『遠い日の記憶』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
◤Notitle◢
遠い記憶は色褪せる
写真で残し
詳細に思い起こしても
空に散る
未来の夢も不明瞭
紙に書き
詳細に道考えても
地に果てる
思い出を作ろう
消えるけど
目標を立てよう
見えないけど
現在の自分も不定形
地に足をつけ
詳細に今を語っても
海に沈む
テーマ:遠い日の記憶
"遠い日の記憶"
いつまでも心の奥にしまっておくつもりだった。
だって、お父さんもお母さんも隠しているんでしょ
私もこの日常を壊したくなかった。
だから気づいても知らないフリをした。
でもね、嘘や隠し事ってバレるものなんだよ、
私は意を決して気づいていることを話した。
『ね〜、私のプリン2人で食べたでしょ!
隠しても無駄よ!』
食べ物の恨みは怖いんだから
遠い日の記憶
初恋だった人のことを度々思い出す。
今どこで何してるのかな?
元気でやっているのかな?と
あの時しっかり告白しなかった後悔からか
夢にさえ出てくる。
でもそれは嫌いじゃない。むしろ少しだけ心地よく、昔のことを思い出せるいいきっかけになっている。
この記憶はずっとこのまましまっておくのも悪くない。
過去を進ませないでとっておくのも、それもまた人生だなって思う。
蒼は頭、いいもんね。
十二月、片田舎の真っ白な畦道で二人、コンビニの少し冷めたコロッケを食べながら塾から帰った、受験期の聖夜。どれだけ雪が白くても染まらない、彼女そのものの芯の強さを表すような黒髪が揺れる中、ん、と喉だけで返事をする貴女を、今でも覚えている。
あれから、丁度7年。私は地元の国立大学に進学し、なんとなく地元企業に就職し、そこで出会った二個上の先輩と結婚することになった。挙式は年明けにする予定だ。殆どの知り合いには、手紙かメールで、結婚報告と結婚式の出席案内を済ませていたが、小中高とずっと一緒に過ごしてきた蒼にはどうしても直接伝えたくて、高校卒業後に上京した蒼の元まで、私は片道二時間かけて新幹線ではるばるやってきた。東京特有の騒がしさと、それとは裏腹な、冷たい無関心さが私の肌を撫でる。蒼とは御茶ノ水の居酒屋で待ち合わせをしていた。最後に連絡しあったのは五年前。『成人式、行く?』と送った私に対して、蒼は『行かない』と一言だけで返信してきて、それっきりだった。元々淡白な性格の子だった。淡白で、ミステリアスで、だからこそ、カッコ良かった。そんな遠い日の記憶に思いを馳せていると、
「……久しぶり」
蒼が、私の元までやってきた。けれど、その姿は私が知っている蒼とは大きく異なっていた。絹のように光沢に溢れていて流麗だった黒髪は好き放題に伸びてぼさぼさで、肌は荒れ放題、その癖、化粧っ気もない。服は高校時代のジャージ。華奢な背中には分不相応なほどに質量を纏った、大きすぎるリュック。幾ら今日が土曜日の夜だからって、普通の社会人が、ましてや東京だなんて言う、この日本で最も華やかさに気を使わなければならない町でのその風貌は、明らかに他と比べて異質だった。
「………………なんか、感じ変わった?」
敢えて何もなかったかのように、聞いてみる。蒼は、そう?と、あの頃みたいに無愛想に答えた。
とりあえず二人でお酒を頼み、乾杯する。私はカシスオレンジで、蒼はストロングゼロ。まるでガソリンを充填する壊れたロボットみたいに一気飲みする蒼は、少しデカダンチズムな雰囲気を纏っていた。口数が少ない蒼に近況を聞く。
