『目が覚めるまでに』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「やあ。久しぶり」
気がつくと、懐かしい社の前。
最初の自分を模した姿をした少女が、変わらずにこにこと笑いながら手を振っている。
「随分とダイタンだったね」
その言葉に今までを思い出し。
耐えきれずに膝をつき、顔を覆って声にならない叫びを上げた。
「やってしまった。何で、どうして、っ!」
「ジョシコウセイ?って、何だかとってもスゴイね。驚いたよ」
「それ以上っ、言わないで、下さい!」
今更ながらに羞恥心が込み上げ、赤面する。
何がしたかったのか、今となっては分からない。自分の気持ちに気づいての行動にしては、明らかにやり過ぎである。あんなに狼狽た狐の姿を見たのは初めてで、哀れみすら感じさせた。
まあ、結局今更な事ではあるのだが。
「一応聞くけど、もらっておく?」
「…もう手遅れですので、遠慮します」
狐に対してだけではない。学校でも酷かった。
旦那が出来たなどと吹聴し、事あるごとに狐の話題を出し。
話に付き合わされた親友には、本当に迷惑をかけてしまった。
「でも狐の記憶を抜く事は…その、一部だけでも」
「断られたよ。恥ずかしかったし驚いたけど、それでも嬉しかったみたい」
せめて狐の記憶がなければまだ救いはあるのかもしれないと思ったが、現実は非常である。
知らない方が良かった事実も知ってしまい、後戻りの出来ない状況にあの日の行動を心底悔やんだ。
「分かっています。分かっていましたとも!後戻りなど出来はしない事は、十分過ぎるほどにっ!」
繰り返す生の中で、選択を誤った事など何度もある。そのすべてでやり直しは出来なかったのだから、やはり今更だ。
深く息を吐き、立ち上がる。真っ直ぐに少女と視線を交わせば、満足したように頷いて手を差し出された。
「それじゃあ、サヨナラかな?楽しかったよ」
「はい。さようなら、です」
差し出された手に、同じように手を伸ばし。これで最後になると、微笑んで。
けれど、ふと親友の姿が思い浮かび。
その手を重ねる寸前、思い止まり手を下ろした。
「どうしたの?」
首を傾げる少女に、僅かに言い淀む。
一度目を閉じ、頭を振る。目を開け、祈るような気持ちで口を開いた。
「私の親友の夢の中に入る事は可能でしょうか?」
「ん?まあ、縁があるなら出来なくもないよ」
だけど、と少女は続けて忠告する。
「その理由如何によっては、否、と答えるね。対価が必要になってしまうもの」
さて、どうする?と、何処か冷たい目をして笑い尋ねられる。
初めて見る少女の表情に思わず視線を逸らしかける。怖い、と逃げ出したくなる感情を、手を強く握る事で抑え込み。少女から視線を逸らす事なく、その理由を口にする。
「よく原因不明の発作が起きるんです。そのせいか最近は学校でもよく寝てて。一週間以上学校にも来なくなって。発作が起きて、意識が戻らないって……親友、なんだ。大事な。大切な。一番の親友」
狐に怯え、それでも狐を探して挙動不審になる自分に、気にせず話しかけて来た彼女を今も覚えている。色々な場所に連れ出され、たくさんの思い出をくれた彼女がいないのは耐えられない。
「溺れている感じに近いって。水がないのに溺れるなんて、そんなの…っ!だから夢の中なら分かるかもって…」
「そうだね。呪いか、化生か、はたまた妖か…いずれにしても、それが理由ならば答えは是、だよ。夢に入る事は難しいけれど、見せてあげるくらいなら出来る」
先程とは異なる優しい笑みを浮かべ、少女は社の扉を開けた。
薄暗く狭い室内の奥。一つだけ置かれた丸い鏡の元へ行くとこちらに振り返り、おいで、と手招かれる。
