作家志望の高校生

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町中が、桃·淡緑·白の如何にもな春色に染まっている。
そこら中の店で流れるのは、三味線やらで演奏された、曲名も知らない和風の曲。
これらの要素により構成されていたのが、雛祭であった。
古そうな店の前に置かれた立派な七段雛は、誰も彼もが澄まし顔をして、凛とその場に佇んでいた。
桃の節句。女の子の健やかな成長を願う日。それが雛祭である。
けれど、僕は、男である僕は、それが妬ましくて妬ましくて、仕方なかった。
色とりどりと吊るし雛も、豪華絢爛とした雛人形達も、全部僕の頭に焼き付いて離れない。
端午の節句の兜より、やわらかい布を纏った雛人形が好きだった。
硬く無骨な柏の葉に包まれた柏餅よりも、可愛らしい色合いで飾られている菱餅の方が好きだった。
生まれる性別を間違えたような僕は、今日も中途半端なまま生きている。
家に帰ると、仏間に雛人形は飾られていなかった。
当然だ。家は男ばかりの家で、祖母や母といった外部の女性を除けば、生まれる子供は皆して男児だった。
憧れを見ることさえままならない現実が、嫌になってくる。だから、家を抜け出した。もう補導されるような時間だったけれど、それでもよかった。やっぱり、もう一目でいいから、あの可愛らしい人形達を見たかった。
真っ暗な中を静かに歩いて、昼間歩いたあの町へ下りる。町はしんと静まり返っていて、和風チックな曲の欠片一つさえ聞こえない。聞こえるのは、古めかしいデザインのネオンを光らせるスナックから漏れる、酔っぱらいが歌うふにゃふにゃのラブソングばかり。
町中にあったはずの雛人形は、誰一人として残される事なく仕舞われてしまっていた。
雛人形を仕舞い忘れると婚期を逃す、なんて言われているせいが大きいのだろうか。
その気持ちも理解できない僕は、根本的に女の子にはなれない。抜け出してきた町の中、すっかり終わった雛祭に取り残された僕は、胸の中に引っかかる黒く淀んだ澱に満たされて、あの可愛らしい春色とは正反対の色に自分が染まっていく、そんな幻覚を見た。

テーマ:ひなまつり

3/4/2026, 8:40:51 AM