聞くところによると彼女は、かの東京大学にどうしても学びたい教授が居たらしく、その教授のためだけにわざわざ7年もの間、受験勉強をし続けているそうだ。所謂、多浪生。しかも文系。あの頃の高貴で天才的なイメージとは程遠い彼女に、私も唖然とする他、無かった。確かに行き道にも思ったが、御茶ノ水は予備校が多い街だった。蒼は、隣の駿台から直で、この店まで来たのだ。発展英作文の授業の後に。
ストロングゼロを八杯飲み干した蒼は、顔を真っ赤にしながらいつぞやの年の受験問題の批判を早口で繰り広げている。その年は丁度、私が今の夫と出会った歳だった。さっきの話ぶりからするに、その蒼が学びたかった教授は、三年前に退職したらしい。では、蒼は一体何のために、誰のために地元の大地主である親のスネをかじって、自分の人生を棒に振り続けるのか。きっと、彼女にもわかっていないのだろう。そう思いながら、カシスオレンジを口に含んだ。
泥酔した蒼の家の住所をなんとか聞き出し、介抱しながら何とかタクシーに乗せ、家に連れてく。蒼はタクシーの運転手に学歴を聞いて、やれ東大の足切りの点数が高いだの低いだの、今の年代じゃ誰もしないような話をして一人で大声を出して笑っている。高校までの蒼では考えられないような仕草だった。大声ではしたなく笑っている姿なんて、少なくとも私は、一度も見たことがなかった。タクシーの中から見える無数の光線は、一つ一つが星粒のように綺麗で、そんな街に取り込まれている蒼を思うと、街が綺麗であればあるほどに、胸が痛かった。
蒼のリュックサックの前ポケットから鍵を取り出し、蒼を抱き抱えながらドアを開ける。刹那に聞こえてくるゴミが崩れ落ちる音。まるでマインスイーパーの様にゴミを避けながら蒼をワンルームの奥のベッドまで連れて行き、寝かせる。終電も無くなったし、今日はここで寝るしかないな、と思い、教材で溢れている蒼のベッドを片付けて二人分寝れるスペースを作っていると、不意に蒼が私の左手を掴んできた。私の左手を天井のライトに透かし、しげしげと眺める。
「これ、指輪、くすりゆびについてるじゃん」
ようやく本題に入れた。私はそう思いながら、決して自慢げに聞こえないように気を使いながら、結婚報告をした。蒼は、目を大きく見開いて、嘘でしょ、と小さく呟いた、蒼の目線があちらこちらを行ったり来たりする。貼り付けられてある五年前のA判定の模試結果。目がチカチカするくらいカラフルな、参考書で埋め尽くされた本棚、それ以外には飲食物のゴミが散乱している、何も甲斐性がない、無機質な部屋。その部屋が、蒼が失った7年を、これほどないまでに如実に表していた。蒼が苦しげな呻き声をあげる。どうしたの、と近寄ったところで、腕をとても強い力で引っ張られ、ベッドに押し倒される。急に入れ替わった視線に私が困惑している間に、蒼が私の腹部に馬乗りになってくる。途端に、首にギリギリと力が加わる。普段回っているはずの血が急に堰き止められる感覚によって、私は今、蒼に首を締められているんだ、と理解した。呼吸が浅くなる。震える手で蒼の腕を抑える。蒼の長い髪が私の元に降りかかる。蒼の瞳から、大粒の涙が零れ落ちて、私の唇に滴下されていく。
「何幸せになってんのよ!!私より頭悪かったくせに、私よりセンター取れてなかったくせに!!」
蒼の悲痛な叫びが、真っ赤になっていく私の頭蓋にこだまする。
「ねえ、私、成人式も行ってない。まだ大学生にもなれてない。後輩だった子たちが、みんな私の受験スケジュール組んでるんだよ!?7年!!7年失ったの、私、7年だよ?もう大垣先生もいなくなって、学びたいこともないのに、未だに受験勉強をして、もう7年。でも、私もう、これ以外に生きてる意味ないんだよ……」
