『Kiss』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
Kiss
たった4つの文字の羅列がこんなにも薔薇色に見えるのは何故かしら。
遠い君へ
幼き頃 僅かな記憶 亡き父の
タバコの香り ただいまのキス
#Kiss
Kiss
唇から首筋へと降るキスは、私を狂わせていく
このまま堕ちてはいけないとわかっていても、
跳ねる心臓と熱くなる身体は心とは裏腹だ。
「俺のものになっておくれ…」
切なく囁く彼の瞳には、私しか映っていなかった。
君にキスした。その瞬間、世界が変わった気配がした。
いろんな心配事、身近なものだったり、遠くの国の人たちのこととか、僕はくよくよ悩んでばかりだった。でも、今はそんなの気にならなくなって、愛とか真実が、きっとそこにあるって信じられた。
ここがどこだって構わない、本当は公園の広場の真ん中にいたけど、ここがお花畑だって、二人で将来住むお屋敷だって、反対に、何にもない砂漠だって、どこだっていい。
情熱が人を突き動かしている。炎のように、メラメラと湧き立つ心がある限り……なんて僕は馬鹿にしていたけど、その意味もわかった。教えてくれた人ごめんなさい。あなたの言う通りでした。
僕は君とひとつになって、世界はそこだけになった。
やがて、崖っぷちに僕たちは立っていることに気づいて、思わず抱き合った。
あたりは殺風景では表せないほど、無の空間になっていて、見下ろすと溶岩が吹き上げていた。
キスなんかしなきゃよかった。
「は〜、ベッドふかふかで幸せ〜。ここが天国かな……」
「……吐かないでくださいよ先輩。それ、俺のベッドなんだから」
だいじょぶよぉ、なんて間の抜けた返事が返ってきて、こちらまで脱力した。
時の流れの力は偉大だ。彼氏に振られた直後は目に見えるほど落ち込んでいた先輩も、数週間も経つとずいぶん元気を取り戻したようだった。
そしてなぜか、相変わらず飲みに付き合わされ続ける俺。突き放した態度を取ったはずなのに。
「……ここ、一応男の部屋ですからね。わかってます?」
「……へーきだよ……だってきみは、わたしがいやがること、しないもんねぇ」
先輩はそう言うと、それが限界だったのか、すぅすぅと寝息を立てはじめた。
「……『嫌がること』、か」
本当にこの先輩は、図々しくて、無神経で。憎らしくてたまらない。
裏切ってやろうと思った。この先輩が勝手に『信頼』だと思い込んでいる何かを。
俺は、ベッドに無防備に寝転んでいる先輩に近づいた。そして。
先輩の頬に、そっと口づけた。
……今晩の俺には、それが限界だった。
『Kiss』
〝Kiss〟
キスって言葉は知っている。
だけど、
したこともないし、したいとも思っていなかった。
なのに、あなたを一目見た時から、
不思議とあなたに触れたくなった。
聞いてもいいかな。
恥ずかしいから、小さく、速く、英語で。
「Is it okay if I kiss you?」
【Kiss】
「おまたせしましたぁ〜」
ほぼ予定どおりの時間にもかかわらず、スミレ先生はいつもこう言いながら爽やかな笑顔で僕の前に現れる。
「お忙しいのに、お時間割いていただいてありがとうございます。どうしても、次回作の相談に乗っていただきたくて…」
「いやいや、先生。それ、原稿を依頼している僕の台詞ですから。実際、今日の打ち合わせをお願いしたのはこちらの方ですし」
「ふふふ、確かにそうですね。でも、私もちょうど相談したかったのでタイミングはバッチリです。さすがは『担当さん』ですねぇ〜」
そう言いながら、スミレ先生はいつものようにカバンの中から「ジャポニカ学習帳」と万年筆を取り出した。打ち合わせをするときはこまめにメモをとり、時にはその場で原稿の冒頭部分ができてしまうこともある。
「珍しいですよね。今どき、先生みたいに手書きにこだわる作家さんって」
しまった、つい失礼なことを言ってしまった。作家と編集担当という関係が長くなり、ついつい余計なことを言ってしまう瞬間が増えていることは自覚して反省していたはずなのに。
