お題『Kiss』
猪野の手がそっと肩に触れた瞬間、七海の胸が跳ねた。
「……猪野くん?」
「ん……近くにいたくて」
その声は、期待と不安が入り混じった色を帯びていた。七海は平常心を意識しながらも、内心ではその一言に胸がぎゅっと締め付けられるのを感じていた。いつも冷静であろうとする年上としての自分と、目の前の無垢な青年の間で、感情が波のように押し寄せる。
猪野は何も言わず、ただ七海の膝に手を置き視線を合わせる。目の奥に映る真っ直ぐな思いに、七海は思わず視線を逸らした。ただ純粋に「欲しい」と求められることが、こんなにも胸を焦がすものだとは。
「……触れても、いいですか?」
その声には緊張も、期待も、そして少しの恥じらいさえ混ざっていた。七海は深く息を吸い込み、手を差し伸べる。
「はい……もちろんです」
指先が触れ合った瞬間、体の奥からじんわりと温かさが広がった。理性ではなく、心が先に反応している。猪野はゆっくりと七海の頬に触れ、唇を寄せる。その柔らかさ、温かさ、微かに震える様子——全てが七海の理性を溶かしていく。
「……ん、猪野くん」
「我慢できなくて……」
唇が重なる瞬間、七海は自分の心臓の音が耳に響くのを感じた。こんなにも心を揺さぶられるとは思わなかった。触れられるたび、抱きしめられるたび、心の奥底にしまい込んでいた甘さと切なさが、同時に溢れ出す。
「……七海サン」
「はい、猪野くん」
「好きです……」
その言葉に、七海は言葉にならない感情の波に押し流される。理性で抑えようとする自分と、猪野のぬくもりに溺れたい自分。胸の奥で熱が渦巻き、思わず彼を強く抱き寄せた。
「私も……猪野くん、好きです」
目を閉じ、唇を重ねたまま、二人は互いの存在を確かめる。外の世界は、音も光もすべて遠く、ただ二人の鼓動と呼吸だけが、甘く絡み合っていた。
「これからも、ずっと……そばに」
「うん……ずっと」
七海は心の中で、猪野に全てを委ねてもいいのだと素直に思えた。互いの温もりが、夜の静けさの中で永遠のように続いていく気がした。
2/5/2026, 9:22:32 AM