『絆』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
心を通わせるなんて
軽々しく言えない
目には見えないし
一方向では成り立たないから
だけど確かに感じられた
いつまでも胸を張って言える
心を通わせ合った
とてもとても、大切な人
#絆
お題【絆】
漫画とかアニメ、ゲームとかをやる時、嫌と言っていいほど出てくる絆。
そりゃあ、絆っていうものがあるんなら信じたいけど、現実そこまで甘くない。
信じて、絆を持ってたいけど…人というものはいつどうなるかわからない。
でも、いつかはアニメや漫画みたいに…誰かと一緒に
一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に楽しむ。
そんな「絆」でいっぱいの関係をいつか作りたい。
毎日のように使ってたし目にしてたのに、恥ずかしながらいま気付く。“バンソウコウ”の“バン”は“絆”なんだと。
#絆
『絆』
絆とは、脆く崩れるものだと思っていた。
それは青春時代にだけ見える蜃気楼のようなもので、この世界のどこにも存在しないのだと、私は半ば確信すらしていたというのに。
「お前の負けだ!!」
「……あぁ、確かに」
炎のように強い熱気を感じる視線が私を貫く。
だが、その眼差しでさえ、私はどこか心地よかった。
私は負けた。
だが、尊いものを、たしかに知った。
○○○
“俺”が目覚めたとき、俺は知らない部屋に居た。
「知らない天井だ……」
部屋の中は殺風景で、机と寝ていたベット、電球、南京錠のかかった扉、机の上に置かれた洒落た木箱しかない。
「いったい何なんだ」
洒落た木箱には、少しだけ見覚えがあった。
いや、全く同じものではないだろうが……このタイプが、世間一般でなんと呼ばれるかを俺は知っていた。
「カラクリ箱……これを、開けろって事か??」
姉がカラクリ箱が好きでよく収集しているため、カラクリ箱を解くのは結構簡単だった。
「これは……」
そして出てきた紙に、俺は衝撃を受ける事となる。
「ここはデスゲーム会場……だと!?」
○○○
一緒に入っていた鍵で扉を開けると、直ぐに横から同じ音が聞こえる。
チラッとそちらを向くと、見知った人物の顔があった。
「……え、カイ?」
「ヒナタ!! 良かった~、いや、良くないよ!!」
親友のカイが、そこに居た。
見知った顔に安堵を覚えるも、ここがデスゲーム会場だと思い出して一転不安を覚える。
○○○
俺達は、二人でデスゲームを生き延びた。
色々あった。死ぬような目にもあった。
それでも、俺達はココに居る。それが、全てだ。
そして、ラスボスであろう司会者へ指をさしていた。
「一つ、聞こう。どうして最後のゲーム。君たちは自分の命よりも、絆なんてあやふやなものを信じられた? 相手を見捨てれば、確実に自分だけ助かると分かっていただろう?」
司会者は、呆けたような顔で、グラスから水を零すようにポツリと聞いてきた。
その質問に、俺と親友のカイは目を見合わす。笑った。お互い。
それだけで十分だった。俺達には。
「カイを、信じてたからな!」
「ヒナタを、信じてたんだ」
司会者は笑っていた。
眩しそうなものをみるようにして、「そうか、そうか」と目尻から涙をしくしくと流れさせながら、拭うこともなく泣いていた。
……きっと、なにかあったんだろうな。
流石に、そう思った。
でも、それは俺達には関係のない事だ。
俺達の絆は、デスゲームだろうと関係ない。
「いこうぜ! カイ!!」
「待ってよ、ヒナタ!!」
二人で笑いあった。
俺達の絆に乾杯ってね!!