「手書きっていうか、万年筆が大好きなんですよ。だから、隙あらば万年筆を使いたいっていうのが本当のところです」
なるほど。でも、これほどまでに人を惹きつける万年筆の魅力というものが今ひとつわからない。
「万年筆のどこに惹きつけられるんですか?」
「それはですね…」
と、スミレ先生はジャポニカ学習帳の白紙のページに万年筆のペン先をそっとあてた。その瞬間、ブルーグリーンのインクが白い紙に向かって流れ出す。
「この『Kissをする瞬間』がめっちゃ好きなんです」
き…キ…Kiss…ですか⁈
「そうですよ。この万年筆のペン先と白い紙が触れ合う瞬間って、Kiss以外にどう表現するんですか!」
いつも、穏やかでほんわかしたイメージのスミレ先生がこれほど激しく力説するのを初めて見た。
「私、筆圧が弱いので他の筆記具だと書いたものを読み返すと文字がかすれていたり薄すぎたりで見づらいんです。でも、万年筆だと一定の力を加えて書けばインクが均等に出てくれる。いわば『弱者に優しい』筆記具なんです」
私は万年筆に救われて作家になれたんです、とスミレ先生は嬉しそうに語った。
「じゃ、そろそろ打ち合わせに入り…」
と言うスミレ先生だったが、僕には先ほどから心に引っかかることがあった。
「あの、先ほど先生が言われた『Kissをする瞬間』って、身近な人なんかには感じないんですか?」
あ、やっぱりマズかったか。さすがに怒らせてしまったかと思ったが、意外にもスミレ先生は冷静だった。
「今のご時世、それってコンプライアンス違反ですよね。だから、ノーコメントです」
ですよね。余計なことを言いました。
申し訳ありません、と謝ると
「でも、あんな素敵な瞬間が自分の元に訪れることがあれば、それはそれで嬉しいですよね」
ねっ、とイタズラっぽく笑みを浮かべ、スミレ先生は僕の顔を真っ直ぐ見つめている。
やはり僕は、だいぶマズイことを言ってしまったらしい。いつもよりだいぶ早くなってしまったこの鼓動は、打ち合わせが終わってもなおスピードを緩めることはなさそうだ。
私はクレア=モンブラン。
モンブラン公爵家の長女であり、婚約者はこの国の第一王子アレックス様がいます。
学園では常に首位をキープし、皆からの信頼も厚く充実した学園生活を送っておりました。
成人した際には結婚し、二人で国を盛り立て、学園で得た知識を活かし王子を――いえ、王を支えるつもりでした。
ですがあの日、全て失いました。
アレックス様が、平民の小娘に現《うつつ》をぬかし、私との婚約を破棄したのです。
それだけなら、私もそういうこともあると諦めることもできました。
アレックス様の幸せのためだと、自分に言い聞かせ身を引くこともできました。
ですがあの小娘はアレックス様にあることない事を吹き込んでいたのです。
その結果、私はアレックス様からは婚約破棄され、お父様からも『役に立たない娘はいらん』と家から追放されました……
学友たちも誰も庇ってくれることはなく、地位を失った私には興味がないようでした。
私は復讐を決意しました。
すべてを奪ったあの小娘に。
そして私を裏切ったかつての学友たちに。
そしてあの小娘の正体を暴き、アレックス様の目を覚ませるのです
そのためにもまず日銭を稼ぎ、生活の基盤を確保しなければいけません。
なので今、私は平民に混じり、額に汗して働いて給金をもらって生活をしております。
辛い事が多く挫けそうになりますげ、全ては復讐のため、アレックス様のためです。
泣き言を言っている場合ではありません。
決意を新たにしていると、この現場の親方がやってまいりました。
私の境遇に泣いて下さり、仕事の紹介までしてくれた大恩人です。
この人がいなければ、私は復讐を諦めていたことでしょう。
「よお、姉ちゃん。調子はどうだ?」
「私を誰だと思ってますの?侯爵家令嬢クレア=モンブランですわ。
絶好調に決まっています」
「相変わらずだねぇ。
だけどそこら辺のやつらより働いてくれるから、助かっているよ。
貴族やめてこっちに来ないか?