蒼は、私の首を締めていた手を話して、自らの涙を拭い、爪をかみ出す。スーッとした、頭の中に溜まっていた血が、一気に全身に降りてくる感覚。思わず大きく咳き込んだ後、蒼の涙を親指でそっと拭う。上手くいかない時に爪を噛み出すのは、受験期の蒼の癖だった。遠い日の記憶が、またもやフッと蘇ってくる。命の危険があった状況なのにも関わらず、ノスタルジックな気分になる。蒼は依然、泣き声を上げて、自室にある模試日程のカレンダーを、じっと眺めている。私にとっては遠い青春の追憶でも、蒼にとっては今もなお続くことなんだ。そんな残酷な真実を、改めて理解する。私は、こんな立場で何を言ったらいいかも分からないまま、蒼にとって、祝福なのか、はたまた呪いなのか、両方かもしれない、そんな言葉を、投げかけた。
「………来年は絶対、受かるよ」
父に初めて買ってもらった絵本。
今でもそれは私の手元にある。
まるで遠い日の記憶を、忘れないように。
『遠い日の記憶』
No.62『遠い日の記憶』
君と笑い合った。
君と手を繋いだ。
君とキスをした。
これは全て遠い日の記憶。
君はもう、僕の隣にはいない。
最初の記憶は昔の実家の近く
河原で父とてんとう虫を見た
広がる緑に青い空が広がった
次の記憶は階段上の
小さな窓から見えた空
飛行機雲が浮かんでた
次の記憶はボロボロと
剥がれた昔の古い壁
地図を作って遊んでた
幼稚園では泣き虫で
遊ぶことさえままならず
プールをひとり歩いてた
ベランダからはいくつかの
鎮守の森や何らかの緑がもこもこ見えていた
母が洗濯物を干し
私はいつもそこにいた
やがて僕を連れ回す
クラスメイトに連れられて
プラネタリウムの道すがら
坂を登った丘の道
時に一人で遠出して
道に迷った細い路地
いつもほっとできたのは
川にかかる赤い橋
夕陽は僕の頬を染め
町が灯りをともすころ
家路を帰る寂しさを
私はいまも覚えてる
あの日のことは今ではもう
遠い日の記憶
ずいぶんぼやけてしまったけれど
ごく一部は
妙に鮮明に思い出せる
最崖ての古農
能登弁語るや
政ごと
時を汲みとる
みそじといちじ
少年は、数ある楽しみのなかでも、特別睡眠が好きだった。子どもであれば、寝る間を惜しんで他に時間を費やすことも多い中、彼は時間になれば真っ先に眠りについた。
正確に言うのであれば、彼は睡眠が好きなのではなく、夢の中で出会う人物が好きだった。知り合いでもない、全く知らないその誰かに恋焦がれた。
風に揺られ靡く髪、こちらを見つめる瞳、ふわりと浮かべた笑み。まさに、青天の霹靂。少年の初恋を、瞬く間に奪っていった。
眠れば夢を見る。夢を見れば会える。だから少年は毎晩大人しく眠った。
──それは、在りし日の思い出。これと言った趣味もなく、周りへの興味関心も薄かった彼にとって、その存在は偉大だった。彼はまだ、夢で出会った人に恋をしていた。
「はじめまして」
桃色が景色を彩る春の季節。進級し、以前とは違う景色の教室に少し早く着いた彼は、青空に花が舞うのを教室から眺めていた。話しかけられるとは思わず、動揺を隠せない表情で声の方へ顔を向けた。
窓から吹き込む風に揺られ靡く髪。真っ直ぐ彼を見つめた瞳が、ふわりと柔らかく微笑んだ。
それは、夢に見た彼の初恋その人だった。遠い昔の記憶で、薄れず残り続けた残滓が、再び姿を成していく。
「ここの席ってことは、隣同士だよね」
「今日からよろしくね」と、差し出された右手。彼は流れるまま、熱を帯びた右手を差し出し、握手する。
過去が、幻想が、記憶が。ゆっくりと、形作られる。彼に、本当の春がやってきた日だった。
遠い日の記憶。
家族で上野の美術館へ行った。
駅から公園への道で画家か流浪者か分からない人が似顔絵を描いている。
大きくなったら、描いてもらいなさい。
父にそう言われて足早にその場を去った。
大人になってみたら、そこは誰もいなくなっていた。
そこで似顔絵を描いてもらうのは小さな私の夢、だったのだけれども。