「この鏡に触れて、その子の事を考えて。そうしたら見えてくるよ」
手招かれるまま、促されるままに、社に入り鏡に触れた。
ゆらりと鏡面が揺れて、暗い何処かを映し出す。
「水の、底?」
「井戸…違うな。見立てているだけで、これは池か」
揺蕩う底で、髑髏が首のない骸骨に向けて語りかける。声は聞こえない。
骸骨の手が髑髏へと伸びて。
何故かそれは、それだけは駄目だと思った。
「駄目!行かないで」
思った瞬間には、叫んでいた。理由は分からず、届かないと知りながらも必死で鏡の向こう側へと手を伸ばす。
「行かないでよ。お願いだからっ!」
叫んで、泣いて、手を伸ばして。
声が聞こえたのか、それとも偶然か。
骸骨が手を下ろし。黒いいくつかの影が、骸骨を抱き竦めるかのように覆い、髑髏の目と口を覆う。
そうしてまたゆらりと鏡面が揺れ、視界が黒く染まる。
気づけば、背後から少女に抱き竦められ、手で視界を覆われていた。
「…もう大丈夫かな」
「ありがとう…ごめんなさい」
力が抜ける。それを確認して、視界を覆う手が外されそのまま優しく頭を撫でられた。
「親友。意識が戻ったみたいだね。会えるかは分からないけど、行ってみるといいよ」
「でも……うん。分かった」
言いかけて、何も言えず。大人しく目を閉じる。
薄れていく意識の中、何かを抜き取られる感覚がした。
「思ったより深刻だな」
手にした彼女の記憶を片手に、少女は小さく息を吐く。
原因不明だと彼女は言ってはいたが、先程の光景を見る限りその原因は明らかだ。
「狂骨。しかも意図的に作られたとか…業が深いねえ」
井戸に見立てられた池の底に沈む数多の骨。その妖の核になるはずの魂が、何故か人間として生きている。
偶然か。必然か。どちらにしても妖としてすでに成ってしまっているモノが、人間として生きられるわけがない。水の底から還ってくるようにと引かれ続けているせいで、何度も倒れるのだろう。
最後に見た影が鎖となって縛り付けているのだろうけれど、それも時間の問題だ。あれはもう、どうにもならない。
「一応、長様に話しておかないと、かな」
手にした彼女の記憶を、彼女の親友の夢の記憶を飲み込んで手を振るう。
辺りの光景がどろりと溶けて、暗闇だけが続く空間へと変わり。
常世へと繋げた道に、迷いなく足を進めた。
20240804 『目が覚めるまでに』
ここは、夢だ。
意識がはっきりしてきてすぐのこと。
何故だか俺はそう思った。
感覚は鮮明で、起きている時とさほど変わらない。なんなら全く一緒だ。それなのに何故ここが夢の世界だと分かったのか。
いろいろ自分の中に生まれてきた違和感を説明するために手っ取り早く当てはまるのがそれ、というのもあるが。
何より、この世界には彼がいた。
彼。
そう。数年前、突然逝ってしまった彼。
なぜ今頃になってこうして夢に現れるのか。
いや、なぜ今頃になって俺は彼の夢を見ているのか、と言うべきなのだろうか。
それらはともかく、今の俺には彼に言いたいことがたくさんある。彼は病死だった。俺は彼に病気のことを詳しく聞かされていなかった。言いたくなかったのだろう。彼なりの優しさとかだったのだろう。それでも。俺は聞きたかった。少しでも彼の苦しみを背負えるのなら。少しでいいから、それを分けてほしかった。
他にもたくさん。
いつもありがとうと言ってくれる、持ってきている花について。本当に嬉しかった?無理をしてお礼を言っていなかった?
いつも元気そうに振る舞っていたこと。
本当に?実は辛かったのに、心配をかけまいと気丈に振る舞っていたりしなかった?
いつも俺がいない時、病室では何をしていたの?
こんなにお見舞いに来ても1度も鉢合わせたことのないご両親は?