絶対向いてるよ」
「ふふふ、お世辞でも嬉しいですわ」
「お世辞じゃないんだけどな。
ああ、姉ちゃんにお客様だ。今、休憩所で――おい姉ちゃん」
アレックス様、やはり迎えに来てくれたのですね。
私の助けがなくとも目が覚められたようですね。
このクレア、あなた様ことを信じておりましたわ。
息を切らせながら走って休憩所に駆けつけ扉を開けます。
「アレックスさ――あれ、あなたは……」
ですがアレックス様はいませんでした。
そこには護衛を連れた第二王子のアルバート様が待っていたのです。
「ごきげんよう、アルバート様」
「僕の事覚えていてくれたんですね」
「当然ですわ」
アレックス様の所へ行ったとき、何度も会ってますからね。
子犬の様に私の後ろをついてきたのを覚えています。
「ところでアレックス様は……」
「はい、そのこととで参りました」
「!」
やはり、アレックス様は私のことを――
「実は、大変言いにくいのですが……兄上は追放されました」
「……はい?」
ついほう?
「クレア様が追放されたあと、兄上のスキャンダルが発覚しまして……」
「スキャンダル……」
「はい、兄上は貴族令嬢を20股していました」
「ほえ」
んん、20って何?
聞き間違えたかな?
「どうやらクレア様追放の件、あの平民の娘が浮気されていた令嬢を唆して行われていたようです。
もっとも婚約者の座を争い内部分裂して、流血沙汰になりました。
関係者に聞き取り調査をしたところ、クレア様の件の全容が発覚した、ということです。
第一王子は国を混乱させたとして追放。
令嬢たち及び平民の娘は、これからの沙汰しだいですが、重い刑罰が課せられます」
アルバート様から告げられた真実に言葉を失ってしまいました。
アレックス様はずっと私を裏切っていたのです。
涙が頬を伝うのを感じます。
「ご心中お察しします。ですが、ご安心ください。
これからは僕がクレア様をお守りいたします」
そういうとアルバート様は膝をつき、私の手を取りました。
「もしよろしければ、僕と婚約していただけませんか?
ずっとお慕いしていました」
その瞬間、心臓は高鳴り、体が熱を帯びていきました。
そう、私はこの瞬間にアルバート様に恋をしたのです。
先ほどまで、元婚約者の裏切りに涙したにもかかわらずです。
そして愛を告げられ、簡単に落ちてしまう。
なんて軽薄な女なのでしょう。
「ダメですか?」
アルバート様が子犬の様に目を潤ませながら、上目遣いで聞いてきます。
それはずるい。
断れないではありませんか。
「喜んでお受けいたします」
それを聞いたアルバート様は満面の笑みを浮かべました。
「それでは早速城に戻――」
「聞いたな、みんな。今日は宴じゃああ」
アルバート様が何かを言おうとしたまさにその時、外で聞いていた親方たちが部屋になだれ込んできます。
突然の事態に、アルバート様は膝をついた体制で固まり、護衛たちはアタフタしています。
無理もありません。
私にとっては日常茶飯事ですが、彼らにとっては初めての経験でしょう。
「よかったな姉ちゃん」
「ありがとうございます」
親方が肩を叩きながら祝福してくれます。
すると親方がアルバート様の方に向き直りました。
「おい坊主、姉ちゃんを幸せにするんだぞ」
アルバート様はあっけに取られていました。
それ不敬罪ですよ、親方。
あとで罪に問われないようフォローしておきましょう。
アルバート様は気を取り直したのか、表情を引き締めました。
「はい、絶対に幸せにします」
そう言ってアルバート様は私の手に口づけをしました。
《Kiss》
“キス、口付け、接吻、口吸、ベーゼ……と、様々な言い方のある。
それらを思い浮かべるとき、人は何か特別なこととして捉えているのではないか。
例えばそれは恋人同士。
好きな人とすること、といった認識をしている者は多いだろう、愛情表現の一つとして用いられている。
例えばそれは友達同士。
お巫山戯や、本心を隠しての葛藤の中かも知れない。それでも、信頼という前提があるからこそ成り立つ。
そんな風に、多くの人が、キスは特別だという認識をしているだろう。”
「開口一番すごい話になってる……やっぱ読むのやめようかなぁ……」
友人から借りた小説を閉じ、独り言ちる。
結構面白いから読んでみて、と言われたが最初からキスの話題が来るとは想定外だ。この手の話は縁がなく、苦手だった。
「まあでも、アイツに悪いし……や、帰りに読むのはやめるか」
