作家志望の高校生

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5/7/2026, 8:51:07 AM


明日、世界は滅ぶらしい。
無数の隕石が地球に降り注いでいて、天災と呼ぶに相応しいそれは、現代の技術ではどうしようもないんだと。
ニュースキャスターが神妙な顔をして、淡々とした、それでいてどこか震えた声でそう言っている。
そんな話を聞いた僕は、補導時刻も親の声も、全部全部無視してギターを買った。
店員も半ば自暴自棄だったようで、僕のお小遣いなんかじゃ到底買えないような高いやつをホイホイ出してくれた。
こんな時だけは、隕石様々である。
それから家に帰って、適当に弾いてみた。
今どき、ギターの弾き方なんて、少しネットで調べればいくらでも分かりやすい動画が出てくる。
たくさんあった動画の一番上に表示されたのをお手本似して、僕はひたすらギターに集中した。
けれどやっぱり、一日程度じゃ全然弾けなくて、ようやく弦の感触に慣れてきた頃、世界は滅んだ。
鳴り響くスマホのアラートを耳にしながら、意識を喪ったつもりだった。が、何故か起き上がれる。世界は、普通に回っている。
所謂夢オチ。あれは全部、僕がみた一夜分の幻覚だったようだ。
その日からだ。僕が享楽的な刹那主義の人間になったのは。
僕は今まで、後先のことばかり考えて生きてきた。
後のために、やりたかったことを押し殺して勉強した。
後のために、欲しいものも全部無かったことにして貯金した。
でも、きっと、その我慢の末には何もない。
我慢したことが、全部自然とできるくらいの余裕ができた頃にはきっと、もう僕にそれらを楽しむ時間も体力も無くなっている。
我慢して我慢して、何にもできないうちに死ぬくらいなら。
それなら、少しだけ我儘に、無鉄砲に生きてみようと思ったのだ。
明日、世界が終わっても、残る悔いを少しでも少なくしたい。
ぼんやりしていた僕の世界に、そんな輪郭が生まれた朝だった。

テーマ:明日世界が終わるなら……

5/6/2026, 8:57:50 AM

運命が変わる日は、いつも唐突だ。
いい変化も、悪い変化も、平等に、何らかの形で訪れる。
悲しい出来事がいい運命への切符になることもあれば、一時の幸せが後々の大きな後悔を生むことだってある。
そんな定説を、俺の人生はやっぱりなぞるらしい。
普通から外れることのない人生を歩んでいた。
田舎すぎず、都会すぎない普通の街、そこそこの一軒家に住む平凡な両親の下に生まれた。
自分とそこまで変わらない顔、変わらないステータスの妹が一人できて、程々に喧嘩しつつ、兄妹として妥当な距離感で、小さい罪を程々に積みつつ、それでも堅実に、平凡に生きてきた。
俺の座右の銘は「尋常一様」。国語辞典でこれに出会った高校生のある日に決まったのだ。
とまぁ、そのくらい普通に育ってきた。
今俺は、特技のペン回しをしつつ、来週に控えたテストのためにワークを開いて向き合っている。しかし、さっきから一文字も進んでいない。
目の前に座って小首を傾げる謎の幼児を見て、これまでの普通の人生を振り返るくらいには混乱していたからだ。
瞬き一回分の時間前には、確かに俺は部屋で一人だった。
元々勉強も進めずにペン回しをしていたのは事実だが、それでも、人生を振り返るなんて今際の際じみた真似はしていない。
混乱する俺を他所に、幼児は部屋を這い回り、コップの水を倒して俺を叫ばせ、散々振り回しやがった。
そんなのが出会いで、普通だった俺の人生に、普通じゃない奴が突然現れた。
謎の幼児は、どこぞの月の姫のごとく大きくなったし、顔は頗る整っていたし、父も母も妹も、当然のようにそいつの存在を受け入れている。
俺の身長を三日にして抜いたソイツは、今日も満面の笑みで俺の後をついて回っていた。何故か、現れた時と同じように、突然同じ学校の生徒ということになっていたのだ。
「僕と君は運命なんだよ」
なんて、やたらいい、低く甘い声で囁かれた時は鳥肌が立った。
奴は自称天使で、天界で俺を見かけて一目惚れ、そのまま流れで地上へ降りてきて、今に至る、らしい。
意味は分からなかったが、それ以外に納得のしようもないのでとりあえず信じた。
気持ちの悪い奴ではあるが、悪い奴ではない。
奴に出会ってから全ての運命が変えられたような気はするが、それでも相変わらず平々凡々とした人生を送れている。
結局、劇的な出会いをしたとて人生の大枠は変わらない。
奴は俺が学校をサボれば当然のようにサボってついてくるし、俺がペン回しをしていれば無限に褒めてくる。ちょっとうざったいくらいだ。
それでも、俺の人生に奴が組み込まれたことで、平凡だが何かが違う、温かい人生になったような気がした。

