『麦わら帽子』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「麦わら帽子」
どうしても海賊王の話が出てくる。
詩(お題)
『麦わら帽子』
母さん、僕のあの帽子
どうしたでしょうね
松田優作さんの声が
耳元でこだまする
風に飛ばされた 麦わら帽子
追いかけるのか 諦めるのか
ずいぶん、恋もしていません
面倒なんです
人生なんてものはいつも
動くのか、とどまるか
風に飛ばされた 麦わら帽子
その物語 想像したい
風に飛ばされた 麦わら帽子
その運命に 翻弄されたい
切り絵の横顔 幼いわたし
麦わら帽子に揺れるリボン
まつ毛の下に
小さな鼻 くちびる あご
これわたし?
自分では見られぬシルエット
不思議な気持ちで見てたっけ
かわいいだろう?と目を細める父
どれも遠い日の思い出
「麦わら帽子」
#481
お題『麦わら帽子』
憧れの灯台守がいた。そのひとは、いつもつばが広い麦わら帽子を被っていた。
背が高くて、筋肉質で、黒い髪は短くて、眉は濃いのにどうしてか僕はその人を見て、「きれいだな」と思ってしまった。
背筋が伸びた立ち方のせいか、筋肉のつき方がきれいだからか、今考えるとそういった理由は思いつくがその頃の僕はただ「きれいだな」という感想しか抱かなかった。
そのひとはいつも僕に海の中に住む人魚の話を聞かせてくれた。海の中は、たくさんの魚と人魚が共生してて、立派なお城だってある。南の海のサンゴ礁はきれいだとか、冷たい北の海だと鳥も泳いだりするとか。
だけど、人魚に男は存在しないという話を聞かせてくれた時、その人はどうしてか悲しそうな顔をしていた。ただとなりにいることしかできなかった。
最後に会ったのは、二十年前の大雨で津波が来るかもしれない時だった。両親からは家にいなさいと言われたが、僕は灯台守が心配になって外へ出てしまった。
大雨に打たれて、強風に抗いながらどうにかたどり着いた場所で灯台守は立っていた。
「ねぇ、お兄さんもはやく戻ろうよ!」
「ごめん、そうはいかねぇんだ」
灯台守は悲しそうに笑うと被っていた麦わら帽子を僕に被せてきた。
「すまねぇが、俺ぁちょっと戦ってくる!」
「え? たたかうって?」
「この海を荒らしてる悪い奴がいるんだ! そいつは凄まじく強い。俺はここに戻れないかもしれねぇ!」
「そ、そんなの嫌だよ。絶対帰ってきて!」
帽子をおさえながら僕は泣いた。そしたら、お兄さんが笑って
「そうか。お前、俺のこと待っててくれるんだな。じゃ、その麦わら帽子、預けておく。またな!」
僕の頭を麦わら帽子ごしになでると、お兄さんの姿が変わっていく。着ている服が破れて、足は魚の尾びれに、背中に背びれが生える。それから間もなく、海に飛び込んだ。
僕は必死にお兄さんの名前を呼んだけど、帰ってこない。やがて、僕を探しに来た父によって家に連れ戻されてしまった。
それからしばらくして、雨と風がやみ、もとの穏やかな海に戻ったけど、灯台守のお兄さんが帰ってくることはなかった。
今の僕は灯台守として、住み慣れた街の海を見続けている。頭に被っている彼から貰った麦わら帽子はもはや僕のトレードマークだ。背は、あの頃のお兄さんよりすこし伸びて、筋肉だって日頃からきたえているおかげで、お兄さんよりずっとごつくなってしまった。
平和な日常のなかで、僕は灯台守をしながらお兄さんを待ち続けてるようなものだなと思う。
ある時、灯台の近くで水面から顔を出している人魚に遭遇した。女性の人魚ならたまに会うが男性の人魚は珍しい。
