『閉ざされた日記』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
空想が進む度に書き続け、いつしか物語になった。
誰かに話してみたい。だけど否定されたり笑われたら怖い。
いつしか空想は私の世界になった。過酷な世界だった生を感じて、友達も恋人もいた。
ここから出られなくなればいいのに。
その度に「お前は来るな」と言う男がいる。
「あなたが望めば全てが叶うんです」と言うやつもいる。
「そんなに簡単じゃないよ」と友も言った。
違うんです。
離れたくないんじゃなくて。
現実を見たくないのだ。
いつだって皆味方だった。
幾人もの研究者が長年かけて判明した日記の内容とは、ごくありふれた家族との他愛ない日常だった。
自慢じゃないが日記は夏休みの絵日記以外書いたことない。
ただ日記帳は持っていたりする。
親戚が買ったはいいが、結局何も書かなかった日記帳をくれたのだ。
分厚くて立派な表紙で鍵つき、お高そう。
別に日記じゃなくてもいいから、なんか適当に使ってと言われた。
小学生だった私。既に自分の三日坊主体質は心得てたので
日記を書く気はさらさらなかったが、落書き用にするにも気が引けて
そうだ、物語を書こうと思い至った。
朝、目が覚めたらカラスが人類を支配している星に転送されてて
つつかれながら生き延びるも、実は未来の地球だったという
驚くほど完全パクり話を練り上げた。
中の1ページ目に題を書く。タイトルは「カラスの星」。
タイトルのまわりに結構頑張って頭のよさげなカラス数羽と
どこかのデカイ大仏様らしきものが描かれている。
…以降白紙。まあ、そりゃそうだ。
日記書けないくせに、よくもハードルを上げたもんだ。
と言うわけで「閉ざされた日記帳」なら、いまだに本棚に眠っている。
(閉ざされた日記)
忍び込んだ先。社長室で隠し扉を見つけた。潜り、たどり着いたその部屋の中に置かれた複数のキャビネットを懐中電灯で照らす。ひとまず一番初めに目についた真ん中から調べてみよう。
スクラップブックがあった。無数の写真が貼られている。どうやら誰かの手記を撮影したもののようだ。
ぴしゃり、ぴしゃりと何かが滴っている音が聞こえる。
こんな水気のない屋内で何故?外は雨でも降り始めたのだろうか。
最後のページに貼られている写真。
血の海に転がる死体と真っ黒な日記帳の側には、黒い染みがあった。
2024/01/19_閉ざされた日記
日記は続いたことがない。
未満児の子どもの連絡帳すら朝の苦痛の時間だ。
とにかく日記は習慣づかない。
今日もきっと閉じたまま書かない。
「ねぇ、その日記何?」
新しくこの世界にやってきた子は大事そうに
日記を持っていた。
[あぁ……これ?
持ってきたくなかったんだけど
気づいたら持ってたんだ(笑)
誰にも見せられないんだけどね。]
そう言って彼女は悲しそうに笑っていた。
「そうなんだ…。」
そんな話をしていた……
新しく来た彼女は、数日たったら
この世界に馴染んでいた…
はじめは大丈夫かなって思っていたけれど
心配する必要はなかったみたい。
彼女に会いに行こうとうろついていると
数日前に見た彼女の日記が落ちていた。
「あれ?これってあの子のだ……」
拾ってあげようと手を伸ばすと
急に風が吹いて日記が開く……
その時に見てしまった……
数行だけ見えてしまった……
『もう、つかれた……』
私はその日記を拾い上げて彼女の元に向かう…
彼女はいつもいる場所であたりをキョロキョロ
していた。きっと日記を探してる…
「日記!!ここにあるよ。」
私が声をあげると彼女はこっちを見た。
[あっ…ありがとう。]
そう言って近づいてくる彼女を抱きしめる
[えっと……]
困惑する彼女に私は言った……
「ごめん。日記ちょっと見た……
辛かったね……ずっと我慢してたんだね…」
そう言うと彼女は泣き出した…
いっぱい泣いたらいいよ…
しばらくして彼女は日記を見せてくれた……
彼女の閉ざされた日記には
彼女が今まで生きてきた中のいろんなことが
記してあった…
閉ざされた日記じゃないんだけど、自分は高校一年生の時、人見知りだから全然だれにも話しかけれずに友達ができなかった期間がある。
そんでもって最初はそれがすごく恥ずかしかったんだよ。周りはみんな友達と一緒に昼ごはん食べてるのに自分は一人で食べてるから。当時はそれがすっごく恥ずかしいことに感じた。
けどね、人間って慣れてしまうんだよ。いいところでも悪いところでもあるけどね。
最初は一人で食うところを見られるのが恥ずかしくてトイレで弁当食べてたりしたんだけどね(冬のトイレは意外にも暖かい)どんどん一人でいることに慣れて、廊下を一人で歩くのも食堂で一人でご飯を食べる時も、体育でペアが決まらず先生とやる時も全然平気になった。
それどころかトイレも一人で行けずに友達を連れてくようなやつを見て、(あいつらきしょwww)とか(一人で行動してる俺かっこいいんじゃね?)くらい思ってた。
ガチで。
けど2年に上がった時ひょんなことから癖強い友達ができた。(こいつのことはまた話します)
友達ができた途端、恥ずかしいことにまた一人でご飯を食べれなくなった。そいつがいないと行動できなくなっちゃったんだよ。(流石にトイレは一人で行ける)
それで色々調べたら。こーゆーのをランチメイト症候群というらしい。
一人で食べてるところを周りに友達がいない可哀想な人って思われてる気がして不安になる感じのやつらしいです。
自分もまさにそれだと思った。けど、矛盾してるみたいな感じになるけど、一人でご飯食べてる人見ても友達いない可哀想な人とは思わないんよな。自分が一人の期間があったからなのかもしれないけど。みんなはどう思う?一人で食べてる人はやっぱり不安?一人で食べてる人を見ると可哀想な人って思う?
