『流れ星に願いを』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
流れ星に願いを
おばあちゃんは、よく言ってた。
「流れ星に願いを託すとね、きっとその人には、幸福が訪れるんだよ」
嘘ばっかり。
だって、私は「お父さん」を知らない。お母さんも、病気で、もう長くないって。
お母さんの病気を治して
お父さんがほしい
私の、昔からの願い。でも叶ってなんていない。
それにまた、願いごとが増えた。
おばあちゃんを生き返らして
これも、叶うわけはない。わかってる。私も、子どもじゃないんだから。
私たちは、生きている。
星は、ずっと、ずぅっと遠い存在で、なにもしてはくれない。
私に幸福が訪れなくてもいい。
お父さんには、会わないほうがきっといい。
お母さんの、残りの時間は、一緒にいたい。
おばあちゃんは、こうも言ってた。
「あなたは、周りのことよりも、自分の幸せをちゃんと考えたらいいの。あなたは、もっとわがままを出していいんだよ」
その声を思いだしながら、夜空を見上げて、驚く。
――流れ星だ。
でも。もう願わない。
私はちゃんと、自分の足で生きていくんだ。
だから。
――悲しいって、言っていいんだよね? おばあちゃん。
流れ星に願いを
もう、もうそんな歳ではない。
「いつまでも一緒にいられますように」
なんて、そんな歯の浮くような願い、
もう出来はしない。
なのに、
「また来世で出逢ったら、
また一緒になりたいな、
今度は苦労かけさせんよ」
なんて、あなたはずるい。
小さな街の更に外れにあるこの家からは星がよく見える。星が見えれば方角がわかる。方角がわかればこの家から出て行ける。寝付けない夜の手持ち無沙汰に、バルコニーで一人そんなことを考えていた。瞬きの間にひとつ、目の前で見知らぬ場所へと星が落ちる。寝巻きのままサンダルも履かず、一体どこへ行くつもりだというのか。家の中からばたばたと足音が聞こえる。あの人が呼びに来る。風邪を引くだの何だのきっと怒られるだろう。その声を待ちながら、今一度空を仰ぎ見た。
(題:流れ星に願いを)
お題『流れ星に願いを』
夜、友達の手を引いて丘を登る。今日、流星群が流れるって聞いたからだ。
やがて開けた丘の上に着く。相変わらず、なにもないこの村の夜空にはたくさんの星がきらめいている。
いつも見ている夜空だけど、毎回きれいだと思う。
「お前、願い事あんのかよ?」
友達に聞かれて、「うーん」とはぐらかす。
「それはこれから決める」
「ふぅん、あっそ」
「そういうお前はどうなのよ?」
「お前、わかってんだろ。俺の願いは流れ星に願ったって叶わないことを」
友達の見上げている顔がどこか悲しげに見えた。そうだ。こいつは、つい最近母親を亡くしたばかりだ、こいつのお母さんはずっと病気がちで、いつも面倒みていたっけ。
お母さんが亡くなった時、あいつが母親の亡骸にしがみついて一人泣いているのを見てしまった。
人を生き返らせることなんて、誰にも叶えることなんて出来ない。
「ごめん」
「いいよべつに。あ、流れ星」
空を見上げると、星が流れるのが見える。いくつも、いくつも星が尾を引いて、俺は手を組んでお祈りした。
(どうか、こいつが悲しまないように、元気になってくれますように)
流れ星そっちのけで、ずっと祈っていたら
「お前、なに一生懸命祈ってんの?」
とか言ってきた。
「どんな願い事だよ?」
友達がニヤニヤしながら聞いてくる。それがなんだか気恥ずかしくて、
「お前には教えねぇよ」
と友達の顔を視界に入れない代わりに流星群が流れ続ける空を見上げた。
星に願いを
君にはユメを
私の力が
キミに勇気を与えてくれると信じて
テレビではニュースが流れている。
今日がこと座流星群が見られるピークの日なんだそうだ。
道理で彼女がベランダにいる訳だ。
「あ〜んまた言えなかったぁ…」
「何が?」
「ねがいごと!」
次は絶対言い切るんだからと意気込む彼女。
そんな彼女は今年で26歳になる。
純粋でかわいらしいというか、心配というか。
詐欺なんかに引っかからないかしらこの子。
そんなことはさせないが。友人曰く、俺はセコムらしいので。
「淳ちゃんはお願いしないの?」
「無駄なことはしない主義なの。3回なんて無理難題突きつける時点で叶えられないって言ってんのと一緒でしょ」
「その無理難題を超えるからのご褒美でしょ〜?夢がないなぁ淳ちゃんは」
「で?君はどんなご褒美がほしいの?」
「それはぁ………言っちゃったら叶わないでしょ!」
「それ初詣とかのことでしょ。さっき口に出してたでしょうが、俺は聞いてないけど」
それとも、俺に言えないようなことだったり?
