顔をして紫音は目線を落とした。その仕草にはっとした私も黙り込んで、暫く沈黙が私たちを包み込む。
沈黙を生み出したのも、振り払ったのも私だった。
「さっきも思ったけど、紫陽花って、ああいう子達に似てる」
もうすぐやってくる突き当たりだけを眺めながらそう言い放った。言い終わるより早いか遅いか、反応を確認するように紫音を見つめる。
「……どういうところが?」
紫音は、目を瞬かせて少し考える素振りを見せたかと思えば、そう問いかけてきた。まるで良い質問だ。ふん、と鼻を鳴らしてから私は口を開く。
「ちっちゃくて可愛い子たちが寄って集ってないと、『あじさい』として存在出来ないところ。そういえば毒もあるんだっけ。そっくりだね」
「お前なあ、言い方」
肩を竦め、困ったように軽く叱責してくる紫音に、何か言い返そうと口を開きかける。だが、それは私より早く言葉を発した彼に阻害された。
「でもさ、あじさいの花に見える部分って花弁らしいじゃん?本当はもっとちっちゃいって聞いたことあるぞ」
「だから、何?」
「まあまあ、とりあえず帰ったら調べてみろよ。一軍女子達を紫陽花だと思うんならさ」
一軍女子の部分を強調した嫌味ったらしい言い方は頭に来たが、そこまで言うんなら調べてやろうと、私は躍起になっていた。
︎︎✿
家に帰り、手を洗ったらすぐ自室の勉強机に向かう。そして、いつからあるのか覚えてもいない植物図鑑を開いた。
あ行なだけあって、苦労することなくあじさいのページは見つかる。
一面に描かれた、鮮やかな青紫色。ところどころ桃や白も混ざっているそれは、綺麗としか言えないだろう。
下の方を見ると、花弁に囲まれた、蕾のような挿絵もあった。説明文を読んでみると、どうやらこれが本当の花らしい。花弁だと思っていた部分は、がくが発達した装飾花と書かれてある。
なんだか、弱そう。そう思った。
それ以外の記載はめぼしいものが見当たらなかったため頁を閉じて、表紙に描かれた沢山の花々を見ながら思考を巡らせる。
可愛く着飾っただけの、小心者同士の集まり。そう言うと相当人聞きが悪い。でも、私の頭はスッキリしていた。
あの子たちは私と紫音を揶揄うけど、紫陽花は違う。
カタツムリの歩道橋にされようと、見ず知らずの学生に不名誉な感想を抱かれようと、怒りはしない。
紫陽花とあの子たちは、違う。でも、確実な共通点はある。
◇
「紫音」
「おお、もう来てたのか?早いな。おはよう」
いつもは先に紫音が待っている待ち合わせ場所に、今日は私が一番乗りだった。
ロクに挨拶もせず、私は喋り出す。
「帰ってから紫陽花について調べたんだけど、やっぱりあの子たちに似てる。毒を持っていて、着飾ったもの同士が身を寄せないと生きて行けなくて、花言葉もあんまりいい意味ないみたいだし」
紫音は苦笑を漏らした。なんか悪化してねえか、という本心が顔にありありと貼り付けている。全く、素直な男。紫音らしくて良い。
そして私は、口角を上げて言う。
「──一番似てるのは、可愛いところだね」
今日も今日とて懲りずに揶揄いに来た一軍女子達のマヌケ面を拝むため、私は振り返った。
『あじさい』
仕事が休みの平日のお昼前、久しぶりにハンバーガーショップに来た。少しお腹がすいていたのて、チーズバーガーとブレンドコーヒーを注文した。
ここのコーヒーが大好きだ。ふとコーヒーを飲むようになったのはいつだろうと思った。はっきりしないが、二十歳は過ぎていた。当時、家では飲んでいなかった。その頃、私は看護専門学校に通っていたのだが、授業と病院実習の忙しさに加えて、家族間での揉め事もあって常にイライラしていた。そうした自分へのご褒美と称して、週に1回程度、学校の近くにできたばかりのチェーン店のハンバーガーショップに行った。
学校が休みの日の、比較的空いている午後、1人でハンバーガーとブレンドコーヒーを注文し、たばこを1本吸っていた。当時は店内の喫煙は制限されていなかった。
コーヒーとたばこは、イライラを解消するために始めたものだった。どれくらいの期間続いたか覚えていないが、1日1本と決めて吸っていたたばこは、いつの間にか止めていた。
そのうち就職するにあたり家を出てから、仕事と初めての1人暮らしで余裕がなく疲労のほうが強くなり、イライラはなくなった。
ここのコーヒーは味が濃い。「深煎り」という言葉を知ったのはコーヒーを飲むようになって、何年も経ってからだ。ここのコーヒーは深煎りなのかもしれない。
座った窓際の席から、植え込みのあじさいが目にとまる。濃い紫色とピンク色が鮮やかに咲いている。家に咲いていたあじさいは、とても色が薄い水色と緑色で、ひとつひとつの花びらが小さかった。私は、そのあじさいをきれいだと思ったことがなかった。
濃いコーヒーを飲みながら、濃く鮮やかに咲くあじさいを見て、意外な共通点を発見した私は、久しぶりに家に帰ってみようかなと思った。