一般的に盛り上がりにくい話題がある。それが、天気の話と夢の話。一方的に話すだけになってしまうこれらの話題は、中々会話が弾まない。
そんな定石を、真正面からブチ破ってくる存在が一人。目の前の男である。
この男、なんともまぁ酔狂なことに、入学式早々から一目惚れだのなんだのと言って俺に付きまとってくる。目立った友人も居らず、人との交流があまり得意でない俺にとって、プライベートを邪魔されているようでうざったかった。
そこで、俺は考えた。ひたすらに俺がつまらない人間だとアピールし続ければ、いずれは向こうから離れていくのでは、と。そうすれば角も立たないし、俺は束縛から解放されることができる。
「うんうん、それでそれで?」
が、しかし。彼は中々にしつこく、そして俺に盲目すぎた。俺はもうここ一週間ほど、その日の天気の話と俺が見た夢の話しかしていない。もっとも、天気は話すことがあまりにも無さすぎたので一昨日からはひたすら夢の話をしているのだが。
「…………お前さ……つまんねぇだろ、こんな話。」
呆れ返って、思わず言ってしまった。彼は大型犬のようなくりくりした目をぱちりと瞬かせ、それから心底おかしいとでも言いたげに笑った。
「なに、そんなふうに思ってたの?楽しいよ、君の話ならなんでも。」
きゅう、と彼の目が細められて、その目があまりに蕩けきっていて。俺まで恥ずかしくなってくるほど甘ったるい表情をした彼の肩を、ひとまず強めに殴った。
「あ、照れてる。」
意地悪げな表情で笑い続けるので、なぜだか無性に腹が立って仕方ない。俺が文句の一つでもつけてやろうと口を開きかけると、彼はそれに被せるように口を開いた。
「……それに、最近は君がたくさん話してくれるから。どれだけつまんない話したって、君が喋ってる限り僕は聞き続けるよ。」
最早俺は何も言えなくて、開きかけた口は空気を漏らしてはくはくと開閉を繰り返している。じわじわと顔に熱が滲んで、それを隠すように顔を伏せた。
俺はまだ、知らなかった。この日の晩、夢の中で彼に熱烈な告白を受けることも、それで絶叫しながら飛び起きる羽目になることも。
翌日、俺は夢の話は一切できなかった。
テーマ:こんな夢を見た
遂に、遂に成し遂げた。ここまでに数々のトラブルに見舞われ、何度も何度も失敗してきた、タイムマシーンの発明に。これさえあれば、これまで分からなかった過去を知ることも、この先起こる未曾有の事態を知ることもできる。
人類の希望と期待を乗せ、僕たちはタイムマシーンに乗り込んだ。行き先は未来。過去よりはリスクも少ないだろうということで、研究チーム一同で十年後の未来へ向かった。
着いた途端、目に飛び込んできたのは、荒廃した世界。草木は枯れ果て、偽物の、木々を模した金属の塊が点々と存在しているだけだ。僕らが予想していたような、今より少しだけ発展した都市は無くて、崩れかけたビルの群れと、吹き荒ぶ砂嵐だけが世界を構築していた。
「これ、は……」
誰も、声は出せなかった。本当にここは、僕たちの未来なのか。一体、何があったのか。立ち竦む僕らの元に、ボロボロの、焼け焦げたようなノートが一冊、強風に煽られて飛んできた。中を見るのは少しだけ気が引けたが、調査の一環なのだと言い聞かせ、開いてみる。
中身は、幼い誰かの日記帳のようだった。拙い字に、少し表面が溶けたようににじんでしまっている、クレヨンで描かれた絵が添えられている。
初めは、どこにでもあるような、普通の日記だった。夏休みに友達と遊んだ、新しいゲームを買ってもらった、庭の向日葵が咲いた。そんな内容ばかりだ。