テーマ:君と出逢って、

5/5/2026, 9:02:29 AM

森の中で静寂に耳を傾けるのが、私の趣味である。
勿論、都会の街中に溢れている、人々の生命力に満ちた喧騒だって悪くはない。
たまには、私もそれを聴きに祭りなんかへ足を運んだりもする。
けれど、やっぱり私が落ち着くのは、湖の微かな波や小鳥たちのさえずりが作る、あの静寂なのだ。
静寂とは、僅かな音によってできていると、私は思う。
本当の静はあまりに恐ろしい。
その場に自分一人取り残され、世界から切り離されてしまったような錯覚さえ覚える。
他者の気配が、世界の理が鳴らす僅かな音こそ、「何もない」という真の平和を知ることのできる心地良い静寂だと思うのだ。
私が趣味に使う森は、大抵が私の家の裏にある寂れた森だ。
昔は集落もあったらしいが、数年前にそれも途絶えた。
そんな、誰の気配も無くなった森。そこから、最近少し変わった音がするのだ。
まだ声変わりを迎える前の、少年らしい愛らしさの残るボーイソプラノ。
聖歌をなぞるその声は、少し調子外れで、有り体に言えば音痴だった。
気になって、森を探ってみた事がある。
そこで、私は出会ったのだ。
もう誰もいなくなってしまった、寂しい村の中に残る荘厳な建物。古い教会だ。
朽ちてはいるものの、未だその神聖で清廉な空気は廃れていない。
少し苔の生えたステンドグラスは、それでも光を受けてキラキラと光っていた。
灰がかった色にくすんだ教会をステージとして歌っていたのは、少年聖歌隊の隊員らしい男の子だった。
可愛らしい顔立ちの子で、薄く見えるそばかすが素朴な愛嬌を醸し出している。
彼は、聖歌隊の中で一番歌が下手な自分が嫌で、こうして静かなこの場所でこっそり練習していたのだという。
それから、私の趣味に、彼の練習に付き合うことが加わった。
やっぱり調子外れで、音も所々外れていて、しかしそれが可愛らしく、愛おしい。
幼い調子の聖歌を聴きながら、森の中、一人で耳を澄ませていたあの日の私に、ほんの小さな礼をした。