大切なこと、些細なこと。
たくさんの気になることで頭がいっぱいになっていく。
ふと、何処からか、声が聞こえてきた。それは、聞き覚えのあるものだ。でも、この声が誰の声で、何処から聞こえて、何を伝えようとしているのか理解したら、もう此処にはいられない気がした。
声が聞こえないように、少し先にいる彼だけに集中する。よく見ると、彼は眠っているようだ。俺の夢の中、すなわち眠っている俺の中に更に眠っている彼がいるというのは少し不思議な感じがした。
しかし、これでは彼に質問するどころか話すら出来ない。どうしようかと迷っていると、彼の周りにたくさんの花が咲いていることに気づいた。いや、咲いているというのは違うかもしれない。その花たちは、そこにあった。それも、今まで、彼が亡くなるまでお見舞いに持ってきたものと同じものだった。
彼の記憶にそこまで残るほど自分の贈る花が大きい存在だったのか。彼にとって、そうであって欲しいと自分が思っているだけなのか。
確かな事はわからない。
でも、今、色とりどりの花に囲まれて心なしか優しい表情で眠る彼を見て、そんな事は大きな問題ではないように思えた。きっと、天国でも、こう安らかに眠れていると思いたい。
今度こそ、本物の、美しい花に。
いつの間にか手に一輪の花が握られていた。
ピンク色のそれを、本物の柔らかなそれを。
そっと、彼の胸元に置いた。
また、会える日が来ると信じて。
その日を楽しみに待っているという気持ちを込めて。
――げっ。マジか。
朝起きて、キッチンへ向かう前にリビングへ立ち寄って思わず足を止めた。
俺の方が早起きで一番乗りだと思ったのに。
いや、早起きには違いないのか。
けれども、ソファーの上で大の字に転がって、こちらに向かってニョキっと足を突き出し沈む先客が既に居る。
そろりそろりと近寄れば、思った通り、いびきをかいて眠る親父が居た。
「何で今日に限ってここで寝てるんだよ」
呟かれた文句にも気付かずに、親父はすっかり寝こけている。
昨日の帰りが遅かったのは知っていたが、まさかここでダウンしているとは。
冷蔵庫にとっておいた夕飯を食べた形跡はあるが、それを片付ける気力もなかったようだ。
食べた後の食器もそのままに、ソファー手前のテーブルに放置されていた。
よっぽど疲れていたのだろう。
「しょうがねえな」
極力音を立てずに食器を回収し、入ってきたときと同じようにそろりそろりとその場を離れる。
それから忍び足でキッチンへ向かい、シンクへと静かに食器を運び出した。
今日は日曜日。そして親父の誕生日だ。
サプライズの第一段に、部長直伝のちょっと凝った朝食を披露してやろうと思っていたけれど、仕方がない。
俺が勝手に企んでいたことなのだから、くたびれて帰って来た親父に罪はない。
作っている間に物音で起きてしまうかもしれないが、せっかく揃えた材料もある。
親父の目が覚めるまでに、出来るとこまでやってしまおう。
「まだそのまま寝ててくれよ」
いびきのリズムを聴きながら料理するのも一興だ。
さあ、親父はどの段階で起きるだろうか。
笑いをこらえながら、朝食の準備に取りかかった。
(2024/08/03 title:046 目が覚めるまでに)
目が覚めるまでに
もう1ど目がさめるまでにやりたいこと!
・お花に水をあげる
・近くにすんでいるねこにごはんをあげる
・お̶と̶う̶と̶第とあそぶ
◎まい日たのしくすごす!
所どころ誤字のあるメモを枕元に残してねたきりの兄は、夢の中で毎日楽しくすごせているだろうか。
僕はたしかにあんたの弟だが、第という名前ではない
これが弟という漢字を間違えて第と書いてしまったという事に気づくのは、随分後の話だ。
ソファでうたた寝している姿を見つけた。
近づいても起きる気配は無い。
膝の上には、読みかけの本が開かれたまま。
……生きてるよな?