おわり
【絆】
私と父上は絆以上で繋がれた何かがあると信じている。
遺伝子などそのような生物学的ではなく、絆よりも上位的な何かで、だ。そう思わされる事は度々ある。
例えば、父上の望む物は全てと言っていい程分かるし、一寸でも目をくばせれば同時に立ち上がる事もできる。そうだ、確か歩幅や速度も全くズレなく一緒になる事が度々あったかな。今はすぐに思い出せるものを行ったけど、当然この他にも沢山ある。
昨日は初めて父上と喧嘩をした日だった。初めて殴られたんだ。本で顔を殴られた。最高に嬉しかった。今まで「血縁関係などではない絆以上の何か」とボンヤリしていた物が私の頬を赤く染め実態に表してくれた。ほら、見えるでしょう?まだ少し赤いの。内出血かな。
うふふ──
この痕が消える前に、もう一度父上と喧嘩をしようと思う。今度はもっと酷い喧嘩。骨だと治ってしまうから。皮膚に、肉に、魂に刻みつけるように。この日喧嘩した痕が概念を上回るようにしよう。
絆という言葉が嫌いと君は言う
自由を求める白頭鷲だ
#絆
—夜のぬくもり—
深夜一時。
終電に揺られ、くたくたになりながら帰宅した。ネクタイを緩め、ジャケットをハンガーにかける。
「今日も疲れた……」
大きく息を吐いた。
ここのところ、こんな毎日が続いている。
『今日もお疲れ様。レンジで温めてね。』
達筆な女文字の書き置きのメモと共に、夕食が置いてある。
今日はハンバーグだ。
夕飯を食べ、風呂に入ると、寝る頃には二時を回っていた。
妻と娘を起こさないように、そっとベッドに入った。
「おかえりなさい……」
妻がのそのそと寝返りを打って言った。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。あんまり眠れなかったの」
二人の間で娘がスヤスヤと眠っている。
最近の平日は、起きている娘を見れていない。
「今日もお疲れ様。いつも頑張ってくれてありがとう」
「こちらこそ。マユミがいつも支えてくれるおかげだよ」
僕たちはキスを交わした。
「おやすみ」と言って眠りについた。
今日も六時起き。
それでも、明日を生きる活力が湧いてくる。
この小さなベッドに大切な家族がいるから。
お題:絆
家族とか色々あるけど…結局は自分と未来の自分をつなぐ絆が大切かな
死ぬ事よりも怖いものがある。
認知症になってしまう事だ。
亡き母は70代前半でアルツハイマーになった。
私は母に似ている。
おそらくそれも遺伝しているだろう。
死ぬ事は怖くない。
むしろ早く死にたい。
94歳の父は老齢の為に惚けてきている。
先達ての入院では、看護師にセクハラ行為をしたと報告があった。
家族には一度も見せた事のない父の姿…いや本性か。
第一子である私が産まれる前はかなりの遊び人だったと母から聞いている。
子供達には見せない姿だったのだろう。
それが「父親」としての彼の姿勢。
その箍が外れた。
それで父への娘としての情が失くなったわけではない。
家族としての絆はそう簡単には消えない。
とはいえ、この先ますます惚けていく父に愛情を持って接することが出来るだろうか?
セクハラを隠している反動か、母が生きていた頃は母に、今は私に対してモラハラをする父に。
私自身、心療内科に通う身だ。
家族の絆よりも傷つけられ心を壊されるだけかもしれない。
私は父を看取ったら、なるべく早く死にたい。
妹に迷惑をかけたくない。
一人にしてしまうのは心配ではあるけれど、妹に苦労させたくはない。
人は誰しもいずれは死ぬのだから、それは受け入れて欲しい。
私なりの愛情だ。
伝わりはしないだろうけれど。
出来る限りは残していく。
だから、許してください。
私は。
本当はこの世に生まれてきたくはなかった。
家族を愛している。
でも、この世に私の生きる場所はない。
せめて今は家族の為に生きる。
娘としての義務を終えたら、全ての枷から解き放たれたい。
【絆】
あまり使わない言葉かも
なんとなーくの印象としては深い繋がりで
重いイメージがあるからかな
よく学校や部活のスローガンなんかにはなってた気がする
一致団結!みたいなのは伝わってくるよね
私はどちらかと言うと
縁や、運命、的なのが好きな気がする
出会って別れることもあるし
繋がりを感じてもやっぱり違うってこともあるけど
それでも、その縁あっての出会いにはきっと意味があると思ってて
だから、人も動物も物もだけど
ある意味出会い繋がることができることは奇跡で
とても尊く大切にしたいかな
「あの人が間違えてたらどうするの?」