その人魚はまだ子供で、髪が黒く短く、するどい背びれが生えて、群青の尾ひれをしている――まるで、それはあの時僕が見たお兄さんの本当の姿そっくりだった。
僕と目が合うと、その人魚は恥ずかしそうに水面に潜ろうとした。
「まって!」
走ってその人魚を呼ぶ、あやうく飛び込みそうになる。人魚はちら、と僕を見ている。
「君、お兄さんとすこし話をしないかい?」
我ながら口説いているようだと思う。だけど、いてもたってもいられなかったんだ。
人魚は僕をすこし見つめた後、頰を赤らめながら嬉しそうに笑った。見えたとがった八重歯がお兄さんを彷彿とさせて、僕もなんだか嬉しくなった。
市民農園を借りた。平成27年頃のことだ。
野菜づくりをしようと思ったからだ。まだ小学生に入りたての娘の教育上良いのではないかという考えもあった。
12区画ほどに分けられた土地にサツマイモ、ジャガイモ、オクラ、ズッキーニ、ツルムラサキなどを育て、夏の間にはそれなりに収穫もあって食卓にのぼることもあったわけだが、畑仕事は2年ほどで辞めてしまった。
家族みんなでやろうという話で始めたことであったのだが、妻が作業中の日差しと虻などの虫の存在を理由に数回で来るのをやめてしまい、畑に行くのは私と娘だけになってしまっていた。
娘は鍬や鎌を扱うこともできず、小さな土の塊を集めて煉瓦のように積み重ねて遊んでばかりで、結果として畑作業は全て私の担当になってしまっていた。
また、畑の土が粘土質で、大量の堆肥を入れたり、サツマイモのツルや雑草を埋めて土質改良を試みたりしたものの、野菜作りの入門書に書かれているような、野菜作りに適しているふかふかの土にはほど遠いままであった。
畑仕事は苦ではなかったが、他人と挨拶したりするのは密かにストレスであった。
隣の畑を借りているおじいさんに挨拶されて、きちんと挨拶できない娘を叱ったりしていたが、私自身ができれば挨拶などしなくて良いように、なるべく両隣の人がいない時間に行ったりしていた。
年間確か4,000円で30平米程度の土地を借りることができるので、一年でほぼ私しか使っていなかったが、自分の数少ない趣味として野菜作りと言えるように、などという考えで細々と続けようと思っていた。
が、結局やめてしまったのは、私の借りている区画内に誰かの古いバケツや発泡スチロールの箱などが置かれるようなことが続き、自分で処分するのは嫌だったので共用の自転車置き場に置いていたら、「この場所にゴミを捨てないでください」という貼り紙を貼られるようなことがあったからである。
自分のゴミでないのは確かであるが、そこにゴミを捨てたのが自分であることは確かで、自分で自分を心から正当化できない振る舞いをしてしまった訳である。
野菜作りのできない冬の間、そんなモヤモヤした気持ちが晴れることがなかったため、4月に農園使用の契約の更新をしないことにしたわけである。
我が趣味は土いじりだと言っていたあの頃だけの麦わら帽子
スピナーの白いインクを拭っていると、同じガラのTシャツを着た少年が隣に座った。
ツバ広の帽子の下、お疲れさまです、と朗らかに笑う口が見える。
次も勝てるかな、と問うのが日常のこの空間に、少年は少しだけうつむいて、
「フランスでも、ガザでもウクライナでも、同年代が戦ってる。本気を出し惜しむ理由なんてないです」
生きることが、苛立ちの連鎖にならないよう、我々大人には何が出来るだろうか。
「その麦わら帽子、カッコいいね。わたしも次からそれを被ろうかな」
親指を立てた同意をもらって、立ち上がる。
※スプラフェスお疲れさま!