胸が呼吸に上下しているのに、なぜか少し不安になる。
起こさないように慎重に隣へと座って、その寝顔を眺めた。
揺り起こすか、このまま帰るか、それとも居座って驚かすか。
どれが正解だろう。
いや、驚くとは限らない。
笑う、呆れられる、……嫌がられるのは困るな。
目が覚めるまでに、欲しい答えを考える。
目が覚めるまでに
あの世を考えていた
地獄は、想像すると血の池、海、川が流れてる…
叫び声もずっとね
子供たち二人は今は夏休みだ。今は6時を回って少し。友だちと遊び疲れたのだろうか。二人とも寝てしまっている。
「二人とも楽しかったかな。今日はたくさん体力使ったんだと思うし、美味しいご飯を作らなきゃ!」
今日は手作りラーメンを作っている。父親の昔からの大好物である。子供たち二人も麺類が好きなので我が家の定番だ。
しばらくすると、鍋からは醤油の漂いはじめていた。今この部屋に、聞こえるのは二人の寝息と母親が鍋をかき混ぜる音だけだった。
「目が覚めるまでにできるといいわね。」
「ただいま。」
ドアを勢いよく開ける音がした。
「もっとゆっくり開けないと。二人とも寝てるんだから。」
「ごめんごめん。今日はラーメンか!俺も疲れたから寝てくる。」
そういうと、夫は部屋にこもって寝てしまった。
「目がさまるまで待たないといけないひとがもう1人増えてしまったわ。」
ただそう独り言を漏らす母親の顔は、ほっこりとしたような明るい表情であった。
噛むとじゅわっと旨みが染み出す甘めの卵焼きを、皮目がパリッと香ばしい焼鮭の横に添える
お出汁が香るお豆腐と菜っぱのお味噌汁の火を止め、パッパッと小ねぎを散らす
ふんわりと湯気をあげるつやつやのご飯をおひつに移したら、よく練られた納豆の小鉢とパリパリとした食感が楽しいお漬物の小皿も並べる
今日はきゅうりと大根にしましょう
目覚ましが鳴る前にパチリと目を開け、まだうっすら霞がかかったような思考のまま、頭の中で調理の段取りをさらう
これから食卓に並べたい朝食をひとつひとつ思い描いて、布団の中でうふふと小さく笑みをこぼした
よし、と心に弾みをつけ、背中に感じる温もりを起こさないよう、そおっと布団を抜け出す
……抜け出そうとした
背後から回された腕の拘束が重く、もぞりもぞりともがいてみるもなかなか上手く抜け出せない。なんならゆるく抱えなおされ、ますます起き辛くなっていく
実は起きてるんじゃ?と疑いの目線を背後へ向けるも、目の端にうつるのは安らかな寝息をたてる、あどけない寝顔だ
いつもの精悍な顔はどこへやら、とてもとても幸せそうな寝顔である
……あら、よだれ
ねえ、私みんなにごはんの作り方教わったのよ
貴方においしい朝ごはんを食べて欲しくて
目覚ましが鳴る前には起きたかったから、昨夜はいつもよりずいぶん早くお布団に入ったの
腕の中、一人静かに奮闘を続ける間にも、窓の向こう、夜の藍色はほんの僅かに白んできたような気がする
まだまだ拘束は解けそうにない
目覚ましが鳴るいつもの時間、掠れた声でおはようと告げてくる最愛を恨めしげに見つめる未来が頭の片隅をよぎった気がするが、いったん考えないことにした
『目が覚めるまでに』
/幸福な食卓(がんばれ)
2024 8月4日
土砂降りの雨だ。こんな日は普段だったら家にいる。けど、今その中を走っている。君に会うために。
病室はいつもどうりだった、君がベッドに沈んでること以外は。病院から連絡があった。どうも急に病状が悪くなり、今は意識がないらしい。いつ意識がもどるかもわからないらしい。
ベッドに沈む君の頬に触れた。特に意味はない、というか無意識にだ。君がいなければここは空虚な空間だ。
もう、終わりの時間が近づいてきていた。
最後に君に伝えた、
「ずっと待ってるから、だって君は僕に光をくれたから。」
もちろん君は何も言わないし、こちらも見なかった。僕は病室を去った。
光になってみせる、君の目が覚めるまでに。
目が覚めるまで、僕は何をしていたのだろう。
「夢遊病」というものがある。
睡眠中起き出して、意識もなく歩き回り、そして目が覚める。
最初は大層な寝相アートを創り出したなあ、という自覚だった。着ていた服が投げっぱなしになって散乱していたし、紫色の毛布はずるすると部屋の外の廊下に飛び出していた。
家出を検討する真面目な中学生みたいな、精神は家出済みだが、身体は家にいるような、ためらい。
しかし、連続ドラマの最高視聴率を叩き出したものをやってしまったときは、ちょっとおかしいな、自分。
と改めて認識した。
同一人物でないと思った。
どういえばいいのだろう。
ひとつに統合されてないというか、身体と心が分離したかのようだった。
所詮身体は心を乗せる有機物の籠でしかなく、主体性のある何者かによって操縦されている。
順当に飛行していた旅客機が墜落した跡の、その残骸を見た。
ベッドの中で気を失うように眠ったはずが、家の外の道ばたで寝ていた。
あれ? どうして僕は……
起き上がって足を見ると靴を履いていない。
靴下も履いていない、裸足だ。
どのような歩きかたをしたのだろう、土踏まずにも灰色の小さな石が付いていた。
それらを払い除けて、アスファルトの路地を走り、戻る。
裸足で道を歩くと新鮮な感じだ。とても痛いのは、不健康だからか。
違う、道を作る材質の硬度のせいだ。
玄関扉まで戻ると、なんと鍵がかかっている。
ポケットをまさぐる。
チャリンと鍵の在処を示した。
ちゃんと僕は鍵をかけて出たっていうのか?