自転車通学だが、疲れたときは一旦公園に停めて本を読む。
それが、修斗の日課だった。
しかし、ここで読み止めるのはだめか、と再び本を開く。プロローグというやつが、あと数文だけ残っているのだ。
“これは、神々にとっても同じことである。
特別な、契りを交わす術の一つとして捉えられているのだ。
それがこの行動の指す意味であった。”
導入部分を読み終えたところで、修斗は本を閉じた。
別にこの先が気にならないでもない。
それでも、一度本を読むのを止めたからには、これ以上読み進めるのは良くない、そんな風に思ったのだ。
だが、このままではいつもより三十分も早く家に着いてしまう。通りで小説を三日もあれば読んでしまう訳だ、帰りにしか読んでいないのに。
家が嫌いという訳ではないが、弟妹が多く騒がしい。修斗にとってはこの下校時間が唯一、静かに一人でいられる時間なのだ。
だから、その時間を削ってしまうのは惜しい。
友人から借りた小説を鞄にしまって、自転車に跨る。
「遠回りして帰れば、多少は時間潰れるかな。……なんか面白い場所とかあったらいいんだけどなぁ」
この町は狭い。それはもう、隣の隣の隣の家の人の娘の飼い犬が子供を産んだ、ということが一夜にして町中に広まったくらいだ。遠くて、余りにも狭い話題なのに。
呆れるほど狭くて、見知った顔ばかりで、コンビニが二軒あることが唯一誇れる町。
修斗は時折、辟易してしまうのだ。
誰も彼も知っていて、酷くつまらない。
本当の意味で一人になんてなれやしなくて、今、この瞬間ですら通りすがりの酒井さんに「修斗君、おかえり」と挨拶される。
箱庭で飼われている気分になって、息が詰まるのだった。
こうして遠回りをして帰ったとて、目新しいものはなにもない。
瓦屋根の佐藤さんの家があって、杉下のばあちゃんの菓子屋があって——
「……あれ? こんなとこに神社なんてあったっけ……?」
修斗の記憶では、雑木林が広がっていた筈の場所に鳥居が建っていた。いや、鳥居の周りは雑木林だから、正しくは雑木林の中に鳥居が建っていたのだ。
とにかく、修斗の知らない場所があった。
「まあ、時間潰しにも良さそうだし……神社をちょっと見るだけなら……」
今の修斗には好奇心、それだけだ。
鳥居の傍に自転車を停め、お辞儀をしてから鳥居を潜る。
修斗にとって全く想像していなかったのは、石段の多さだった。
毎日往復一時間掛けて自転車で通学しているし、体力もある方だ。それでも、息が荒くなる多さだった。途中で休めば良かったけど、気になってそれどころではなかった。
「……はぁー……ふぅ。よし、お邪魔しまーす」
息を整えてからお辞儀をして二つ目の鳥居を潜り、修斗は境内を見回した。
思いの外広く、大きな神社だ。
広い参道。右手には手水舎。そして正面には御社殿が構えてあった。その手前両脇には狛犬もある。
しっかりとした神社にしては、宮司も巫女もいない。そもそもそういう人達の為の社務所もない。お守りや札、おみくじや絵馬もない神社だ。
どこかちぐはぐな印象を受ける神社だった。
「けど普通に御社殿なんだよなぁ……」
修斗は昔祖母に聞いたことがあったが、確か小さな町の社とは、他の大きな神社の管理下にあるという。だから、小さな神社には境内社や末社、と呼ばれるものがあるのだ。
だが、目の前のこれはどう見ても大きい。
賽銭箱もあるし、やはり御社殿だろう。
「大きな神様が祀られてる……にしては、知らなかったんだよなぁ」
有名どころでもないし、ますますわからない。
取り敢えず参拝でもするか、と手水舎に向かう。正しい手順も、祖母に教わった。
柄杓を右手で持って水を汲み、左手、右手、口、左手、取っ手の順に清める。
ポケットに手を突っ込むと、いつかの五円玉が出てきた。
賽銭箱の前に立ち、滑らせる。
二礼二拍手一礼。目を閉じて祈る。
初めまして、神様。お邪魔してます。金いっぱい欲しいです。かわいい女の子に会えますように。この町にせめてカラオケができますように。バスとか電車とかが通りますように。……なにか面白い、初めてのことに出会えますように。
最後の一文を強調して、修斗は目を開く。
さて戻るか、と踵を返してふと思う。
「……うーん、欲張りだったかな」
『——多い多い。それにここはそういう場所では無い。感謝を捧げるだけの社だぞ』
「なんだそれ、ケチ臭くない?」
『なにを言うか! 充分普段から恩恵を与えているというのに……』
