komaikaya

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 ベッドの枕元に置かれたぬいぐるみ、その手のひらサイズのゴリラは、一枚のカードを抱えていて。

 カードに書かれていたのは、"『Kiss』me "という命令──俺はその指示に従って、ゴリラに口づけをする。

 ぶー、とむくれ顔の、彼女のすぐ目の前で。



「もう! そんな説明いらないって、さっきからわたし、そう言ってるのに!」
「いや、でも俺は、」
「っ、もういい! どうせ言ったってわかんない、なら、もうしゃべんない!」

 俺の仕事のせいで、旅行がキャンセルになってしまって悪かった、それを謝りたかっただけなのだ。

 今回の件は全面的に俺が悪い、彼女が怒るのも当然で、だからこそ、ちゃんと理由を説明した方が、納得してもらえると思ったんだけれど。

 なにか、言い方が悪かったらしい……でも、なにが、どこが?
 俺は、どうしたらいいんだ?

「……ごめん、わかんなくて。でも、じゃあ……どうしたらいい?」
「そんなの、自分で考えてください」
「本当にわかんないんだ、だから言われた通りにする、なんでも言うこと聞くから」
「っっっ、そーゆーのも、ヤなの! 口聞かない、いまからね!」

 そして彼女は本当に、まったく口をきいてくれなくなり……それで少しだけ冷静になった俺は一度出掛けて行って、彼女が好きだと言っていたドーナッツを買って帰った。

 まだソファに膝を抱えて座っていた彼女の前、ローテーブルに買ってきたそれらを並べ、コーヒーを淹れ。
 それでも彼女は口を尖らせたままで、けれど並べたうちからいくつかを選んで、黙ってそれを平らげた。

 よし……とりあえず、俺が横でコーヒーを飲んでいても大丈夫そうだ。

 俺も黙ったままコーヒーを飲み、彼女が選んだのと同じドーナッツに手を伸ばしてみる。が、彼女はなにも言わない。

 やがて彼女はコーヒーを飲み終わって立ち上がり、ベッドルームへと歩いてゆき。
 俺はローテーブルの上を片付けてからそれを追い、すると──例の、"Kiss me "と書かれたカードを持った、ゴリラがいたのだ。



 シングルベッドに寝そべる彼女の、枕元に鎮座するぬいぐるみのゴリラの唇に、俺はそっとキスをする。

 正直、少し迷った。
 どっちにキスするのが正解なんだ? って。

 しかし「なんでも言うこと聞く」と彼女に言ったからには、命令には忠実であるべきだ──というか、少しはウケてくれるかもしれない、だから彼女じゃなくて、ゴリラを選んだのだけれど。

「……あんなふうに、説明なんか、されたら……さぁ? まるで、仕事に理解のないオンナだって、言われてるみたい、じゃない……」

 やっと……口を開いてくれた。
 つまり。ゴリラを選んだのは、正解だった?

「そんなつもりじゃなかったんだ」
「それもわかってる、でもね、こうやって会うのだって久々なのに、さ? なんだかなぁ、って思っちゃった」

 彼女が、ゴリラからカードを取り上げ。
 ベッドの脇で膝立ちになっている俺を、じいっ、と見つめてくる。

「なんでも言うこと聞く、ってのにも、なんかムカついたんだよねー。大体、こんなカードがないとダメなの? わたしは、この子の後なの?」

 っ、しまった。
 しっかり、不正解だった。

 まぁ、でも。
 もらった命令はちゃんと、実行に移さなきゃ……だよ、な?



2/5/2026, 9:25:09 AM