「間違えないよ。アイツが間違ってるなら俺も間違えてるって事だから」
「みんな怖がってるよ」
「みんなって誰? 俺の周りにはアイツと仲良い奴もいっぱいいるよ。怖がるどころか平気で頭はたいてる奴もいる」
「それは仲間だからでしょ」
「アンタが言うことが正しくて、アイツが間違ってていつか罰を受けるとしたら、·····その時は俺も一緒だよ」
彼の言葉に、私は決して立ち入れない壁のようなものを感じた。
END
「絆」
「絆」と言う言葉ほど怖いものは無いだろう。
ただの、
(きずな)と言う三音の響きが、
ただの、
千文字の原稿の一マスのみを埋めるだけの一字が、
私たち、言葉を扱う者たちに
数多の夢を見せ、輝きを見せ、
誘い込み、
甘い集団幻覚に浸らせるのだから。
そして、あまつさえ、
私たちに見せた神の糸と見紛うほどの幻の糸を
私たちに握らせ、
その色を褪せさせ、
糸の所在も、
持ち続けるかどうかの選択も、
断つかどうかの選択すらも、
私たち押し付け、
最初から何もしてないかの様なそぶりで、
又私たちの目の先に居続けるのだから。
現世の定義では、
「絆」と言う言葉は、元々、家畜が逃げないように繋ぎ止める綱(ほだし)を指していたものだった。しかし、そこから、転じて、心や行動の絆(縛り)や人間関係の結束を指すようになったとされている。
一時得た浅知恵ではあるが、このことだけ見ても、その言葉の狂気性が伺える。
本来、生きるために必要だった自分より下位の存在を縛るための血生臭い鎖だったものが今はもはや対等な存在同士を結ぶ神秘的な糸になってしまっているのだから。
いったい何千人、何万人に幻覚を見せたら、このような意味の逆転現象がおこるのか。
「絆」と言う言葉が義務教育で歌われる校歌や合唱の歌詞にすら浸透してしまっている事を普通と捉えてしまっている私では麻痺し過ぎて、その酷さを正確に認知する事はできないだろう。しかし、異常な侵食力があるのは間違い無い。だが、その力を持たせたのは、その言葉自身でなく、その言葉を使って居た私たちの先祖が悲惨な現実から夢見た平和と言う幻想かも知れない。
けれど、
「絆」と言う言葉の一番怖い部分は、
その強烈な中毒性だ。
この言葉は、
私たちが住み、暮らし、適応している社会の中心に位置し過ぎてしまっている。
私たちは支え合わなければならない、
そのためには繋がりが必要だ。
私たちは支え合う社会での生き方しか知らないから、
共有し、受け続く媒体が必要だ。
中毒性のあるもの、例えば、アルコールなら離れる期間をゆっくりではあるが、どんどん長くしていけば適切な摂取量に出来る。
だが、常時供給が続く社会の中で
「絆」の中毒性を私たちは克服出来ない。
もう克服しようともして居ないのかも知れない。
私をこの世に繋ぎ止めているものは、あなたという唯一の存在です。
「絆」
「ぼく達は一生友達だよ!」
小学4年生の時、幼馴染とタイムカプセルを埋めた。
幼馴染の家の庭に、お菓子の缶に写真や宝物を詰めて。
当時は鼻垂れ小僧だった俺も「オマエはオレの一番の友達だ!」なんて純粋無垢に小学生を満喫していた。
その幼馴染はタイムカプセルを埋めた数ヶ月後に転校してしまった。
両親に理由を聞いた時、最初は「親の仕事の関係で引越さなければならなくなった」「いつか戻ってきてくれる」と教えてくれていた。
俺はそれを信じ、あいつが帰ってくる事を夢見ていた。
しかし実際は「借金を母親に押し付けて父親が蒸発、泣く泣く家を手放す事になった」と、俺が中学生の時に真実を打ち明けたのだ。思考が幼稚な俺が成長するまで、隠し通してくれたのだろう。
「僕のこと、忘れないでね!」
服がびしょびしょになるくらい泣きじゃくりながら別れを告げた幼馴染が頭をよぎる。
忘れるわけないのに、忘れたくないのに、時間というのは酷なもので歳を重ねるごとに記憶の中の幼馴染の顔はぼやけていった。
そして今、現役大学生となった俺はふと幼馴染の家があった場所に目を向ける。
今はもう新しい家が建ち、そこには若い夫婦とその子供が住んでいる。
タイムカプセルはまだ埋まってるだろうか。
もうすでに掘り起こされてしまっただろうか。
他の人の所有地となってしまった今、タイムカプセルの所在はもう確認できない。
お願いすれば庭を掘り起こす事を許可してくれるかもしれないけど、その選択は俺には出来なかった。
だってあのタイムカプセルは、あいつと一緒に掘るって決めたんだから。
あのお菓子の缶がある限り、俺達の絆は解けないって信じてるから。
だって俺ら、これからも一生友達だろ?