「たとえば?」
『……そろそろ帰っていいか、阿呆』
「大人ってすぐそうやって逃げるよなー……え? ……は? 誰?」
なぜ今漸く気付いたのか、修斗は目を白黒させて周囲を見る。当然誰もいない。
今自分は誰と会話をしていたのか、修斗は背筋が凍った。
『……そう身を固くさせる必要はないぞ、修斗。後ろを見てみよ』
「さっきも見たって…………見た、のに」
声に従って振り返ると、そこには男がいた。
金の瞳は澄んで、整った顔立ちも相まって神々しい。長い白髪を揺らして、白い着物に身を包んでいる。なにより目を引くのは、犬の耳としっぽが付いていることだ。
脳が追い付かず、修斗は混乱した頭で、どこかおかしいと思いつつ理解する。
「……えっと、神様?」
『まあそうだな。私はここに祀られている神だ。……して、修斗。なぜこんなものを持っていた』
こんなものと言って神様が手にしていたのは、修斗の鞄にあった筈の小説だ。
あっさりと神だ、と言われたところでどうすればいいのかわからない。
一先ず修斗は噛み砕いていくことにした。
「……それは俺っじゃなくてわたくし? の友人から借りたもので、して……なんで、なぜ神様が俺、わたくしの小説を持ってん……いらっしゃるんでしょう……か?」
修斗の隠し切れない変な敬語がおかしかったのだろう、神様は笑いを堪える。
『……っ……よいよい、畏まるな。好きに話せ、修斗。私はそれで怒らん』
「はぁ……なら神様、遠慮なく。その小説、俺の友達から借りたんだ、面白いぞって」
敬語は諦めて、修斗は先程の問いに返す。
『ふぅん……トモダチか』
「別にそいつに変なとこはないけどな? その本も、たしか家の本棚にあったから読んだみたいだし。それを、こんなものって……」
なにが気になるのか、神様はそれを手にしたまま御社殿の石段に座る。
手で示されたので、修斗もその隣に並んだ。
『……これは、神にとって大切な書物だ。特に土地神たる私にとっては』
「土地神だったの!? ……へぇ、そうなのか」
『そうだぞ、修斗。だから私に望むのではなく感謝しろ』
「うっ……それは知らなかったから……すんません。いつもありがとうございます」
『よいよい』
神様は機嫌が良さそうだ。
というかなぜ修斗の名前を知っているのか気になるが、まあ、神だからか。
「それで、その本なにが書いてあるんだ?」
『大事な所は読んだだろう、ここだ』
神様が示したのは冒頭の部分。
“これは、神々にとっても同じことである。
特別な、契りを交わす術の一つとして捉えられているのだ。
それがこの行動の指す意味であった。”
「これがなにか?」
『これが重要なのだ。そのままの意味だぞ』
そのままの意味。
つまり、神と契り——契約をする為の方法としてキスをすることがある、ということか。
『正解だ、修斗。正しく捉えられておる』
「口に出さなくてもわかるのか……流石神様」
『褒めてくれるな。……契りを交わすとな、人は契った相手たる神の力を扱うことができるのだ。それがあれば、神の神格にもよるが多くのことができるようになる』
「それ、神様が契約する利点ないじゃん」
『そうでもない。神の力とは、神格とは信仰による影響が大きい。つまり、人を介して力を示すことで信仰を集めやすくするのだ。……神が直接この世に干渉することは認められておらず、世の理に反する。それ故に、人を介することでしか力を顕現させられぬのだ』
互いに利益はあるのか。
納得したところで、この丁寧に説明してくれている神様に今更ながらの疑問を投げる。
「契りは多分わかった。で、俺なんで今神様と話してるんでしょう?」
『……そうだな。修斗や、この社がいつからあったかわかるか?』
「……さぁ」
『そうであろう。だがな、ずっとあったのだよ』
ずっとあった。修斗には雑木林しか見えていなかったここに。
『驚くのも無理はない。この社に来るのは老人ばかりだったから、恐らく私の存在が消えかかっていたのだろう』
「……神様って、忘れられたら消えるのか」
『そうだ。だから、今修斗の目にこの社見えるようになったのは奇跡的なことだな』
どうせすぐに消えるが、と口にした神様は手にした小説を修斗に寄越す。
「……神様、」
『さて修斗や、そろそろ日も暮れるぞ。弟妹の待つ家に帰るが良い。今から帰ればいつもと変わらぬ時間に着くだろう』
別れの挨拶を切り出したかと思うと、神様は立ち上がって歩き出す。
修斗は慌ててその背を追う。
