これまでのあらすじ:陽菜ちゃん(5歳)は転んで頭をぶつけたせいで、前世で大好きだった推し、りょーじくんのことを思い出した! 陽菜ちゃんのことが大好きで心配性なパパの協力のもと、日々推し活にいそしんでいるよ! (先月の『ブランコ』『待ってて』『バレンタイン』のつづきだよ!)
「陽菜ちゃ〜ん💕 今日は『ひなまつり』! ひなまつりってのはつまり、陽菜ちゃんのためのお祭りなんだよ〜! ……ん? これは……」
「あのね! ひな、よーちえんで、おひなしゃまつくったの〜」
「そっかそっか! うん、とってもかわいい、上手! ウチの陽菜ってやっぱり、神童なんじゃないかな……と、あれ? こっちのは、」
「りょーじくんの、あくしゅた?」
「うん。これ、りょーじくんのアクスタに、折り紙の着物着せてるのって、」
「えへへっ。あのね、おひなしゃま!」
「えーと、この水色の着物のりょーじくんがお内裏様だよね? 隣の紫色の着物着せたアクスタは、」
「いっぺーくん!」
「そう、いっぺーくん。……りょーじくんと、いっぺーくんの結婚……?」
「あっ、えっとねえっとね、けっこんとか、わかんなくって、んっとね……なかよし、なの!」
「っ、なかよしね、なるほど! なかよしさんだからかー、そっかそっか。結婚とか、陽菜ちゃんにはまだわかんないよなー、うん、わかんなくっていいんだよー、ハハハッ。じゃあ、なかよしさんをウチのお雛様と一緒に飾ってあげようか。でも、他のメンバーのアクスタは、なかよしさんの仲間にしてあげないの?」
「それは、おしかぷ……」
「ん? かぷ?」
「あわわ、えっとねえっとね、パパだいしゅき〜!」
「っっっ! パパも陽菜が大好きだよ〜💕」
暗黒に飲み込まれようとしている、この世界で。
神が我らにその存在を示した『たった1つの希望』──すなわち、神託が選んだ聖女は他でもない、貴女様なのです。
さあ、この世の暗黒たる魔王を討ち果たすべく、いざ共に参りましょう!
「……無理」
「……え?」
「いま、無理だから。とっとと帰って」
「っ、そんな! 貴女様がいなければ、世界は!」
「いまワタシがいなくなれば、この店は! 空腹に耐えかねた冒険者たちがそれこそ、魔物の群れのように暴れ回るでしょうよ! 見てわかんない? いまちょうど満席になって、料理の注文がドカンと入ってきたトコなんだから!」
「え……あの、でも、」
「うーるさーいっ! 集中して作りたいの、話なら後にして! ヒマならそこの鍋とフライパン、洗っといて!」
「はっ、はい!」
◇
「えええ? いまそこに伸びてる中年のオッサン……相手の状況をこれっぽっちも見れない、洗い物もろくに出来なくて使えなかったコイツ、いやこの方が、本当に王弟殿下で? しかも、魔王討伐のためのパーティーを率いる、勇者だって? 大体さぁ、食堂のオバチャン、って呼ばれてるワタシが聖女って、神託がどうかしてるとしか、」
「手をかざして「ヒール」と唱えてみてください」
「はぁ。……ヒール」
「……はっ。私はいったい……あっそうだ、とにかく鍋を洗わねば、」
「殿下、気がつかれてよかったです。ほら、貴女様の呪文でちゃんと、回復しましたよね?」
「えええ……ワタシに、こんな力があるなんて。ってか、こんなオッサンとオバチャンのパーティーって、」
「ちなみに魔法使い様も同年代ですのでご安心を」
「なにをどう安心しろと?」
『欲望』
欲望を感じて
うずり、と
手足のない
生き物のように
蠢く
心臓あたりの
あの器官が
感じる
愛おしさに
きゅう、と
無垢なもののように
痛む
不可解さ
いまごろ気づいたけど
欲望にも
承認欲求があるのだ
ここにいるのに
いないものとされる
行き場の無さを
想像して
痛む
あの場所だけは
わたしの
欲望の存在を
否定せず
肯定する
どんなにそれを
否定したとしても
なお
関係者各位:
春の日差しの麗らかなる本日、当方の10年来の片想いの相手に想い人がいることが判明し、これによって当方の失恋が確定しました。
ついては、今後の人生で彼の姿を絶対に見ることのないどこか『遠くの街へ』拠点を移すことを決心しましたので、この告知書にてご報告させていただきます。
なお、皆様への個別の挨拶等行き届かないことをどうぞ、皆様の寛大なるお心を持ってお許しくださいませ。
「……ほらっ、書いてやったわよ! これで文句ないでしょ、じゃあワタシは行くから」