【麦わら帽子】
子供の頃に読んだ漫画のキャラクター
麦わら帽子に黒髪のサラサラロングヘアー
ノースリーブワンピースにサンダル
高級ブランドの香水を身にまとう
華奢な男の子
好きで憧れて目指してた
✴️116✴️麦わら帽子👒
あとがき
100円ショップで
カワイイ猫耳の麦わら帽子を発見❕
娘も気に入ったので即買い🤭
「夏の季語。他にはパナマ帽やカンカン帽など。
証券用語に『麦わら帽子は冬に買え』。
なお世の中には10万超の物もある模様。ふーん」
今日も今日とて、非常に手強い題目がやってきた。
某所在住物書きはスマホで情報収集をしながら、かのゴムゴム船長以外にネタがあろうかと葛藤した。
「『麦わら』帽子はよく聞くけど、『稲わら』帽子は無いよね、ってハナシ?それとも意外と最近麦わら帽子被ってる人少ないよねって?」
麦わら帽子、簡単に書けそうに見えて、俺の執筆スキルだと何気にバチクソ難題。物書きはため息ひとつ吐いて、今日も苦し紛れの物語を投稿した。
――――――
猛暑日と熱帯夜が常習化している都内某所。
藤森という雪国出身者が、
麦わら帽子の中に保冷用の氷をぎっしり詰めたビニール袋を入れ、本マグロの500gを埋めて、
それを抱え、自宅アパート近くの稲荷神社まで。
腕の中には麦わら帽子の他に、器用にバランスをとって居座るコンコン子狐。
時折首を伸ばしては、藤森のあごだの首だの唇だのをべろんべろん、舐め倒している。
非日常的な状況である。 気にしてはいけない。
非現実的な光景である。 深く考えてはならない。
本投稿はフィクション。喋る狐は日常の影に潜み、化け猫は日常に紛れて秘密裏に人と接する。
半分現実で半分不思議。都合の良い物語なのだ。
くわっ。くわ〜わんっ。
ご機嫌に歌う子狐は、首から「おつかい頑張ってます」の木札を下げた稲荷神社の狐。
母親から「人間の善い心魂で香り付けされた善い味の魚を買っておいで」と言いつけられたのだ。
コンコン子狐は商店街で、『赤字覚悟だけど客に美味いマグロをたらふく食ってほしい』と値付けされた、利他善意の塊を見初めて購入。
買い物袋のかわりに持ってきた麦わら帽子にマグロを収納し、帽子のツバを噛んで引っ張って神社まで、
行こうと無謀な努力を開始した矢先、
近所のアパートに住み面識のある藤森が、子狐を見つけた。「子狐。その速さではお前の神社にたどり着く前に氷が水になってしまう」
藤森は子狐から麦わら帽子を取り上げ、抱えて、
子狐はぴょこん、藤森の足と腰と腹をよじ登った。
「本気で氷に埋めたマグロの塊を、麦わら帽子に入れて引っ張って帰るつもりだったのか」
そーだよ。美味しそうだったんだよ。コンコン。
「せっかく人に化けられるのだから、この麦わら帽子を両手で抱えて行けば良かったものを」
だってキツネ、狐のまんまで出てきて、狐のまんまでお会計してしまったんだもの。コンコン。
「マグロの付け合せは、不要なのか。向こうで規格外の野菜と山菜が安く売っていた」
山菜!タケノコ!たべる!くわぁくわぅぅっ!
コンコン子狐と藤森は、通行人の動物愛護と狐推しの視線をスルーして、真夏の商店街をぶらりぶらり。
買い物袋のかわりの麦わら帽子を抱えて歩く。
1人と1匹が稲荷神社に到着する頃には、麦わら帽子は夏でいっぱい。
美しい女性に化けた母狐、子狐を送迎してくれた藤森から経緯と経過と結果を聞いて、
お礼に少し、マグロを分けてやったとさ。
麦わら帽子を被っていて、髪の長いあの子を探している。あの子はあのときのことを、覚えていないかもしれない。でも、僕ははっきりと覚えている。あのとき川で手を差し伸べてくれた、あの子。もう一度あいたい。
麦わら帽子からいつも
人間の証明を思い出す
切なくて悲しい話
悪戯な風に飛ばされて・・・なんてのは
流石にお話の中だけで
実際はある程度歳をとると
麦わら帽子は被らなくなる
幼い頃の麦わら帽子は