しかし、ある日を境に、内容は一転。幼心ながら感じただろう悲しみや喪失感、絶望と、そんな内容ばかりになっていく。
どうやら僕らは数年後、これまでに類を見ないような、最大規模の戦争をするらしい。他でもない、僕らが作ったタイムマシーンを巡って。
僕達はもう、何も言えなかった。未来を、幸福を願って作ったのに、こんな結果は望んでいないのに。かつて、かの銃や爆薬を作った研究者達は、こんな気分だったのか、と、知りたくもなかった事実を知る。
僕らを一同に顔を見合わせ、ある決意をした。そして、再びタイムマシーンに乗り込んで、今度は過去へワープする。向かうのは、タイムマシーンが完成する十年前。
その頃見つけていた、タイムワープに必須の部品をいくつが盗んだ。これで、もうタイムマシーンは作れない。僕らの乗っていたタイムマシーンは存在しなかったかのように消え失せ、僕らは過去に取り残された。
そう、取り残された僕らは気づけなかった。きっと、この流れはこれまで何度も繰り返されてきたことを。僕らがタイムマシーンを開発できてしまった時点で、それはもう確立された未来だったことを。タイムパラドックスは、起こるはずもないのだ。未来はもう、決まっている。
時代に文字通り取り残された僕達は、未来の、僕らが来た時代の僕らがどうするのか、もう知る由は無かった。
テーマ:タイムマシーン
「ただいま。」
「んお、おかえりー。」
古いアパートの、トタンでできた階段を上る足音が14回して、それから部屋の扉が開いた。古いドアは軋む音を立てて、金属同士の擦れる嫌な音を発する。しかし、彼の帰宅してきた音だと思うと、普段は不快な音だって気にならない。
「それなに?」
彼の手にある白い箱が気になって、ふと訪ねてみた。それなりに大きくて、つるりとした表面は華々しいレース模様で飾られている。
「ああ、これ。ケーキ。」
なるほど、言われてみれば。確かに甘い匂いが微かに漂っていた。
つくづく自分達は相性がいいのだと、笑みがこぼれる。そう、俺は今日、甘い物に合う酒を買ってきている。なんとなく惹かれて買っただけだが、もはや運命なのかもしれない。
「俺もいいモノ持ってんだけどさぁ~。」
ぬ、と効果音の付きそうな滑らかさで、暖房の付いていない、天然冷蔵庫並みの廊下から酒を持ってきた。
甘みの強い赤ワインで、ケーキの隣に置かれる程相性がいいらしい。
「え、マジ?赤ワインじゃん。俺買ってきたの丁度チョコケーキなんだよね。」
やはり俺たちの相性も最高なようだ。あまりの息の合いっぷりに自分でも驚いてしまう。
「運命じゃね?」
「運命だね。」
2人ではにかみ合って、謎の気恥ずかしさに包まれる。机に並べられている夕食を食べた後の予定に、とろりとして濃厚そうなチョコケーキと、深い赤色をしたワインを堪能する時間が追加された。
記念日でも無いのに、なんだか特別な日のようで、心がくすぐったい。
温め直した夕食を食べ、2人並んでソファに座る。ローテーブルの上には、チョコケーキと赤ワインを綺麗にセットした。
調子に乗って、電気を消してテレビで適当な映画を流す。普段通りの緩い空気で、普段より少しだけ特別で、豪華な夜だった。
テーマ:特別な夜
好きな人、中学の時にできた親友の名前を書いた小さな紙切れを手に、僕は砂浜を踏みしめている。
初めは、女子達がきゃいきゃいと鈴を転がすような声で騒いでいたのを、小耳に挟んだだけだった。
よくある、恋愛のおまじないだ。消しゴムに好きな人の名前を書くだとか、花弁を1枚ずつちぎったりだとか、そういう類いのもの。
『好きな人の名前と自分のイニシャルを書いた紙を海に浮かべて、浮いたら叶う、すぐに沈んだら叶わない』
