「はい。夕飯、作ってみたんだ。良かったら食べてよ。」
目の前に並べられたのは、お洒落で彩りよく盛り付けられたイタリアン。
手の込んだ料理ばかりで、きっと昼間から手間暇かけて作ってくれたのだろう。
「ほんと?ありがと!」
にぱ、と何も知らない風を装って、僕は無邪気そうに笑った。
目の前で笑う親友は、心底幸せそうな、でもどこか虚ろでやつれたような顔をしている。
1年前のあの日、事故のあった日から、彼は変わってしまった。
彼には可愛い恋人がいた。ミルクティーみたいな色に染められた茶髪に、くりくりした可愛い垂れ目。小柄で、甘い匂いがする女の子。
僕に彼女を紹介してくれた時、彼はすごくすごく嬉しそうだった。
そんな彼女が、1年前に事故で亡くなった。あまりに突然のことで、彼はもちろん、ほとんど関わりの無かった僕でさえ理解が追いつかなかった。
あの日から、彼は僕のことが見えなくなってしまった。
あの日の事故で死んだのは、彼の幼馴染で親友だった僕。彼女はなんとか生き延びて、2人で僕の死を悼んだことになっている。彼の中では。
彼のためなら、僕は僕を殺すことだってできた。髪を伸ばして、女の子らしい仕草を覚えて、声だって、喉が痛くなるまで練習して高い声を出せるようになった。
好きでもない甘い物を好むふりをして、甘ったるくてしょうがない香水を振って、彼の心を繋ぎ止めた。
今年、彼の中での僕の墓に、本来の彼女の眠る場所に行ってきた。
僕の好きな、綺麗な向日葵。墓にはおおよそ似合わないような明るい花が手向けられたのを、僕はどんな目で見たらいいのか分からなかった。
後で、彼女の好きだったヒヤシンスと勿忘草を手向けた。僕宛ての向日葵は、そのまま焼却炉に突っ込んだ。
好きでもないイタリアンを微笑んで口に詰め込みながら、味のない砂のようなそれを飲み下した。
彼の中で、僕より彼女の方が大切だった。それだけの話だ。
和食の方が好き、だなんて言えなくて、僕は今日も、僕でない僕を見つめる彼を見つめていた。
テーマ:好きじゃないのに
特に予定の無い休日の半分を、何もせず寝て過ごした。
今日は雨の上、することもない。何も予定は無かったはずなのに、何故か少し損した気分になる。
多少何かした感が欲しくて、唸りながら布団から這い出た。そのまま、充電器に刺さったスマホを回収し、のそのそと布団に潜り込む。
意味もなくネットニュースを眺めて、名前だけ知っている芸能人の結婚速報を冷めた目で流し見た。
他人の結婚情報なんて、よくそこまで本気になれるな。そんな俯瞰したような、冷笑する考えが頭に浮かんでいた。
ダラダラとスマホを眺めているこの時間、ぴったりと狙ったかのようにチャットアプリの通知が来た。
『どうせ暇だろ、付き合え。』
あまりに乱暴で、要件さえ分からない。こちらを暇だと団でしているのも腹が断つ。
しかし悲しいかな、面倒事だったら嫌だと思うが、暇なのは事実なのだ。
仕方がないので付き合ってやることにした。
その旨を伝えると、冷たいほど簡潔な文で集合場所と時間だけが送られてきた。
渋々立ち上がって、ようやくパジャマから着替える。雨降りで肌寒い気温を思ってばさりと1枚上着を羽織った。
集合場所のカフェに向かうと、既に見覚えのある顔がそこにいる。予定時刻よりずっと早いはずなのだが、もう既にそこにいた。
「遅ぇ。」
予定より早く来たのにこれである。むっとしながら、彼の方へダラダラ歩いた。
「うるせぇな……早く来てやっただろうが。」
もっと文句をつけたかったが、その前にさっさと彼は歩き出してしまった。
不完全燃焼のまま、むすっとして後ろをついていく。何をするのか、どこへ行くのか。全く分からない。