出逢いって
雲のようだなぁと思う
その時々に見合った
出逢いと繋がりがあって
永遠じゃ無かったりする
日々の空には
風に流されないどっしりした雲がいたり
あっと今に流されていく うっすらな雲もいたり
真っ青な雲ひとつない空もある
今、思うと
あの時はどっしりとどっぷりと
あの友人と繋がってなたなぁと感じたり
あの時のあの友人とはサラッと繋がって
あっという間に繋がらなくなったなぁとか
あの時期は全くひとりで
誰とも繋がらなかったなぁとか
その時々
その時期の
その日によって
繋がる人って変わっていって
毎日見上げる空を見て
出逢いが雲のように毎回変化するなら
そこに絆って生まれるのかなぁって
感じた時に
今は全く連絡を取っていない友人を思い出した
もしかしたら
絆も雲のように
移り変わるのかもなぁって
でも過去の絆は
嘘ではなく真実で事実で
今もそれがないかって言ったら
そうじゃないと感じるし
私はただ
真っ青なキャンバスの空のように
ただそこに居て
流れてきた雲や雨や雷を受け入れて
そこに絆を感じても執着することなく
次の雲を待つ
次はどんな雲が流れてくるのか
そこに絆は生まれるのか
なんか
わくわくしてきた
きづな(名) (牽綱(ヒキヅナ)の略かと云ふ)
(一) 馬、犬などを繋ぎ止むる綱
(ニ) 離れがたき心。情の絶ちがたきこと。 ホダシ、ワヅラヒ
ひとりごと
どこに何の沼が落ちているかなんてわからない。
あまりにも私の携帯に流れてくるM!LKさんにハマって、流れてくる分で過ごしてたけど、とうとうYouTubeも、過去のライブ映像も見るようになるなんて思わないじゃんか。
でも推し活してる余裕ないし、私は現地に足を運ぶの足が重いタイプなので眺めとくだけなんだろうけども。なんだかんだアイドル好きになったの初だな?
🤍にメロがりながら💛が好きな三十路より。
[絆]
この文字を見てまず思ったのは、絆ってなんだ?だった。
アニメとかでよくある絆の力とか言うやつ。あれはお互いがお互いを理解して信頼して以心伝心して行動しているだけなんじゃないかと私は思う。その事をかっこよく言い替えたのが絆。チームスポーツだってチームで練習の時に味方の癖や得意不得意をよく見ているからそこから勝ちに繋がる道筋を考え出してプレーに繋げるっていう練習の積み重ねなのに
外野は絆があるんだな〜とか1文字にまとめてそれで終わりにしてるのを見てさ、んなわけないだろってキレてやりたくなる事もある。
本当に絆があるんだとしたら、それはチーム全員が仲間全員をなんの疑いもなくこいつらなら出来るって信頼しきって全員が全く同じ事を考えて動いてでもない限り成立しないんじゃないだろうか、、、
つまり結論は絆なんてそう簡単に使う言葉じゃないって事。
大抵どれだけ仲良い人だとしても信頼しているでおしまい。
以心伝心し始めて同じ事考えて必然的に予想したビションに辿り着くような事が出来る人達にだけ、絆と言う言葉を使える。
絆なんて、、そう簡単に生まれるもんじゃないんだよ。。
簡単に絆が生まれるなら私は、、、
年老いて1人になるのが怖いと、話してしまった。
子供もいない、女性の方が寿命が長いから、いまは夫がいても、いつか1人になる時が来るかもしれない。それが怖いと。
それを聞いて彼女は言った。
「わたしがいるじゃん」
会うのは年に2度くらい、でも付き合いは30年以上の、友人。
あまりにあっけらかんとしていたので、私はぽかんとして、すぐに笑ってしまった。
<絆>
あなたが私をどう思っているかは分からない。
私は、あなたと特別な絆があると思ってる。
絆で結ばれていると思ってる。
今は離れているとしても。