ある日、僕のもとに天使がやってきた。
天使と言っても、比喩的なものだ。綺麗な羽根も、ピカピカ光る輪も無い。
色素の薄い、ミルクティー色の髪。長めの前髪に遮られて、ぼんやりとした光を湛える翳った瞳。
片田舎の入院病棟に舞い降りた、きれいでかわいい、僕の天使。ふわふわの髪も、寝起きの潤んだ瞳も、全部、僕だけが知っている。
同じ病室に入院しているから、僕は彼について色々なことを知っていった。
両親は彼に無関心なこと、祖母に預けられていること。そして、きっともう長くないこと。
彼は、いくつかの内臓がダメになっているらしい。いつも、たくさんの管に繋がれて、僕には分からない難しそうな機械で何かしている。
ずっとここにいる僕は、学校にも行ったことがなくて頭が悪いから、難しいことは分からない。彼の病気のことも、僕の病気のことも。
彼は時々、僕を見てすごく寂しそうな目をする。そういう時はいつも、彼の痩せた手が静かに頭を僕の撫でて、冷たい指先が頬の骨をなぞるのだ。
その意味は僕には分からない。けれど、撫でてくれる彼の手は優しくて、ひんやりしていて、好きだった。
毎晩、彼は苦しそうに咳をしている。肺がダメになってきていると、彼を診ていた先生が言っていたのが聞こえた。
同時に、僕の具合も悪くなっていった。段々ご飯が食べられなくなって、少しずつ体も動かしにくくなっていた。でも、きっと彼も辛いから、余計な心配をかけなくなくて、いつも彼が寝てからトイレでこっそり吐いていた。
それがよくなかったみたいだ。ある夜中、僕は急に立てなくなった。その時先生に色々並べ立てられて知ったけど、僕のダメになっていたものは脳らしい。もう声を出すのも大変だったけど、どうしても、どうしても言いたいことがあった。
あの、すりガラスみたいな瞳がまぶたの裏に隠されてしまうのは、きっと惜しいことだから。だから、僕は先生にお願いした。
僕がダメになったら、僕の中身を彼にあげて、と。僕と彼は背格好も似ていたし、大丈夫だと思った。本当にあげられるかは、知らないけど。それでも、もしダメな僕の中身が使えるのなら。大好きな君に、全部あげたいと、そう願って。僕は、目を閉じた。
テーマ:大好きな君に
3/5/2026, 8:54:29 AM