遊ぶのに邪魔でとってしまい置いといて
すっかり忘れて帰ってしまい
親に怒られ思い出すというもの
運がよければそこにあり
運が悪ければ消えている
何度同じ事をしたのか覚えてない
私は麦わら帽子を手で抑え
可愛く遊ぶ子どもではなかったということと
あまり賢い子ではなかったということだ
「麦わら帽子」
少し前を歩くきみに、ただついていく。
目的地なんて知らないが、きっとそんなものないんだろう。
「ねえ、」
暑いから帰ろう、なんて声をかけようとした時、
突然立ち止まって、こっちを振り向いた。
それでも麦わら帽子の影で、きみの顔は見えないままだ。
「帰ってもいいよ」
少し赤いぼくの顔が、きみからはよく見えるんだろうな。
きみばっかり、ぼくのことを知っている。
「拗ねた」
笑みを含んだような声のきみに、また少し距離を感じた。
近づきたいのに、こんなことばっかりだ。
「仕方ないなぁ、とくべつね」
いつのまにかうつむいていた顔を上げると、きみの顔がすぐそこにあった。
久しぶりに近くで見たきみの顔は、相変わらずきれいだとぼんやり思った。
「なぁに見惚れてんの」
茶化すように笑って離れたきみの顔も、少し赤い。
心臓がうるさくて、きみをただ見つめることしかできなかった。
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「麦わら帽子」 2024. 8. 12
どんなものにも神様宿る
神道的な考えだが
それくらいものを
麦わら帽子も大切にしよう
麦わら帽子の君が寂しそうに笑うから
手を伸ばして
「僕がそばにいるよ」
って言いたいのに。
言えたら良かったのに。
そんな勇気はなくて、、
いつものふざけた話しかできない。
例え僕に向ける言葉が冷たくてもいい。
話がしたい。そばにいたい。
この気持ちを言葉にするなら何。
君の目には僕はどう映っているの?
ふと、ガラクタの山で見つけた麦わら帽子。
子供の頃によく愛用した麦わら帽子は、忘れられた時間分の劣化と、当時の日の光による色焼けが酷かった。
そういやあ最近は麦わら帽子を被るような子供を、昔程見なくなったな、と思う。
しかし、それも無理も無かろう。昨今の酷暑と熱中症だ。メディアも日中の運動や不要な行動は避け、涼しい時間帯の行動を推奨している。屋外よりも屋内の遊びを勧める親も多いのかもしれない。
勝手な偏見だが、麦わら帽子を被る子よりも、日傘を差す子の方が、昨今多いのではないかとすら思う。
「ふーむ……うん!」
難しいことを考えるのはやめだ。
夏休み。子供は子供の遊びをするなら、大人は大人の遊びをしよう。
そうだな、折角懐かしの麦わら帽子を見つけたのだ。
麦わら帽子。英語でストロー。麦……麦の酒、ビールだ!!
麦わら帽子は、やっぱり暑い日差しの中で使わらるのが、お約束。
そして、たまには真っ昼間の炎天下の中で、冷たいビールを飲むのも乙かもしれない。
酒飲みの適当な大義名分をつけて、ボロい麦わら帽子を被りながら、男は厳しい日差しと温度の中で、冷たい缶ビールを開け始めた。
誰の忘れものかな
ここに何しに来たのかな
カサカサの麦わら帽子
夏のおもいで
あごのゴムがのびてるよ
#麦わら帽子
麦わら帽子
暑い夏
帽子を被って出かけよう
でもなんの帽子にしようか
気に入りのキャップか、それともやっぱり被らないか
それとも昔買った麦わら帽子にでもしようか
そうしよう、思い出の詰まった麦わら帽子に
昔はよく被って遠出したり買い物に出かけたりしたな
今までの思い出はこの麦わら帽子が作ってくれたんだ
でも今年の夏でこの帽子も限界
今までたくさんの思い出をくれてありがとう
あの夏
蔦で編んだ籠を腕にぶら下げて
弟と二人で卵を買いに行ったっけ
おやつの時間をとうに回って
橙色の日が差し始めた小道
小さな手と手を繋いで歩いたっけ
温かい卵をたくさん貰って
割れないように割れないように
家路を二人で急いだっけ