遠い日の記憶
このアプリを始めたことによって、遠い日の記憶、というテーマで何か文章を書く必要が生じたことが、代わり映えない日々を新鮮なものにしてくれるという良さがある。
遠い日の記憶、ということの定義を、というよりは自分がどう解釈するか、できるのか、を考えるに、一番素直な解釈は、最も古い記憶について語ることだろう。
私の最も古い記憶は、何歳の頃だったのかわからないが、幼稚園に入る前、父親が引っ越しの準備で棚の高い所から荷物を降ろそうとしているところに後ろから、子供が乗る車(正式名称を調べたらコンビカーと言うらしい)に乗って近づいたら、父親に「危ないよ」と言われたこと。なぜ覚えているのか推測するに、普段優しい父親からの、初めての拒絶ともとれる反応だったからだろう。
他に、遠い日の記憶の解釈としては何があるだろうか。
厳密さを求めるなら最も古い、と言うべきところを、あえて遠い日と言うことで幅を持たせた出題者の意図を汲むと、最も古い記憶を書くのではない別の解釈をしたいところだ。
例えば最も遠くに行った日。
遠くのものを見た日。
遠い日の記憶、というと過去のことに限定されそうだが、未来でも遠いという点では同じにできるのでは?
つまり10年前を遠い日の記憶としてあげるなら10年後でも距離は同じだ。記憶、というところが難しいが。
例にあげた全て書いてもいいが、このアプリがどれくらい長く書けるかわからないのでこれくらいにしておこう。
朝霧の中に
映し出された人影
なにか話しているのかな?
そっと耳をそばだてる
とても柔らかく
優しい声が聴こえてきた
声の主が気になって
目を凝らしてみると
そこには一輪の鈴蘭が儚げに
揺れていた
ふふっと小さく微笑み
キミは最後にこう囁いた
あなたに幸せな約束が訪れますように……
お題「遠い日の記憶」
思い出せない。
思い出そうとすればするほど
思い出してはいけないとブレーキをかけているようだ。
ああ、ようやく忘れられることができたと思ったのに。
忘れられるはずもない。
何度あの日を追想したことか。
今日も過去の思い出に縛られながら生きていく。
もう、なにもおもいだしたくない。
『遠い日の記憶』
一緒になる喜びも。
生きる楽しさも。
自分の醜さも。
愛の気持ち悪さも。
別れの悲しみも。
一つの光粒となり段々と遠い記憶へと運ばれていく。
いつかは星の光みたく見えなくなる時が来るのかな。
→短編・幻の思い出し日記
「えー、迷うなぁ」
「さっきから同じことばっかり言ってんね」
かれこれ10分近く、私たちは大きな棚の前を陣取っていた。棚板で薄く仕切られた中に、はがきサイズの紙が入っている。
「紙ってすっごい種類あるんだね~」
感心する私に、「全部名前がついてる!」と彼女は商品タグを指し示した。
「どれにしようかな~」
再び彼女は迷い始める。これは時間がかかりそうだ。
友人と私は彼女の要望で画材屋を訪れていた。それはカフェでランチをしていたときのこんな会話で始まった。
「遠い日の記憶帳、作ろうかなぁ」
ランチプレートのキッシュを頬張りながら彼女は言った。
「何? どうしたの? 急な文具女子的発言」
「実家でアルバムの整理してたらさぁ、思い出の大事さに目覚めたんだよね~。でも写真以外の思い出って記憶の中じゃん? 書き出してアルバムみたいにしたいなって」
「思い出し日記って感じ?」
「おー、何かいいね。それ、表紙に書くわ」
具体的なアイディアを画材屋に求めて来た結果、彼女ははがきサイズの紙をファイルにしようと決めた。
そして多種類の紙を前に唸っているのである。
「よし! 決めた!」
彼女は1枚の紙を棚から抜き出した。
「1枚だけ?」