電車を乗り継ぎ、レンタカーに乗り、思いの外遠くへ連れてこられた。
「ちょ、まだ行くの……?どこまで行くんだよ……」
少し暑くなってきて、羽織った上着を脱ぎ捨てる。
「もう着いた。」
目の前にあったのは、山に程近い、ぽつんと建った神社だった。
静かで、手水の音が遠くに聞こえる。
彼は俺の手を引いて、境内の隅、見晴らしのいい、社の縁に腰を下ろした。
「……最近ずっと疲れた顔してただろ。」
不器用な彼なりの、励ましだったらしい。
確かに、最近は理不尽で古い考えの上司と、自由奔放で現代らしい後輩に板挟みにされて、忙殺されていた。
周りを見る余裕も無かったかもしれない。
改めて見下ろした町並みは、俺がいなくとも穏やかに回っている。それが、酷く安心できた。
雨はもう、降っていない。あの雨は、俺の住む地区の周辺で降った局地的なものだったようだ。
隣に座る友人の、無愛想な肩の上、俺はそっと近付いて体重を預けた。
テーマ:ところにより雨
市場からの帰り道、買った野菜やパンがぎっしり詰まった紙袋を両手で抱えながら、ゆったりと街道を歩いていた。
何もない閑静な町並みが続いていた中、領主の城壁の方がやけに騒がしいのが耳に入って、俺の野次馬精神がくすぐられる。
そんなこんなで、つい寄り道をしてしまった。
どうやら、定期開催の聖女祭の知らせが届いたようだった。
華やかな絵柄の張り紙が、城壁にぺたりと張り付けられている。
小さな子供たちは祭りという言葉に飛び跳ねて喜び、年頃の少女は聖女となることを夢見て頬を赤らめている。
まぁ、俺には縁のない話だ。
くるりと喧騒に背を向けて、買い物袋を抱え直した。
年に一度開催される、聖女祭。王都で開かれる大規模な祭りのことだ。
大抵は屋台で飲み食いし、歌って踊って楽しむだけなのだが、メインとなる余興が少し変わっている。
「聖女の制定」と呼ばれるそれは、年頃の少女なら誰もが憧れてしまうようなおとぎ話。
聖女祭の夜、希望する者が一人ずつ順に精霊の泉に手をくぐらせる。もしその者が聖女だったならば、たちまち泉から祝福の光が舞い上がり、その者に永遠の安寧を与える、なんてものだ。
ちなみに、「聖女」とは名付くものの、制定自体には男も参加できる。それくらい、誰も本気にはしていない。
聖女が選ばれた話なんて、文献に残っているのは数千年前が最後。この祭りが始まった頃の記録からはただの一度たりとも聖女は出ていない。
騒がしいのは得意でない俺は、祭りにそこまで興味をそそられない。だから、毎年不参加で、僻地の領地に引き篭もり生活をしていた。
下級貴族なんて、そのくらいの生活が身の丈に合う。そう思っているのだ。
聖女祭の日は、街が随分静かだった。家々の光が無い分、星の瞬きがよく見える。
ほんの少しだけ興が乗って、領地内の小さな湖に足を運んだ。
花々に囲まれた、小さくも美しい湖だ。精霊の泉なんて大層なものでなくとも、身近な美しさがある。
ぱしゃ、と水面に手をかざす。
なんとなく、水面で揺らめく月が掴めそうに見えてしまった。
それで、手を軽く水に触れた瞬間だった。
夜を昼に塗り替えるほどの光が湖から舞い上がり、ふわりと光る雪のような何かが振り注いだ。
俺は呆然としつつ、未来への歯車が大きくズレて狂った音を、初めて耳にした。
テーマ:特別な存在
ある日。いつも通り学校へ行って、いつも通り靴を履き替え、教室へ入る。
普段からギリギリを狙って登校する俺は、大抵、人の活気に満ちた教室を見ることになる。
そう、いつもなら。
普段通り、予鈴が丁度鳴るような時間にドアをくぐる。