二つ並んだ麦わら帽子
蝉達の合唱を聴きながら小道を辿った
あの夏
*麦わら帽子**
麦わら帽子(潮干狩り)
「にいに、見て見て!」
「貝とれたー!」
―――夏休み最後の休日。
俺と年の離れた双子の姉妹は、海に潮干狩りに来ていた。
今日も今日とて親から世話係に任命されて仕方なく、―――という展開ではない。自発的に、というか極力表には出さないが喜び勇んでここに来ている。
なぜなら、
「すごい! いっぱいとれたねー」
なんと意中の彼女を誘うのに成功したからだ。
事の発端は双子に起因する。
休み中暇を持て余していたある日、悪びれる風もなく俺の目を盗んで勝手にスマホを使い、二人がどこかへ電話をかけている姿を目撃した。
「てめぇら何してんだコラ!!」
もちろん俺は激怒。………したが。
「「はい」」
唐突に双子からスマホを突き付けられ、困惑する。
「は?」
「花火のときの女の子と話してる」
「は!?」
慌ててスマホをぶん取ると、通話口の向こうから可笑しそうに笑う楽しげな声が聞こえてきた。
―――そこからわかったのは、花火の日に勝手に彼女の連絡先を聞き出していたこと、遊びに行く約束をしていたこと、そしてその日の段取りを取り付けに俺のスマホから電話をかけていたこと。
双子の身勝手な要求に俺はその場で平謝りしたが、彼女の方から双子達と遊びに行きたいと申し出てくれて―――今。四人で、海に来ている。
「ごめんな、あいつらが無理に誘ったみたいで」
「え、全然! 楽しいし来てよかったよー。いいね、こんな可愛らしい双子ちゃんと兄妹なんて。羨ましい」
「そうでもないけどな」
毎日振り回されてるよ、とうんざり気味に言うと彼女は面白そうに破顔した。
双子達は潮干狩りに夢中で、砂浜の貝を一心不乱に漁っている。
お揃いの麦わら帽子が可愛い、と彼女は二人のしゃがむ姿に目を細めた。
「………にいに、嬉しそうでよかったね」
「うん。電話番号聞いといてよかった」
「にいにじゃ聞けなさそうだもんね」
「ぜったいむり。ちきんだから誘えない」
ヒソヒソと、当人達に聞こえぬよう小声で双子が囁やき合う。
「今日こくはくするかなー」
「ねー」
双子の妄想の際限は尽きない。
貝に没頭しながら、時折横目で二人の成り行きを見守っていた。
―――日が高くなり昼に近づこうかという頃。
そろそろお開きにするかと、俺は双子どもに声をかけた。
「「はーい!」」
………きっとあいつらはまたアイスを寄越せとねだるだろう。まあいい、彼女とだいぶ距離を縮められたし手応えもあった。
彼女の言うように兄思いのいい姉妹ということにしておいてやる。
俺と彼女は並んで歩き、双子らの元へと歩み寄る。
「いっぱいとれたね。お土産たくさんね」
「うん! うれしー!」
幼児用バケツには溢れんばかりの貝の山。
それを手に、案の定双子は俺にアイス!を連呼する。
「うっせーなわかってるっての。いつもの、」
「「ぱなっぷ!!」」
………。そっち?
ああそう、と俺は素直に頷いた。
ビエネッタよりは年齢相応でお財布にも優しい。
―――帰り際、四人で手を繋ぎながら、もしや若夫婦とその子供達とかに間違えられるのでは………?と
年齢不相応の上不埒な妄想に取り憑かれた俺は、ニヤける顔を抑えきれず双子どもに「にいに怖い」と不気味がられるのだった。
END.
「麦わら帽子」
私がまだ3歳くらいだった頃、祖父母と両親と一緒に動物園へ行った
麦わら帽子をかぶり園内でヤギを見ていたら、突然ヤギに帽子を取られた。3歳の自分では奪い返す事も出来ず柵の中に首を引っ込め麦わら帽子を持ち帰るヤギをただ眺める事しかできない。私は無力である
ところでヤギは麦わら帽子って食べれるの?
そんなとき祖父が自分が持っていた杖を使い、ヒョイとヤギから麦わら帽子を取り返してくれた
手元に麦わら帽子が戻ってきてとても嬉しかった事を覚えている
あと齧られてはいなかった。良かった