「紙、種類多すぎ。とりあえず1枚。これに思い出を書いたら、また新しい紙を買いに来るってしたほうが無駄がなくない?」
あれ? この流れって……。
「そもそも書き出したい思い出ってあるの?」
「あー、紙を選ぶのよりも面倒臭そう」
やっぱりな、もう飽きてんじゃん。
「その記憶帳、完成しなさそう」
「私もそう思う」と彼女は笑った。
テーマ; 遠い日の記憶
「あ、宇宙人が逃げた!」
夏の日差しの中、一つの裏路地へ走る。
からかうように奥へ奥へ入る猫を追う私。
細い目に細い体、自由気ままに動く猫が幼い私にはどこか宇宙人を彷彿とさせた。宇宙人が大好きだった。
翌日、梅雨が明けているはずなのに大雨。
窓に水が打ち付ける音がよく響く。
野良猫の宇宙人は雨を凌げているのかと、傘を差し外に出た。
少し歩いた道路脇に生き物のようななにかが横たわっていた。宇宙人だ。まるで雑巾のように濡れ汚れていた。血は出ていないものの節々が折れ曲がっていた。
突然のお別れ。想像もしていなかった。
宇宙人が宇宙人じゃないみたい。気づかないところで消えた命。目から涙が落ちた。
灰色のヴェールを纏ったような空、その中に一つキラメキがあった。あれは、飛行機だろうか。いや宇宙人の乗り物に違いない。次はもっと幸せになってね。
出会ってくれてありがとう。
夏の雨の日は、今でも空を見上げ探してしまうんだ。
君だけが火星に行って君だけは僕の上履き盗らないでいて
「佳奈美、大丈夫か?」
「今のところは」
「待ってろ、すぐ連れて行ってやるからな」
「安全運転でお願い」
「おぅ、任せろ!」
父が3ヶ月前に買い換えたワンボックスカーの後部座席。
そこに仰向けになり、私は定期的にやってくる痛みと戦っていた。
視界は四角く切り取られた空しか見えず、時折、電線と電柱がちらちらと端を掠めて行く。
実家のある町はかつての賑わいを失い、過疎化の一途を辿っている。
一企業によってもたらされていた町の繁栄は、企業の業績悪化による規模縮小で陰りをみせ、私が子供の頃に比べ人口は半減した。
そうなれば、町は寂れる一方だ。
まず、働き口がない故に、若者が町から流出する。
若者が居なければ、子供の数も減る。
そうなると、小児科、産婦人科等の病院は経営が厳しくなる。
経営が成り立たなくなれば個人病院は閉院するし、大きい病院は対象の科がなくなる。
これとは別に医師不足の問題もあり、診察日が減ったり、紹介以外は受付けないなど対応が厳しくなってくる。
この町も例外ではなく、産婦人科に関しては3年前に個人病院の医師が高齢で引退してからは、高速を使って1時間弱かかる総合病院が最も近い産院となってしまった。
初めは里帰り出産を諦めようかとも思った。
病院まで1時間弱かかるのならば、自宅のある街の方が産院が近いし良いのではないかと思っていたけれど、タイミング悪く夫の遠方への赴任が決まってしまった。
夫も何度も会社に掛け合ったのだけど、大口の取引先からの指名となれば会社としては夫を行かせない訳には行かなかった。
「仕方ないよね」
「何か言ったか?痛いのか?」
「ううん、平気、何でもない。お父さんちゃんと前向いて運転してね」
どうするか夫と何日も相談した。
夫の両親は海外で生活しているため、頼ることは難しい。
また夫の兄妹も遠方に住んでおり、同様の状況。
私の実家は病院の問題を除けばサポート体制は良かった。
母は小学校の教員のため仕事を休むのは厳しいが、妹が実家住みで仕事の時間も融通が効くので心強い。
それに父も自営業のため、時間には融通が効く。
ということで、私は病院の問題はあるものの里帰り出産を決めた。
まぁ、誤算だったのは妹が3日前に階段から落ちて足首を捻挫してしまったことだろうか。
全治10日と診断され、今現在多少不便な生活を強いられている。