いやいやまさか、彼女が俺に隠し事なんて。
全部俺に報告してくれるのに。ここで言っておきたいのは、
俺が把握したいとか、束縛してるとかではない。
むしろそういうのは嫌いだ。
どちらかと言えば、彼女の方が母親に今日あったことを話したがる子どもみたいな感じだ。
「星には言えるのに、俺には言えないの?現実的な願いなら俺に言った方が適していると思うけど」
「う……だって本人なんだもん。『これからも淳ちゃんと一緒にいれますように』ってお願いしてたんだもん!」
ぎゅっと拳を握りしめて声を上げる彼女。かわいい。じゃなくて、だったらなおのこと俺に言う話だ。
彼女と一緒にいるのは星ではなくて俺なのだから。それを継続させるのも俺だ。
「どうせ言うなら、もっと別のお願いにしたら?だってそれは俺が叶えることでしょ?というか、離れる気ないから叶ってるし」
君が俺に飽きるまではだけど、と付け足すと彼女はブンブンと首を横に振った。
「そんなことない!そんな日こない!淳ちゃんがいなきゃ私ダメな子だもん!」
「はは……それはそれで困るんですけど」
『流れ星に願いを』
「一緒、っていったもんな…これで、ずっと叶えられる…ッ」
(流れ星なんかじゃ、叶えられない願い事)
作者の自我コーナー
最後は完全なる蛇足ですね。
めちゃくちゃ彼女が大好きな彼氏(自覚なし)と天然純粋培養彼女。周りが引くぐらいの独占欲を持ってる自覚がない彼と全く気づかない鈍感な彼女です。言動に重さが滲み出てる。
流れ星。
前に見た時は、あんな一瞬で三回も願い事など無理だと思っていた。流れ星の見えている時間は一秒以上五秒以下と聞く。運良く五秒得られても三回には到底届くまい。
だけど、本当に叶えたいなら、そんな無理すら押し通さなければならない。
奇跡を起こす覚悟と決意。
願う事はただひとつ。
きらりと横切る星に願う。
流れ星に願いを
すぐにでも消えゆくさだめであるけれど
何故にそんなに美しい
その美しさ故に
またたきの中に永遠を見る
“流れ星に願いを”
あなたが逝ってしまってから
もうすぐ、15年になりますね
あなたに告白出来なかった後悔が
ずっと私の中にあります
だから私は毎年
あなたの命日にこっそり
お花とお酒を備えてました
そして夜には空を見上げて
あなたに話しかけていました
”そっちでも元気でいますか?“
あなたに話しかけるの
その命日の日だけと決めています
あなたを忘れないように
もし私がそちらに行ったら
きちんと気持ちを伝えられるように
そしてその命日が綺麗な星空だったら
流れ星に願いをこめます
“あなたにもう一度会えますように”と
だからいつか願いを叶えて下さいね!
しばらく星を見ていない気がする。流れ星に願いをするなら先ずは星を見ないとなぁ、日曜日の夜は晴れだっただろうか、後で確認してみるか。
「『星に願いを』、『星への願い』みたいな花言葉の花があるのは知ってる。 ニラっていうんだが」
あの花が咲くのはたしか夏だったな。
某所在住物書きは白い星型の花をスマホで画像検索して、カキリ、小首を鳴らしてため息を吐く。
素直に夜空の流れ星に願いを託す物語を書いたところで、自分以上の傑作は多々在るのだ。
競合せぬよう、他のアイデアで挑みたい。
「例の『衛星列車』なんかは、遅く流れる流れ星ってことにして、願いをってのは無理あるかな」
物書きはふと、検索語句を切り替える。
「一応、今年も、打ち上げは」
やってる、のか?どれが信頼性の高い情報だ?