テーマ:耳を澄ますと

5/4/2026, 8:09:33 AM

僕達は双子だ。
僕は弟で、一卵性双生児。
容姿も、体格も瓜二つ。
けれど、好みは全く違った。
僕は、砂糖を愛している。
高飛車そうな白い輝きを放つ結晶の彼女たちも、素朴さを残した褐色の彼女たちも。
あの甘さが、さらりとした質感が、どうにも僕の心を手放してくれないのだ。
市で砂糖を買ってきて、丁寧に丁寧に、綺麗に飾った瓶に詰める。
それをコレクションの中に収めて、光の乱反射する室内で僕は小さく笑った。
砂糖は腐らない。適切な環境に置けば、手入れも何も必要無い。愛しい彼女たちと、ただ過ごすだけでいい。
彼女らの身を借りて作った菓子なんかは何より甘く、とろりとした質感と甘い煌めきが僕の中へ染み入ってくる。
僕は、それが好きだった。
けれど、兄は反対に砂糖が嫌いだった。
兄は薬が好きなのだ。僕には、全く理解できない趣味だが。
薬を飲んでいる時の兄は、文字通り人が変わったようにおかしくて不気味だ。
何もない壁に話しかけ、笑い、床を這う蝸牛を愛しげに眺めたかと思えば踏み潰すのだ。はっきり言って気味が悪い。
でも、それでも兄は薬が好きらしかった。
例えば、毒々しいまでに人工的で無機質な白さ、効能だけを考えた機械的な苦味と妙な甘み。
特有の匂いも、愛おしいポイントらしい。
他にも、色とりどりの液体が詰まったサプリメント、顆粒薬の詰まったカプセル、所持さえ罪な白い粉薬さえ、兄は愛していた。
僕らは、2人とも性癖異常者だ。
砂糖も、薬も、摂りすぎれば毒になるのは変わらない。
けれどそれらを愛してしまった僕たちは、今日も2人、それを押し隠している。
僕が狂ったように砂糖を舐める横で、兄は薬の過剰摂取で涎を垂れ流している。
それを知る者は、誰もいない。
これは、彼女たちの存在は、僕と兄だけの、世界一醜い秘密なのだから。

テーマ:二人だけの秘密

5/3/2026, 8:11:24 AM

大学に入学して一ヶ月。ようやく、環境の変化にも馴染みだした頃。
同じ講義を受ける有象無象の中に、妙に気になる男が一人いた。
同じ講義とは言ったが、実際に講堂の中で見かけたことは一度もない。
ただ、サークル仲間の中にいた奴の知り合いから、同じ講義らしいというのを又聞きしただけなのだ。その後もつらつらと並べられた、名誉毀損に片足を突っ込んだ暴露は聞かなかったことにした。
講義に全く出ず、どうやって単位を取っているのだろうか。
構内での奴は、遊んでいるような光景ばかりを目撃する。勉強をしている気配はゼロに等しく、試験前に過去問を貰っている姿すら見たことがない。
しかし、落単した話は全く耳にしないのだ。
不思議な生き物を眺めるような、そんな意味での「気になる」だった。
そんな男が、今隣にいる。現在進行系で。
珍しく、というか初めて、講義で彼を見つけた気がする。
あまりに珍しいので思わずまじまじと見つめていたら、不意に目が合って、それで今、というわけだ。
さっきから、ルーズリーフの端でずっと筆談をしている。
元々、奴も俺に若干の興味があったらしい。
俺はどこにだっている、ありふれた量産型の大学生だ。だから不思議で、何故興味を持ったのか聞いてみた。
『前、バイト中に君のこと見かけて気になった』
らしい。曖昧すぎて何のことか全く分からない。
講義が終わって、改めて聞いてみた。
話によれば、奴は元々女遊びを繰り返して夜遊びに惚け、昼間はその女と遊ぶ金を手に入れるためにバイトを詰めていたという。
講義に出なかったのもそのせいらしく、なんというか、軽薄な奴だと思った。
そして、バイトの中で彼は、俺を見かけたらしい。
夜職で彼と同じような部類の、優しさなんて無い、謀略と裏切り、上辺に満ちた夜の世界を生きる女。
酔い潰れ、適当な男に食われそうだった一歩手前で、俺が助けたらしい。
馬鹿らしいほど真っ直ぐで、正しい光で以て。
夜の街に優しさは存在しない。だからこそ、そんな場所にいながら優しさを持った俺が気になったらしい。
思ったよりくだらなかった理由に溜息を吐いて、奴の頭を軽く小突いた。
「馬鹿か。俺の方が当たり前だっての。」
なんて笑って見せたら、呆然とした顔をしていた。
それからだった。奴は俺に変に懐き、不器用に優しくなった。
気遣いが空回りすることも多かったけれど、講義もそこそこ受けるようになって、少しだけ、奴に対する世間の目も優しくなった。
たぶん、優しさだけで人は救えない。
けれど、変われるのは事実なんだろうな、と、空き缶を拾おうとしてすっ転んだ奴を回収しに向かいながらちいさく笑った。

テーマ:優しさだけで、きっと

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