「あっ⋯⋯っ」
「痛いのか!」
「ちょっとだけ。大丈夫、まだ我慢できる」
病院まであと半分くらいだろうか。
私は下腹部の鈍痛から気を紛らわすため、空を眺めた。
『お父さん、アレ、東京タワー?』
『うん?アレは違うな。アレは鉄塔だ』
『じゃぁコレ?これが東京タワー?』
子供の頃の私はとても車に酔いやすく、車に乗ると同時に後部座席に横になって寝る準備をしていた。
何故なら寝るのが一番車に酔わないで済む方法だったから。
だから私の子供の頃の車の記憶は、窓から見る空や雲が殆どだ。
そしてその日はテレビで東京タワーの話題が出ていた。
だからか私は車の窓から鉄塔が見えると、『東京タワー?』と確認していた。
今ならわかる、東京から数百km離れたこの田舎に東京タワーがあるはずがない。
そもそもここは東京では無いのだから、東京タワーは無くて当たり前だ。
それでも仰向けになって、強制的に切り取られた視界の端に鉄塔が掠める度に聞いていた。
「とう、きょ、タワー?」
「違うぞー、アレは鉄塔だ。佳奈美、後ちょっとだ、頑張れ!」
「うぅぅ、痛ぁいっ」
「もう少しだ!アレも東京タワーじゃないぞー!」
初めて自分の目で東京タワーを観た時は凄く感動した。
鉄塔なんか相手にならないくらい、大きくて立派だったから。
「そうだ佳奈美。産まれてくる子が歩けるようになったら、皆で東京タワーに行くか!」
「なん、えっ、ど、して」
「今思い出した、佳奈美との約束」
「やく、そ、くぅぅっ、?」
眉間に深く皺を刻み、一際強い痛みを堪える。
痛みの間隔が徐々に狭くなってきているのは気のせいではないはず。
『お父さん、東京タワー見たいー!東京タワーに行こう!』
『東京タワーは遠いなぁ』
『東京タワー、みーたーいーっ』
『うーん、じゃぁ、佳奈美がもう少し大きくなったら連れて行ってやる』
『本当?ヤッター!』
それは、遠い日の記憶。
遠すぎて自分の都合の良いように、改ざんされているかもしれない古い記憶。
「おと、さん。こん、ど、こそ、っぅ、やくそ、く、まもって、ね」
「おぅ、任せとけ!」
そこからの記憶は曖昧で断片的にしか残っていないけど、生まれてきた孫を抱き、ただでさえ皺だらけの顔を更に皺くちゃにして泣きながら笑っている父の姿と、母が手にしたスマホの画面の中で父と同じように泣きながら笑っている夫の姿が、最も新しい家族の記憶。
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(´-ι_-`) 東京タワー、スキです。
遠い日の記憶
ひたすらに白球を追い、汗だくで帰ってはゲームをし、ただただやりたい事を好きなだけしていた少年時代。誰に遠慮することなく、自信に満ち溢れていた。
そんな時代が自分にもあったのだ。
いつからだろう、人の意見にばかり耳を傾け自分の声を聞けなくなったのは。
いつからだろう、求められているであろう良い人を演じるようになったのは。
いつからだろう、自分に自信を失ったのは。
きっと自分を裏切ったからだ。
小学校の卒業文集に書いた夢『甲子園にでる』
でも、高校で野球をやらなかった。
女のケツを追いかけた、大学受験のためだと勝手に言い訳を考えた。なにより、夢が叶わないのが怖くて挑戦すらせずに逃げた。
きっとだから失ったんだ、自分も自信も未来の夢も。
だから今では逃げてばかりだ。
責任、期待、仕事…嫌なことから逃げてばかり。
勝手に傷付いて心が病んだフリをする。
最低だ。
そして、変わりたい。
自分の声を聞き、自信を持ち、立ち向かう少年時代の自分のように。
毎日無条件に楽しかった、あの時のように毎日を楽しむために。
まず自分にできること。
裏切ってきた自分に謝ろう。
ごめんなさい