まさか!
大慌てで手を入れ、鍵を取り出し、本物であるという証明音が聞こえる。確信のもと、中に入った。
特に何事もなく夜を過ごした靴があって、部屋があって廊下があって、リビングは……と、リビングまで歩くと異変がある。
リビングの窓が全開になっていて、白いレースのカーテンが内側に迫っていた。
ふわりと、外の風で膨らませていた。
こんなふうに、見えない何かで僕は膨らんでいる。
膨らんで、そして縮まって、また大きく膨らむ。
このカーテンの柔軟さに、僕は助けられている。
世界中の耳が傾けたこの音楽を
目を覚ますまでに忘れてしまうなんて
___________
ある作曲家の寝言
あなたの目が覚めるまでに、私は、あなたにもらったすべてのものを返したいと思います。
まずは、私の誕生日にあなたがくれたネックレス。
これをつけて町をあなたと歩けたことがとても嬉しかったわ。私がこれをつけてあなたに会いに行くと、いつも嬉しそうに「かわいい」って言ってくれたよね。そういうあなたの笑顔が大好きで。
でも、これをあなたに返します。
次は、この指輪かな。「結婚しよう」って言ってくれた時のこと今でもはっきり覚えてる。あなた、すごく緊張してたよね。おしゃれなレストランで、指輪を見せながら跪く。ありきたりなプロポーズだったけど、私はあなたがしてくれたあのプロポーズが、世界で1番のプロポーズだと思うわ。なんでって誰でもないあなたがしてくれたんだもの。当然よ。
二人でお揃いの指輪をして、手を繋いでたくさんの場所に行って。その全部が私の大事な思い出。
でも、これも返すわね。
他にも全部返すわ。私にくれたこの髪飾りも、服も。
それから一緒に食べたご飯の思い出も、初めてあなたの家に行った時の思い出も。全部、全部、返すわ。
私はあなたが大好きよ。でもこの気持ちも返すわね。
たくさん私にくれてありがとう。
あなたの目が覚めたら私はきっともういないわ。
だから、私のことは忘れて、思い出も捨てて、私よりもいい女の人を見つけてね。
それからもっともっと長生きして、私の分まで生きてちょうだい。
それが私からの最後のお願い。
だから、ここでお別れね。
今までありがとうございました。
目が覚めてしまったら
貴方に会えなくなってしまうから
この夢の続きを見ていたい
「目が覚めるまでに」
隣の外飼いのワンちゃん。
君は半分飼育放棄されているよね。俺が見た限り、ご飯は貰っているけれど、散歩もブラッシングも、一度もされていなかった。今だから言えるけど、俺はそんな君がとても憐れで、どこか一方で自分を重ねていたんだよ。
いつしか、うとうとと眠る時間が多くなっていったね。
次、目が覚めるのはいつだろうかと心配しながら思っていたよ。
今は、俺の方が心配される側かな。最近は、少し走ると胸が息苦しくてしょうがないよ。
つぎ、君が目覚めるまでに、俺は元気にならなくちゃね。絶対に君を看取って、天国に行った時、今度は俺と一緒に暮らして欲しいってプロポーズしたのだから。
だから、ちょっとだけ待っててほしいんだ。俺が天国に行くには、悪行を重ねすぎてしまったから。
だいじょーぶ、君だけを天国に置いて行く、なんてこと、してやんないよ。
ああ、でも、願わくば、俺が天国に行く前に、君が天国で多くの友達に囲われていると良いな。君が幸せになれるように。俺一人では限度があるからね。
6
目が覚めるまでに、色が変わっていれば…
甘ったれた発言だ。
ねるねるねるねは、醒めた意識で練るものだ。
あなたが練らねば、誰が練る。
あなたが眠ってから、どのくらい経っただろう
このままあなたがいなくなってしまうんじゃないかって、何度考えたことか
怖かった、悲しかった、寂しかった
そのくらい、あなたが大切になってた
この病院に入院して、話し相手もいなくて、毎日が退屈だった私に、いろんなことを教えてくれたあなた
