『現実逃避』などと言われて世の人々から遠巻きにされてしまった「現実」が寂しそうに、涙目でこちらを見ていたのだ。
しょうがないな。僕は手招きをし、すると「現実」がおずおずと僕の傍らにまで近寄ってきたので、僕は「ほら」とスーパーで買ってきたばかりの安いドーナッツを一つ、手渡してやった。
「……おいしい」
ドーナッツを頬張り、そうポツリと呟いた「現実」の頭を、僕はそっと撫でてやる。自分だって、こいつのことを避けてたくせに……いい人ぶってるよな。
「ありがとっ」
「現実」の目をまっすぐに見られない僕は、「現実」の声だけを聞き、その声が嬉しそうなことに安堵する。
「……少しだけ。ちょっとそこまで、歩くか?」
「いいの?」
差し出した僕の手に、「現実」が恐る恐る手を伸ばし──僕らは、手を繋いで歩き出した。
春先の朧な月がその光で、遠巻きに僕らを照らしている。
そして作り出された、僕らの足元から伸びる長いカゲを、追いかけるように踏みながら。僕らはなにも話さず、ゆっくりと歩いていった。
そう、こうやって……穏やかに、寄り添うようにだって、僕らは本当は、いられるはずなのだ。
たとえそれが、臆病な僕がまたその手を離してしまうまでの、わずかな時間になるのだとしても──。
「……また。ドーナッツ、持ってくる」
「うん」
僕が手を離しても「現実」は、それに逆らうような様子も見せず。
そんな「現実」に対して僕は、次のドーナッツの約束しか、出来なかったのだった。
2/28/2026, 9:34:58 AM