しかし、誰もいない。本当にいない。なんなら電気さえ付いていない。
一瞬、今日は休みだったかと錯覚しかけたが、隣のクラスから朝礼の挨拶が聞こえる。
ならば、うちのクラスだけが、学級閉鎖か何かで休みかと学校からの連絡を片っ端から漁ったが、やはりそんなものは無い。
どうすればいいか分からず困惑したまま、既に二十分が経とうとしていた。
もう朝礼はとっくに終わって、1時間目が始まる頃のはずだ。
でも、やっぱり、いつまで待っても先生すら来ない。
そこまで行くと、俺は一周回ってテンションが上がってきた。
誰もいないなら、何もしなくてもいいだろう。というか、帰ったって文句を言う者は誰一人いない。物理的に。
いそいそと鞄を背負い直した辺りで、薄っすらと遠くから、規則的な電子音が聞こえてきた。
「…………夢かよ……」
擦り倒されたお決まりすぎる展開に溜息を隠しもしない。
夢オチ。何の面白みもない、ありふれたオチのつけ方だ。
寝ぼけた頭を引きずって、夢の中でもうしたはずの身支度をもう一度やり直した。この光景を見るのは本日二回目。なんだか損した気分になってきた。
夢で見た通学路を通って、夢で見た電車に乗って、夢で見た通りに登校する。
しかし、現実の学校は夢なんかよりずっとうるさくて、楽しげで、めちゃくちゃだった。
教室の扉をくぐると、いつも通り、もうなんとなく完成されたグループにまとまった生徒たちが、ガヤガヤとてんでバラバラな話をしている。
あんな寂しい夢なんかより、この不条理で、めちゃくちゃで、バカらしい現実の方がずっと面白そうだと、小さな笑みが溢れた。
登校してきて早々ニヤついていたせいで、俺に話しかけに来た友人に引かれたのは言うまでもない。
テーマ:バカみたい
「ねー、もう帰ろ……何食ってんの?それ。飴?」
放課後を告げるチャイムがなってから、もう三十分は経っただろうか。
俺を待ちくたびれた友人が、机にしなだれかかるように顔を覗かせた。
「……ん〜……もう帰るよ。今食べてんのはあめ。」
間延びした返事を返して、鞄を手に取って席を立つ。
口の中で転がしたあめが歯に当たって、かろん、と軽い音を立てた。
「俺も食べたい。一個ちょうだい。」
友人の手のひらが、図々しく目の前に差し出された。
俺は軽く溜息を吐いて、鞄から飴玉の袋を取り出す。
「やりぃ。」
手の上に個包装の飴を2,3個乗せてやれば、彼は満足したように手を引っ込めた。
隣からビニールを破く音がして、それから、俺と同じように、口の中で飴を転がす音がする。
「そういやさぁ、アイツ大丈夫?お前仲良かったじゃん。ほら……あの……アマネ、だっけ?」
びく、と肩が跳ねた。
友人はなんでもない世間話のつもりだったのだろう。
だが、俺にとってはあまりに身近で、あまりにタイムリーな話題だった。
「……さぁ。仲はいいけどさ。アイツ元々連絡よこすタイプでもないし。」
アイツは、一週間ほど前から学校に来ていなかった。
教師が親に連絡を取っても、両親さえ居場所が分からないという。
親しかった俺にも当然聞かれたが、分からないと答えた。
「ふーん……今警察も探してんだろ?見つかるといいな。」
友人の声が遠く聞こえる。
口の中のあめは、いつまで経っても小さくはならなかった。
友人の飴玉を転がす音は、もうとうに止んでいる。
「……そうだね。アメ、どこいったんだろ。」
雨音。俺の親友。アメ、というのは、幼かった俺がつけたあだ名。
やがて始まった友人の愚痴をBGMに、俺は家にある大量の肉の消費方法を考えていた。今日も、夕飯は肉料理になりそうだ。
舌の上では、甘さのないあめが存在を主張していた。
テーマ:二人ぼっち