警戒心むき出しの私に、ゆっくり、私が怖がらないように距離を詰めてくれて、優しく話しかけてくれたあなた
どんな病気なのかは教えてくれなかったけど、それ以外のことは全て教えてくれた
外の世界のこと、社会情勢、天気とか、小説とか、あなたのこととか
歳の差は10歳もあったけど、私はあなたに恋をした
私は15歳、あなたは25歳、誕生日はあなたが一日遅い
小さい頃から入院してた私は、生まれて初めて友達ができて、その人に恋をした
そんな私の気持ちに答えてくれたあなたは、指輪も買ってくれて、婚約といった
とても嬉しくて、言葉にできない喜びを覚えた
その1ヶ月後、あなたは倒れて、その時から三年が経った
私は19歳、もう結婚もできるし、長い入院からも抜け出した
あなたは29歳、あなたがここに来てから五年が経った、婚約は今年の約束
「起きて…」
ほとんど聞こえないような、掠れた声であなたの額に口付けをする
ぎゅっと、手を優しく包み込むと、あなたの細くなった手を感じて、涙が流れる
みてられなくなって、俯くと、誰かが私の頬を撫でた
ぱっと顔を上げると
「ただいま、ごめんな、心配かけて」
あなたの優しい微笑み
「目が覚めるまでに」
私は愛されたかった。
欠点も苦しみも、何もかも全部まとめて愛されたかった。
「無償の愛」なんてものを求めて、ずっと手を伸ばし続けた。
でも、そんなものはどこにもなかった。
だから私は、張り付いた笑顔とキラキラのメッキで自分を飾り付けて、いろんなことを全力で頑張って、「愛される子」になった。家族からも、友達からも、それから男の人からも。
朝早く起きて家族全員分のお弁当を作って、それから好きでもないアイドルの新曲を聴いて、得意じゃない勉強もたくさんして、器用でもないのにメイクも頑張って。
私は「愛されていた」。
家族からはさらに家事を任せてもらえるようになったし、友達からも前より頼られるようになって、それから、私を好きだと言ってくれる男の人も現れて。
私はとっても嬉しかった。
でもとっても疲れた。
だからある日から何にも出来なくなってしまった。
それでもみんな、愛してくれると思っていた。
でもそんなことはなかった。
みんな私を白い目で見る。「何それ?」って言って茶化して。
こんなに苦しいのに。
そっか。みんな私じゃなくて、
「頑張ってるわたし」が好きだったんだね。
なんで今まで気づかなかったんだろう。こんな簡単なことに。
今度久しぶりに会う恋人も、きっとこんな私のことを好いてくれない。あなたにまでみんなとおんなじような、あんな目で見られたらもう耐えられないよ。
だから。
この魔法が解けるまでに。
あなたの目が覚めるまでに。
この恋も終わらせないと。
さよならを言わないと。
……こんな私でごめんね。
”目が覚めるまでに”彼が隣に来てくれないものか。
朝起きてすぐ、彼の顔を見たい。寝てる彼の、かわいいお髭を触らせてほしい。彼の1日が始まるのも、わたしの1日が始まるのもお互いの「おはよう」であってほしい。
もう2週間近く会っていないと言うのに、こんなにも彼のことで想いを馳せてしまうのは、なにかの病気なのかもしれない。これは恋煩いなどかわいい病名ではなく、愛情過多による夢の見過ぎだろう。
いい夢だった
そんな気持ちで目が覚めてあの世に逝きたい
目が覚めるまでにたくさん夢を見よう
目が覚めることが怖かった。
あなたが目の前に現れた瞬間にこれが夢であると気づいた。わたしは今日一日を斎場で過ごしたから。あなたが亡くなったのが一昨日で、今日が通夜。一週間前に帰省したとき、あたりまえのような、くだらなくてつまらない、それでいてかけがえのないいつもどおりの会話をあなたを交わしていたのに、もうわたしはあなたとの思い出話に花を咲かせ、想いを馳せなければいけなかった。馳せる想いなど湧きもしない。まだ生きていると信じていたかった。