「待て待て待て、待ってくれ! あのなぁ、Sランク冒険者のギルド移動は、国にも承認をもらわねばならんのだ、だから、」
「っ、ちょっと! さっきは、ギルド所属の他の冒険者が納得しないって、そういう説明だったわよね? だから告知書にこうやって、自分の傷に塩塗るようなことまで書いてやったんじゃないっ、詐欺よ詐欺、ギルド長のくせに詐欺なんて、恥を知りなさい!」
「落ち着けって! 大体、失恋くらいで、」
「失恋くらいで、ですって……? 」
「あっ、いや違う、その……悪かった、失言だった、すまん。だが違うんだ、言いたかったのはそういうことじゃなくて……つまり、だな。失恋には新しい恋が効く、とか……あっ、頼むから、ちょっと待ってくれ!」
「いっちばん言われたくないことを、いっちばん言われたくない人に言われて、待てるわけないでしょうっ! ……え、なんでドアが開かないのよ。って……魔法障壁?! どうゆうこと、これって、外から閉じ込められてる、ってことよね?!」
「あー……あいつら、本当にやりやがった……」
「心当たりがあるの? ……違うわね。要するに、ギルド長の差し金ってことかしら……?」
「違う! 本っ当に、違うから! ただあいつらは、俺のためを思って、だな……」
「っ、もう! こーなったら、力ずくで……」
「わあああっ! 抜剣、禁止! ギルドを半壊させる気かあああっ!」
◇
「……おい。扉の向こう、なんか言い争ってるようなんだが?」
「よーし、そろそろ警戒しておかなくちゃだな。オレたちはとにかく、この扉を死守しなくてはならない」
「魔法使い3人の三重障壁なら、たとえアイツが何かしらの理由でキレて、扉をぶっ壊そうとしても、持ち堪えられるだろ? ……たぶん」
「Sランクのアイツの剣気を、魔法使い3人以外のメンツで剣気使って受けて魔法使いたちの盾になる、って算段にもなってるわけだし、まぁ数分は……」
「ってかさぁ、ギルド長の奴! とっとと告白しろよなぁ、なんで言い争いになっちゃってるわけ?」
「大体、アイツの失恋ってのも誤解なんだし。どこでどうやって知ったのか、ギルド長に想い人がいる、って……」
「あああ〜クソッ、その想い人ってのはオマエだ、オマエ! って、声を大にして言ってやりてぇ〜!」
「あと、アイツの10年来の片想いの相手はオマエだよ! って、奴にもな〜!」
「にしても二人とも、なんでそれに気づけねぇんだ? なんなら、この街の人間の全員が知ってるってのに」
「それも、10年も……」
「そりゃ、奴らが自力で気づけてたらこんな、「告白しないと出られない部屋」なんて、必要ねぇだろ」
「まぁ、確かにな」
「っ、おいっ! 扉の向こう、いま「抜剣禁止」って、奴がっ!」
「全員、防御態勢! あんのクソ馬鹿野郎が、まさか、まだ告白出来てねぇのかよーーー?!」
『現実逃避』などと言われて世の人々から遠巻きにされてしまった「現実」が寂しそうに、涙目でこちらを見ていたのだ。
しょうがないな。僕は手招きをし、すると「現実」がおずおずと僕の傍らにまで近寄ってきたので、僕は「ほら」とスーパーで買ってきたばかりの安いドーナッツを一つ、手渡してやった。
「……おいしい」
ドーナッツを頬張り、そうポツリと呟いた「現実」の頭を、僕はそっと撫でてやる。自分だって、こいつのことを避けてたくせに……いい人ぶってるよな。
「ありがとっ」
「現実」の目をまっすぐに見られない僕は、「現実」の声だけを聞き、その声が嬉しそうなことに安堵する。
「……少しだけ。ちょっとそこまで、歩くか?」
「いいの?」
差し出した僕の手に、「現実」が恐る恐る手を伸ばし──僕らは、手を繋いで歩き出した。
春先の朧な月がその光で、遠巻きに僕らを照らしている。
そして作り出された、僕らの足元から伸びる長いカゲを、追いかけるように踏みながら。僕らはなにも話さず、ゆっくりと歩いていった。
そう、こうやって……穏やかに、寄り添うようにだって、僕らは本当は、いられるはずなのだ。
たとえそれが、臆病な僕がまたその手を離してしまうまでの、わずかな時間になるのだとしても──。
「……また。ドーナッツ、持ってくる」
「うん」
僕が手を離しても「現実」は、それに逆らうような様子も見せず。
そんな「現実」に対して僕は、次のドーナッツの約束しか、出来なかったのだった。