余談ですが、大学では友達が1人できてるんですが、周りをみていると、意外と一人行動の人も多いし、気にするのがバカバカしくなってきました。今度一人しゃぶしゃぶでも行こうかな。
今日、5時からコンビニでばいとだぁぁぁー、だる。
「あけてはだめよ。」
そう昔母に言われた書斎の引き出しがある。
彼女が亡くなって遺品整理をしている際に思い出した。
どのみち整理しなければならないのだから、と罪悪感を拭うように開ける。
そこには母の日記があった。
開いてみると僕が生まれた日から彼女が亡くなる前日までの思いの丈が綴られており、「生まれてきてくれてありがとう」という言葉が3日に1回は書かれていた。
涙が止まらない。
閉ざされた引き出しもとい母の閉ざされた日記は、あたたか過ぎた。
240118 閉ざされた日記
うれしかったこと
楽しかったこと
たくさんの思い出がつまった日記帳は
君がいなくなったあの日から
閉ざされたまま
#閉ざされた日記
#84
小心者である。
前回の『木枯らし』のお題に突っ込みを入れたあと、言わずもがなのことを書いたかな……と後悔する程度には小心者である。
しかも、いつもほど文を見直さなかったせいか、投稿後に言葉にミスがあることに気づき、さらに落ち込んだ。突っ込んでおきながら情けない……。
骨子にかかわる箇所ではないのでしれっと直しました。
さて、今回のお題は『閉ざされた日記』。
SNSやブログで秘密のアカウントを持ち、日々の想いを書いている人は、万が一のことがあったとき身内に見られる可能性を考えるだろうか。
遺族がデジタル遺産の確認のためスマホやパソコンのロック解除を試したり、業者に依頼することもあるらしい。もし日記を覗かれて、プライバシーの侵害!とあの世から叫んでも聞こえない。
自分はデジタルでもアナログでも日記はつけていない。かつてノートに書いていたものは、これを残しては死んでも死にきれないと思って処分した。
このアプリで書いたものを身内に読まれるのも恥ずかしい。何せ小心者なので、どんな顔をされるか気になる。その時にはもういないのに。
さらに見られたくないものといえば電子書籍アプリ。鍵をかけられるアプリもあると聞く。
そこまでドン引きされる作品は買っていないつもりだが(自信はない)、本棚は日記ほど雄弁ではないにしろ的確に人となりを語る。
余命が分かったらすべて闇に葬るのだが……。
『閉ざされた日記』
「私が思うに、日記というものはそもそも、誰かに読まれることを想定したものではなくって……他の誰にも知られたくない、自分自身との会話の積み重ねの記録というか」
目の前の勉強机の上に、日記が置いてあった。控えめなラメがきらきら光る、パステルピンクのカバーの日記。普段はシンプルなデザインの持ち物ばかりのこの部屋の持ち主にしては、可愛らしいな、と私は思った。
「つまり、人の日記を見るなんて大変悪趣味、ということなんだけど」
ごくり。
◇
「ごめんね〜! わざわざうちまで来てもらったのに待たせてしまって」
「ううん、大丈夫だよ」
結局私は、日記を開かなかった。
理性の勝利である。
自分だって、人に日記を見られたら嫌だもんね。
この部屋の持ち主である彼女が、荷物を下ろしながら私に笑顔を向けた。
「でもよかった安心した」
「ん? どしたの」
「や、なんでもない。
これからも、あなたのこと信じてるよ」
『閉ざされた日記』
コロナ禍に何気ない日常を書き留めるための日記アプリを始めた。しかし、学校が始まってしまうと、その多忙さにそのアプリを開くこともなくなってしまった。そうしている間に、そのアプリを開くためのパスワードを忘れてしまった。もう二度と開くことのできないアプリのその先に、コロナ禍の日常がデータとなってパンパンに詰まっている。
もう一度開いて、中身を見てみたいような。もうずっと開くことのできないままでいてほしいような。
: 閉ざされた日記
「『閉ざされた』『日記』って、どういう状況……」
