作家志望の高校生

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ずっと昔、まだ僕が小さかった頃、僕はおとぎ話に憧れた。かっこいい、女の子の憧れるような王子様がいて、綺麗で可愛くてキラキラしたお姫様がいる。そんな、現実離れしたような、夢のような世界観が、昔から好きだった。
そんな僕の性分は、大きくなってからも変わらなかったようだ。やる気の無い家庭科部の部室の中、一人だけ意欲的に活動している僕は、ぼんやり昔に浸っていた。今は、昔憧れたような、キラキラでふわふわのドレスを縫っている最中だ。
「ふぅ……」
ひとまず形が出来上がってきたところで、一息ついた。まだまだ縫い付けなくてはならない飾りはたくさん残っているし、一部の縫い目はまだ仮縫いのままだ。それでも、少し奮発して買った滑らかな布は、見ているだけでも気分が上がってくる。
このドレスは、文化祭で使うために縫っているのだ。僕らのクラスは演劇担当、演じる演目は白雪姫。おとぎ話の定番の物語に、その時点で僕はかなりテンションが高かった。それなのに、お姫様のドレスの製作まで任せてもらえるようになったのだ。衣装の合わせの日までお姫様役は秘密にしておきたいらしく、寸法だけが伝えられた。幸い、僕と近い体格の子が担当のようで、製作にはそこまで苦労しなさそうだ。
文化祭の準備はいよいよ佳境へと入り、僕の作ったドレスも遂に合わせの時がきた。ドレスを持って指定の場所に行くと、見覚えのある顔、僕の幼馴染がそこにいた。
「遅ぇ。」
眉間に皺を寄せて言われ、僕は思わず萎縮してしまう。成長期にあまり背が伸びなかった僕より随分大柄な幼馴染は、立っているだけで威圧感に怯んでしまうのだ。
「え、えっと……や、役の子は……?」
「は?お前聞かされてねぇの?」
僕はきょとんとした。だって、秘密だと聞かされていたのだ。
「え?な、何が……?」
僕の言葉に彼はますます眉間の皺を深め、態とらしい溜息を零した。
「……お前だよ、姫の役やんの。」
そう言われ、僕は更にきょとんとして、彼の顔を見た。彼の顔は何故か真っ赤で、頬を隠すように手の甲が寄せられていた。彼は大きく顔を背けて、それからぼそりと独り言のように言葉を零す。
「……王子役は俺。……嫌なら辞退しろ。お前の体格で作ってんなら着れる女子もいるだろ。」
今度こそ絶句した僕は、少しだけ、劇のことを考えてみた。演目は、白雪姫。王子のキスで、お姫様は目覚めるハッピーエンド。他の女子が彼に口付けをされるシーンを想像して、何故か心に何か靄のような違和感がよぎった。
「や、やるっ!せっかく作ったし……」
言い訳のように言葉を並べて、なんとか取り繕う。気を抜けば、僕も彼のように、真っ赤な顔をしてしまいそうだった。
演劇なんだから、当然本当にキスをするはずがない。それでも僕は、彼の唇が僕のそれに重なるのを想像して、唇にじわりと熱が広がるのを感じていた。

テーマ:Kiss

2/5/2026, 7:50:02 AM