「なあ、神様! 名前聞いてなかった、教えてくれ」
『……書物を読む前でそれか、空恐ろしい奴め。教えてやるが、次ここに来るまでに小説を読み切っていたら私の名を呼んでも良い』
神にここまで言わせる奴なんぞ、修斗以外にはいないだろう。
神様は呆れて、去り際に名を告げる。
『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』
人が神の名を呼ぶことの、罪深さは小説の中で語られているだろう。
それを知った上で再びこの社に現れたときは、神も容赦はしないつもりだった。
「うん? わかった、絶対読むよ!」
なにも知らない修斗は神様に誓って、神社を後にした。
一週間後————
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!」
それらの音が神社に響いて、そっとキスは交わされた。
真名を呼んでキスをする、それが契りだ。
通知の欄を開いた私は、小さく眉を顰めた。
目に飛び込んできたのは、今日のお題「Kiss」の文字。
キス、ですかぁ…。
かれこれ14年と少し生きてきた中で、私はキスらしいキスをしたことがない。したいと思ったこともない。
この年齢になると、やれ誰と誰が付き合っただとか、デートをしていただとか、はたまたキスをしたらしいだとか、そんな噂が日常的に耳に入ってくる。がしかし、その大半は私の耳に入って、そのまま脳内のダストボックスに入れられる。
でも、キスをしたらどんな気持ちになるのか、はちょっと知りたい。人間観察、的な意味で。やっぱり幸せな気持ちになるもんなのかな?というかキスをする意味って一体なんなんだ?
好奇心は猫をも殺す、という。その時が来たら、自分で確かめるだけだ。
ロマンのかけらもない文章でごめんなさい。てこさきで小洒落た文章を書くよりはいいかと思いまして…笑
【kiss】
「知ってる? キスする場所には、それぞれ意味があるんだ。もちろん耳にも、首筋にもね」
私の首筋や耳に何度もキスした後、彼が耳許で囁くように言う。
「意味?」
「そう。例えば頬は親愛、瞼は憧れ、手の甲は敬愛、みたいに部位別に意味がある」
「へえ……初耳」
「キミが今、唇以外で僕にキスするなら、何処にする?」
「……引かない?」
「え、待って。キミ何処にしようとしてるの」
「ちょっとだけ上向いて?」
急所だからと細心の注意を払いつつ、私は彼の喉仏にそっと触れるか触れないか……くらいの軽いキスをした。
「私、ずっとここにしてみたかった」
意外過ぎて驚いたのか、彼は言葉もなく瞠目していた。
「急所だし、本当は触っちゃいけないんだろうけど、女にはないものだから。それに私、君の声好きだし」
「引きはしないけど、びっくりした」
「ここにも意味があるのかな……」
「喉仏も含まれるかは分からないけど、喉へのキスも確か意味があるよ」
「教えてくれないの?」
「ん?」
「意味。首筋と耳も私は意味知らないもん、気になる」
「じゃ、耳だけね」
「何でよ」
「後は調べてみろよ。自分で」
「……分かった」
不満気な表情の私を見てフッと笑った彼は、耳許に再び唇を寄せてわざと息を吹き掛けるように囁いた。
「耳へのキスは『誘惑』だ。そんな所にキスしてくる男には気を付けろよ」
「そんな悪い男、君くらいかな」
「悪い男か……そうかもね」
低く笑う彼の声がやけに艶っぽく聞こえる。やっぱり私は彼の声が好きだなと思っていると、耳にまたキスしてきた。
何と反応して良いか分からないでいるうちにキスは頬、鼻と移り、唇にゆっくりと降りてきた。半開きのまま口を固定され、すぐに熱を帯びた舌が入ってくる。捉えられ、絡まり、解放されたかと思えばまた絡まる。
背筋に痺れが走り、私の中を這い上がってくるこのゾクゾクとした疼き。キスから先を待っている身体。
―――なるほど、彼の『誘惑』は大成功って訳か。
S氏さま。別れる前にKissして欲しかったです。我儘ですが、私からではなく、S氏さまからして欲しかったのです。どうせS氏さまは、勇気はなくヘタレですから、私からするべきでしょう。けれども私もヘタレです。次は、Kissします。そしてKissしてください。
「S氏さま久しぶりですね。」
お題『Kiss』
清楚な美少女に浴室に連れ込まれて目が覚めた。
これだけなら、男なら誰もが羨む展開だろう。