スワイプにスワイプを重ねて、呟きックスの投稿やら何やらを探すも、「少なくとも、今年も打ち上げは行われている」程度の情報しか確証が持てず……
――――――
流れ星といえば、夜が定番ではありますが、ひねくれ屁理屈でこんなおはなしはいかがでしょう。
最近最近、桜散り時の都内某所。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
その家族の中の末っ子は、お星様がとっても大好き。敷地に芽吹き咲く花が、星の形に似ていれば、それを星の木星の花と、呼んで愛でて尻尾で囲って、一緒にスヤスヤお昼寝します。
桜も見れば5枚の花びら。子狐の目には「星の木」で、散る花びらは流れ星。桜吹雪は流星雨です。
桜散り時の稲荷神社。
狐の神社にソメイヨシノはありませんが、代わりに大きな大きな、通称「ぼっち桜」というのがあります。
その日は風がよく吹いて、コンコン子狐の視界いっぱいに、「流れ星」が舞い飛びました。
「お星さま、お星さま!」
数日後には葉桜の、寂しい未来もすっかり忘れて、子狐はぼっち桜のまわりをくるくるくる。
「ながれ星が、いっぱいだ!」
跳んで、はしゃいで、駆け回って、
いくつか形の良いのを束ねてキレイな頭飾りにして。
桜の最後を体いっぱい楽しみます。
「ながれ星いっぱいで、お願い事が足りないや!」
流れ星に願いを託せば、託した願いがいつか叶う。
コンコン子狐、子狐なりにちょっと賢いので、人間たちの古くからの、信じちゃいないけどささやかな、祈りの形を知っています。
子狐は桜の流れ星に、あれやこれや、それや何やら。たくさんの子狐らしい願い事を託します。
「お星さま、願いを叶えてくださいな、いっぱい叶えてくださいな」
今年もおいしいお米が、いっぱい育ちますように。おいしいおいなりさんとお揚げさんが、いっぱい食べられますように。それからそれから、えぇとそれから。
小さなおててで花びらを集めて、この流れ星にはこのお願い、その流れ星にはそのお願い。
子狐は幸せで小さな欲張りを、おててが桜の流れ星でいっぱいになるまで、吹き込み続けましたとさ。
桜の花を星に見立てた、散る流れ星と星好き子狐のおはなしでした。
細かいことは気にしません。だいたい童話の狐は話をするし、リアルガン無視でファンタジーなのです。
しゃーない、しゃーない。
[流れ星に願いを]
流れ星に願い事をすると願いが叶うとよく言われている。
本当に叶うのだろうか。
流星に願い事をするだけで叶うはずがない。
叶うなら嬉しい。
流れ星を見れただけでもラッキーと思えばいいかもしれない。気持ちが楽になるから。
明日も頑張ろうと元気が出るから。
流れ星に願いを
そういえば流れ星って見たことないな。まぁ別に見るほどのものじゃないだろ。
それに今は動画で見れるしな。流れ星の動画があるかは知らないし実際にその目で見るのとは違うんだろうけどどうでもいい。
しかし最近食べ過ぎだ。このこと自体はちょっと前に書いた覚えがあるけど今回はその理由だ。
冬は寒くて体がカロリーを欲していたから食べ過ぎていた。じゃあもう冬も過ぎた今食べ過ぎているのかということだ。
原因はお腹一杯になるまで食べて寝るのが気持ちいいからだ。血糖値スパイク、ネットじゃドカ食い気絶部なんて言われてるあれだな。
この食べて寝るというのが気持ち良すぎて最近食べ過ぎている。これにはまった原因は寝不足だ。
結構前に寝不足で悩んでいて枕を変えたりして解決したと思ってたけどまた寝不足になってたみたいだ。
とにかく食べ過ぎてしまう理由がわかった。寝不足をなんとかできれば食べ過ぎにブレーキをかけることができるはずだ。後で寝不足解消の方法を探さないとな。
私には六つ年上の兄がいる。
私が小学校に上がる前、兄は小学校高学年。
雲には乗れない、サンタはいない等
兄は先を行く人として、自分が得た知識は
包み隠さず丁寧に教えてくれていた。
流れ星が願いを聞いてくれるわけじゃない
も、含まれていた。
今の私は近視で乱視だから
漠然と空を眺めても、まず流れ星は見つけられない。
まあ、もし見つけたとしても流れ星よ、安心してくれい。
私には願いを懸ける発想はハナから無いので。
(流れ星に願いを)
君を探して、あの丘の上まで。
そこに君はいた。
僕を待っていてくれた。
「ごめんね、遅くなって」
君は静かに微笑んだ。
二人で丘の上のベンチに座って、夜空を見上げる。
今夜はしし座流星群が見られるという。