内容を要約するとこうだった。
僕らの学校は海のほとりにある。だから、誰かがこんな話を作ったのだろう。おまじないの難易度としても大して高くなく、簡単にできる。それに、海という場で占いをするのは、年頃の女子からすれば特別感があって楽しいのだろう。
しかし、僕はもう高校2年生。華奢でも可愛くもない、どこにでもいる普通の男だ。こんな可愛らしいおまじないなんて使ったところで可愛くはなれないし、女の子のような柔らかな肌も、華奢な骨格も、低めの身長も手には入らない。
そっと、手に持った紙を水面に浮かべた。一瞬だけ浮いた紙に、僕は淡い期待を抱いてしまう。しかし、紙はすぐに波にさらわれて、青く澄んだ水の底に沈んでいってしまった。
分かっていた、叶わない恋だと。同性だとか、親友だとか、それ以前の問題なのだ。
彼には、彼女がいるのだから。僕よりずっと可愛くて、肌もお菓子のような甘い匂いのふわふわした感触で、髪はさらさらの黒髪ストレート。絵に描いたような可愛い女の子で、僕なんか到底勝てっこない。
深い深い紺色の水底に呑まれていった紙はもうとうの昔に見えなくなっている。いっそこの恋心も一緒に連れて行ってくれればよかったのに、僕の心は相変わらず、彼を求めているままだった。
海の底に沈んだ想いは、沈みきってなお、その熱を冷ませないでいる。それでも離れたくなくて、僕は親友を取り繕って、いつまでも彼の横に立つのだ。
テーマ:海の底
君が遠い遠い異国の地に旅立ってから、早2年。普段は忙殺されて思い出すことも無い寂しさも、夜になればぶり返してくる。
そんな夜は、君と過ごしたあの夜をなぞるのだ。
カップにココアをたっぷり入れて、温めたミルクを少しずつ注いで。丁寧に練り上げながら淹れたココアに、またたっぷりのマシュマロを浮かべて少し炙る。君がよく、眠れないと嘆く僕に淹れてくれたココアだった。
一口口に含むと、笑ってしまうくらい甘ったるくて、胃の中からじわりと温もりが広がる。
この時間なら、向こうはまだ昼間だろうか。仕事が忙しくないのなら、いっそ電話でもかけてしまおうか。
そんな考えが浮かんだ頃にはもう、手にはスマホがあった。
無機質なコール音が数回響いて、それから少しだけ間を空けて、愛しい声がスピーカーを通して聞こえる。僕の知るものと変わりない、低くて落ち着いた、眠気を誘う声。
『もしもし?珍しいね、電話なんて。何かあった?』
そんなありふれた一言で泣いてしまいそうになるほど、僕は寂しかったみたいだ。心配させまいと声を出そうとしたが、僅かに息が漏れ、震えた嗚咽が零れるだけでまともに話せなかった。
『え、ちょ、な、泣いてる?大丈夫?』
あからさまに慌てだした声と背後から聞こえる紙束が落ちるような音。そそっかしい彼のことだ、仕事の書類でも落としたのだろう。
その光景を瞼の裏に映したら、寂しいなんて考えていた自分が馬鹿らしくなってくる。今度は笑みが零れて、けれどその笑い声は震えていて、なんだかもうめちゃくちゃだった。
彼の戸惑う声が耳にずっと響いて、すぐそばにいるようなそれに安堵した。僕は涙を拭って、きっと見えてはいないけれど、それでも彼が好きだと言った笑顔を浮かべて、口を開いた。
「……ばーか。気になるなら早く来てよ。……寂しいから。」
しばらくスピーカーの向こうが無音になって、それから派手に何かをひっくり返すような音がする。
『ぃ、いま、今なんてっ?』
困惑と申し訳なさ、それからどうしようもない愛おしさで蕩けたような声で彼が言うから、またころころと笑ってしまった。
テーマ:君に会いたくて