しかし、実際は昨日から着たままの縒れたスーツのままいい歳をした男3人で浴室に放りこまれ、その上から袋ごと白い砂のようなものを浴びせかけられた。夢も色気もあったもんじゃない。
「うぇっぷ。なんですか…?」
鑑識官の守山は寝起きの重たい頭を振る。革のソファで、座ったまま寝ていたせいか身体中の関節が凝り固まっているようだ。
「うへ、塩だな。こりゃまた、大層なおもてなしだ。」
すぐ隣から、先輩である検視官の鳶田の呻く声がする。その声で、昨日の事をクリアに思い出せた。
連続不審水死事件。その事件の真相を探しに、SNSを騒がせている“海神様”の出るという海辺に向かったのだった。
その後、夜遅くということもあり、目黒探偵事務所で夜を明かしつつ雑談をしていたのだが、いつの間にか寝てしまっていたようだった。
「塩…昨日、祠に行ったからですか…でも、彼女、なんで…」
まとまらない頭で言葉を捻り出すが、舌がもつれる。思ったより動揺しているようだ。
「あの娘、紗枝ちゃんつってな。寺の娘かなんかでこのテのこと詳しいんだ」
鳶田がネクタイを緩めつつ、シャワーを捻る。手足についた塩を落としたいのだろうが、狭いマンションタイプの浴室に男3人。迷惑なんてものじゃない。
「ちょ、鳶田さん。せめて順番にお願いしますよ!」
「あ、悪ぃ。んで、紗枝ちゃんだけど、なんでここにいるかって、目黒の身内なんだわ」
「え」
「姪っ子なんだと」
「ええ!」
驚いて振り返ったせいか、真正面からシャワーを浴びる羽目になった。
足元では濡れているにも関わらず、随分手荒な真似をされても夢の世界にいる目黒探偵が転がっている。
「じゃ、先出とくわ」
あっさり出ていった鳶田を追いかけようとスーツにこびりついた塩を払う。流れたままのシャワーを止めようとしたが、転がったままの目黒に躓き盛大に浴室の冷たい床とキスをする羽目になった。
「ビッグマックにサイドメニューはポテトで。あ、ポテトLサイズに変更してください。ドリンクはコーラ。それとこのクーポン使ってナゲット5ピース。ソースはバーベキューで。と、あと三角チョコパイもこのクーポンでお願いしまぁす。あー、あと単品でフィレオフィッシュ」
一体どんだけ食うんだよ。
凹んでるから奢れ、って、不躾なメールが深夜に届いた。無視をするわけにもいかないから家を訪れてみれば、
「お腹減っちゃった。マック行こ」
俺を呼びつけ、足にして、奢らせる。で、極めつけには自分の分だけさっさと注文する。しかも量が半端じゃない。とんでもねぇ女だな。呆れを通り越して感服しそうだ。
「で?何が原因で俺はこんな夜に振り回されてんだ?」
運転する俺の隣で黙々とジャンクフードを食べる彼女。人の車なのにちっとも気を使う様子はない。
「あー……呆れない?」
「内容による」
「じゃあ言わない」
「お前なァ……。そもそも、こんなに世話を焼いてやったのに礼の言葉も無しか」
「それは感謝してるよ!ありがとう、ごちそうさま」
「ったく」
別に、理由なんてどうだっていい。マックでそんなに笑顔になれるんなら安いもんだ。そうは思っていても口には出さなかった。それを伝えたらコイツはまた調子に乗るし、しかもなんだか、癪だ。
「お礼にポテト分けてあげるね」
「要らねぇよ」
「なんでよ。美味しいよ?夜中のジャンク。背徳感やばくて」
次から次へテンポよく彼女の口の中へポテトは消えてゆく。どうせ明日になって、“顔が浮腫んで外出られない”とか喚くに決まってる。いつだってそうだ。コイツの行動は突発的なものばかり。少しは先を読んで行動すりゃいいのに。
「おいしいよ」
「そうかよ」
「うん。しあわせ」
信号が赤になって隣を見る。相変わらずポテトにうっとりする助手席のお前。羨ましいとか、美味そうだなんて少しも思わない。けどなんか、ここまで振り回されて俺にはご褒美の1つも無しかと思うと、それはそれで苛つく。
「ねぇ。青だよ」
それには答えず、彼女のほうへぐっと顔を近づける。暗がりの中で、グロスなんだかポテトの油なんだか分からない艶を持ったその唇を塞いだ。当然、しょっぱい味がした。
「こんな塩っぽくちゃムードも台無しだな」
そして何事もなく再びアクセルを踏んだ。彼女は何も言わない。きっと、不意をつかれて固まっているに違いない。呑気に食ってるからだよバーカ。少しは俺のことに興味を持ちやがれ。
次に赤信号に止まる時、お前の唇はどんな味になっているだろうか。どうせジャンキーなものでしかないんだろうが、せめて、油っこいポテトは控えろよ?