それでも、これが夢であると気づけてしまう自分のある種の飲み込みのよさ、のようなものが心の底から恐ろしく醜く感じる。
運動会の昼休憩だった。もうわたしは二十歳をとうにすぎる年齢ではあるが、夢であることからあまり違和感はなかった。
「今日はね、からあげと、ポテトサラダもちゃんと作ってきただよ。前に好きだって言ってたら?」
運動会は、田舎というには栄えた、とはいえ都心とは程遠い土地に家を構える祖父母が自分の姿を見るためだけに長旅を経て東京に来てくれるという、祖父母を愛するわたしにとっては素晴らしいイベントであった。特に、わたしは祖父の作る料理が大好きで、翌日から大量に仕込んで作ってくれる、全てがわたしの好きなものだけで構成された運動会の日の大きなお弁当は、わたしにとってかけがえのないものだった。祖父からの遺伝で、食べることが大好きなわたしが、小学生ながら前日の夕飯の量を、お腹が空いて動けなくならない、それでいてお弁当を大量に詰め込める程度に計算し抑えるほどに。
「つくねは、つくねはもってきてくれたの?」
中でも一番のお気に入りは、つくね。小学生のわたしには決して作業工程が想像できないが、ほかのどこで食べても味わえない、独特の旨味と、すこしついた表面の焦げが大好きだった。また、味とは直接関係ないが、串料理を食べるときに、串を口に深く入れることが怖くていつも箸で外していたわたしのために、短く切った竹串につくねをたったの二個だけ刺す、という祖父のやさしさと愛が直接感じられる料理でもあった。
「もちろん!いっぱい作ってきたから、好きなだけ食べるだよ。」
夢の中でも、祖父のくぐもった声と、時より方言が強く出る語尾はとても耳障りの良いものだった。
「でも、ごめんね、もう作ってあげられなくって。もう一回くらい、食べてほしかっただよ。」
気づけば場所は祖父の家に変わっていた。わたしの写真が各地に飾られている、わたしのお気に入りの場所。いまから三年前に亡くなった犬も、わたしのそばに寄り添って寝ていた。
「うん。食べたかったなあ。本当においしかったの。あやまらないで。おじいちゃん、最期はあんまりごはんを食べられなかったでしょう?だからね、向こうではゆっくり、おじいちゃんの食べたかったものをいっぱい食べてね。ラッキーちゃんとも、いっぱい遊んでね。」
涙が止まらない。これは、祖父の最後の挨拶なのだとわかってしまうから。。ひぐ、と言葉の途中で息を吸い込んでしまって、呼吸がしづらい。それでも、黙るわけにはいかない。ここで喘いでなにも話せず終わることのほうが、息苦しさより痛かった。
「いっぱいね、おじいちゃんに喋りたいこと、聞きたいこと、自慢したいことがあったの。わたし、もうすぐ結婚するの。おじいちゃんに似た癖毛で、おじいちゃんみたいに優しくて、おじいちゃんみたいに温もりの溢れた目でわたしを見る人。わたし、おじいちゃんが大好きなの...。ありがとう、ありがとう。」
「おじいちゃんもね、はるちゃんが大好きだし、自慢だっただよ。美人さんで、やさしくて、賢い。本当に、自慢の孫。もう、いかなきゃいけないら。ごめんね、ありがとう。」
最後に、抱きしめた。目が覚めてしまうともう気づいていたから。背が高かった祖父。病床に臥すまで、わたしは彼の頭頂部を見たことがなかったほどに。そんな祖父の顔が近かった。祖父を抱きしめたのなんて、きっともう十数年以上前のことで、そのときよりよっぽどわたしも背が伸びたのだ。あぁ、大好きだ。照れ臭くてなにも言葉も動きも返せない、それでいて愛おしそうに微笑むあなたのことが。まだ、涙は止まらなかった。
息苦しさで目が覚めると同時に、目覚まし時計が鳴った。まだ腕の中に、あなたの温もりがのこっていた。