前回は真冬に「木枯らし」、前々回は3部作チャレンジのごとく、「どうして」からの「この世界は」からの、「美しい」。そして今回が「閉ざされた日記」。
随分高難度なお題が続く。
某所在住物書きは、前回投稿分を投稿して約2時間後、アプリから配信された新しいお題にパックリ、開いた口が塞がらない。
アレか。閉鎖されたブログサービスサイトか。
それともIDやパスワードを忘れてログインできず、更新方法が絶たれたのか。
紛失か、喪失か、なにそれ難しい。
「毎日文章投稿してるアプリは、ほぼ日記……?」
閉ざされた日記って、何。物書きは繰り返した。
――――――
3月1日から投稿し続けてきたこのアカウントも、あと1ヶ月と10日程度ではや1年。
続けてきた日記モドキを、今の執筆スタイルで2年目突入するか、心機一転新シリーズを始めるか、なんならそれこそお題どおり閉じるか。
そろそろ考える必要のある物書きが、今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
母狐のお茶っ葉屋さんで看板狐のお仕事をしたり、自分で稲荷のご利益豊かなお餅を作って売り歩いたり。
餅売りの儲けは少ないものの、去年の3月3日頃から、人間のお得意様がひとり付きました。
そんなコンコン子狐が、おうちの庭を縄張り巡回、もとい、お散歩していたところ、
おやおや、子狐の餅売りのお得意様、まさしくその本人が、なにやら古い、A5サイズくらいのメモ帳を、その分厚いページをぱらり、ぱらり。
イスのかわりに置いてある、座り心地の良いヒノキに腰掛けて、それはそれは、懐かしそうな目をしておったのでした。
要するに、お金をくれるお得意様です。頭と背中と腹を幸福に撫でてくれるお得意様です。
子狐コンコン、尻尾をぶんぶん振り回して一直線!
お得意様に突撃して、膝に飛び乗り、服をよじ登ってぺろぺろぺろ!
エキノコックスも狂犬病もしっかり対策された安全な舌で、首だの顎だのを舐め倒しました。
「おとくいさん、おとくいさん!なに見てるの」
何ってそりゃ、今回のお題は「閉ざされた日記」ですから、日記には違いないのです。
子狐を膝上まで押し返して、お得意様、答えます。
「昔々上京してきた頃、1年だけ書いていたメモだ」
勿論、ちゃんと途中から白紙です。
「めも?」
「昨日、本を整理していたら出てきた。昔人間嫌いが酷かった頃、『メンタル管理にどうだ』と日記を勧められたんだが、書くことも見当たらなくて、結局その日食った飯の記録と、出会った美味いものの一覧に」
「めんたる?」
「田舎と都会の違いに揉まれて、やつれていた頃さ。結局続かず、1年で閉じた」
「麺タル!」
「待て。確実に何か勘違いしているだろう」
「タルタル、らーめん?れーめん?」
「Mental、心だ。チャーシュー麺だの担々麺だのの亜種じゃない」
「たんたんタルタルめん」
「なんだそのちょっと美味そうな新メニュー」
たんたん、タルタルたんめん、めんタルタルめんま。
コンコン子狐、子狐なので、メンタル管理が分かりません。心を整理するための日記帳を、なにかタンメンだの乾麺だの、美味しい麺類のメモと勘違いです。
子狐はメモが見たくて見たくて、仕方なくて、やっぱりお得意様の服をよじよじ。
あわよくば、その美味しい麺類を、一家のシェフ、板長、花板である母狐に、作ってもらいたいのです。
「麺タル、見せて、みせて」
「だから、麺でもタルタルでもない。メンタル管理用の日記だ。ただの記録でしかないし、有益な情報など何も無い。明日にはゴミ箱か可燃ごみの袋の中だ」
「ごみ、ダメ!タルタルたんたんタンメンみせて」
「あのな……?」
たんたんたん。たるたるたん。
1年程度で閉ざされた、途中から真っ白の日記帳は、稲荷の子狐に麺類のメモ帳と勘違いされて、
当分、だいたい5分と55秒くらい、狙われて甘噛みされて、引っ張られて、
最終的に、子狐が持ってってしまいましたとさ。
しゃーない、しゃーない。
私自身、半年ほど前から日記をつけている。
その日に感じたことや見た景色など……様々なことについて綴っている。