『Kiss』
しっかり記憶に残っている口付けは親戚の結婚式。
笑窪が可愛い新婦さんとクールに見える新郎さん。
新婦さんが美しく屈む。
新郎さんが、木漏れ日の様な優しい色合いのヴェールを少しぎこちなく後ろへと下ろしてあげる。
新婦さんの笑窪がまた見えた。
その笑窪につられてか、新郎さんも自然と笑っている様だった。
2人は恥ずかしそうに正面に向き直る。
少し俯いた後、2人は...。
「あぁ、これが...」
これが、『触れるだけのキス』なのだと初めて解った。
今までマンガや小説でしか「みた」ことがないそれは、どんな字面よりも可憐であった。
雪が降ってきたので
ふと君の事を思い出した
なかなか勇気がでなくて
手を握る事もできなかった僕
「kissしてもいいかな」ってきいたら
君はこう答えた
「えっ、なんでっ、私たち付き合ってたの」
雪が降る度に思い出すよ
すきだから雪見だいふくあげれるし海の底でも着いて行けるし
「ここにあるモノ」
春の風を抱きしめて踏み出した道のこの先で
僕等は少しずつ大人になっていく
誰もが不安を抱えながら初めての場所へ行く
ぶつかりながら転びながら
苦い想いをすることもあるだろうけれど
そんなときは思い出して
いつだって帰る場所があることを
ここにはあの頃と変わらずに
向かえてくれるあたたかなモノが
沢山あるから
泣きたいときは君が育ったこの小さな部屋で
少しだけ休んで子供に戻りなさい
大人になり過ぎずにわめいてもいい
恥ずかしいことじゃないのだから
自分の弱さに気づいてその弱さを認めながら
僕等は少しずつ大人になっていく
誰もが初めは怯えながら進んでいく
ぶつかりながら転びながら
乗り越えるたびにまた壁が邪魔するけど
ときにはふり返ってみて
歩いてきた道には確かにその一歩に
怯えていた自分がいたことを
今の君よりも少しだけ青い自分が居たことを
大丈夫
僕等はこの瞬間も成長して
新しい時の上を歩き続けてる
だけど忘れないで
いつだって僕等は一人じゃないことを
泣きたいときに涙を流せる場所があることを
ここにあるモノはあの頃と変わらない
君らしくいられる思い出が沢山あるから
向かえてくれるあたたかなモノが
沢山あるから
Kiss
始まりのKissはいつも相手からで、それでいいと思ってた。
でも二人で楽しく飲んで解散する時、思わず体が動いてしまった。
「じゃ、またね」
改札を通ろうとするあなたのそばに寄ってつま先立って、くちびるに少し触れる。
目を見開いたあなたの顔が可愛くて。
ねえ私、あなたのことがとっても好きみたい。
#165
『Kiss』(創作)
甘酸っぱいKissは青春のレモンキャンディ
夕日の滲む教室の味
あまいKissは愛のローズヒップ
大人への階段に罪悪感
熱いKissは誘惑の桃色吐息
情熱の怖さと脆さが身にしみる
とろけるKissは秘密のビターチョコ
大人の苦さを教えてくれた
(お題、難しい…意味不明ですみません)