君と一緒に、いつか見に行こうと話していた流星群。
少し遅くなったけど、こうして見に来れて良かった。
寒くない?と聞くと、君はコクリと頷く。
そして、星が流れ出した。
君の横顔は相変わらず綺麗だ。
真剣な眼差しで、夜空のスクリーンを見上げている。
知らず知らず、僕の目からは涙が溢れ出した。
滲んだ視界の向こうに流れ星を捉え、必死で願い事を唱える。
「君が戻りますように
君が戻りますように
君が生き返りますように」
流れ星に願いを。ネガイカナイタマエ。
君はいつもここにいる。
何故なのかは分からない。
半年前に病で亡くなった君が入院していた病院の窓からは、遠くこの丘が見えた。
きっと、病院を出てこの場所に来ることを夢見ながら死んでいった君の、最後の願いが叶ってしまったのかもしれない。
今度は僕の願いが叶う番だ。
摂理なんて関係ない。君が戻ればいい。
君がここにいる時点で、世界は狂い始めてるんだ。
失意の底で死に場所を探して、人のいないこの丘で君に出会った時、僕はそう思った。
僕の声は届くのに君の声は聞こえない。
君の体に触れることも出来ない。
ふと気付くと、君がこちらを向いて、何かを話していた。
声は聞こえない…が、何故か、君の言葉が伝わってくる。
「最後の願いが叶ったよ。ありがとう」
星が流れてゆく。
君が消えてゆく。
僕の願いは、叶わなかった。
丘の上のベンチに一人。
流星群のショーは終わったようだ。
君の最後の願いは、この丘にずっといることじゃなくて、この丘から流れ星を見ることだった。
僕と一緒に。
僕の願いは叶わなかったが、彼女の願いを叶えてくれたことに感謝している。
流れ星に願いを。ネガイカナエタマエ。
流れ星に願いを。
どうかこの想いが届きますように。
ディズニーの『ピノキオ』の主題歌は「星に願いを」であった。
輝く星に 心の夢を
祈れば いつか叶うでしょう
きらきら星は 不思議な力
あなたの夢を 満たすでしょう 🎶
星には不思議な力がありそうな気がするのだろう。根拠は何もないけど、人々は星に祈りを捧げてきた。
永六輔の「見上げてごらん夜の星を」の一節だと
「ボクらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈っている」
となる。これだと星は神のような祈る対象ではなく、むしろ人の、祈りの象徴となっている。
人は死ぬと星になると昔から言われて来た。そんなバカな話はないのだが、科学ではなく、
親しい人が亡くなった悲しみを、せめて夜空の星になって自分らを見守ってくれているのだと思えば、慰めになるから、何となくそう信じられて来たのだろう。
中島みゆきの「地上の星」では、
草原のペガサス 街角のヴィーナス
みんな何処へ行った
見守られることもなく
地上にある星を誰も覚えていない
としており、生きている人こそが正に星なのだと歌っているのである。
科学的な星の話は置いておく。
星とは人そのものを霊的な姿に変えたもの、なのかも知れない。それは、幽霊よりも好ましいイメージ。
神や天使には届かないが、それらの系譜の下の存在なのだろうか?
夜空に流れ星が降る時、天界の扉が開いて神が地上を覗いているから、その時だけは願い事を聞き届けてくれるという。
でも、神は人の願いを聞いてくれる存在ではないだろう。
せめて星は、ただきらきらと、
静かに輝いて、見守ってくれる。
流れ星に願いを
たくさんの星が浮かぶ夜空
それぞれの想いを宿した星が
次々に流れて
誰かの思いがあなたのもとに
あなたの願いが誰かのもとに
いつかきっと届きますように
流れ星に願いを込めても、無駄だよ。
だって、願っている間に消えてしまうんだもの。
大人に問う。「もし願いが叶うなら、何を願う?」と
返ってくる答えは「お金持ちになりたい。」や「学力が上がってほしい。」などだ。不思議なものだ。
幼い頃は「大人になりたい」や「お菓子をいっぱい食べたい。」また、「警察官(花屋など)になりたい。」などキラキラした目で願ったものだ。
そして、いつか絶対に叶うと信じて疑わなかった。
しかし、大きくなるにつれて、現実を見てしまい、社会の闇を知ってしまった。あの純粋だったあの幼い頃に戻れない。大きくなるにつれて、現実ばかりを見て、苦しくなって、だんだんとキラキラした目をしなくなった。願っても無駄だと思ってしまう。
大人になると、星空を見なくなってしまう。
願いが叶うなら、純粋だったあの頃に戻りたい。