どうでもいいようなことを書くこともあるが、深い思いを残すこともある。
その一冊は自分の歩みを表しているかのようで。
読み返すと辛くなる時もある。
「閉ざされた日記」ではなく「閉ざした日記」
そう。
意図的に自らその記憶に蓋をすることもあるのだと感じる。
〝閉ざされた日記〟
誰にでも消したい記憶はひとつくらいはあるだろう。
失敗したこと、後悔したこと。
どう頑張っても消えない記憶。
人間という生き物は何故かいい記憶より悪い記憶の方が覚えているみたいだ。
そのせいか未だ忘れられない過去。
忘れられないのは日記のせいでもある。
日記を開き、嫌なことも読み返せば今しがた起こったことのように鮮明に思い出してしまう。
嫌な記憶を閉じ込めるようにいつしか日記を書くのをやめてしまった。
今までマメに書いていた日記はクローゼットの奥深くに隠してしまうようにしまった。
もう目につかないように。
今思えば何故捨てなかったのだろう。
もう見たくない日記、思い出したくない記憶。
捨てるのが妥当だろう。
しかし捨てなかった。
もしかしたら悪い記憶も自分の一部だとでも思ったのだろうか。
捨ててしまえばもう日記は戻ってこない。
日記に書かれた記憶も戻ってこない。
自分の記憶の一部分が欠けてしまう。
そう思ったのではないだろうか。
それが日記を捨てずに奥にしまった理由。
この仮説が合っていれば意外と嫌な記憶も大事な記憶として取っておきたいのではないだろうか。
いい記憶は勿論、何に失敗した、誰に負けた、なにが嫌だった、全部大切な記憶のひとつだ。
ひとつでも捨ててしまえばその記憶は自分の中でなかったことになる。
それは少し寂しい。
今まで大切にしてきた記憶を簡単には捨ててしまえない。
どんなに古くて、嫌な過去でも今の自分があるのはその経験があったおかげだ。
そう考えれば嫌な記憶も、閉ざされた日記も案外悪いものでも無いかもしれない。
そう思える。
今日、あの日記を取り出す。
しまい込んだ記憶を引っ張り出すように。
今ならば悪い記憶もそんなこともあったなと笑い飛ばせだろう。
閉ざされた日記?
うーん
スマホのメモ帳に毎日思ったことを書いているのが
閉ざされた日記といえるかも
そうだ、日記といえば
小学生の頃、父の日記をこっそり読んだことがあります
ごめんなさい
その日記を開いたことがないから、何が書いてあるのか分からない。私への愛か、憎悪か、はたまた両方なのか。シュレディンガーの猫だか日記だか。怖くて開けない日記の中に、何が書いてあるかなど知りたくなかった。もう居ない君の代わりに、閉ざされた日記だけが残っている。
鍵をかけて閉ざされた日記がある。鍵自体は無くしたらしい。
おそらく学生の頃の日記なんだろうが、中身は一体何だったのだろう。覚えているようで覚えてない。
大したことは書いていないだろうが、開かないとなると少し気になる。
当時の私は何を思って書いたのだろうか。あの時のものがあの日記には全て詰まっている。
閉ざされた日記
なんやそれ
なんにも浮かばん
子供の頃に書いた日記的な?
閉ざされたってどんなこと書いたん。
黒歴史なの?
閉ざされた日記 #33
いつからだろう…
私がペンを握らなくなったのは、
いつからだろう日記帳を開かなくなったのは、
最初は亜紀ちゃんにすすめられて買った日記帳。
私の思い出になるはずの日記帳でいっぱい書くつもりで可愛いのを買ったのに、気づけばホコリを被っていた。これは別に悪いことじゃないはずなのに罪悪感を覚えていた。あんなに輝いて見えた日記帳の表紙が今はうるさく見える。秋から冬になって私は亜紀ちゃん以外にも静玖ちゃんという新しい友達ができた。友達になるきっかけなんて些細なことできっかけは、朝の電車であいさつをしたのがきっかけだったかな。そういえば亜紀ちゃんにも六花ちゃんという新しい友達ができたみたいで最近はその四人で集まることが増えて、いつのまにか閉ざされた日記。
最後に書いたのはいつだったかな。